「あはははっ、アルスは優しいな。そして正論だ。お前の言う通り、此処でペンダントを手に入れても管理局に捕まっちまう可能性は高いだろうな」
「だったら!」
続けて説得を試みるアルスだが、その言葉を遮るようにタスピが声を上げた。
「なぁ、アルス。お前さ、夢ってあるか?」
静かだが、力強い声。凛としたその声に、アルスは喉まで出かかっていた言葉を呑み込んでしまった。
「俺にも夢がある。そのためには、どうしてもその金が必要なんだ」
真っ直ぐ、一切の曇りの無い瞳でアルスを射抜く。
「例えその金が法を破ってまで手に入れた汚い金でも、俺には……俺達赤鷹には何が何でも譲れない物があるんだ!!」
アルスは何も言えなかった。言い返せなかった。
夢とは何か、それは法律を破ってまで叶える物なのか、強奪した金で叶えて貴方達は満足なのか。
次から次へと追及の言葉が頭に浮かぶが、それを口に出す事が出来ない。
タスピから発せられる威圧とでもいうべき力。
その力の前に、アルスは完全に呑まれていた。
「それに、やる前から諦めるのは男じゃないぜ。
管理局が追ってくる?ふん、上等だ!
来るなら来ればいい!どんだけ数の管理局が追ってがこようとも、俺は必ず逃げ切ってみせるさ!そして、絶対俺の夢を叶えて見せる!!」
普通だったら神経を疑う考え。
無理だ、無謀だと数多の人間が口を揃えて言うだろう。
だが、目の前の男は本気だ。
本気で捕まる事を考えていない、それどころか50億もの金品を全て回収するつもりでいる。
タスピの力強い笑みに、アルスは俯いてしまった。
覚悟を決めた人間の説得は難しい。
前にドラマで聞いた台詞だったが、今ならその意味が重いほど解る。
現に自分は説得するつもりが、逆に呑まれてしまった。
強奪してまで叶えたい夢とやらには同意できないが、タスピのこの想いだけは本物だ。
「邪魔だ」
「え?……うわッ!」
説得不可能とアルスが悟った瞬間、自分の体を浮遊感が包みこんだ。
驚きながら、青い空を見つめるアルス。
そのままズボっと、頭から雪の中に突っ込んだ。
「アルス兄さん、大丈夫!?」
「あ……あぁ。ありがとう」
引っ張り出してくれたユーノにお礼を言いながら、目の前の様子を窺う。
ピンと張りつめた空気。
静かだが、確かに感じる威圧感。肌が針に刺された様に痛い。
「お前達って、確か義理の兄弟なんだっけ?良い兄貴と弟じゃないか、大切にしろよな」
「大切?ふんッ!笑わせんじゃねぇ。何でこのバクラ様が、あんな甘ちゃんの面倒をみなきゃいけねぇんだ。
初めに言っておくぞ。俺にアルスと同じ甘さを求めているなら、さっさとその考えは捨てろ。
こっちも、あまりにも早く勝負がついてはつまらねぇからな」
「……お前みたいな奴を、世間一般ではツンデレって言うんだっけ?でも、あまりにも度が過ぎると嫌われるぞ。
まぁ、俺として後ろのアルスやユーノよりも、乱暴者のお前の方が相手にしやすいから助かるけど」
「口の減らねぇ野郎だ。だがぁ、安心しな。直ぐ、その口を黙らせてやるよ」
「それはこっちのセリフだってねぇの。お前に偽物を攫まされたり、突き落とされた恨みがあるからな」
「突き落としたんじゃねぇ、蹴落としたんだ」
「同じ事だ!!」
軽口を叩きあうのは此処まで。
足場の悪い雪の中だと言うのに、タスピは足を取られる事無く俊敏に動きデバイスを構えた。
「ワイト!」
ほぼ同じく、バクラもモンスターを召喚して迎え撃つ。
ワイトは自分の中では最弱に位置するモンスター。
攻撃も守備を大したことは無いが、レベルが低い分やられた時に伝わるダメージは微々たるもの。
様子見には適したモンスターだ。
(ッ!なんだ、骸骨のお化け!?そう言えば、あの洞窟で襲ってきたモンスターも同じ様にこいつが名前みたいな物を呼んでから急に現れたな。
召喚術を扱う魔導師?でも、聞いた話だと召喚術って結構強力な魔法だよな。こんな瞬間的にモンスターを召喚なんか出来るのか?)
頭はアレな方のタスピだが、流石に管理局を相手にしてきた違法魔導師。
戦闘に関しては、頭の回転が早い。
「召喚魔法なんてレアな魔法、本当に使える奴が居たんだな。けど、俺の敵じゃない!!」
レアスキル並の魔法に一瞬だけ驚きを見せたが、直ぐ表情を引き締め狙いを定める。
自慢の相棒を構え、引き金を引いた。
「……あぁ?」
「……え?」
「……何、あの弾?」
三兄弟、それぞれ思わず間抜けな声を漏らしてしまった。
タスピが使用するデバイスの型は銃。
当然、引き金を引くアクショントリガーを行う事によって銃口から魔力弾を放つ物だと、バクラ達は予想していた。
実際、その予想は当たっていた。
引き金を引いた瞬間、銃口から弾が出た事には出たのだが――
「てめぇ……何だ、そのノロノロ弾は!?」
遅い、とにかく遅すぎる。
ゆっくりと、此方に向かってくる弾丸。
その速さは亀、いや寧ろ亀よりも遅い。この中では一番身体的に劣るユーノでも、余裕でかわせるスピードだ。
青筋を浮かべ、怒りを露わにするバクラ。
これでは警戒した自分がバカの様ではないか。
「……ふふっ」
苛立つバクラに対して、タスピはゆっくりと口元を釣り上げた。
何が可笑しい、と怪訝な表情で見つめていたバクラ。
次の瞬間。
彼だけでは無く、アルス達の顔にも驚愕のお面が張り付く事となる。
「フリーズ……」
魔力の波が渦巻く。
ゆっくりと進む銃弾を包みこむ。
爆発的に高められたその魔力は、辺りの空気までをも凍結させた。
「バースト!」
『Freeze burst』
タスピがそのトリガーを唱えた瞬間、デバイスの機械的な音声と共に今までノロノロと宙を進んでいた銃弾が一気に加速した。
「ッ!!」
その速さは正に疾風迅雷。
先程までの早さが亀と例えるなら、今は最新式のロケットだ。
「チッ!」
舌打ちを打ち、表情を歪める。何とか回避を試みるバクラだが、もう遅い。
撃ちだされた凶弾はワイトを貫き、目前まで迫っていた。
ゆったりとした時間が流れる。
目の前に迫った凶弾。
避けたいのに、体が反応しない。
何の抵抗も出来ず、氷の鎧を纏う凶弾はバクラの額に吸い込まれていった。
「……嘘」
「そんな……バクラ兄さんが、一撃で………」
アルスとユーノは信じられなった。信じたくなかった。
彼らにとってバクラとは、一族始まって以来の問題児だ。
そして同時に、一族の中で誰よりも才能に恵まれた天才児。
発掘の腕もそうだが、召喚魔法を駆使した戦闘技術は管理局のエース級にも通じる。
知識や魔法の腕はともかく、戦闘に関してはユーノは勿論、アルスや他の大人達でさへもその実力は認めていた。
恐らく、スクライア一族の中では最強と言っても過言ではない。
だが、目の前の状況はどうだ。
冷たい雪の中に倒れたと言うのに、体を起こそうともせずピクリとも動かない。
倒された。
一族でもトップ、管理局のエースとも互角に戦えた男が、たった一発の銃弾の前に倒れたのだ。
目の前の現実を受け入れるよりも、アルスとユーノは我が目を疑った方が遥かに容易だった。
「ッ!!ユーノ、バクラを!!」
時間にして十秒近く。
唖然としたまま固まっていたアルスだったが、自分の相棒であるナレッジを展開させ、バクラを守る様に前に躍り出た。
「は、はい!」
遅れてユーノも、バクラの容態を確かめるため近付いた。
凍結。
バクラの体には所々に氷が張りつき、特に銃弾を受けた顔面は半分以上が氷に埋め尽くされている。
ゲルニアの時と同じく、凍結系魔法をまともに受けた様だ。
幸いなのはそれほど外傷も無く、体温も正常な事か。
それでも目は瞑ったままで、完全に意識は飛んでしまっている。
命に別条が無い事に内心ではホッとしながらも、やはり普段から頼りがいがあった兄が負けたのが信じられなかった。
「……………」
「あのさ、出来るならその恨めしそな目を何とか……って無理か。お前らから見たら、俺って大切な兄弟を傷つけた張本人だもんな」
一方、アルスは二人を守ろうと、ナレッジの構えてタスピを警戒していた。
つい勢いで飛び出してしまったが、さてどうしたものか。
打開策を模索するアルスだが、頭の中が入り乱れ正常な判断が下せない。
あのバクラを倒した。それも一撃で。
その事実が、どうしても思考を乱してしまう。
落ち着け、此処で俺が動揺してどうする。
奥歯を噛みしめ、適度な痛みを与えながら何とか乱れた思考を元に戻して行く。
今の状況。
バクラは倒され、この場で皆を守れるのは自分しか居ない。
この状況を打破する策を考えるが、タスピの実力は間違いなく本物。
逃げるにしても、倒れたバクラとユーノを抱えて逃げ切れる可能性は低い。
どうする!?
「……なぁ、ちょっと提案があるんだけど」
遠慮がちに声をかけて来るタスピ。思考を中断し、注目する。
「俺の見た所、お前らの中で一番強いのはそいつだろ?」
確認するように、タスピは倒れたバクラを指差した。
「こっちとしてはペンダントさへ返して貰えれば、それで良いんだけど……俺も恩人にこれ以上手を出すのはアレだし。と言うか、人として……なぁ?
ましてバクラみたいな奴はともかく、お前らみたいな奴はどうもな~~。あ、あはははははは……」
ポリポリと、気まずそうに頬を掻くタスピ。
本当にバクラを倒したのか疑うほどの情けない青年の姿がそこにはあった。
一気に毒気を抜かれるアルス。
警戒していたのがバカバカしくなるほど、今のタスピからは敵意を感じ無い。
それもそうだ。
元々タスピは此方と争う意思は無かった。
ただ単にペンダントの返還を求めているだけで、バクラを傷つけたのはそのペンダントを返そうとしなかったからだ。(バクラ自身が戦闘に乗り気だったのもあるが)
バクラを倒された事で気を乱し、スッカリ忘れていた。
瞬時に今までの情報を纏め、アルスの脳内が最新式のコンピューターの様に答えを導き出す。
(今までのタスピさんを行動を見た限りでは、むやみやたらに俺達に危害を加える事も無いだろうけど……信じていいのか)
チラリと、タスピの様子を窺う。
デバイス片手に、青白色の髪の毛を困った様にポリポリ。
見た所、嘘をついている様に見えない。と言うか、この人が嘘をつくイメージが如何しても出来ない。
演技だとかそんなレベルの問題では無く、素でこう言った交渉は苦手の様だ。
良く言えば表裏が無い素直な人間、悪く言えば単純バカ。
警戒するまでも無い、とアルスは肩の力を抜いた。
「……もし俺達がペンダントを渡せば、一切の危害を加え無いと約束してくれますか?」
最終確認の意味で、タスピへと問いかける。
「当たり前だ、って犯罪者の言葉なんて信じてくれる訳ないか。けど、こいつに関しては俺を信じてくれとしか言えない。頼む!そのペンダントを返してくれ!」
謙った物言いだが、態度は真摯その物。パンと両手を合わせてお願いをしてきた。
「……………解りました」
数秒間タスピの言葉を反芻した後、アルスはゆっくりと頷く。
口では了承の返事をしたが、正直言って心の内は納得しておらず、モヤモヤした嫌な感じが積もる。
違法魔導師。
タスピの人柄は好意的に見れるが、どんないい人でも犯罪者である事には変わりない。
どうしてもアルスの中に存在する正義感が、ペンダントを渡す事を拒否していた。
しかし、この状況ではどうしようもない。
チームの中で最強のバクラが倒された今、自分に出来る事は皆を安全に麓の町まで届ける事。
ザッ、ザッ、と雪を踏みしめながらバクラに近付き、ペンダントを取ろうとしたのだが――
――バッ!!
「うわぁ!」
「ば、バクラ兄さん……」
何の前触れも無く、バクラの目が見開きそのまま勢いよく起き上がった。
近くに居たアルスとユーノは突然起き上がった事に驚くが、それ以上にタスピは驚いていた。
(俺のフリーズバーストをまともに受けて、こんな短時間で起き上がっただと。どんだけの回復力だよ!)
彼自身、自分の魔法には自信を持っていた。
自信を持っていたからこそ、この短時間で回復したバクラの驚異的な生命力には驚きを隠せなかった様だ。
「チッ……油断したぜ。まさか、あのバカが此処まで精密に魔力コントロールを出来るとは」
頭を振り、顔や体に張りついた氷を無理やり剥がす。
片手で銃弾が命中した額を抑え、悪態をついた。
何だ、元気そうじゃないか。
てっきり怪我をしたと思っていたが、この様子だと大丈夫だろう。
体も薄い氷が表面に張り付いただけで、特に怪我を負っていない。
アルスとユーノは、ホッと胸を撫で下ろしながら肩の力を抜いた。
「さぁて、キツイ一発ありがとうよ。おかげでスッカリ目が覚めたぜ」
ククク、と好戦的な笑みを浮かべながら、バクラはトントンと額を叩いた。
(あ、不味い。バクラの奴、スッカリ頭に血が上っている)
心配した自分達などに目もくれず、タスピの方へと歩いていくバクラ。
「ちょっと、ストップ!」
こいつは不味いと、急いでアルスが止めに入った。
「バクラ、もう止めよう!タスピさんも大人しくペンダントを渡せば退いてくれるって言うし、そもそもお前一回やられ……た……」
徐々に小さくなっていくアルスの語尾。
バクラから発せられる威圧感。
此方を射抜く瞳は怒りに染まっており、ユーノだけでなく幼馴染のアルスさへも言葉に詰まるほど怖かった。
――見逃して貰おう?この盗賊王バクラが、あんなバカな魔導師に?
――冗談では無い!
どうやら油断したとはいえ、一撃を貰った事が相当癪に障ったらしい。
アルスの説得を無視し、おもむろに懐から問題の割れたペンダントを取り出す。
「ファルコース!」
魔力を解放し、空中にファルコスを召喚する。
警戒し、身構えるタスピ。
再び戦闘開始かと思われたが、バクラは攻撃を命令を出さず、二つに割れたペンダントを空中に投げ――
「「「……あ」」」
ファルコスに呑み込ませた。
「な、な、ななななななッ!」
予想外の行動にアルス達も言葉が出なかったが、一番驚いているのは持ち主であるタスピだ。
ワナワナと、人差し指を震わせながらファルコスを指差す。
そんな彼を嘲笑うかのように、ゴクン、と50億の金品の在りかを記したペンダントを胃の中に押し込んだ。
「なにやってんだよおおおぉぉぉぉおおぉぉぉーーーー!!!」
山彦を通じて、雪山全体に響き渡る絶叫。気持ちは痛いほど解る。
「安心しな。貴様のお目当てのペンダントは溶けて無くなったりはしねぇよ」
「え、そうなの?」
慌てふためくタスピだが、バクラの言葉を聞いてひとまず安心した。
バクラ自身、初めからペンダントを消化するつもりなど毛頭ない。
それは50億の金品を手掛かりである事もそうだが、もう一つ理由がある。
「あぁ。正し、俺様を倒さねぇ限りファルコスからペンダントを吐き出させる事は不可能だがな」
タスピの逃亡を防ぐ。
こうしてファルコスの体内に仕舞っておけば、嫌でも自分と戦わなくてはならない。
逃がしなどしない。徹底的に打ちのめし、先程の魔力弾のお礼をしてやる。
狂気を孕んだ瞳でタスピを睨みつけ、挑発気味に言葉を放った。
「えっと、要するにだ。お前をもう一回ぶっ倒せば、ペンダントは戻ってくるって事だよな。なんだ、簡単じゃないか」
二カッと挑発的な笑みを浮かべながらも、そのデバイスは絶えずバクラに照準を合わせていた。
「アルス兄さん、どうするの?止める?」
「止めるって言われても、もう俺の手には負えないぞ。せめてレオンさんかアンナさんが居れば、話は別だけど」
既に二人の説得は不可能。
力づくで止めるにしても、魔導師としての腕は二人の方が断然上。
完全戦闘態勢に入っている二人を、アルスとユーノの二人だけで止める事は難しい。
と言うか、完全に殺るき(やる気)モードになっているバクラを止められるのはアンナとレオン。次点で族長やおばば様ぐらいしか居ない。
下手に割って入ったりでもしたら、それこそ被害は拡大する。
だったらいっその事、バクラを後ろから撃って気絶させてペンダントを渡すか。
かなり物騒だが、この場で最も効率が良い解決方法を実行するか悩むアルス。
しかし、時既に遅し。
スクライアの超問題児は、タスピへと襲い掛かっていた。
「行け、死霊共!」
死霊を召喚するレアスキル――ネクロマンサー。雪原に不気味な唸り声が木霊した。
(……お化け?さっきの鳥人間を呼び出したのも、多分召喚魔法だよな。このお化けといい、変な魔法を使うんだな、バクラって)
二つのレアスキル級の能力は、違法魔導師であるタスピにとっても珍しいらしい。
物珍しそうに死霊達を眺めていたが、向こうが敵意を持っているのは明白。
デバイスを構えて、得意の凍結系魔法を発動させた。
「フリーズバースト!」
ダンダンダンッ!
撃鉄の音と共に放たれる、幾つもの銃弾。
それら全ては、バクラのみに照準が合わされていた。
死霊による攻撃には対応できると踏んだのか、それともバクラの方が危険と悟ったのか。
どちらにせよ、全てがバクラに迫っているのは確かだ。
一度見た技。
威力の方は立証済み、通させる訳にはいかない。
「させっかよぉ!死霊共!」
ノロノロと、動きが鈍い間に全ての銃弾を死霊で包みこむ。
収縮。
銃弾を包みこんだ死霊達は徐々にしぼんで行き、凍りつきながら銃弾と共にバラバラに砕け散った。
「いぃ!」
流石に死霊による自滅は予想外の事だったらしい。
思わず変な声を漏らしながら、目を見開くタスピだった。
その様子を見て少しばかり気が晴れたのか、バクラは口元を釣り上げた。
「俺様に同じ技が二度通じるとは思うなよ!」
両腕を組みながら、余裕のある表情でタスピを見据えるバクラ。
「てめぇのFreeze burstとかいう魔法。差し詰め凍結とブースト系魔法の二重魔法を重ねた弾丸を放つ魔法、といった所か。
放ってから暫く続くあのノロノロは、大方ブースト魔法を瞬間的に爆発させるための溜めの時間。
一見すると戦闘には不向きな魔法にも思えるが、上手く使えば時間差による奇襲攻撃が可能。
おまけに、てめぇ自身の間抜けさに敵も油断する。俺様もスッカリ油断しちまったが、考えてみりゃ対処法は簡単だ。
ブーストされる前に弾丸その物を破壊すりゃいい。
生憎だがこれから先、マグレ当たりは無いと思いな」
「おい、今さらっと俺の事を間抜けって言っただろ」
「事実だろ」
バッサリと切り捨てるバクラに、タスピは若干怒りの色を宿した瞳で睨みつけた。
向こうは何処吹く風。
真っ向から睨みつけられても、逆に心地が良いと言わんばかりに鼻を鳴らした。
「……まぁ、良いさ。此処は大人の貫禄って奴を見せて許してやる」
そんな風に言う時点で大人の貫禄なのかどうか疑問を覚える。
後ろで待機しているアルスとユーノは揃って首を傾げた。
「にしても、お前って乱暴者のわりには結構見てる所は見てるんだな。正直、一度見ただけでそこまで見切れるとは思わなかったぞ」
純粋にバクラの技量を褒め称えるタスピ。
あれだけ粗暴な態度で、此処まで繊細に自分の技を見切れるのには驚いた。
「けどな、お前の推測は大体は正解だけど、凍結とブースト系魔法の二重魔法って所が外れだ」
ゴソゴソと、懐を探り一個の弾丸を取り出した。
「正確にはこの弾……俺の仲間が作った特殊な簡易デバイスなんだけど、これ自身に初めっからブースト魔法とある程度の魔力が蓄積されているんだよ。
後はほとんどお前の予想通り。
デバイスと弾丸用の簡易デバイスを連動させて、凍結魔法を上乗せした弾丸を放つ。
撃ち出してから直ぐ加速しないのは、爆発的に速度と威力を高めるために少しチャージする時間が必要だからだ。
う~んと……そうだな、一応カートリッジシステムと似たような物かな?
あ、でもあっちの方は圧縮した魔力のカートリッジを使用して、術者に爆発的な魔力を与えるんだったんだっけ。
俺のは術者の魔力は高まらないし、カートリッジその物を武器として使用してるみたいなもんだから、やっぱり違うのかな?
まぁ、どっちもでいっか!」
戦いの最中には場違いな天真爛漫な笑みを浮かべ、自慢するように自分のデバイスを見せつけるタスピ。
「さっき見せたFreeze burst。その威力は体験したお前自身が良く解っているだろ?
あの威力は、このデバイス……“アブソリュート”でしか出せない。
弾もカートリッジみたいにただ魔力を込めた奴では無く、俺の仲間が作ったこのアブソリュート専用の特製弾じゃないとダメだ。
単純な二重魔法では無い、アブソリュートと専用の弾丸。
この二つがあって、初めて真骨頂を発揮できるんだよ。でもな――」
真剣な表情で此方を見据えるタスピ。
ゴクリ。
妙な迫力があるその視線を受け、アルスとユーノは緊張して生唾を飲み込んだ。
「この弾って、ものすっごくお金がかかるの」
だああぁ、と先程の緊張感を返せと言わんばかりにこけるアルス&ユーノ。
「な、何も泣かなくても……」
ルールーと、涙を流し続ける情けない姿を曝け出すタスピに、アルスは思わず苦笑を浮かべてしまう。
考えて見ればそうだ。
説明を聞いた時はあまり見た事が無い、珍しい技法だと思ったが、それもそうだ。
威力は確かに凄いが、それはあくまでもタスピのデバイスと専用の弾丸があって初めて実現できる。
簡易デバイスとは言え、自分の手で一から作るとしたら、それ相応のお金はかかる。
おまけに、一度の戦闘での消耗品。
デバイスの整備も合わせれば、その金額は莫大な物になるだろう。
燃費が悪い。
道理で珍しい技法な訳だ。正直、管理世界の魔導師でもほとんど使う人は居ないだろう。
こんな技術にお金を回す余裕があるなら、デバイスの性能を向上するために投資した方がよっぽど利口だ。
タスピの様子を見る限り、資金のやり繰りに相当を苦労したのだろう。
(でも、どっちにしてもこの人の魔法技術、相当凄い)
使い捨て用の魔力を蓄積する装置ならさほど珍しくは無いが、それをあそこまで操れる技術には感心する。
複数のデバイスを連動させて、それぞれ別の魔法を重ね合わせた魔法の腕。
一寸の狂いも無く、バクラの額を捉えた射撃の腕。
魔力を安定させ、弾丸を破裂させる事無く操った魔力コントロール。
どれも並の魔導師では真似できない。
これが管理局を相手にしてきた違法魔導師。
アルスはその強さに僅かばかりの戦慄を覚えた。
「へッ、随分と余裕があるじゃねぇか。
貴様の攻撃がそのアブソリュートとか言うデバイスと特性の弾丸による物だとしたら、弾丸が尽きればもう貴様にあれほど威力を誇る技は出せねぇ。
そう言う事なんだろ」
「まぁね。
一応アブソリュートだけでもそれなりの魔法は使えるけど、やっぱり俺の真骨頂はこの弾丸が無くちゃな!」
お互いに軽口を叩き合う、それはつまりそれだけ余裕があると言う事。
バクラは勿論、弾数に限りがあるタスピも笑みを浮かべていた。
自分で自分が不利になる情報を曝け出し、この余裕ある態度。
気にいらねぇ。
凶悪な笑みを浮かべ、獲物を狙う獣の如くバクラは睨みつけた。
「クククッ、良いだろ。あの時、俺様の額を撃ち抜いた時に殺傷設定にしてなかった事を後悔させてやるぜ!」
「むッ、失礼な。俺達赤鷹だってな、盗みはするけど人を殺すほど外道の道を歩んでないっての!つーか、殺傷設定って……お前は争乱期の生き残りかっと!!」
雪の絨毯を踏み締め、アブソリュートの銃口をバクラへと向ける。
デバイスによる凍結魔法と弾丸によるブースト。
魔力を乱さず、同時に発動させトリガーを引いた。
「フリーズショット!」
放たれる氷の弾丸。
遅くも無く速くも無く、並の魔法弾のスピードでバクラの額へと向かっていく。
(ほぉ~、なるほど。
Freeze burstが溜めの時間を有する破壊力と速さに特化した魔法に対し。
Freeze shootは溜めの時間を必要としない速射性に優れた弾といった所か)
冷静に、相手の攻撃を見極めるバクラ。
もうあの時の様に油断はしない。
注意深く警戒し、銃弾の弾道を見切る。
スピードは確かに素早いが、それでもまだ並のレベル。
Freeze burstの様に爆発的にスピードを速める様子は無い。
この程度なら目を瞑っていても避けられる。
バクラをその場から動かず、首だけを動かして氷の弾丸を避けた。
さぁ、次はどうする。
挑発的な笑みを浮かべるが、タスピに焦った様子は無い。
寧ろ、ニヤリと意味深な笑みを浮かべていた。
(あの野郎、何が可笑しッ!!)
首筋がチリチリと熱くなる。毛穴が開く。ジュワっと嫌な汗が一気に噴き出してきた。
「チッ!」
その場で跳躍し、曲芸師の様に空中で鮮やかなバク転。
ヒュン。
反転した自分の視界の中を、先程確かにかわしたはずの氷の弾丸が駆け抜けて行った。
(どうなっていやがる?あの野郎、どんなタネを使いやがった?)
最初に浮かんだ可能性は誘導弾の類。
着地して直ぐ辺りを警戒したが、バクラが避けた弾丸は曲がる事も無く、そのまま真っ直ぐ雪山の中に溶けて行った。
妙だ。
もし仮に誘導弾の類だとするなら、自分だったら間違いなく着地の瞬間を狙う。
弾も有限である事も考えて、あのまま無駄弾に使うとは考え難い。
だとすると、Freeze shootは誘導弾では無く直射型の魔法なのか。
しかし、それだと一度かわしてもう一度自分を襲ったのはどう説明がつく。
バクラはタスピの動きに警戒しながら、タネを解き明かそうと後ろを振り向いた。
(……何だ、あれは?)
自分の後ろ、ちょうどタスピと挟み撃ちにする様にして空中に浮かぶそれ。
透き通り、太陽の光を受けて輝く雪山には不釣り合いな物。
鏡。
磨かれた表面に、怪訝そうに眉を曲げる自分の顔が映っていた。
「フリーズショット!」
「ッ!チッ!!」
後ろの鏡の正体が気になるが、今は迫ってくる氷の弾丸の対処が先決。
体を捻り、雪の中を転がりながら避けた。
弾丸は真っ直ぐ、宙に浮かぶ謎の鏡に向けて飛んで行く。
そして、タスピの弾丸と鏡が接触した瞬間――
「なにッ!?」
弾丸が、まるで鏡に反射する様に跳ね返ってきた。
「ッ!!死霊の盾!」
一瞬、驚愕の表情を見せるが直ぐ意識を引き戻す。
死霊達を召喚し、一点に集中させて氷の弾丸を破壊した。
パラパラと、死霊と共に雪の中に消えて行く弾丸の欠片。
その先に浮かぶ鏡を見つめながら、バクラは思考の海に潜って行く。
今の魔力弾といい、前の魔力弾も同じ様に後ろから跳ね返ってきた。
間違いなく、あの鏡が関係している。
先程の映像を思い浮かべるバクラ。
直進する弾丸が鏡に触れた瞬間、此方側に返ってきた。
となれば、答えは一つ。
魔力スフィアによる新たな魔力弾の形成では無く、放った魔力弾その物を跳ね返す魔法。
「次から次へと妙な魔法を使いやがって……めんどくせぇ野郎だ」
正に、鏡映しな文句を垂れるバクラ。実際、二つのレアスキルを持つ彼が言う事では無い。
その傍らに、さらに一枚の鏡が形成される。
まるで空気その物が凍りつくようにして現れた二枚目の鏡。
気になりバクラが目を取られていると、今度は逆の方向に鏡が現れた。
さらに一枚、もう一枚、と次から次へと鏡が現れ、遂にはバクラを取り囲むほどの膨大な数が辺りを埋め尽くした。
「どうだ!これが俺の魔力弾だけを感知し、そのまま跳ね返す魔法……“Ice reflect”だ!!」
自信満々に胸を張って魔法の名前を告げるタスピ。
様子から察するに、相当に自信があのだろう。
実際、今のバクラは少し厄介な状況に居る。
魔力弾を跳ね返す鏡に、四方八方が取り囲まれた。
此処に一発だけでも弾丸を撃てばどうなるだろうか。
「どうする?降参するなら今の内だぞ?」
勝ち誇った様な笑みを浮かべるタスピだが、それは当然の判断だ。
既に包囲網は完成した。
ペンダントさえ返して貰えばそれだけでいい彼は、バクラに降参する事を勧めたが――
「ケッ!寝言は寝てから言え!」
この男が素直に首を縦に振る訳はなかった。
そうかい。
今までのバクラの言動から、負けを認める事は無いと感じたタスピはアブソリュートの銃口を鏡の牢屋に向ける。
「ワイト!!」
勿論、バクラとて大人しくやられるつもりはない。
魔力の消費が少ないをワイトを二体同時召喚し、左右の鏡を破壊に向かわせた。
みすみすと完成した包囲網を崩すつもりはない。
アブソリュートの銃口をワイト達に向けるタスピ。
特殊弾丸を使用せず、自分の魔力だけで形成した魔力弾を二発放った。
(流石にワイト如きに無駄弾を使用するほど、奴もバカじゃねぇか)
出来れば厄介な特殊弾丸を使用させたかったが、そう都合よくはいかない。
まぁそれでも、本当の目的は達成出来たのだから良しとするか。
バクラは自分の言い聞かせた後、召喚した二体のワイトを元の魔力に戻した。
鏡が僅かに角度を変え、バクラの姿を映し出す。
対象を失ったタスピの魔力弾は虚空を通り、直線上の鏡に撃ち込まれる。
反射。
先程と同じく、真っ直ぐ向かった魔力弾は跳ね返され自分目掛けて向かってくる。
その場で軽く跳躍し、左右から向かってきた二つの魔力弾同士をぶつけて相殺した。
(鏡の向きや弾道から察するに、奴が操れるのは精々あの宙に浮かぶ氷の鏡だけに限定される。反射その物はただの鏡と変わらねぇ様だな)
これが反射角その物までもが操れるなら厄介だったが、ただの鏡と同じなら此方としても対処しやすい。
まぁ流石に魔力弾が放たれてから鏡に到達するまで。
その一瞬の間に反射角を精密計算する芸当は出来ないが、あらかたの予測はつく。
何よりもバクラには、鍛え抜かれた洞察眼に感覚、ずば抜けた戦闘センスがあった。
正確な反射角など計算できずとも、十分にフォロー出来る。
四方八方を囲む反射魔法、これだけの数を維持するだけでも相当に魔力を喰われるはず。
疲弊した所を、一切の容赦なく叩きのめし屈辱的な敗北を味わせ、ペンダントの暗号の秘密を吐き出させてやる。
凶暴なお面を被り、バクラは身構えた。
「はぁはぁ……流石に、これだけのアイスリフレクトを一度に使うと疲れるな」
白い息を吐きながら、山の冷たい空気を肺へと満たすタスピ。
一枚や二枚ならまだしも、バクラの四方八方を囲むほどの反射板を形成するには少し辛い物がある。
しかし、彼には無駄な時間をかける暇が無かった。
今までの戦闘時間。
アルスが管理局に通報した時間を考えて、そろそろ自分を捕まえにやってくるはず。
速攻で勝負を決めて、ペンダントを取り返す必要がある。
それに――
(……残り一発)
タスピの掌に輝く、一発の弾丸。
管理局に没収されたデバイスを取り戻したまでは良かったが、流石に特殊弾丸だけはどうしようも無かった。
初めの一発で終わらすつもりだったが、思わぬ強敵に出会ってしまった物だ。
(はぁ~あぁ~。俺……今月の運、全部使っちゃったのかな)
幸薄げな表情を浮かべながら、最後の一発をセットする。
舞台は整った。
これでバクラに勝てなければ、管理局から逃げ切る事など不可能。
即ち、夢の挫折。
それだけは絶対ダメだ。
一度深呼吸し、心を落ち着かせる。
この一発で決めると、強い意志を宿した瞳で見据える。
今までよりさらに強く、小さく、特殊銃弾に魔力を込め力を一点に集中させる。
狙いを定め、アブソリュートの引き金を引いた。
「フリーズ……シオオオォォョットーーーッ!!」
辺りの空気までも凍らせるほどの冷気を宿した弾丸。
太陽の光を受けて輝くそれは、タスピのアブソリュート同様に人を惹きつける輝きを放っていた。
より強く、より速く。
銀色の弾道を描きながら、バクラへと襲い掛かった。
(一発の弾丸に大量の魔力を固めたか。まぁ、妥当な判断だな)
バカだと断言できるが、戦闘力は本物。
まともに銃弾を受けて立ち上がったバクラのタフさには、流石に警戒を抱く。
だが、どれだけ速かろうともフェイントも無しのバカ正直な直線攻撃。
軽く体を捻り、朝飯前だと言わんばかりに軽く避けた。
さて、此処からが正念場だ。
「チッ……解りきっていた事だが、実際にやれると小うるせぇな」
自分の魔力弾を跳ね返す反射板。
四方八方が囲まれ、一つの弾丸が常に跳ね返され続ける。
前後左右、左右斜めの前後。
まるで万華鏡に迷い込んだ光の如く、何時までも自分に襲ってくる氷の弾丸。
見切れない事も無いし、避けきれない事も無いが、正直鬱陶しい。
おまけに、さらにバクラを苛立たせる事があった。
(どうなってやがる、この滅茶苦茶な弾道は?)
どの鏡に、どの角度で当たり、どんな風に此方に襲い掛かってくるか。
流石のバクラにも計算できないが、ある程度の予測はつけられる。
しかし、どうしてもこの奇妙な弾道が気になった。
此処までの大掛かりな魔法を仕掛けたのだから、自分を弾丸で撃ち抜こうとしているのは間違いない。
実際に最初の弾丸は自分を狙い、後ろから跳ね返った弾丸も自分を狙っていたが、そこから先はどうだ。
時には自分の横を通り過ぎ、時には真上に跳ね返ったり、時には何も無い所で跳ね返り続けたり。
全くの見当違いな方向に行ったり来たりしている。
――ダンッダンッダンッ
今も三つの鏡に反射したが、勿論その弾道線上にはバクラは居ない。
角度を合わせるわけでも、距離を取る訳でもなく、本当に出鱈目な動きなのだ。
初めはフェイントを混ぜた、自分を攪乱させる作戦かと思ったが違う。
まるで意思と言う物が感じられない。
しかし、だからこそある意味厄介だ。
一体何処から飛んでくるのか、どのタイミングで来るのか、皆目見当もつかない。
それでも、時々襲ってくる弾丸を避けられるのだから、本人の戦闘センスがずば抜けているとしか言えない。
「はははははっ!どうだ!?俺のアイスリフレクトの凄さが良く解っただろ!その中に一度入ったら、もう逃げる事は出来ないぜ!!」
勝ち誇り、胸を張りながら高笑いを上げるタスピ。
魔力変換資質を持っているとは言え、此処までの技術を持つ魔導師もそうは居ない。
使用魔法も強力であり、本人の戦闘技術が高い事はバクラも認めるが、こう言いたい。
――だったら何で弾丸が俺様の真上を通りすぎてるんだ。
本人しては珍しく、可哀想な物を見る様な哀れみの視線を送ったバクラであった。
ダン、ダン、と弾丸は跳ね返り続ける。
一枚のアイスリフレクトが跳ね返した弾丸が、自分目掛けて飛んできた。
相変わらずの直線的な攻撃にウンザリしながらも、バクラは軽くかわしたが―
「ッ!!」
驚愕の表情に変わり、自分の頬に張り付いた薄い氷の膜を軽く撫でた。
確かにタスピの弾丸は変則的な動きをしたが、避けられないほどではない。
当たる事など絶対にあり得ないはず。
だが、それでは何故自分の頬に薄いとはいえ氷が張り付いている。
疑問を覚えながら、バクラは鏡の中を跳ね返る弾丸を目で追い、ある事に気付いた。
(……僅かだが、スピードが上がっていやがる)
爆発的にではないが、極僅かに弾丸のスピードが速くなっていた。
先程の氷の膜と言い、この弾丸のスピードと言い、無関係とは思えない。
「ふふふっ、どうやら気付いた様だな?そう、それこそがアイスリフレクトの真の恐ろしさだ!」
注意深く弾丸を観察していたバクラに、タスピは得意げに声を張り上げた。
「自分の魔力弾を跳ね返すだけなら、わざわざ魔力を氷に変換せずにただの魔力反射板を使えばいい。じゃあ、何で俺は魔力を氷に変換していると思う?」
鼻高々にバクラを見据えるタスピ。その瞳は自信満々と言う言葉が似合うほど輝いていた。
「簡単さ。
俺は自分の魔力に氷の特性を無意識の内に持たせる……つまり、氷の魔力変換資質を持っている。
ただの魔力弾でも、純粋な魔力だけで形成するよりも氷に変換した魔力で形成した方が、より強力に威力を発揮できる。
バクラ、お前を取り囲んでいるアイスリフレクトにはその魔力弾をさらに強化できる仕掛けが施されているんだ。
ズバリ、氷の特性を持った魔力付加!放たれた魔力弾は、跳ね返されるたびに徐々に魔力を付加されてそのパワーとスピードを上げていくのさ!!」
説明の間も絶えず跳ね返り続けるタスピのフリーズショット。
直ぐ目の前の通りすぎていくのを眺めながら、バクラは静かにタスピを見据えた。
「アイスリフレクトに跳ね返されたフリーズショットは今まで……えっと、何回跳ね返ったっけ?」
流暢に話していたが、途端に言葉に詰まる。流石に、今まで何回跳ね返ったかまでは計算していなかった様だ。
「まぁいいや。とにかく、フリーズショットがアイスリフレクトに跳ね返され続け、徐々に蓄積していった魔力は既に膨大な数値となった。
元々攻撃力を強化するための魔力付加だから、スピードはおまけ程度にしか速くなってないけど。
威力の方は俺の魔力、特殊弾丸、そしてフリーズショットが元々持つ凍結魔法効果。
その他諸々、全部合わせて攻撃力は無限大だ!!」
無限大って、お前は何歳だ。
漠然としすぎた数値に、バクラはタスピの実年齢を疑った。
「さぁ、どうする?大人しく負けを認めてペンダントを返すか?」
遥か空中を飛行するファルコス。
タスピを引きつける餌として、戦闘が始まってからも参戦はさせずに空中に残していた。
ファルコスを眺めながら降伏を諭すが、バクラは返答は当然の様にNo。
無言のまま、反撃の機会を窺っていた。
(ククク、良いだろぉ。もう様子見は止めだ!本気で打ちのめし、俺様の前に跪かせてやる!!)
ペンダントの秘密を聞き出すため、そして魔力切れと言う魔導師にして屈辱的な敗北を味わせてやるつもりだったが、もう止めだ。
徹底的に打ちのめし、反撃する気力すらも奪ってやる。
狂気の瞳で相手を射抜きながら、バクラは勝利までの策を模索し始めた。
恐らく、タスピが言っていたアイスリフレクトの効果は真実だろう。
それは避けたにも関わらず、自分の頬に張り付いた氷の膜が証明している。
蓄積され続けた冷気。
まともにくらってしまったら、今度は自分が氷の牢獄に閉じ込められる事になるだろう。
モンスターか死霊を盾に使っても、冷気その物が爆発してしまっては自分もただでは済まされない。
ならば話は簡単。
弾丸を跳ね返すアイスリフレクトを全て破壊すればいい。
死霊達を氷の鏡と同数だけ召喚し、自身の魔力を与え攻撃力を強化した。
(死霊共にこれだけの魔力を与えれば、あの鏡を破壊するには十分だ。後はこいつらを放ち、包囲を突破した後に俺様のモンスター共を召喚して一気に叩く!)
足場の悪い雪山だが、そんな事は関係ない。
バクラは身構え、モンスター達を召喚するのに十分な魔力を練り上げながらタイミングを計っていた。
そして、いざ死霊を放とうとしたその時、思わぬハプニングが起こった。
「……あ」
しまったといった感じで言葉を漏らすタスピ。
操作を誤ったのか、アイスリフレクトの檻の中で跳ね返り続けていた弾丸が、外に撃ち出されてしまったのだ。
「不味いッ!」
急いで軌道を修正するため、一枚の鏡を向かわせる。
何とか前に先回りさせる事に成功し、撃ち返す事が出来た。
――タスピの後頭部目掛けて。
「ふぅ~、ちょっと調子に乗ったか。うん?どうした、お前ら?そんな、まるであり得ないバカを見たかのような顔をして」
あり得ない、確かにその通りだ。
「ははぁ~ん。さては、俺がコントロールミスをしたと思ったんだろ?残念でした!見ての通り魔力弾は健在だぜ!!」
健在。うん、誰が見ても健在だ。今も尚、現在進行形でタスピの後頭部に向かっているのだから。
そして――
「さぁ、お遊びは此処までだ。次は当てる、早くペンダントを返した方が身のためだぜ!ふふふッあははははははははッッあっぶれしょっくーーん!!」
アイスリフレクトの魔力付加を受け続けた弾丸は、勝ち誇り高笑いを上げていたタスピの後頭部に綺麗に炸裂した。
「「「……………」」」
三兄弟揃って口をポカーンと開き、目を点としながら目の前の惨状を見つめている。
「あ…………ぁぁ………あ」
小さく呻き声を上げながら、ピクピク、と痙攣するタスピ。
弾丸を受けた後頭部だけでなく、背中や臀部、さらには脚まで全てが凍りついている。
本人が自慢するだけの事はあり、アイスリフレクトに魔力を付加され続けたフリーズショットの威力は絶大だ。
バクラも当たっていたら無事では済まなかっただろう。
“当たって”いれば!!
「……………」
言葉を失い、雪に倒れて氷漬けになっているタスピを見つめながら、バクラは今までの彼を行動を思い出していた。
吹雪の中では遭難し、アルスに言い包められ、ペンダントに関しては子供騙しにも引っ掛かる情けない人物。
しかし、その戦闘の腕だけは本物で、油断したとはいえ自分に一撃を入れた人物。
だが、目の前の魔導師からはとてもそんな姿は想像できない。
恐らく……と言うか、絶対この人魔力弾が向かう方向を計算していなかっただろ。
――弾道が読めなかった?
当たり前だ。
何回も何回も跳ね返ったのは、本人が計算して撃っていたのでは無く、ただ単に弾丸を外に出さない様にアイスリフレクトを動かしていたのだから。
バクラの優れた洞察眼を持ってしても、本当の意味で滅茶苦茶に動く弾道を見切れるはずが無い。
「俺は、こんな魔導師のクセに空間把握能力も碌に備わってねぇバカに気絶させられたのか」
これが敵を油断させるための演義なら、バクラも見事だと舌を巻いただろう。
だが、タスピの現状を見る限りではその可能性は無いと断言できる。
即ち、素!
油断したとはいえ、こんなバカに一瞬とはいえ気絶させられた。
そう考えると、沸々とドス黒い感情が込み上げてくる。
バクラの怒りを表す様に、辺りの濃厚な不気味な黒い魔力が漂い始めた。
「ゲルニア!ゴブリンゾンビ!アンデット・ウォーリアー!」
遂には三体のモンスターを召喚し、未だに起き上がれないタスピを取り囲んだ。
殺れ。
主の命令に最初に動いたのはゲルニア。
雪に脚を取られる事無く、迅速に駆けより蹴り飛ばした。
「ぐふッ!」
バキン、と決して軽くない氷が砕ける音と共に宙を舞うタスピ。
その先に待っているのは、ゴブリンゾンビ。
体勢を低く、タイミングを合わせてアッパーカットの要領で剣を突き立て上空へと打ち上げる。
「いがッ!!」
ゲルニアからゴブリンゾンビのコンボ攻撃。
フリージングショットまともに受けた事もあって、その体に蓄積されたダメージは相当な物。
だが、そんなのはお構い無しと言わばかりに、今度は跳躍したアンデット・ウォーリアーがその剣を振り下ろした。後頭部目掛けて。
「ごがッ!!!」
ただでさへ先程弾丸が命中した場所への攻撃。中々に性格が悪い。正に外道。
予想以上の衝撃を受けながら、落下して行くタスピ。
その先に居るのは、最初に自分を蹴り飛ばしたゲルニア。
待ってましたと、タイミングを見計らってタスピの体を自らの巨大な爪で打ち落とす。さらに追撃、踏みつけた。
「ゴバァッ!!!!」
色々と外に出てはいけない物が出そうな所を、何とか耐えるタスピ。
さらに攻撃と言うには生易しい、一方的な蹂躙は続く。
バーサーカーソウル発動!
ドガッ、バゴッ、ゴンッ、ガンッ、ダンッ、ザンッ!!
生々しい音が雪原を支配し、その音が響き渡るたびに無抵抗なタスピの体が宙を舞った。
「って、わあーー!!ストップ、ストーーーップ!!」
「バクラ兄さんもう止めて!これ以上をやったらタスピさんが死んじゃうよ!!」
あまりの衝撃の展開に付いていけなかったアルスとユーノだが、流石にこれ以上はタスピの生命に関わると肌で感じ、急いで止めに入る。
アルスはバインドでモンスター達の動きを止め、ユーノはバクラの腰に縋りつき。
お互いに止める様に説得した。
「はぁーはぁー……」
そうして説得を続けていくと、徐々にバクラの怒り(ほぼ八つ当たり)も沈下していった。
良かった、これで身内から殺人者を出さなくて済む。
ホッとしながら、アルスとユーノ続いてタスピの様子を窺う。
自分の魔法での自爆、バクラのモンスター軍団による蹂躙。
破壊力抜群のコンボ攻撃を受けたタスピの体は、正にボロボロと言うのに相応しい。
バリアジャケットを所々破れ、弾丸が命中して特にダメージが大きい後頭部からは血も流れている。
ダラダラと零れ落ちる鮮血が白い絨毯に歪んだアートを描く様は、それだけで心理的恐怖を煽った。
「あのーー……タスピさん。もしもーし、大丈夫ですか?」
勇気を振り絞り、アルスが近付いて声をかける。
反応は無し。
あれほど元気満々だったタスピが、今は嘘の様に静かに倒れている。
これって、かなり不味いよね。
最悪の可能性が頭を過り、サーッ、と顔から血の気が引いていく。
体を震わせながら、もう一度アルスは呼びかけようとしたが、その前に唐突にタスピが勢いよく飛び起きた。
「うぉ~~……いって~~。頭の芯まで響いた~。うん?うわッ!血だ!!」
あれだけの攻撃を無抵抗、しかもバリアジャケットが破れるほどの攻撃を受け続けたのに、何事も無い様に後頭部を摩るながら手に付いた血にビックリ。
まるで、昨日は飲み過ぎちゃったな~、と二日酔いに苦しむサラリーマンの様にアットホームな思考だ。
((いや、それってそんな軽いノリで済まされる怪我じゃないでしょ!!))
常識人であるアルスとユーノも、そんな軽いノリで済まされる思考に思わずツッコミを入れてしまった。
ハッキリ言って、行き成り飛び起きた事よりも驚く。
「うぅ……ヤバイ。ちょっとキツイかも」
起き上がった事には驚いたが、どうやらタスピも普通の人間の様だ。
後頭部を抑えながら、体をヨロヨロ。相当に参っている。
(こいつ……頭はバカだが、戦闘の腕と諦めの悪さだけは本物だな)
タスピの人並み外れた頑丈さに驚いているのは、他でも無いバクラ自身だ。
あれだけの攻撃。
並外れた頑丈さを持つ自分も耐えられるだろうが、まさか目の前のタスピも耐えきれるとは。
普段あまり驚かない彼の瞳も、僅かだが驚愕の色を宿していた。
「ふぅーー、流石に効いたぞ。お前、顔に似合って結構酷い事するんだな。行く末が心配だぜ」
後頭部を血で濡らし、体はボロボロの重軽傷者。
されど瞳に宿した光は未だ衰えを見せず、表情には笑みが浮かんでいた。
「安心しろ。てめぇが俺様の心配をする事なんざ、これから先一生ねぇからよ」
全くのダメージを感じさせないバクラの堂々とした姿。
完全に立場が逆転し、タスピは聞こえない様に舌打ちを打った。
(くぅ………はぁはぁはぁ。あ~ダメだ。体が思った以上に重い)
表面はボロボロだが、内部のダメージはそれ以上にボロボロ。
どれだけ頑丈であろうとも、彼は人間。
本当の意味で規格外の頑丈さと戦闘センスを併せ持つバクラよりは、並の人間に近いのだ。
足元が覚束なく、蓄積され続けたダメージに負け、今にも倒れそうだ。
(ダメだ……まだ倒れちゃダメなんだ!!)
自分自身に言い聞かせ、無理やりにでも意識を活性化させる。
(弾丸は尽きたけど、アブソリュートには特に破損は無い。俺の魔力だって、まだ余力がある!!)
体をバネの様に使い、怪我人とは思えないほど大きく飛び退いてバクラ達から距離を取る。
大きく息を吸い、山の冷たい空気を肺へと満たし、バクラを真正面から見据えた。
「ふぅ~~……腕には自信があったけど、まさか此処まで追い詰められるとは。やるな!バクラ!」
不利な状況であるにも関わらず笑みを浮かべるタスピに、バクラは訝しげな視線を向けていた。
「でもな、こっちにも引けない事情って物があるんだ!何が何でも、その鳥人間からペンダントを取り返させて貰うぞ!!」
今までよりもさらに強力な魔力の波がタスピから立ち昇った。
「こいつはちょっと強力すぎるから、出来れば恩人に対して使いたく無かったけど……俺も本気でいかないとヤバイみたいだからな!全力で行かせてもらうぞ!!」
バクラの褐色肌を突き刺す、冷気を帯びた魔力。
来る、今までタスピが使用した魔法よりも強力な魔法が。
怪我人だろうと、自分に牙を向けるなら容赦はしない。
同じ様に魔力を解放し、タスピを完全に排除しようと構えた。
極大の魔力のぶつかり合いが始まろうとしたその時、無謀にも二人の間に割って入る影があった。
「だから、何であんた等は戦闘続行、みたいな空気を醸し出す訳!!?」
「兄さんもタスピさんも、もう止めてよ!!」
一人は身内、もう一人は犯罪者とはいえ怪我人。
これ以上の戦闘は本当に危険だと、アルスだけでなく小さいユーノも勇猛果敢に二人の間に割って止めに入った。
「バクラ、そしてタスピさんも!いい加減にして下さい!これ以上やっても、不毛な戦いになるだけですよ!!」
戦闘時間から考えても、もう直ぐ管理局は到着する。例え雪山からに逃走しても、逃げ切れる可能性は比較的0に近い。
アルスの言う通り、これ以上の戦闘続行は体力と魔力の無駄遣いになるのは火を見るより明らか。
「タスピさん、その怪我じゃどっちにしてもバクラ兄さんには勝てません!早く治療をしないと!」
血の流れは止まり、体も動けないほどの重傷では無い。
しかし、決して軽傷とは言えず、ユーノの目から見ても限界に近いと解る。
対してバクラは初めの一撃こそまともにくらったが、それ以降は全くのノーダメージ。
勝てるはずが無い、下手したらさらに大怪我を負う。
違法魔導師である事を忘れ、純粋にタスピの容態を心配しながらユーノは説得を続けた。
「チッ!またか……いい加減にしろ、てめぇら!!」
二人の説得を、バクラは無視。
寧ろ、いくら身内とは言え邪魔をする二人が鬱陶しいと悪口を浴びせた。
ならばタスピは、と期待したが此方もダメだった。
「生憎、一飯の恩人でもそれだけはダメだ。言っただろ?俺達赤鷹にも、叶えたい夢があるって。俺自身も、その夢のためにはこの場から引く訳はいかないんだよ!」
言葉こそ柔らかいが、その裏には確固たる信念が込められている。
アルスの時と同様、タスピはユーノの説得にも首を縦に振ろうとはしなかった。
これ以上の話し合いは不要だ!
タスピの魔力によって舞い上げられた粉雪は、そう言いたそうにユーノの体を吹き抜けていった。
「何で……何でですか!?」
肩を震わせながら、幼い体で出せる目一杯の声を荒げるユーノ。
「もう直ぐ管理局が来るんですよ!?怪我してるんですよ!?そんな大怪我をしてまで叶えさせたい夢って……強盗してまで手に入れたお金で叶えたい夢ってなんなんですか!!?」
純粋な疑問をぶつける。
今日初めて出会ったが、タスピがそんなに悪いに人間ではない事は確かだ。
そんな彼が、法を破ってまで叶えたい夢が何なのか純粋に気になった。
「強盗してまで………か。はぁ~、今まで色々な人に説得されてきたけど、やっぱり子供にそう言われると辛いな。
つーか頼むからそんな純真な目を俺に向けないでくれ。何か色々と削られるから」
自虐的な笑みを浮かべながら、俯くタスピ。
だったらもう止めて自首して下さい!
そう説得を続けようとしたユーノだったが、その前にタスピが表を上げて静かに語り始めた。
「綺麗だよな、この雪山。人の手がほとんど入って無いし、恐らく人と自然が上手く付き合っているんだろうな」
周りの雪景色を眺めながら呟く。
その時の彼の表情は、嬉しそうでありながら何処となく悲しく見えた。
「セルピニスの村もこんな雪に囲まれた山奥にあった。『雪と共に生き、雪と共に去りぬ』。代々セルピ二ス族に伝わってきた言葉だ。俺はその一族の村長なんだよ」
「え?」
村長、即ちその村の中での一番の責任者。スクライアで言うならバナックの立場だ、目の前のタスピが。
「……おい、今『こんな人が村長で大丈夫か?』って思っただろう」
半目になりながら、ユーノを責める様な視線をビシバシと注ぐ。
事実、ユーノは多少だけど心配していた。
だって今までのタスピの言動を見る限り、そんな重要な立場に居るようには思えないんだもん。
「う……ご、ごめんなさい!」
自分が悪いと思ったら、直ぐ謝れる。この辺がバクラとの決定的な違いだ。
「あはははっ、まぁ俺も自分が頭が良いとは思ってないし、村長ってのも代々家から受け継ぐもんだから頼りないのは仕方ないかもな~」
気さくな笑みを浮かべ、声を大にして笑うタスピ。
やはりユーノには、犯罪を犯す様な人には見えなかった。
「でもな、そんな俺でも村長だからな。一族の危機には体を張る責任ってもんがあるんだ」
先程までも気さくな笑みを潜め、真剣な表情で此方を射抜くタスピ。
その表情はまだ幼さが残る物だったが、自分達の族長バナックと同じ安心感と頼りがいを感じさせる物だった。
俺達セルピ二ス族が暮らしていたのは、代々こんな人里離れた雪山の奥だった。
雪の守り神を崇め、日々の糧を得る。
それがセルピ二ス族の代々の暮らしだった。
外界との接触もほとんど無いせいか、村には娯楽と言える物が無かったけど、俺にとっては大事な大事な村だった。
『雪と共に生き、雪と共に去りぬ』
村長である俺も他の皆もその言葉通り、質素だけど自分達にとっては大切なこの場所で骨を埋める物だと、子供の頃は信じて疑わなかった。
だが、世の中はそんなに甘くなかった。
年々衰退して行くセルピ二スの村。
気付いた時には村にはほとんど人が居なくなっていた。
昔と違い今は外の情報も入ってきて、外での生活に憧れる奴が大多数を占める。
当然、中には都会の暮らしの方が良いと村を捨てていく奴も居た。
そりゃ、誰だって色々と便利な生活が良いのは解るし、実際に俺も村を出てからの生活は楽だと思ったさ。
けど、何かが違うんだよな。
上手く言えないけど、都会での生活は村の生活とでは確かに都会の方が便利だけど、俺は村の方が好きだった。
理由なんて聞かれたも解らない、俺が好きなんだから好きなんだ。
そんなもんだから、村から出ていく奴とは喧嘩した事もあったけど、捨てた連中の言い分は解る。
今時、守り神を崇め称えている一族なんて極一部だ。
まして、電気もガスも水道も通っていない所で質素な暮らしをする奴の方が、今では珍しくなっちまっている。
そんな村だから、衰退していくのは仕方ないのかもしれない。
だけどさ、仕方ないの一言で自分が暮らしていた村を捨てられるか?
少なくても、俺は我慢できない。
衰退していくなら、皆で頑張って盛り上げればいい。
電気が無いなら電気を、ガスが無いならガスを、娯楽が無いなら娯楽を。
昔とは変わってしまうけど、また村に人が戻ってくるなら村の守り神だって許してくれるはず。
俺と俺以外に村に残った皆は、早速村復興のためのアイディアを考えた。
それで考えついたのが、資金集め。
今時、物々交換でどうにかなるのは本当に田舎だけだからな。
村を復興させるためには、どうしても金が必要だった。
先ず初めに行ったのは、俺達セルピ二ス族の民芸品を売り出す事だった。
俺の持っているデバイス――アブソリュート。
こいつの彩色も、セルピ二ス制だ。
見た目は綺麗だし、売れる自信もあった。
幸いな事に、近くの町には昔からの知り合いも居たから、これで大丈夫だと楽観的な考えだった。
確かに売れる事は売れたし、注目された事にはされたが、集まった資金は村を復興させるには足らない。
セルピ二スの民芸品は手作業で一から作るから、どうしても大量生産が出来ないし、値段もそれなりでなければ儲けが出ない。
かと言って、値段を下げては村の復興が何時になるか解らない。
年々衰退しく村の様を見つめて、俺達は自分達だけで復興させていくのを諦めた。
次に思いついたのが、俺達の村……つまり、雪山その物を売り出す事だった。
勿論、これには反対意見も出たし、俺自身も反対だったさ。
何処かの企業が自然を破壊した、なんてニュースはあの時の俺達の耳にもを聞こえていた。
そんな連中に、大切な村を任せられるはずが無い。
だけど、そいつらの力を借りれば大きな話題となる。そうなれば人が集まってくる。人が集まれば、資金も集まるし活気も戻ってくる。
自然破壊は許せない事だけど、それで村がまた昔の様に人で賑わうなら、それしかない。
俺達が下手に村の守り神を怒らせないよう監視すればいいと、皆は納得した。
でも、これもダメだった。
この雪山の近くにもスキーとかのレジャー施設があるけど、あいつらが求めているのは自分達の儲けだ。
そのために大事なのは、一にも二にも客。つまり人集めだ。
年間の平均気温が-30度の雪山に人が集まるはずもないし、道の碌に整備されていない、環境が悪い場所にわざわざ手を貸してくれる企業は無かった。
それから色々と考えたよ。
例えばフリーの魔導師……えっと、確かフリーランスって言うんだっけ?
俺自身の魔力はAAAランクと、魔導師としての才能には恵まれていたから、何でも屋みたいな仕事を一時期やった事があった。
でも、今時そんな高ランクの魔導師に高い金を支払ってまで依頼を持ってくる奴の方が少ないし、やっぱりと言うか信頼度も高い管理局に頼む人がほとんどだった。
それ以前に、滅多な事では大きな事件も起きないから、このまま続けていても資金は集まらないと諦めた。
ならその管理局に、とも考えたけど、あそこの給料は一定だからな。
昇進すればそれなりだけど、そこに辿り着いて、村を復興させる金が溜まるまでには何年かかるか。幾ら俺でもそんぐらいの計算ならできた。
その他にも色々な案を出したよ。村と一族の存亡がかかっているんだもん。
けれど、全部がダメ。
結局、衰退していく村は捨てて、俺達も何処か別の場所に住んで行くしかないと、一度は諦めかけた事もあった。
でも、諦めきれなかった。
あの村は俺にとっての大切な場所。そこが無くなるのは……セルピ二ス族が消て行くのは、とてつもなく悲しかった。
確かに世の中が便利になれば、消えていく物があるのは当然かもしれない。
俺達の様に、打ち捨てられた村は世界各地を探せば幾らでもある。
だから、セルピ二スの村が衰退していったのは当然の事だったのかもしれない。
でも!!
「だからって、はいそうですかって諦めきれるか!!」
激昂と共にタスピの足元に、巨大な魔法陣が浮かび上がった。
「俺はセルピ二ス族の長、タスピ・セルピ二ス!!
村長である俺まで諦め、村を捨てたとあっちゃ死んでいった父ちゃんと母ちゃん!じっちゃんにばっちゃん!
そしてその前のじっちゃんにばっちゃん!その前の前のじっちゃんばっちゃん!その前の前の……ずーーーーと前のじっちゃんやばっちゃん達に会わせる顔が無いだろうが!!」
ミッドチルダ式でもベルカ式でも無いその魔法陣は、雪の様に白銀色に輝きながら辺りを照らした。
「俺達が何で赤鷹なんて名乗っているか解るか?それはな、昔ばっちゃんに聞かされた昔話から思いついたんだ!
昔、村の外に狩りに出た若い男が吹雪にあい道に迷った。食べ物も無く、体力の限界が来た時、ふと吹雪の中に真っ赤に光り輝く赤い鷹が飛んで行くのが見えた。
こんな吹雪の中に、あんな真っ赤な鷹なんて居るはずが無い。と男は思ったが、何故かその鷹を見ていると途端に元気が沸き上がってきた。
さらに不思議な事に、その赤い鷹は男の側を離れず、こっちこっち、とまるで道案内をしてるかのように常に男の前を飛んでいた。
男は何気なくその後に付いてくと、どうだろうか。吹雪で道に迷ったはずなのに、何事も無く村に帰る事が出来た。
男は皆にその話をしたが、幻でも見たんだろうと相手にされず、男自身も夢でも見ていた様な不思議な感覚だったせいで特に気にしなかった。
それから暫く経ったある日、男の子供が病に襲われ倒れた。
医者にも見せたが原因は解らず、日に日に子供は衰弱していき、村の皆もすっかり子供を助ける事を諦めていた。
けれど、ある晩。
男が子供の看病していると、ふと窓の外に真っ赤な鷹が飛んで行くのが見えた。
男は藁にも縋る思いでその鷹を追いかけ、子供を助けて下さいと願った。
すると病に冒され苦しんでいた事が嘘の様に子供は元気を取り戻した。
それからも村に災いが訪れるたびに、赤い鷹は現れ、その度に村は救われていった。
男のお嫁さんに新しい命が宿ると、その窓の外には此方を見守る様にして赤い鷹が飛んでいた。
俺達セルピ二スはその赤い鷹が村の守り神の化身と信じ、雪の中でも真っ赤に輝く姿からこう呼んだ。
『幸せを運ぶ雪山の赤い鷹』ってな!!俺の腕に刻まれた赤い鷹と名前は、そこから取ったんだ!」
白銀色に輝く魔法陣の光を受け、タスピの腕に刻まれた鷹の刺青が燃える様に真っ赤に輝いていた。
「俺達が間違っているのは解っているし、世間から見ても罪人だってのは解っている!
でもな、俺にだって守りたい物があるんだよ!!
赤鷹として活動を始めてから、セルピ二スの村と同じ様に村や住んでいた場所が無くなった奴が集まって来て、何時の間にか20人近くまで膨れ上がっていた。
そいつらが力を貸してくれたおかげで、思ったよりも早く資金が集まった……俺は、俺を信じて付いてきてくれた奴らにも恩返しがしたい!
セルピ二スの村だけでなく、そいつらの村も救ってやりたい!!」
魔力の光がタスピの足元に集まっていく。
徐々に凍りつき、ちょうどスノーボードで使う様な薄い氷の板が生成された。
「バクラ、お前がその鳥人間に呑ませたペンダントに記された金は、俺達赤鷹の夢のためにはどうしても必要なんだ!
その金を集め、村を復興させる事が出来た時、俺達赤鷹は本当の赤鷹に……幸せを運ぶ雪山の赤い鷹になれる!!」
放出される莫大な魔力。
余波で粉雪を舞い上げながら、魔法陣が雪に溶ける様に消えていくと、タスピの体から白銀色の一筋の光が立ち昇り天に昇っていった。
瞬間、ゴゴゴゴゴゴッ、地を揺らす地響きが起こった。
「行くぞ!ミッドチルダ式でもベルカ式でも無い、名付けてセルピ二ス式超雪魔法!!」
地響きは収まる事無く、寧ろさらに大きく強くなり、雪山全体を揺らす。
アルスもユーノも立っている事が出来ず、尻もちを付いてしまった。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!
絶えず聞こえるこの音。徐々に大きくなっていき、その正体が遂に牙を剥いた。
白い壁。
そうとしか言いようが無い物が、意思でも持っているかの様に唸りを上げた。
「ビックスノオオオォォーーウェエエエェエエェーーーーブッ!!!」
『Big snow wave』
分厚い雪の塊で造られた自然の猛威――雪崩。いや、雪崩と呼ぶには生易しい雪の津波がバクラ達目掛けて襲い掛かった。
ユーノもアルスも、目の前の光景が信じられなかった。信じられるはずが無かった。
雪崩。
山の傾斜に積った雪が一気に駆け下りてくる自然現象。
昨日までの吹雪も凄く、自然の力と言う物は嫌というほど思い知らされた。
だが、目の前の“アレ”は何だ。
目側でも軽く十メートルは超え、人間が作った街など意図も簡単に圧し潰してしまう重量を誇る雪の塊。
人間など遠く及ばない、自然の力をそのまま体現したかのような光景だった。
「……ッ!!ユーノ、バクラ!」
あまりの常識外れの光景に、普段からバクラの事で慣れているアルスも茫然とさせられたが、気を取り戻し急いで避難を勧告する。
ユーノも心此処に在らずといった感じだったが、アルスに緊迫した声に今自分達の状況がどれだけ危機に陥っているか嫌でも理解した。
目の前の迫る、空さへも呑み込まんとする雪の壁。
こんな物に巻き込まれたらどうなるか、そんな簡単な未来を予測できないほどアルス達は無知では無かった。
急いで逃げようと、ユーノの手を引っ張るアルス。
バクラの事も気になったが、あいつの事だ。
これぐらいの状況なら自分で何とかするだろうと信頼し、アルスは飛行魔法で空に逃げようとしたのだが――
「なッ!!?」
「嘘……この雪、生きているの?」
アルスは驚き、ユーノは素っ頓狂な事を言いだした。
雪が生きている、常識を疑う様な光景だがそうとしか言いようが無い。
自分達を囲むようにして壁を造り出す雪。
ただの雪であるはずなのに、それ自身が本当に生きているかの様に進行を妨げている。
まるで雪山全体が、タスピの村を救いたいという願いに答えている様だ。
「自然に介入する魔法?それとも自然の力を借りて発動させる広域魔法?でも、こんな!!」
「そう、こんな風に自然を自由に操れるなんて真似は普通は出来ない!」
アルスの疑問に答える声。
何時の間に移動したのだろうか。
見れば、足元に生成した氷のスノーボードで迫りくる雪の津波の上を悠々と滑るタスピの姿が目に映った。
「どんなに熟練した魔導師でも、自然に介入して行使できるのは局地的に雷なんかの自然現象を一時的に発生させたりする事だけだ!
だけどな、俺は……俺達セルピ二スは違う!
『雪と共に生き、雪と共に去りぬ』
俺は小さい頃からずっと自然の雪と一緒に育ってきたんだ!その声を聞き、力を貸して貰う事なんて朝飯前なんだよ!」
タスピの声に答える様に、周りの雪が慌ただしく動きアルス達を完全に包囲した。
「魔力を使って一方的に自然に介入するのではなく、自然の声を聞いてその力を貸して貰い120%の力を発揮する!それがセルピ二ス式超雪魔法だ!!」
包囲は既に完了した。
一点だけを突破したとしても、直ぐ周りの雪が多い囲み動きを封じる。
広域に及ぶ雪の津波は、例え極大の魔法をぶつけられようとも破られはしない。
今度こそ自分の勝ちだ。
タスピは雪の津波の上から、バクラ達に狙いを定めて勝利を確信した。
「下らなねぇ」
ヒシヒシと犇めき合う超重量級の雪の津波。
ドドド、と山を揺らす地響きに周りの音が掻き消される中でも、確かに鼓膜を叩く声。
喜怒哀楽、全ての感情が宿っていない、本当に下らないと吐き捨てる様な無感情な声がタスピに耳に反響した。
「散々つまらねぇ御託をウダウダと並べやがって。結局、貴様のバカな先祖がそんなになるまで放っておいたのが原因だろうが」
雪の檻に囲まれる中でも、一切の怯えを見せない盗賊。
タスピの瞳がその姿を射抜く。
瞬間、形容し難い何かが体の中を駆け巡った。
「自然の力を120%発揮できるだと?ならぁ、その自然その物をぶっ壊した場合はどうなるんだ?クククッ」
膨れ上がる魔力の鼓動。
タスピとの自然を尊重する白銀色のとは違い、ただ純粋に周りの物を破壊するだけの黒い魔力。
バクラの体から漏れ出る魔力に、まるで雪が怯える様に小刻みに震えだした。
「何の魔法を使うか知らないけど、こいつで終わりだ!!」
氷の板を蹴り、タスピは空中に逃れた。
「行っっっっっけええええええええぇぇえぇええーーーーー!!!!」
一匹の巨大な魔物の様に、怒涛の勢いで雪はバクラ達を圧し潰した。
タイミングは完璧、避ける暇も無かったはず。
幾ら並外れたタフさを兼ね備えようとも、この雪の前には一溜まりも無い。
「はぁはぁはぁはぁ……やった」
青空を走行しながら、勝利を確信したタスピは肩の力を抜き笑みを浮かべた。
だが――
「ッ!!」
分厚い雪の装甲を破り、巨大な白い腕が現れる。
徐々にバクラ達を圧し潰した雪は盛り上がり、その下から何かが現れた。
紅い眼光。
暖かさなど微塵も感じさせないその眼光を見た瞬間、タスピは自分の脳に死のイメージが流れ込んでくるのを感じた。
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!」
大気を震わす咆哮。
自然その物を呑み込まんとするその咆哮と共に、雪の中から白い巨大なフェレットが飛び出してきた。
「いぁッ!!」
あまりの予想外の出来事に間抜けな声を漏らしてしまうタスピ。
獲物を狙う眼光は絶えず自分を狙い、遂にその魔物は狩りを始めた。
巨大な腕が振るわれる。
人間の体など簡単に引き裂くその腕の前に、タスピは為す術も無く押し潰された。
いやさ、確かに相手の質量が増したなら自分も増せばいいって考えは解るよ。
重い一撃なら同じ重い一撃で対抗する。
攻撃は最大の防御って言うし、俺も解る事は解るよ。
でも――
「幾らなんでもアレは無いだろ。なんだよ、あのお化けネズミ」
多分だけどさ、これって全世界の皆の認識だよね?
先程までの戦闘が嘘の様に静まり返った雪原。
横たわるのは赤鷹のリーダー、タスピ・セルピ二ス。
相手を見下すのはスクライアの超天才にして超問題児、バクラ・スクライア。
「うぅ……げっほげっほ。はぁはぁ、ちくしょ~。何で俺のビックスノーウェーブが、あんなネズミに負けるんだよ。納得いかなーーい!」
体を大の字にして、悔しさと無念を外へと吐き出す。
Big snow wave。
これだけの大掛かりな広域型の魔法は、本人の魔力だけでなく体力をも大きく削る。
流石のタスピも、もう碌に動けない様だ。
「ネズミじゃねぇ、フェレットだ」
相手を見下しながら、タスピの発言を訂正するバクラ。
余裕あるその態度を見て、タスピはキッと目を鋭くして睨みながら吠えた。
「どっちでもいいわ!んな事よりも早くペンダントを返せよ!」
こんな状況になっても自分の身よりも村復興の資金を心配するあたり、タスピの想いの重さが伝わってきた。
「……………」
バクラは何も言わない。
慰めの言葉も、敗者を貶す言葉も。
ただ無言のまま、何かを思考してるかのようにタスピを見下していた。
やがて薄く笑みを浮かべ、上空に待機していたファルコスを呼び寄せてある命令を下す。
「ファルコス、吐き出せ」
「は?」
何を、とタスピが問いただす前にファルコスから目的のペンダントが吐き出された。
ビチャビチャになっているが、間違いなく自分達赤鷹が金品の場所を記したペンダント。
「……どう言うつもりだよ」
流石にこれには、返してくれてありがとう、などの安楽的な思考はしない。
悔しいが自分が負けたの事実。
その自分にペンダントを返す意味が、タスピには解らなかった。
ザッ、ザッ、と雪を踏みしめながらタスピへと近付くバクラ。
そして――
「――――――――――――」
倒れている彼の耳元で、ある言葉を囁いた。
「はぁ?どう言う意味……っておい!」
言葉の意味を問いただそうとするも、バクラはもうお前に用は無いと遠ざかっていく。
ちょっと待て!
声を荒げて呼び止めると、願いが通じたのかバクラは立ち止まり此方を振り向いた。
あれ、と一瞬疑問を覚えるが、その表情は決して自分の願いを叶えた訳ではない事を物語っていた。。
薄い笑みながらも、確かに存在する黒い感情。
(あ、何か不味いかも)
身の危険を感じ、疲弊した体に鞭打って逃げようとするタスピだが、既にバクラは行動に移していた。
「死霊の封印剣ッ!!」
投擲された魔力の塊。
レイピアに似た形状をしているが大きさはナイフに近く、一寸の狂いも無くタスピの左手を刺した。
「って、こらああぁーーーー!行き成りなんて事してくれちゃってるの!!?」
当然の如く左手の甲を貫いた物だからタスピはビックリ仰天。
疲れを感じさせず、声を荒げながらバクラに文句を言った。
「阿呆、良く見な。血も痛みも感じねぇはずだ」
「阿呆はお前だ!見ろ、こんなにも血が……って、あれ?」
必死に左手のナイフを抜き取ろうとしていたタスピは、バクラに言われた通り違和感に気付いた。
痛くない。
ナイフは確かに自分の左手を貫いている。
しかし、痛み所か血の一滴すらも流れていなかった。視覚的には少し痛いが。
(嘘……まさかこれって、純粋な魔力を圧縮して造ったナイフ!いや剣なのか?まぁ、どっちでもいいか。
それよりもこんな超圧縮、しかも人間の動きを止める事が出来るなんて……)
どれだけ動かしても、まるで糸に縫い付けられた様に動かない。
デバイスを媒介とせず、自分の魔力だけでタスピの動きを止めている。
今まで出鱈目な魔法ばかりだったが、これだけ超圧縮できる魔法技術を扱える人間はそうそう居ない。
タスピは、改めてバクラの技術の高さを思い知った。
「死霊の封印剣ッ!」
再び投擲された魔力のナイフ。
タスピは避ける事も出来ず、残った右手と両足を貫かれた、再び大の字に雪原に縫い付けられた。
「良く似合っているじゃねぇか。虫マニアに売れば、良い小遣いになるぜ」
「俺は夏休みに宿題に出される虫の標本か!!」
ギャーギャー叫ぶタスピは無視。バクラは帰ろうと、ファルコスの背に乗った。
「アルス、ユーノ帰るぞ」
「帰るってお前……タスピさんはどうすんの?」
「知るか。管理局には連絡したんだろ?だったら後はあいつらに任せておけ。おら、ユーノ!さっさとファルコスの背中に乗れ!」
「え……でも、僕空を飛ぶのはちょっと。地面に足が付いていれば、高い所でも大丈夫なんだけど……」
「ゴチャゴチャ言ってねぇで、さっさと帰るぞ!」
「ちょっ!バクラ兄さん、止めて!まだ心の準備が……ああぁあ…あああぁああぁあーーーー!」
ユーノの意向を無視し、バクラは無理やりファルコスに乗せて遥か空の彼方へと飛び立った。
「バクラ!?……あーもう、勝手な行動をするな!!」
管理局が到着するまでこの場に残ろうか迷ったアルスだったが、勝手な行動をするなとバクラ達を連れ戻すため同じ様に飛び立った。
誰も居なくなった雪原。ビュービューと冷たい風が吹き荒れる中、タスピは一人取り残されていた。
「ちょっとー!誰も居ないの!?居なくなっても良いけどさ、せめてこのナイフは外していけよ!」
ジタバタとダメージが残る体を必死に動かすが、バクラの死霊の封印剣はビクともしなかった。
「くぅー……見た感じ、バインドと同じ様に貫いた相手の動きを止める魔法みたいだな。くそー、体調が万全ならこんなの100本や200本どうって事無いのに」
悔しそうに口元を歪めながら、ダメもとで死霊の封印剣の破壊にかかるタスピ。
残った魔力を練り上げ、一気に解放したが無駄。
バクラとの戦闘で消耗した今の体では、死霊の封印剣を破壊できるほど魔力を放出する事は出来なかった。
「ふん!むん!てりゃー!おりゃーー!!チェストーーー!!!」
何度か破壊を試みてみたが、やはりバクラの死霊の封印剣はビクともしなかった。
そうやって何度か叫びながらジタバタさせていれば、当然の如く体力も気力も減っていく。
「ぜぇぜぇぜぇぜぇぜぇぜぇぜぇぜぇぜぇ」
元々戦闘で疲弊した体。疲れ息が上がるのには、そこまで時間を有しなかった。
ふぅ~~~。
大きく息を吐き、大の字に寝転がりながら青空を見つめる。
背中にはヒンヤリとした雪の絨毯。
(懐かしいな。昔はこうやって皆で遊んで、良く寝転がったっけ)
昔、まだセルピ二スの村に暮らして頃を思い出して頬が綻ぶタスピ。
今日は負けてしまったが、まだ夢は諦めていない。
管理局に何度捕まろうとも、きっと何時か夢は成し遂げて見せる。
動けない体だが、その目には確かな光が宿っていた。
「そう言えば……結局どういう意味だったんだろう?あれ?」
タスピはあの時、バクラに言われた事を思い返していた。
『タスピ。もし村を復興させたければ、今は大人しくしてな。なーに、心配すんじゃねぇ。何れ起こるゲームには参加させてやるぜ。そうすりゃ、貴様の村なんか簡単に救えるからよぉ』
(何だよ、ゲームって?なんか造るのか?)
疑問に首を傾げるタスピの瞳には、自分を逮捕しに来た管理局員の姿が映った。
テンポが悪い。
恐らくこう思う方は居るでしょうけど、その辺はご勘弁下さい。
さっさと原作に行きたいんですけど、どうしてもこれからの展開には必要なんです。
更新速度は何とかしたいんですけど……それでは、また次回。
遊戯王解説
――死霊の封印剣
アニメオリジナルのカード。
指定したモンスターを一時的にフィールド上から除外する効果を持つ魔法カードです。
この話ではバインドと同じく、貫いた相手の動きを壁や床に縫い付ける様にして封じる効果です。
アニメを見た限りだと大きさは普通の剣でしたが、此処では形式上バクラの意思によって大きさを自由に変更できる、と言う事で。
最終更新:2011年11月28日 11:28