四月にもなりぬれば、やうやう身も所せく、ふるまひにくきほどになり行くに、せめてさりげなくもてなし、忍びありくもいと苦しきに、權中納言は心安く、あひ見ぬ事のわりなきまゝに、いかに今までかくてのみは、人目もあやしく、見咎むる人もあらむ時は、いかにいみじからむと言ひ知らせつゝ、宇治のわたわに、宮の御りやう、いとおもしろきがありけるを、さるべきさまに用意して、必ず取塾もむべきものに思ひて、心もとながりいひ恨むるを、この人に靡かむ事は、あるまじく思ひとうても、唯かろらかなる御身一つならば、吉野の宮にも身を隱しつべけれど、佛のあらはれ給へるやうなる御あたりに、ともかくもあらむ事、いとむしんにびんなかるべし。御むすめどもゝさばかり耻しげなめるに、怪しあさましと見え聞えむもいとほしかるべし。それより
外はさはいへど、なきに心を心と立てゝ、この人をさへ隔て恨みて、ゑたしといひながら、めのとなどやうの人にも、かゝる有樣あつかはれむ事、耻しかるべしと、更に思4煩ひぬQさは
いかにせむと、後行く末までいと煩はしや、かゝるほどは、猶この人に隨ひて、世を納背き、かくすばかりと所せく、世つかぬありさまを、ことひとに見あつかはれむ、怪しかるべかう
けりと思ひなほして、その日ばかりとちぎう定めて、まづ吉野の宮に參り給ふ。おはしそめ
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にし後は、すべてよろづこまかに委しう、むろのとぽその所せきまで、姫君だちの御うへまで、いたらぬ事なくあつかひはぐゝみ聞え給ひて、かばかり遙けき道のほどをも、ふうはべつゝ參り通ひ給ふき要、いと心深きを、さばかり若く♪はなやかにものし給へる入の、ありがたかりける心ざまとぞ、思ひ知り聞え給ふ事淺からす。待ち悦びて、今はたいとゞへだてなく、よろづうち語らひ聞え給ひても、大將も顯はしてはあらねど、よのつねよりも思ひやう、心細きよしを聞え給へば、みこうちなき給ひて、「さりともけしうはものし給はじ、唯暫しの御心の亂れ診う」とていとまもゝうに、さしんなどまゐう給ふ。姫宮たちにも、例の御允いめんありて、あはれに心深き事どもを、なくなく聞え給ひて「かゝるかたちをかへても、必ずこれを、つひのすみかとうち頼み、參り侍らむとなむするを、そのほどおもほし忘るなよ。今三月ばかりなむ、え參り音つれ聞えさすまじく侍る。限に盡きぬる命ならば、これこそは限に侍らめ。もし思ひのほかにながらへ侍らば、必かゝるかたちならで、今少しうとからす、おぼきれぬべきさまにて、參り侍りなむとす」と聞え給ふ。暫しは怪しく、にはかなるわぎかな.と・つゝましかりしかど、あさましきまで、哀に深き御心を、さらばしの人を、この世の知る人に、思ひ聞ゆべきにこそとおぼすに、かくいとのこうなく、心細げなる御けしきを、いかなるにかと、あはれに心細く覺えて、皆うち泣き給ひぬ。かくてあるほどだに、殿うへに見え奉り、見奉らむとおもへ拭、心のどかならす。かへも給ふほど、あはれにおぼしつゞけゝる。
一 「又も來てうき身かくさむよしの山峰の松風吹きな忘れそ」。あやしく例ならぬ御氣色か
五一六
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五一七
なと、うちなかれつゝ
「ほどなへそ吉野の山の松風はうき身あらしと思ひおこせて」。いかなる樣になりても、身にはたがへ聞ゆまじけれど、暫しも音つれ聞えぎらむほどの事をおぼして、よろづこまかに、秋冬までの御用意をおぼし心しらひたり。宮も見奉りしわたりし事あれば、よくむしんまゐり給ひ、御藥奉り給ふ。日々に、明くるより暮るゝまで、殿うへの御まへに候ひ給ふを、いとうれしとおぼして、打ち笑みて見奉り給ふむとに、涙はひまなくこぼる。右大臣殿のわ
りなく恨み、限なきものにおぼし給ふもあやなく、いかにいみじとおぼさむと、いと心苦しくあはれにおぼえ、女君も、やうやういとふくらかなるほどになり給うて、いとらうたげに
惱まるげなる御氣色も、思ふ心のつくからに、げにうきもうからす、人こそ人には、こよなくおぼしおとすべかめれ。何となく見馴れぬる年月の、哀はかりを思ひまどふ。中納言に、更に
思ひおとされぬ我が心は人に違へうかしと思ひ知られながら、今はまして、何の心置くけし
きか見えむ。夏にあらためたる御ゑつらひも、人よりことに凉しげなるに、藤がさねの御ぞ
に、青朽葉の織物の小袿着給へる、身もなく御ぞがちに、なよなよとあてになまめかしく、か
をわりつくしげなり。姫君のものして作りだらむやうにで、やうやうおさへたちなどずる
が、美くしきも目のみといまうて、いかなるさまにても、命だにあらば、殿うへにも途に御覽
せられなむ、このわだうには、これこそかぎりなめれ、又は何しにかは立ちかへらむと思へ
ば、さしも見入れきりし女房などまで、"目のみぞとまるの「若し世になくもなりなば、哀とも
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おぼしぬべくや」とさしよりて問ひ聞え給へば、はぢらひて、うち赤むいろあはひ、いとをかしげににほひて、
「おくるべき我が身のうさにあらばこそ人をあばれとかけて忍ばめ」とうち紛らはし給へる、こめきらうたげなれど、かの人岌れぬをぞとありし、思ひ出づれば、こよなき心ぞや
と曳心やましとおぼしうんせられぬべきに、何のあはれもさめぬべけれど、今日は唯ひたぶ
るにあはれなるも、をこがましの心やとおぼゆ。
「忍ばれむ我が身と思はいいかばかり君をあはれと思ひおかまし。まことは、年ごろ世の
人のやうに、ことよく語る心などの侍らねば、唯心の中の淺からぬばかりを、同じ事に思ひ
なして過ぎ侍りつれど.こと心とは違ふ事にて侍りければ、人よわも薄きものに、こよなくおぼしなされにたる、耻しくもいとはしくも、思ひ給ふるかたはがたとして、世の音ぎゝ、人
目いとをこがましく、人わろき名の流れ侍らむも、すべてたどりゑられす、物心ぽそく、世に
ありはつまじき心ちゑ侍る時ぞ、ひたぶるにあはれに思ひ聞えさするをも、さりともおのづ
から、心苦しう聞きにくゝ物いひのありしはやと、思し召されぬやうに侍りなむかし」とて袖を顏に押しあて給ふに、女君何事かいばれ給はむ、いとことのりにはつかしく悲しきに・
身も流れ出で粗べき汗にな・りてものし給ふ。いと心苦しければ、かつ政慰めつゝ、なかなか今日は殿へも參らじ、見奉らむに、いみじく心溺く、堪へがたかうけわと思へば、ないしのか
みの御方にぞ參り給ふ。常よりもひきつやろひて、例ならすゐぎうよりて、「うちへ參りて、
五一八
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五一九
さもさぶらひぬべくは、とのゐにもさぶらひ、さらすばまかでぬべし」ときこえて、「人々よ
く御まへに候へ、常ははればれしからぬ御氣色こそ、侘しけれ」とて出で給ふを、姫君のいと
美くしげにて、手を捧げ慕ひ聞え給ふが、いと美くしければ、立ちかへらつい居て、あやしの
我が身の有樣や、人目は親子の中と見ゆらむを、知らぬ人になりはてなむすとうち寮ぽる
に、すいうに涙ぐ綾れて、かき抱き出で給ふ。御かたちの常よりも、いみじくめで允く見え給
ふ。十九にこそなり給ふかし。女君は、今三つかこのかみにぞなり給ふべき。指貫の裾まで
あいきやうこぼれおつるやうに見えて、もせんどもの參るほど、えんのつまに暫し立ちとま
うて、うち見廻らして、「翠竹の邊の夕の鳥の聲」とゆるゝかにうちすんじ給ふ聲、あないみ
じとのみぞ聞ゆる。宣曜殿民入り給へれば、御まへに人多くも侍らはで、おまへの庭の瞿麥、
つくろばせて御覽すとて、三尺の御兀帳ばかりを引き寄せておはします。のどかに御物語聞
え給へば、いみじく耻しげなる人々も、御几帳のうしろにすべり隱れぬるに、「こぞの秋つか
たより、みたり心ちの怪しく例ならす、物心ぽそく思う給へらるゝは、世の盡きはてぬるに
やとあるにつけては、いみじく、世つかぬうきも思ひ給へ知りながら、ひとへに限と思ひ給
へしほどは、殿うへのおぼしめさむ事をはじめとして、數多だに客く、唯かく候ふぞかしと、
思ひ給へるだに、數の少きと、心もとなく思ひ給へらるゝに、ましていかにおぼされむと、御
心さへ、心ときめきしう侍るこそ」とのたまふまゝに、涙のうきぬるを、かんの君は、我もさ
おぼず事なるに、いとわりなかりし御物耻も、"やうやうおとなび、人知れす世の中思ひゑら

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るゝまゝに、ことびとこそ猶つゝましけれと、あ雲たいになきたぐひぞかしとおぼすは、い
と親しく哀なるに、我が覺ず同じ心なる事を、言ひ出でゝうち泣き給ひぬるに、我が心ちも
いとゞめでたくおぼされければ、「年月の過ぎ侍るまゝに、かやうにいぶせきありさまも、こ
はいかなりしありさまぞと、.世つかすあさましく、などかゝるたぐひは又あらじを、今更に
といひて、立ち出でむもあるべき事ならす。深からむ山などに、あとを絶えばやとのたまふ`
やうにこルゝ思ひ知らぬやうにて過ぎ侍りぬれ。さりともかくてのみやは、猶いと珍しう、思
ひ知られゆき侍るぞや」とて、いみじう泣き給ふ。げにさぞおぼすらむかしと聞くも。藤の織
物の御几帳、羅麥の御衣、青朽葉の小袿たてまつりて、御几帳よりほのぼの見③る御ありさ
按、世になくめでたきを、あばれ我もとより、かやうにてあるべきものをと、今始めたる事
ならねば、身を思ひかぎるにつけても、いみ、じくあさましくおぼゆ。かんの君は、大將のはな
はなとにほひ、限なきかたちのいたくおもませたるしも、いとゞ美くしうらうたげなるに
おほやけしくもてすくよげたるほどこそ、雄々しくも見えけれ。かやうに思ひゑめりくんじ
給へるは、なはなほと、哀になつかしく見ゆるを、世つかぎりける身ともかな、我ぞかくてあ鱒
るべきかしと、かたみに見かはし給ひて、蠡きせ市哀に、悲しき事ども聞えかばし給うて、い
みじく泣き給ふも、あはれに立ちはなれぐるし。暮るゝまφ侍ひて、「誰々か候ひたまふ。御
まへに人すくななめり。あまだ參り給へ」などいひおきてまかで給ひぬ。少しゐぎう出でゝ
怪し-例奮巽色の騫ひなつゑなと・胸つぶれて見脊おく籍ふ・御供の人・御

五二。
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五二一
前などに、「こよひは宣曜殿に候ふべきぞ。つとめて、車人々も・まゐるべきぞ」とて皆かへし
給ひてけり。中納言は、いつしか網代車にやつれ乘りて、北の陣におはしたりければ、忽び出
つる心ち、夢のやうにおぼされながら、車に乘う給ひて、宇治へおはする道すがらも、こはい
かにゑつる我が身ぞと、かきくらさるゝに、月澄みのぼりて、道の程もをかしきに、水幡のは
ど、何のあやめも知るまじき山がつのあたりを、うちとけ、をさなくよケ手ならし給ひし横
笛ばかりぞ、吹きわかれむ悲しさ、いづれの思ひにも劣らぬ心ちして、身にそへ給ひけるを
物の心細きまゝに、吹きすまし給へる音、更にいぷかぎ◎なし。中納言、扇うちならして「と
よらのてら」と謠ひおはす。おはし著きたれば、いとお,もしろき所にさる心ちして、うちのゑ
つらひなど、いとをかしくゑなしたり。女房なくてはあるべき事ならねば、中納言の御めの
とも二人ばかり、さてはむげに物の行くへも知るまじき若き人わらはべなど、ゐてわたし置
糞たりければ、いとありつきて待ち受けたり。車よりおるゝより、いかに玄つる事ぞとあさ
ましく、いななをとて、又返るべきにもあらす、かばかりに取りえては返すべきにもあらす、
我ながら哀なる心ちして、その夜は明けぬ。つとめて、格子どもあけ渡したるに、うち見いで
たるも、うジゝの事とは覺えぬを、中納言は、思ひかなひぬる心ちして、嬉しきまゝに、頭洗
はせなどしτ、髪も掻き垂れなどして見れば、尼のほどにふさぷさとかゝうたり。眉ぬきか
ねつけなど、女ぴさせたれば、かくてはいとゞにほひまさりたりけるをやと見えて、いみじ
く美くしげなるを、かひありいと嬉しと思ひ惑ひたれど、我が心をいかにゑつる身ぞとのみ

----
覺えて、世の中の事もいぶせく、ほれぼれとして、ものゝみ悲しければ、起きもあがらぬを、
中納言は悲しと思ひて、「これこそは世の常の事なれ。年ころい御有樣は、うつしもとゝやお
ぼしつる。素よりひたおもてにきし出でゝ、あまねく人に見え交らはむの御このみに、殊更
交らひ給ひしにこそありけれ。めでたくとも、我が身をあらぬにかへて過し給へる事あるべ
き事ならす。怪しくもかくておはせむこそ例の事なれ。殿にも聞かれ給はむ更にあしと世に
思ひ聞え給はじ」と言ひ知らせあばむるに、げにとことわりに耻かし。我が身の例ざまなら
ばこそあ、bめ、ありしながらならずとも命だにあらば誰にも對面する事もやと、思ひ慰めて
あるに、髪のむげに見苦しければ、吉野の宮のとらせ給へうし藥の申に、夜に三寸髪必生ふ
とあらしを、かゝらむものぞとおぼして、もち給へるして、日々に洗ひてこの藥をつくるに、
人にも見せで、さばがりこのましう、なまめける身をおうたちて、中納言のあつかひ給ふに
うちまかせて、我もほれぼれしく、忍びねがちにて、はかなく日もうにもなりゆく。京には、
つとめてさせり.御車など參りたるに、「夜更けてまかでさせ給ひにき」といふに、所々尋ね奉
るに、更に見えたまはす。れいも月ことに五六日、必かべろへ給ふぞかしと思へど、御めのと
のなにもお渓せす。ききぎきも吉野の宮に、十餘日も籠り給ふ折もあるぞと、思ふぼども遏
ぎ、御供にあるべき人も皆めりて、歸らせ給ひにしものをといふに、いはむ方なく悲し。大殿
は、いみじく世を思ひ歎きたりしかども、猶あやしかりける身かななど思ふにこそあめれ。
「きりとも、かばかりになりぬる身を、そい事となくて、背くやうにあらじとこそ思ひつれ。
.玉ニニ
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五二一二
こぞの冬頃よりいといみじくあやしと見ゆるをりをり細懲ありしを、などて見もあやめぎう
けむ」と泣き誠ひ給ふなどはおろかなり。よろづの事すぐれて、世のひとつものにて、うちま
ゐりむかへ給へば、物も思ひ忘れ、老もそむくばかりのさまかたちにて、見るかひありし御
さまなどをおぼしつゞくるに、すべて物おぼえ給はす、なき人にておはす。殿のうち騷ぎ惑
ひたるさま更なり、よろしからむやは。なべての世にもたぐひなかうし、御さまかたちを思
ひ出で聞ゆるに、いかになり給ひにけむ、そこになむさまをかへて、物し給ふなうといぶ事
だに聞えで日こうになりぬる事を、あはれに悲しき事を言ひ思はぬ人なし。5ち院などにも
ましていみじかうつる世の光の、失せぬる事をおぼしめし歎き、かつはいかでかさるやうの
あらむと、山々寺々すはふ讀經をはじめ、おほやけわたくし、天の下騷しきまで、世にかはら
ぬ御きまにて、たち給ふべき御いのもを、世に餘るまでのゝしる、ゑるし、きりともあるやう
あらむと、頼ももながら、音寡くて"むろ過ぎ行くまゝに、世に優れ給へりし御さまを、ひと
目も見聞き奉りし人は、戀ひ悲みつゝ、野山に交うて求め奉り、世の中に光さすべきかげの、
雲にまがひなむばかりに暮れ惑ひたり。まいて右のおとゞ㊨御心ちよろしからむやは。女君
は、「かくおぼしてのたまひしにこそ」と出でたまひしHの事おぼしいつるに、消え入るやう
にて伏し沈み給ふ。右のおとゞは、父おとゞの御心ちに劣らす、「かつはむげにあひおぼさ"
りけるかな。いふかひなく幼き人もあり、又も心苦しき氣色乞見ながら、かくやは」とてうら
めしきを添へて泣きこがれ給ふに、世にはあやしく、あさましき事を言ひのゝしるあまり、

(三
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「權中納言の女君に通ひ給ひけるを、うしむげにいみじくおはせし人にて、3んじてかくれ
給ひにける」と、世に言ひ出でゝ、「このうまれ給へる君も、その子になむあなる」と言ひのゝ
しるを、大殿にも聞き給ひてげにさもあらむ怪しと思ひて、いとかしこく心深かうし人に
て、世つかぬ有樣を人に見え知られぬ、さていかでか交らはむと思ひて隱れたるなりけわと
心え給食・悲し气かゝる事ぞといはす・心一つに思ひ安り・身を失ひ冷るよと・泣き
こがれ給ふに、右のおとゞ、猶おぼつかなきに參り給へるを、近く入れ奉り、たいめんし給へ
るに、いとしも深からぬ御志にやと、見奉りしもゑるく、かく覺しすてたる事を、我が心をや
りて、打ち泣き給ふ適いとつらく、物のせちにおぼさるゝには、心上市もなきわぎなりけれ
ば、うつし心もひきかへ給うてけるにや、世に入の串すさまとて、ゑか亥かと、委しく聞え給
うて、「はじめはいとやんごとなきものに、又なきものに思ひかしづき聞えたりしを、近き世
となりては、怪しく世を思ひなげく折々侍りしを、今なむさはさやありけむと、思ひ給へあ
はする」とのたまひいでたるに、右のおとゞ涙もとまり、あさましくいみじとめきれ給ひて、
參りつらむ事もおもて耻しければ、かへり給ひて、母北の方に、おとゞののたまひしさま、ゑ
か亥かと語り開えたまふに、あさましとはおろかなり。この君をのみ、限なきものに思ひ聞
え給うて・こと御かたがたは、殊の外にのみ思ひおとし給へるを・ねたしいみじとのみ思ひ
----

五騨匿ー!
生れ給へる姫君も、その人のなりける。我が御子と覺して、いみじく喜び給へりしほどに、生
れ給へうし御きま違ふ所なくものし給ふに、見あやめ奉り給へりけるに、七日の夜、入り臥
し給ひたりけるを、見◇け給へうし」など、つぶつぶと書きつけて落したりけるを、うへ見つ
け給うて、殿にも見せ奉り給へるに、あさましと覺して、姫君を見奉り給ふに、違ぷ所なく、
それなりけるも僞うにはあらざりけりとおぼすに、言はむ方なく心憂し。ねだくなり。たち
ばらにおはするおとゞにて、この御むすめを長くかうじして見給はすなりぬ。「いと心うし、
このうちにもな物し給ひそ。今におきては、まはういさめむも無盆なり。人の聞き耳、おとゞ
のおぼさむ所もあり。大將も、世ル捨て、も聞き給はむ事、いとはつかし。聞きつけて、憂し
とこそ思ひけれとだに聞かれ奉らむ」とて、外に放ちわたして見聞え給はす。女君の心の中、
いかばかりかはおぼされむ。Uいとゞ浩え入りきえいうて、いみじうおぼし入りたるを、左衞
門、思ひやるかたなくいみじと見奉りて、憂しとても、今は誰にかはと思ひて、心苦しき事を
おぼし入りて、むげに限になり給へる氣色を、五六枚に、哀に悲しげに書きつゞけて、御使に
こしさぶらひ尋ねとりて、「これたしかに奉れ」とて取らせたれば、うちにもて參りて奉る。』
こゝにはかなくて、二十日にもあまりぬれば、いかやはせむ、やうやうありつくにつけても、
殿うへの覺すらむさまなど、いと悲しく思ひ續けられ、我が身もいめを見る心ちして、いと
ど心憂く苦しきを、かくいつまでやすらかに、うち臥したるばかりを、身のやすまりにてお
はするに、藥のゑるしにや、御ぐしも引き伸ぶるやうに、美くしげにこうかゝうて、眉球ども
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刈う拂はせて、日むうに鵜うゆく。いとありつき、女ざまになりはてゝ、花々とうつくしう、
匂ひやかなる見所、今少し勝うて、顏いとゞたく思ひ亂れ、くんじゑめりて、ひとへに打ち頼
みて、身に添ひたる程の、今は我が身、かくてあるべきぞかしと思ひ知り、なよなよと・もてな
したるは、ありし人とも覺えす、らうたげにだをやかなるを、すべて限なく思ふさまなるを、
昔より寢ても覺めても、かやうならむ入を見ばやと願ひしに、佛騨の、我が思ぴ叶へ給ふな
りけりと思ひ喜び、いかで悔しと思は・せじ、ありし世を思ひ出でさせじと、よろづに・もてな
すに、いかに慰み行く。やうやテその人の・とありしかゝりし言ひしなどや3の事さへ、さし
並びにし身なれば、思ひ出でらるゝ折々多かるを、みづからは人近くもてないて、たが事の
このましきぞ遷言ひはちしめらるゝも聞きにくければ、さらぬ顏に忍びすこす穉に、この御
文を見て、つゆ隔てあらじともて入わて見せ、我が爲も世の聞き耳も、殿の聞き給はむ所も、
いとかたはらいだく、ふびんなることに侍るかし獄、この人もげにいかなる心ちすらむ、我
ゆゑいたづらになりぬる身ぞと、帆思ひ入るらむ人も、いとほしのことやといふも、げにと、て
もかくても、世つかぬ身のゆかう、我も人も、世の亂れあるべきを思へば、唯人一人の、あま
うくまなき御をこだうと思ふぞうとましきまでおぼゆれば、さる方にても、動きなく過しつ
べかりし身をと、これにつけてもうち涙ぐむものから、うちかこちかけたるさまの、わりな
ぐあいぎやうづき見まほしきに、片時も立ち離れむ事、ぴとゑづ心なけれど、かゝるも心苦
しけれど、唯夜の提とて出で給ひぬ。いかにしやるべき我が身にかと、悲しきまゝに、しほし
二六
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五二七
はとうち泣きくらさるゝに、暮れて月いとあかく水のおもても澄みわたるに、いと思ひ出づ
ること盡きせす、胸よりあまる心ちぞずる。
「思ひきや身を宇治川にすむ月のあるかなきかの影を見むとは」。中納言は、道のほども
ゑづ心なく、面影は喬れすながらおはしつきて、かしこには、夜いたく更けて、いみじう忍び
て立ち寄り給へるに、左衞門彁而して、事のありさま泣くなく聞えて、瞻わるかなきかに今
は限のきまと聞え入り給ふやう鳳る、心ぼそさ悲しさは、誰にかはと思ひ給ふべくなむとい
ぷも、ことわりなれば、見奉らびとあるも、今は心こはくても、たけかるべきやうもなく、限
な翁御有樣をも見奉り給へかしと、あさはかなる心には、物のわりなくおぼゆる心にまかせ
て入れ奉る。はのかなる火影に、いとゞ身もなく哀げなるさまにて、髪はいと長くうち添へ
て、腹はいとふくらかにて、うち臥し給へるを、この世衣らぎらむものゝぷ奥のえびすとい
ぷらむものにてだにうち見む、あはれおろかなるべくもあらぬを、ましてさばかりの志に
は、うち見るよら目もくれ惑ひ涙にくらされて、添ひ臥してかなひを捕へて「やゝ」と驚かせ
ば、いとたゆげ空うち見あげて、あないみじ、いとゞしき世に、こはいかに、又はと思ふもい
みじければ、息も絶えつゝ涙流るゝけしき、いと悲しくことわりなるに、我もゑのびがたく、
涙にくらされて、フのないみじ、さるべきなり、いとかうなおぼし入bそ。我は命だにあらば、
親の御ゆるされもありなむ。たいならぬさまにて、なくなる人は、罪もいと深く」と言ひ知ら
せて、御湯をさへすくひ入れ給へど、だいきえに浩…え入るやうなるを、悲しういみじとはよ
八七
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八八
のつねなり。「かばかりにてぱ何かば」とておんとなぶら近くとりなさせて見奉り給ふに・ひ
き入るゝ顏手つきあてにをかしげなることぞ限なきや。これをむなしくしなしだらむ悲し
さ、思ふにいみじければ、我もおなじさまにそひ臥して、明けぬれば、別れ出で給ふべき心ち
もせ寅、いと忽びて人召して、御いのうはじむべき事心の限のたまひなどして、添ひ物し給
ぷ。いかにと、つゝましながら、だのもしく覺ゆるもはかなし。うちにもありつかす、世を思
ひ亂れ給ひつるもいかにいかにとゑづ心なけれど、うち見るあはれをいどみすてむ事も、い
と難ければ、御文ばかりを、たち返し書きつくして、五六日とこれにそひ居て、なくなくあつ
かひ給ふ。悲しくあるまじき事と、そらさへ恐ろしながら、いかがはせむに、いのちをかくる
やうなるも、いとゞ見捨てがたく」哀に悲しきまゝに立ち離れす、心をかけていとひまなく、
苦しげなる事限なし。世の中に、大將の失せ給ひぬる事を、おぼやけわたくし歎き悲みて、
「中納言の事によりて」とぞいひ罵れば、いと聞きにくゝもあり、夭殿の聞きおぼすらむも、
いと煩はしくてかたはらいだければ、世を憚かるやうにてありきもせす、さまざまいのりを
せさせ、よろづにあつかひ、泣くなく言ひ置きて、又宇治に立ちかへり給へれば、いとゞ人少
なにて、これもいとふーらか長ぜう苦しげにて、萬を思ひつゞけ、かきくらし思ひ亂れて、一
詠め臥し給へるさまは・いかで・この日ころ隔て過しつるぞと・あさましきまでおぼしつら一
む、心の中も、いとことわりにいみじければ、又こゝにても、ぬらしそへつゝ言ひ慰さめ、か
の人のありさまなど、へだてなくうちかだらはむも、いとあさからず、おぼつかなげに思ひ
----
二九
やりげにて、しづ心なく、文書きかましくて、更に我にも劣るまじげなるを、はのかに並び立
ちて、人目もいかに、我が身のやつれとなるらむと、思ひぬ。へかりし。女君の御事をだに何と
も思ひといめぎりし御心なれ、これを恨み言はむも我が身につきなかるべき心ちして、見知
らぬ顏なれど、心の中には我を又なく思はむだにありし有樣にてはこよなしかし、ましてか
くのみ心を分けられては、何にかはせむなどぞ思へど、いかにもいかにも、このほどまでは、
この人を背き隔つべきにあらずと、さはいへど男にならひにし御心はうち思ひとうて、やす
らかなる氣色を、いと思ふさま、めでたく喜ばしと思ふ事かぎりなし。大殿には、忍びありき
給ひしにならひて、今日や今日やと待ち暮し給ふに、あらぬさまなるも鳶尋ね出づる事なく
て、ふたつきばかりにも餘りぬるにぞ、世を背きても、そこら、きばかり尋ねもとむるに、見
聞きつけぬやうあらじ、遙なる田舍などまでは、よにお・はせじ。又國々の境まで、もとめぬ所
なし、中納言こそ、さしも思ひよらきらめ、心善からぬつかひ人などは、我が君のかくて心安
からす忍ぴかよひ給ふ女あひなしなどやすからす思ひて、ひたぶるにゆゝしきさまにや思
ひなしてけむとおぼしよるにも、物おぼえ給はす、脚今は戀ひ泣き給ひし事さへ絶えて、ぼれ
ぼれと伏し沈み給うにたるを、殿の3ち、又これを歎きあつかひ奉る。ないしのかみもまか
で給ひてありしゆふべのたまひしさまなど思し出づるに、さはかく、身を限に思ひといめ給
ひけるにこそありけれ、かくと知らましかば、その夜出さましや、我諸共にとこそいふべか
りけれ、幼かりし釋こそ疎々しかうしか、かく離れ出でゝは、出で入り下う上り,にも立ち添
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ひ、あつかひ給ひしこそ、我が身の光ある心ちして、頼もしく嬉しくおぼえしか」唯二人あり
つる・に、ゆくへなくなりぬるいみじさこそ、男のさまにて世にまじ・bひしかと、思ひとくに
は、女のさまにて世に交・bひ給ひしかど、,いかなる世界に行きかくれ、いづれの山に跡を絶
え給ふらむ、心あり物思ひ知り顏なりし君にて、女ながらかく思ひなりにたり、男の身とな
わ、おきにし身の幼かりし程こそ、さうりひー方猛せても過しゝか、今はか幃て過ぐるに、い
つかれ埋もれたるは、いとめさましく心憂き・となりQ殿の御身もいたづらになり給ふべきな
めり、我が御.身は宀限ある御身なれば、尋ね覓むべきにもあらす、人はたい、大かたの世のひ
いきばかりこそあるめれ、ゆよこに心に入れて、尋ねぬにこそめめれ、又いみじくとも、この世
の外にはいつちかおはせむ、我かくてのみあらじ、劣の姿になりて、この君を尋ね見むに、い
かなるさまにても尋ね出でたらは、諸共にかへり來む、尋飽得すなりなば、やがて我が身も
かたちをかへて、深き山に跡を絶えなむ、殿の御身には、人々おのづから仕うまつりてむ、年
頃女にていつかれつる身の、俄に差出でゝ、おきてあつかひ聞ゆべきやうなし、唯かくなが
ら、立ち後れ奉参て、我が身の世にあるべきにもあらすと、夜畫涙に沈みて、我さへ唯消え失
せなば、世の音きゝも物ぐるはし、殿におぼし言はむもいみじかるべければ、うへに、心細げ
に聞えなし給ひて、マGの入の行くへ知り侍らぬ事あまた侍らねば、いとゞいみじく心細く、
悲しきをばさるものにて、殿のむげに、いたつ・bにならせ給ひぬべきを、男の身にて、唯かく
て見奉るなむ、いといみじくはべる。我もとの有樣になりて、この人を心の及ばむかぎり、尋
玉三。
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五一三
ね奉らむとなむ思ひ侍る」と、れいならずいとめるべかしうのたまふに、母上、こはいかなる
ことぞとあさましくなうて、「いなや、いかなる御心がはりぞ。あえか.に、女のさまにてなり
はて給へる御身に、いつくをいつくと尋ね給ふべきぞ」と唯泣きに泣き給へば、「そはさなむ
侍る。山々國々尋ねもとむといへど、大方ひいきのみして、いかにも志のなきにこそあらめ。
さるべきにてはらからとなり侍りけめ。などてか心を入れてもとめむに尋ねいださぬやう
侍・bむ。且は我諮とめぬよと思ひ侍らむ。求め侍らむに、更に世にいみじうとも、忍びはへし
所々に、おひたちたる人ともなく、心ばへのあはれにねんこうなりしさまの、さるべき程に
略過ぎたりし戀しさの堪へがたく侍る」とも言ひやら33ゑのびがたげなるを、げにもヲち泣
きて、「いかなるべ舞事にか、とかくおぼしやるもげにさるべく、御心にこそあなれ」とのた
まふを、いとうれしくおぼして、「我きへ失せたうと、世の人の開き侍らむ、世つかす怪しく
侍れば、女房などにも、四五人より外は見え侍らねば、ありなしのけちめ知るもはべらじか
し。唯あり顏にておはしませ。おとゞにも暫しな聞かせ奉りそ。問はせ給ふ折あちば、心ち例
ならでとを申させ給へ。ゆめゆめ例ならぬ氣色人に見えさせ給ふな。殿はあるかなきかの御
氣色にて、渡り御覽するやうもあらじ。我はたあなたのうへの物し給ふ人玄げければ、渡り・……
見奉らぬものとなり。これはこのけちめあやむる人も侍らじ」とて仕うまつる人のお萠に參….
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九二
ふを見る心ち、いと珍らかなり。烏帽子うち給ひて、狩衣指貫奉りたる、聊かうひうひしく、
あだらしき事と見えす、あかつき、唯うせ給ひにし大將に、一つだがふ殀なく、男女さまにて…
おはせし折だに、顏は唯二つにうつしたりと見えしを、同じさまになり給ひて、まして唯そ
の人のかへりたるやうにて、いとあさましきを、これを殿に疾く見せ奉らばや、ないしのか
みにて、そゞろに過し給ふも、御かしづきのみこそめでだけれ、この御爲に、大將にて、しれ㌘
をあは.せ奉らむに、いかばかり嬉しくめでたからむと、母上も御めのとも、なかなか嬉しか
るべき事に、皆慰めぬべし。「ゆめゆめ、うちなげき例ならぬ氣色八に見えゑられ給ふな。唯
ありさまにてを」と返す返す言ひ置きて出で給ふ。この君を尋ね出ですば、我が身も世にか
へるべきにもあらすかしと思ふには、親たちの御事は更なる御事にて、春宮をあさゆふに見
奉り馴れて、たいならぬ御さまにやと見ゆるを、見捨て奉らむ悲しさは、更に言はむ方なく」=
引きといむる心ちし給ふに「おとゞのいみじく危うげになりまさり侍れば、參り侍らむ山と…
も、いつとなく思ひ給ふるがいぶせさ」など書きつくして、
「あはれとも君忍ばめやつねならすうき世の中にあらずなりなは」と聞え給へる、御返事
五三ご馬
髻にとりなし給ふ・ほど、母上御めのとなど、「こはいかなることぞ」とあさましくいみじけれ

のゑんは・年亥御聲をだ暴る時なく・雲寡井に奮な・俄窘しよ苫れて・か!・釜琶
----
垂三二
もいとあはれげにて、
「君だにもあらすなりなば世の中にといまるまじき我が身とをしれ」との給はせれるを
かぎりなく見て、これをやがて、だゝうがみにさし入れて、六月ばかりの夜深き月に、御めめ
と子のかぎり三人、供のものゝいふかひなく、何事もあやむまじき、いとたのもしきつはも
の七八人ばかりして出で給ふ。いとあえかに、も屋よりとにだにきし出ですおはせしひとの
いとかるがるしく、つきづきしくうちさうそきて出で給ふを、見奉る限の人あさましく、と
ぐいまれながら、のたまひおきにしまゝにおはします同じやうにもてなしたれば、知る人も
なし。この男君、かく出で立ちて、いづことさして趣くべき方も覺えぬまゝに、この御めのと
子、「大將殿は吉野山におはしますひじりの宮の御許にぞおはしまし通ひて、つひの住なと
・は契む聞え給ひければさやうにでおはしますらむ」と申せば、げにもさもあるらむ、大方に
人の尋ねのゝしるは、我はさなりといぷべきならねばこそめめれと思ひて、さしてそな允へ
おはして、日ぎかわにはいと暑くなb諏るに、宇治のわたりし給ひて、そのわたうに、大きな
る木のかげの川づら近きに立ちよりて凉み給ふに、川近くていとおもしろき所のあるを、見
るも知らす、をかしくおぼして歩み入り給へど、あなだの方に經の聲ばかりして、殊に人も,
見えす、をかしき所かなとおぼして、小柴垣のもとに立ちよりたまへれば、すだれ卷きあげ
たるを、人こそありけれと驚かれて、やをら見れば、前に水くもでに流れて、繪に書きたるや
うなるに、よき幃どにすだれ卷きあげて、あざやかなる几帳のかたびらうち…掛けて、十四五
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ばかりなるわらはのいときよげなる、二藍の單衣に紅の袴あざやかに踏みやりて、帶ゆる・b一
かにうちして、うちはすある。几.帳にすきたる人も見入るれば、紅の織物の單衣に、おなじす
いしの袴な喝べし。い・くなやましげにて詠め出でゝ、伏したる色あひ、ぽなばなと光るやう
ににぼひて、ひだひ髪のこぼれかゝbたるなど、繪に書きたるやうにて、いといみじくあい
きやよろづき美くしきかたちの見まほしきが、りやううやうしう、ものよりけに妬げなるゆよ
み見しやうなる人かなと見るに、大將に覺えたりける。心惑ひして見れば、いとゞたううち

と嬰叢しけれどぎして藁嘉ぞ・浮夷る警よ夫畧められ遷ければ・色
じて見歪人げやすらむすだれおろしつる口惜』∂か、か窘奮。後鯊、芒さ竃主
はせば、我をも怪しと見知りやし給ふらむと覺ゆるに、見えばや・と思ひて、小柴垣のもとま
で歩み出でたるを、うちにもあやしく、ひとげのすると思ひてすだれをうちおろして見出し
給へる.に、言♪か限なく、けうらになまめきたる男の、いみじくあイしなるがさし出でたるに、い
とあやしくお壌えなして、うちまぼらるれど、世に出でまじらひことことしき人の見知らぬ
やうはなきに、更にありしにはあらず、なほなほ下れる際とは見えす、我がありし世の鏡の
影にて、5ち思ひ出づれば、内侍のかんの君限と覺し、ゆふべいみじくうち泣きて、まはには
あらす、うちそばみ給へりし御顏に覺えたるかなと、ぷと思ひ出づれど、うつたへに、その御
五三四
----
五三五
有樣かはうぬらむと思ひよらす。世にかゝる人のありけるよと、目もあやに見やらるゝに、
そのまへなるわらは、殿をこそ、世にだひぐなくめでだしと見奉れ、かゝる人のおぱしける
よと、いとよく見知り・て、驚きて、奥なる人呼びて見すれば、「あないみじ、こはこの世に失せ
て、のゝしり尋ね聞ゆる大將にこそおはすめれ。いでや、かくておば,しけるを知らぬならむ。
殿の歎かせ給ふなるを、かくと人に告げばや」などいひあへ・るを、女君は、哀にもをかしくも
聞き給うて、涙のおつれば、奥に引き入り給ひぬ。とばかり立ちやすらへど、「殿の人のおは
しますやうに、氣色見ゆなどのたまはするものを」とて、音せねば、うはのそらに、たいより
て問ふべき事ならねば、かひなくうち歎かれて、「これは誰が住む所ぞ」と立ち出でゝ問はせ
給へば、「式部卿の宮の御領」と申す。まして煩はしかなりと聞きて、見つることのはいかう
をだにえはのめかさす、ことびとなるにても、必ず見まほしく、心にかゝる面影は、身にそひ
ぬる心ちして、うちつけに、このわたうさへ過ぎがたければ、夕風吹き出でぬれば、過ぐる心
ちいとロをしく、この面影心にかゝうて、世にもあらば、かやうなる人を見ばや、宮をかぎり
なく思ひ聞えさずモいへど.ことにもあらすと、これにさへ心とまうて思ひおぱす。中納言
は、忽ぶ方の心苦しさ、玄づ心なげにて又おはしにしかば、こゝには月の重なるまゝに、いと
い起きもあがられす、つれづれとうち詠めつゝ、かくてのみあるべきなめ動。とるかたなく、
あぢきなくもあるべきかなと見るまゝに、人は我に・おとらす、深きかたに心を分けて、これ
「に五六日、系れ旨ばか皇籠り居貧たえ窰、さも参b禁、待ち奚り田心ひ過さむ
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ξ、あい奮心づくしなゑけれ、さりとて、もとの有権次う改めなどせむ事は、ある
べき事ならす、ともかくもたひらかにもしあらば、吉野にまゐうて、尼になりてあらむとお
ぼすを、慰めにし給へるを、中納言は知り給はす。今はおだしく、かくて見るべきものと、う
ちとけおぼして、かぎりかぎりと見ゆるありさまのいみじく心苦しきに、淺からす心を分け
て、大方の世に憚らて、ありきもし給はぬまゝに、なかなか心やすくこのふたところに通ひ
見給ふ。年ころ世と共に、心に物のかなはぬと、歎き侘びつる思ひのかなふとおぼして、うち
うちは、心やすくも嬉しくも、又心のいとまなく苦しく納覺えて、ゑづ心なく立ちかへり給
ひつるに、これもいと心苦しげにうち惱み給へるを、いかならむといつくにも心のみ毳くる
心ちして、うち臥して語らひ給ふに、御まへなる人々、「いなや、このひるよに失せ給へると
のゝしる大將殿こそ、これにおはしましつれ」といふに、怪し怪しと聞き給ひて、うちほゝゑ
みて、「さてさて」と問・ひ給へば、「狩裝束にて、あの小柴垣のもとにこそ立ち給へ・りつれど、
煩はしさに音もゑ侍らぎりつれば、立ち煩ひて歸へう給ひ諏」といふに珍らかなれば、女君
に、「まことか、見やし給へる。誰をかくいふぞ」と聞え給へば、「要だ見ぬ心ちする人のあり
つるを、さいふめうつればもし我が身の身を離れけるにや」とをぼゝゑむものから涙のおち
ぬるを、猶めりしさまにて、あらまほしきとおぼず心の深きと、例のはちしめうらみ給ひて、
「さてもいかゞありつる」と問ひ聞えた要へば、「我によそへらるゝにて、推し量り給へかし。
めやすきならむやは」といらへてやみ粗。彼の人は、吉野の宮に尋ねおはして、まづ人を入れ
五三六
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五三七
て、「大將殿の御許より、參りたる人なむめる」と言はせたれば、よもやまに失せ給へるよし、
騷ぎもとめらるゝに、彼の人の尋ねおはしたりし後には、いとゞあはれに覺束なく思ひ聞え
給ふに、彼の御使に來たる人にやと喜びながら、「こなたに」と呼び入れ袷へば、唯大將殿の
同じさまに、清らなる人の違ふ所なき入りおはしたるに、驚き給ひて、「いかに」とのたまへ
ば、大將「ゑか宏か世に失せ給ひて、二月ばりにあまり鷓る。この宮になむ蒔々參わ通ひ給ひ
けり。つひの世のとまりと覺しめしの給ひしと告ぐる人の侍りしかば、もし申し置き給へる
事や侍りけむとうけたまはらまほしくて、そのばらからに侍る人」とのたまへば、コ昨年㊨
秋の頃より、この世なら33契り給ひて、立ち寄り問はせ給ふ事侍れど、このうづき朔日こう
に物し給ひしに、大かたの世を心細げにのたまひて、いつばかり、その折などはのたまひお
かす侍りし。唯みなづき晦日ふみつき朔日の過ぎむ事の、いみじく難う覺ゆるを、それつれ
なぐながらふる命、世にありなし。ふみつき晦日などのほどに、必ず吹く風につけても、音つ
れむとなむ契り給ひし事侍りしかば、つゝしみ給ふべき事、このさうにぞ物し給ふらめと、
思ひやり聞えて、あさゆふのねんすのついでに、必思ひやり聞え侍れど、この世にはものし
給ふらむを、げに『、冷の覺束なきこそ、いといみじく。いぶせくおぼすらめ」とのたまふに、
たのもしくなりて臥唾はらからとゆてもあまた侍らす。唯二人侍るをだに、心細くあまたなきな
げきをゑ侍るにぞ、事も知られで失せ給ひにたれば、思ひ給へ遣る方なく侍るに、その中に、
又年さだすぎ給ひにたる親の、いたづらになり給ひぬべきが、いといみじく侍るなり」とて、
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泣き給へば、ひじわもいみじく玄はたれ給ひて、「はかばかしかるまじくれて、我が身のはだし
と.なりぬべきだに、恩愛の思ひといふもの佛だに猛き・とに説き給へるに、ましてさばかりの
御有樣を、いとことわりの御事にも侍るかな。さりとも、必ず尋ね逢ひ奉り給ひなむ。な思し入りそ」といとたのもしげに聞え給ひけり。いみじかりける人の御さうか鵜とうちかたぶき
て、これぞ我がむすめに縁ある人に物し給ふめりと見給ふに、かつかついと嬉しく頼もしく
て、所につけたる御あるじなどをかしくしなし給ひて、いにしへよりの御物語など細やかに
聞え給ふも、よろづ思ひ慰めつる心ちして、俄にさまを代へて、この君の有樣を、いつしか立
ちかはり顏ならむも、いとうだてなり、かゝるさまになりて、ありしやうにうつもれたるべ
幽きにもあらす、音つれむとのたまひけむ程も、いくばくにもあらぎなり、きやうに出でゝか
く探むありしと傳はり聞かむも覺束なし、その程こゝにありて、この御せうそこを待たむと
おぼして、「かうなむ思ふ」と聞え給へば、「いと嬉しき事に侍る。さらばおはして待ち聞え給
へ。さのたまひしちぎう、世にたがへ給はじ」と聞え給へば、喜びながら、「我さへ失せ諏とお
ぼし歎かむ御心、いと物騷しかりぬべけれは、七月朔日に、必ず音つれむとありける所にま
うで來て、うひうひしき有樣、少しならし侍るほどなむはべるべき。覺束なくなおぼしめし
そ」と、聞えさせおきしまゝに、たいあるさまにもてなさせ給ひて「春宮よ帆御せうそこ侍ら
ば、煩ふことなむとて、それに御返しは申させ給へ」など、うへの御もとに委しく聞えたま
}ぶ。いかにと胸今ぶれ、心もそらにおぼしつるに、いとうれしけれど、世離"たる所にながゐ
五三入
----
充三九
し給ふも覺束なく、「世つかざりける御有樣どもかな」とうち泣き給ひて、「猶侍らむかぎ勢
はさほを代へむとなおぼしそ。頼む方なきおのれをふり捨て給ひて、かへりて御罪にもなら
む」などかきの御さぞやなにやと、萬の物ども奉りたまへり。御供に御めのと子一人、下部繭
人、かばかりにて居給ひて、女しくて過ぐし給へるに、文をも習ひなどし給ふ。いとよき御學
問の師なりと覺して、世つかぬ身の有樣など聞え給へば(「ゑかゑか、大將の椴のぼの憂へ給
ひし聞き侍りき。聊なる事のたがひめに、暫しさる心のつき給ひしなり。大將も、もとび御有
樣になり給ひぬらむいとよし。こくものくらゐに極め給ふべきさうおはせし人なり」と聞え
給ふ。宇治にて一目見し面影を、心にかけて、又見る世ありなむやとおぼずさへぞ苦しきQ
「いもせ山思ひもかけぬ道に入りてさまざまものを思ふころかな」。帳の内よりさし出づ
る事もかだぐてな・与ひにし身の、行くへも知らぬ山にすいうにてある、心ながらもいと怪し
く、春宮におぼし隔たりにける夜な夜なのあはれなど、まどろまれぬなかにも宇治の川浪ふ
と立ちまbう、いみじくこひしく、又逢ひ見まほし風おぼしいでらる。
「ひとめ見し宇治の川瀬の河風にいづれのほどにながれあひなむ」とてうちなかれぬ。』
宇治には、いと苦しげにて月も立ちぬれば、中納言片時も立ち離れず。いかにせむとおぼし
截ふに、人がらの、かたちを始めいとにほひ多くあいぎやうづき、なかなかいと見まほしき
に、もてなしあらさま、はなぱなしくならひ給ひにしかば、いとあえかにうつもれ、いぶせく
もなく、わらゝかにをかしく、いと馴れたる心つきて、物を思ひ歎きても、ひとへに思ひ沈み
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てはあらす。泣くべき折はうちなき、をかしく言ひ戯ふるゝ折ぱうち笑ひ、言はむ方なくに
くからす、あいぎやうづき給へる八の、まことに物心細く苦しきま\に、いとたゆげになよ
なよと、心苦しげなるを見給ふ中納言の御心ち、我が身に代へても、この人をいかでたひら
かにとおぼし惑ぷゑるしにや、ふみ月朔日、思ふほどよりは、いたくほど經て、光るやうなる
男君生れ給へるうれしさ・あつね奮むや・竃ちの君強手つか擬象せてあつかひ
給ふさま、いとあはれなり。若君をば、目も放だす、うとから粗人のちある迎へ寄せて、めの
もとに納世に顯はれてかゝる人のあらましかは、いかにかひがひしくもてなされまし、より
つかく忍びたるこそと、かひなくロをしければ、この程はことことなく、このあつかひに心
入れて、あからさ、,よにも立ち出です。日に添へて、この若君の美くしく光出づるさまを、母君
の御もとにさし寄せつゝ「あはれなりける契を、昔よりかゝる御さまにて、思ひなくあら.娑
しかば」と言ひ出で給ふにぞ、げにと、怪しかりける身かなと思ひ出づるに、かの所の七日の
夜扇見つけたりしとなど、いとに・ほひやかにのたまひいでゝ、かたみにをかしくもあは.れに
もおぼす。この卸有樣は、十よ日にも過ぎぬれば、今はかくにこそはあめれと、心おちゐはて
ゝし身を・いか陣ゑつることぞと・思が亂れ給ひしかば・もとの御さまにやなりかへり給は
むと、うしろめだく玄づ心なかうしを、この若君を、いと悲しげ・に思して、常に抱きあつかひ
給ふめれば、これを見捨てゝは、ふり離れじと思ふたのみさへ、いと強くな血て、・今一かたのゴ
あ婁がら、身を代へたる心ちして、悲し誤みじ奉患ひ入-、そ墾この頃嬉、そ=
四。
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四一
はといきときるべくもあらぬも、後めたく悲しく、身のいたづらになり'にたるやうなるも、
誰ゆゑにもあらす。「むげに聞き放ち侍らむ事の情なきやうなれば、いかになるまでも.、あつ
かひとぶらはむ思ひ侍るを、暫しの程も覺束なく、ゑづ心なくのみ覺ゆるを、忍びて、こゝに
迎へ侍らむいかゞあるべき。御覽じ放たれにし人を」とのたまふを、あさ要しと思へど、ざら
諏顏にもてなして、「げにおぼ凱べき事にこそは。なかなか見しその人と見顯されたらむこ
そ、ことびとよりは耻しかるべけれ」と、顏のうち赤み給へるが華々と美くしげに見るかひ
ありとうちゑ要れて、「いさや、暫しの経も鷽束なからじとてぞや」と言ひ紛らはし給ふ。こ
なたをぱ、今はおだしく覺して、忍ぶる方の心苦しさも、又心うつれるひとかたに隱れ居て、
あつかひ給ふきまいと心やすげなり。父おとゞは、おどろおどうしげなるちかむとを立て
ゝ、そのまゝに見給はず。幼くより母北の方は、おとゞの御思ひのかぎりなきにおぼし讓う
て、いとすぐれてはなき御思ひにはありけむ。「思はすに心づきなかりける御ありさまかな」
とうちうめきて、身に代へてもそひ居給はす。はらからの君たちも、並びなかうつる御おぼ
えに、皆心おきて、かゝる世のきわぎも、殊にいとほしとも思ひ聞え給はぬさまなれば、げに
ぞあはれに悲しげなる御さまなりける。いかゞはせむに、中納言に忍びてうち任せられて、
あつかはれ給へるも、いと哀げなる人の、いみじくくづはれたるあはれき、更に思ひ忍ぶべ
くもわらす。晝なども忍びて、つと添ひ居て、よろづに言ひ慰め、契り語らひ給ふに、いかゞ
・はせむに、心こはからす、言ひ慰めらるゝらうたさなど、見る折はたぐひなくのみ覺えて、し
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のころは、こなたがちにのみ添ひ居て、よる夜中の事もあらむに、遠く立ち離れてはとみの
有樣え聞くまじきにより内へも久しくおはせす。御文は日に立ち返わ立ち返り覺束なから
絵ど、それが嬉しかるべきに諮あらす。かくのみこそはあるべきなめれ、我が心一つにこそ、
萬の事につけて歎き絶えせきうしか、大方の世につけては、かたはらなくなりにし身をあい
奮もてしづめて・類ひマだにあらず・かあみまち姦憲ひ過ぐさ礎事乞、猾ある、
べき事にもあらね、右のおとゞ世人の言ひ騷ぐほど、猶暫しかうし給ふこそあらめ、世にな
う悲しくし給ふ御むすめにて、ひたぶるに、一かたに思ひゆるし給はい、あなたつよにこそ
あらめ、我いかなりとも、その人と知られあらはるべきやうなければ、かゝる宇治の橋守に、
絅代のひをのよるのみかぞへむ程の心づくしや、さりとてもとの`ま、にかへりなるべきに
もあらす、いかにして吉野の山に思ひ入りて、後の世をだに思はむと思ひなるには、この若
君の捨てがたく、うき世のほだしつよき心ちし給ふ。七八日ありて、例のおはして、さすがに
へだてなくある有樣、たのもしげなき事など、もへたるを聞くもなかなかなり。さし隔てゝ、
異ざ按にもいひなさば、さてもあるべきに、さはたえ隔てす、幾世見るべき人にもあらすと
おぼせば、いとよくもてなし給へるさ嚢、けいかなる人か愚に思はむ。限なき思ひに思をそへ
重ぬる心ちして、なのめならすあはれなれど、人のさまいとあだにて、入ことにゑみかへれ
るくせなれば、淺く思ひなさるべし。例のこゝに・、鞠し立ちとまう給ふべしと思ふに、夕方
きやうより人來て、「いみじく常よりも苦しげにせさせ給ふを、その御けしきにや」とさゝめ
四二
----
二三
き聞ゆれば、ゑづ心なくて胸潰るゝに、日頃ありありて、今日のうちに驚きかへらむ魅、いか,
いおぼすべきと思ふも、いと恐しくわりなき心ちずれど《そはおのづからながらへ行かむ志
は、見なほし給ふやうもありなU、かれは今"度見で、空しくなさむ事は、猶飽かず悲しけれ
ば、か、るよしを言ひ鷽きて、急ぎ出で給ふも、げにさる事と心安くうち言ひながら、あさま
しく珍らかに思ひし心、我をこを人に恨みられしかば、むつかしく.胸やずからぬおもひの
あるべくもなかりしものを、か、るさまは憂きものにもありけるかな、かゝれはこそ、佛も
罪深きものに思ひ催き給ひけれ、右のおとゞは常に恨みられ、かの女君も、うらめしげなる,
蒙色の折々ありし?建や、我かゝるめを、同欠に代へて見つら蒙ど、きしかだ行く
さきなつかしく、物もいふべき人もなけれ.ば、押しア、めて思ふぞいと苦しかりける。つとめ
て「頼むべきやうもなきさまの、いみじくいとほしげなるを、近くてなりはてむさま、聞きは
て侍らむとてなむ、心のどかならす立ち返り侍りにしかば、いと心より外に覺束なく、ちこ
君もかたがたしなどあれど目もとまらす。いみ・じく思ひ入りても限あるわぎなるを、いかな
ればいとはしくもと聞え給へるを、ほのかにならひにける人なれば、あながちなる物恨みの
けしきなく、さわやかにもあるかなと見給ふもをこなりやQうちだえ、いか噂吉野の山に、人
奉りにしがなと思ふあまり、若君の御めのと、心ばへらうらうしくてロをしがら孤心ばへな
るを、若君思はいこれこそ我が方ざ按の心淺からすいひたらむ、ことひとにうちまねびなど
せざらめやと覺して、いとなつかしくうち語ひ給ひて、「見馴るゝ程はなけれど、若君を思は

----

や、よも淺からじと、たのまるゝ心ち一の深く覺ゆるを、聞えむこと人に知られでは聞きてむや」といとなつかしげにのたまふを、嬉しくめでだしと思ひて、「いかでか身を捨てゝよし侍ふ」とも聞こゆ。「これなる人々にも。まして殿には知らせ奉らじ。吉野の山の奧におはするひじりの宮に、御せうそこ聞ゆべき故ある、だばかりてむや」との給ふ。娼いとたはやすく侍
丸事」と聞ゆれば、嬉しくて「月ころの程たひらかにおはしますらむやいかにと、心細く思ひ
給へられしを、今日までけ事なくだひらかに侍り。御覽せられしさまにもあらすぞなりて侍
る。いかで參りなむとぞ思う給ふる」と書きて、いとより封じて「これさらば慥に」とて賜へ
り。この人の御本臺、誰といふ事知る人なかりければ、もしかの吉野の宮の御むすめ、持ち給
へりと聞きしにやとぞ心うる。かくいぶ程、はつき朔日むうなり。我が身に親しく侍ひめく
もの、あるを、だしかにだしかに教へて奉りつ。吉野には、この男君すいうなるやうなれば、
學問などして、思ふさまに、嬉しき人に行き逢ひ奉れると、思ひより、'りびて、事に觸れて、姫
君だちの御有樣、なべてならす奥ゆかしけれど、ひじわだちだらむ御あだうに、ふとけしき
ばみよらむも、いかゞと襌られて、かばかりになりぬれば▼、さりともとのどめつゝ、この音つ
れむと契りたまひけるぼと,の過ぐるまゝに、心もとなくうち侘びらるゝゆふべ、つきづきし
きをのこの、「この御交參らせむ」とそいぶなる。「いつくよりぞ」と問ふなれば、「宮の御方に
慥に參らせ給へ」といぶなり。取りて御覽すれば、大將の御文、いと珍しくてまらうどの君い
見せ奉り給ふ。嬉しとはよの常なり。心惑ひして、あら繊さまにとあるに、法師などになり給
玉四四
----
五四五
へるなめり、すいうに承はるやうもあらじと、胸つぶれて、使を召し寄せて「いつくにおばし
ますそ」と覊はせ給へど、そことまうせどもなかうつるものをと思へば、申し出でぬを、いと
もいみじくきよらにて問はせ給ふに、いとかだじけなくな・りイし「宇治のわたうにおぱしまず・
とそ承る」と、「宇治はいつくのほどぞ」、「式部卿の宮の御領とそ承らし」とまうせは、されは
よ、見し人はこれにやと思ひあはせられて、嬉しく悲しき事隈なし。みづからも御文聞え給一
ぷ・「六月その日思ひ立ちて、都を離れて、宇治の方に立ち宿むて侍らしより、この宮に尋ね一
まうで來て、御せうそこ聞えむとありしと、ひじうの宮のた・まふを頼むことにて、そのまゝ
に、この山に跡〃絶えてすぐすゆさまいかなるさまにてかおはします。・いかでか對面は給は
る"へき。參りぬべき所にや」など、こまこまと書きつゞけて、宮の御かへり添へて賜ふまゝ.
に、この御使に御ぞ一襲、乘うておはしましゝ御馬と賜はせて、「これに乘りて疾く參りつぎ
て、御かへりさと又たしかに賜はりてこ」と!し、賜はすれば、めさましく覺えなく、嬉七き事
と喜びて參.うぬ。御返うまゐらするより「只今參れる御返り賜らむ」と申さすれば、御覽する
に、宮の御かへりはうち見給ふQ今ひとつの御文御覽するにぞ、さはこの誰にかと思ひし
・は、ないしのかんの君の我を尋ねにと、さ要をかへて、世を出で給ひけるにこそありけれ。は,
我飜ロ惜く思ひ寄らざりけるよと珍しく悲しきに、えも見やう給は事。我もあらぬさまに
なり、かの君も殊更になりにけるも、さるべきにこそありけれと、一泣く泣く御かへりこまか
「童βき給郎て「季しうはみつか臨嚢はしき咲この零におはして、、.のをのこして
----
御せうそこを賜はせよ」と聞え給へる。見給ふぞ、夢の心ちして嬉しき。おはずらむ有樣、見
聞えてこそはともかくも、殿にも御せうそこ申さめとおぼして、冖いと忍びて、このをのこを
ゑるべにておはして、そのわたり近き人のなにおはし居て、せうそこ聞え給へうρ中納言は、
一かの御心ちのいみじきにも心惑ひて「そのめのとに、はらからにてもの七給ふ人の、忍びて
おはしたるを、人竃知らせす、いみじー忍びて欝面せむと思ふに・心さ㍗らなるやうに・
殿の聞き給はむもいとわびし。人にけしき見せじとなむ思ふ」と語らひ給ふ。「いと易き事に
侍ふなり。つぼねにきやうよりま3でくる人のやうにて、暗きまぎれにおはしまさせて、夜
更けて對面せさせ給へ」など聞ゆれば「さらばさやうにも」とのたまふ。殿の御めのと子な
ど、はたうちとけても見え給はねば、殿のおはせぬには、殊に御まへにもさぶらはねば、心安
きだそがれのまぎれに、めのとのつぼ獣の廊の前券るに入れ奉りて、人の靜まるを待つぼど
に、夜いたく更けぬれば、皆人ね松るに、やをらめのとをしるべにて、西のは畜ちいでにすゑ
奉りて、やをら出で給へるに、かたみに夢の心ちして、物も聞えやう給はす。月いと明きかげ
に、髪はつやつやとひまなくかゝわて、限りなく美くしげにて、いといみじく、女君なつかし
ぐ3ちなきて居給へるも、いなや、こはたぞとおぼえ給ふ。えもいはす清らに、なまめきたる

芒御讐知るやう藩と、すいろ笠ち出でなし妻ど、.なに語うてヨてねかで=
五四六
----
五四七
かくてはおぱしまずぞ」と問ひ給ふに、いらへ聞ゆべきやうも舂く耻しけれど、えんに押し
こめてあるべき事なら勲ば、「年ころは、世つかぬ身の有樣を思ひ歎きながら、さる方にいか
やはせむ、ありつきぬべきよと思ひ侍りしに、心より外に憂き事のいでき侍りにしかば、さ
てあるべきやうもなく、思ひ侘びて、身を隱し侍りにし」さまけしきばかりうちのたまへる、
ざなんなりと心得ばてゝ「今ぱさは、かくておはすべきにこそあなるを、かくのみ人知れぬ
御さまにては、いかゞ過ぐきせ給はむ。殿にはいかゞ申し侍るべき」とのたまへばつその事に
はべる、かくてのみなむ、更に侍るまじう覺ゆるを、世つかぬ身なりしほどのみ耻しさを、こ
とびとに見えあつかばるべきにはあらず。あさましと、見え知られにし人にこそはと、ひた
ぶるに身をまかせて侍りつれど、今はながらふべきやうにやと、生きといまり侍るには、か
くてはあらじとおぼえ侍れど、さりとてありしさまに、身を又なしかへむ事ぱあるべきにも
あらす。とイ秘もかくても、身の世つかぬ潰き所なく覺え侍るを、この吉野の山にかたちをか
へて、跡を絶えなむと思ひ侍る」とうち泣きてのたまふ。「わが君かゝる事なのたまはせそ。

殿うへのおはぜむかぎり、我も人も世をなむ思ひ限るまじき。御事により、殿はむげにふか
くになり給へうしを、見おき奉りてなむ出で侍りにし。げに何にかは、かくては忍びかくろ
ひておはしますべき。又ことざまにては聞え出で給はむもあいなし。我なむた"あるさまに
もてなしてあれと、言ひ貴きて出で侍りにしかば、誰にも見え知らるゝ事も侍らぎりし身に
}て、そのけちめのありなし知る人も侍らぎなり。さてこそやがておはしまさめ。さても中納
一。七
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δ八
言物し給ふらむ、あしかるべき事にもあらず。今はじめたるやうにもてなして、なかなか人
め安くこそ侍らめ」との給ふを、いらへはともかくものたまはす。「かしこの人にゆくへ知
られであらばやと思ひ侍るをり」と聞え給へば「そはいとあしき事。人がらさて溶ばしまさ
むに、げにいとやんさとなぎことにはあらねど、ロ惜しかるべきには侍らす。いかにもさら
ば、まづ忍びて渡らせ給ひて、殿の聞えさせ給ふやう侍りなむ」と樹え給へば、「殿凶かくこ
そありけれとは聞しめされしc唯世つかぎりける身を、もてわづらひたりけるさまを」とう
ちはちらひ給へるも、年ごろいとすくよなかうし人の御もてなしとも見えす、つきすべくも
あらぬに、夜明けぬべければ、やをら出で給ひて、これより京ざまに趣きておはするも、・今は
かぎりと思ひたちしほどの、あはれに思ひ出でられ給ひて、おはしますをも知らせたまは
す。殿は、月口ころのへだ\るまゝに、多く御いのう、山々寺々盡して、限におぼし入りたる
に、今宵のいめに、いと霹き清らなる僭の參りて、「かくな覺し歎きそ。この御事ど諮は、いと
たひらかに明けむあしたに、その案内聞き給ひてむ。昔の世より、亀さるべきだがひめのあり
しむくいに、天狗の、男は女と啓し女をば男のやうになし、御心に絳えす歎かせつるなり。そ
の天狗もこ〜な盡きて、佛道にこゝ・らの年㌃經て、・多くの御輌耽どもの玄ツ`りしに、皆亠畢なほ・りて、
男は男に、女は女に皆なり給ひて、思ひのもと榮え給はむとするに、かくおぼし惑ふも、いさ
ゝかの物の報なり・」と見給ひて、こなたのうへに、「かんの君を、物覺えぎうつる月もろ、え見
奉らざうつるに、只今夢に、かうかうなむ見えつる」と語耋給ふに、あさましくて、ありしさ
王四八
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五四九
まの事委しく聞え給ふに、夢はまことなりけりと嬉しながら、この人も世に出で給ひにける
を、我も知られで、とめさましくあきれ給ひて、やうやう明けがだになりぬと聞く程に、うへ
に人よりて、うちさゝめき申せば、驚きて「あはせはしたむなり」とのたまふ。人々は皆雲だ
寢たるに、こなだにとても、幼かうし時より、交らひつき給ひにし大將こそぴいしかうしか、
あえかに人にも見えす、籠り給ひてし人とは思ふに、かたくなしくとおはすらむとおぼす
に、御雲へに參り給へるに、起きあがりて、御殿あぶらかゝげて見奉り給ふに、唯大將の御に
ほひありさま、二つにうつしたるやうにて、これぱ今少しそゞろかに、なまめける氣色まさ
う給へり。かれは少しさゝやかに、ちひさき方により給へうし毟、飽かぬ所なりしかど、まだ
年の若かうしに、これは今少し物々しく、飽かぬ所なくそ見え給ふ。うち雲はり給ひて、いめ
のやこ・なるもゆくへなき、嚢づ堪へ難く覺し出てゝ「聲も聞き出で給へうや」と問ひ聞え給
ふ。「ゑかありし御さまにはあちす。女ぎ綾になりて猶いと世つかず心憂かりしかば、もとの
やうに身をかへ試みむとて猶暫し隱れだうつる。髮などのおふるほど、入に見え知られじと
なむのたまへしを、御氣色に隨ひてこそは」と申し給ふも、いかにいかにと聞きもやり給は
す、「詮さしかりける夢のつ。,かな」と嬉しさに、喜び泣さへ亥給ひて「よし、、この人を内侍の
督にと聞えてそこにこそは代うし給はめ」とのたまへば「年頃さて籠りゐ侍りし身なれば、
さやうの交らひはし侍らじ。又かの御ありさま聞きさだめて、暫しかくてさぶらふと、人に
も見えしられ侍らじ。まつかの御迎して後にを」とて明けぬれば出で給ひぬ。なこりなく胸
----
あきてうれしきに、起きゐて、御粥などいきゝかまゐる。宇治にはいつばかりにか、御迎には
聞え給ひつ。これに蹟御對面の名殘うれしく、いめのやうに覺えて、今はあさましと思ひ給
へば、若君ひき具したまはむもいとめやしく、さりとて見捨てむこと灘いとかなしきにおぼ
し煩へど・親子の御契絶えぬものなればゆきめひつゝ見ぬやうあらじ謎がばかりなりしわか
きみの、このちも悲しとても、いとかく人げなくて通はむを僅に待ちとうて過ぐすべきかは
と、猶過ぎにし御心のなこり、強くおぼし取りて、さりげなくむつかしげなるはぐ、引きやり
燒きなどし給ひて、若君をめかれす見給ふに、いみじくをかしげにて、やうやうものかたう、
人の顏まもうて、ゑみなどずるを見るぞ、いみじうかなしかりけるQ中納言、れいのあからさ
綾と見えて渡り給へり。今は限と思へば、つゆにくげなる氣色、まいて漏さすひきつくろひ
て、限なきさまにて居給へり。紅の單衣がさね匹、女郎花の上着、萩の小袿、いだくおもませ
給へわしが、このさうなほり給へるまゝに、いとゞはなばなと、にほひを散したるさま七て、
御ぐしもつやつやと、かげうつるやうにかゝうて、たけ少しはつれたるすゑのふさふさと.
物を引き廣げたるやうにかゝうたる、すそつきさがりば、入尺の髪よりもけにいみじくぞ見
ゆる。ひだひ髪よ毒かけたるやうにかくれたるたえま、頭つきやうだいなど、こゝぞと覺Ψ
るくま蕉く、うち見るには、いみじからU物おもひもはるけ、憂も忘れぬべく見ゆるに、心の
ゆく心ちして、こもちばえこそあまりにし給へれ、などてすぎにしかた、おはせしありさま
をめでたしと思ひけむ、かくてはこよなくまさう給へりけるを、かゝるさ嚢にてさし出で交
----
五一
らはせ奉らむに、うち見む人毎に、心誠はぎらむやと、限聡き氣色にかき撫でつ\、我か身に
もかへつばかりに思ひ安どはるゝ人の櫛心苦しさ、はだ今は慰みて、ことことなく語らひて
ふし給へるに、又人來て「只今いと限のさまにて、浩え入りたまひぬべししと告げため。さの
み立ち返うつゝ、驚き返らむもいみじくいとほしくあるまじき事に思ふに、「さるけしき見
えば告げにこ」と言ひおき給ひける人、ゑうに走り參れるに、忍びあへで「唯ともかくもをる
ほどまでぞ。いきとまるまじき人なめれば、情なく見えじと、思ひ侍るばかりそや。いとより
つをよりおぼしことわり、あ喬がちなる物恨みなごのなきに、心安く嬉しくてかくも侍る
ぞ。ともかくも見なしてむ、後の心を御覽じて後、言ひ恨みさい壱ませ給へ」と、涙をおとし
つゝ、わりなげに思ひ給へる氣色を、かくてあらじと思ひなりにたれば、何かは苦しからむ。
かねても思はぎりし人の、心にもあらす、かゝらむものとは思ひしを、唯あやし、ほどを知ら
粗人に、見え知られむよりはとばかり、おもひなりにしにこそあれ、かくてありはつべきも
のとおもはましかば、うれぱしくめざましからましなど思ひつゞけて、わり潔くにほひやか
にうちはゝゑみ!し「度ことの御ことわりこそ、おぼしゑるにつけてなかなかなれ。物は思ひ
誉雪そよけ鴛」あ給へばぐねーねし毒。ひ恨みむよ耄恐しければ「迄てあが君・
はやういけと、さわやかなるあらしはをまからむ」とて、え動き給は処ば「今はやういとぼし
き釋にも」と言はれて、恐しくかへりみがちにて、いでもやらす見給ふほどに、かはう給ふ氣
色見え、じと、さらぬ顏に忍ぶれど、出で給ひぬれば、若君抱きて、つゆ要,どうます泣き明し給
----
ふ。つとめてぞマ仁の夜中ばかりになむ、辛うじて、おのがさまざまになりてなむ。頼むべき
さまにも聞えきなり。今少しならむ有樣も見はてゝ、やがて參りなむ」と書き給へり。「うけ
たまはうぬ。聞き給へるほ淋よりも、めやすくも、これにワけても、まづ昔の事こそあはれ
に」と書き給へり。このほどこそよかるべけれとおぼせば、宮にせうそこ聞え給ふとて、日ぐ
らし、この若君をつと抱き給ひつゝ、忍びてうち泣きなどし給ふ。そのくれに、例の近き所に
おはし給ひて、せうそこし給ハ、れば.ありしやうに、めのとのつぼ触に入れ奉りて、人のゑづ
要るを待つほど、うへは胸ゑつかならす心さわぎして、乳母にもかゝる氣色見えす、唯この.
君をつとまもらへて、かきくらされ悲しと、人やらなら33ねぼ蘭に、夜更けぬべし嘱人しづま
うぬれば、初のやうに入れ奉りて、御せ執そこ聞ゆれば、心ちも玄つかならすかきみだうて、
「さはこれ暫し」と抱きうつさせ給ふに、驚きてうち泣き給へるを、うちまももつゝ、身をわ
けといむる心ちして、ゐぎわ出で給ふを、人は何よ晦も、この遒のやみは思ひかへさるべき
わぎなるを、さこそいへ、男にてならひ給へりける名殘の、心強さなりければなるべし。「京
にぞ暫し思ふやう侍れば、おはしまさせで、吉野におはすべきやうに、殿には申しゑたゝめ
て、まう矯來つる」とて、我が御めのと子のむすめにて、親しく仕ひならひ給ひし三人ばかり
ゐておはしたり。月のいとあかきに、やをらかげに添ひて忍び出で給ふほど、若君の面影は
身に添ひて、引きかへさるゝ心ちしながら、車に奉りぬ。ひきかへあまだして、夜一夜おはし
まし明して、又の日ぞおはしましつきたる。みこもかゝるよし聞き給ひて、これにはびんな
五五二
----
五玉三
かるべければ、姫君だちのおはするかたをゑつらひて、おろし奉わ給ひて、明かにさしむか
ひて見奉ゆ給ふに、かだみにいとめでたき有樣も、夢のやうに嬉しく哀にもおぼす。殿より
も、覺束なく心もと鵜き御せうそこ、遠きほどゝも見えす、うちゑきりて、そのわだうのさる
べきものは、皆奉るべきよし仰せらるれば、皆もて參りあつまる。心やましき黒ひ絶えす、い
ぶせかうしうき世の中離れて、安らかにおぼさるれど、あけくれ見馴れし限なく、やまぐち
しるかりし顏つきそ戀しく、入やうならすほれぼれしくうち詠めて、俄にかゝるさまを、怪
しと見驚き給ひぬべき耻かしさに、あなたの姫君たちにもたいめんし給はす、つくづくとう
ちふし給へるを、男君は、立ち離れながら、中納言の心のうち、苦しくおぼさるゝにやと心得
給ひて、「あやしく世つかぬ御ありさまも、見奉り知り給ひにけU人を改めて、かくは馴れさ
せ給はむも、あぢきなき御事に侍るべきを噸いかにおぼしぬし定めさせ給ふぞ」とのたまふ
を「心より外に、心えぬ契のありけるに、いぎ疾くまではいかゞ侍らむ。心憂しと思ひなが
ら、何心なくいはけなきあもさまを、身に添へて怪しかりぬべく侍りしかば、見すてつる心
苦しさばかりをなむ思ひ侍る」とて忍びがたくうち泣き給ふ氣色、いとあはれなり。「げにさ
おぼさるくき事に侍る。その御ゆかうしもぞ、・離れ,にくき御契侍る」と聞え給へば、さりけ
う、殿などには聞え奉らじ、殿、御けしきふかく、、中納言には、かけは塚れなむの御心なめり
と見ゆるも、いかなるべきことにかと心苦しく、我もかくてすいうにあり馴れにし身をかへ
て、參りそめにし後は、二夜と隔つる事孤く、見奉り馴れにし春宮に、久しく離れ奉りて、た
----
〜仏ら轟畫の見えし嘉く見奉bで、ゆくへ知蠡山の末に・あくが螽す隻い
一とうつし心にもあらす、さりとても、俄にさし出でゝ、入に見え知られむさまの・うひうひし
くうよばゆきにより、身をもならずノ程思ひ念じつゝ、我がかばりには、この人さておはせば、春
宮に對面給はる事も、おのづからかまへ出でむ、とかくおはしまさむ程も、この人にことよ
せ奉りてこそは、裕紀かくしあつかひ奉らめなど思ひなすにぞ、胸のひまゐけて、「かうかう
の事のありしがいと覺束なきを、我がかはうにもてかくし聞え給へ」といとこまかに語ケ聞
え給へり。聞くもいと哀にて、「猶ふるさとには、いと立ちかへりにくゝ侍れど、殿うへを思
ひ聞えさずるかたはさるもの.にて、その御事によりてこ乃ゝ.えさら宇思ひだつべく侍るな
れ」など、うちかたらひつゝ我がありしかはうに世に交・bひ給ふべきとおぼせば、かたちぎ
まは、いといたく蓮ひ給ふ事も世にあらじ、大かたの世の事ぞたがひて怪しからむとおぼせ
ば、さかしきやうにはみれど、承り行ひしおはやけ、ごといも、その人かの人の言ひつけし事、
こたへ給ふベきさまなど、さかしげなく、いとよく聞え知らせたまみ。琴笛の音、かきたまふ
一手など、さばかりの人の物ぐるはしく、まづし心なきやうにて、籠り居給へるなれば、たどた
どしからす。唯圖じなに吹きならし、彈きならし給へるさま、ことひとゝあへて分くべくも
あらす。手などは、ましてかぢ似せむとまねび給ふに、つゆたがふ所もなしG御聲けなひなむ
もとこれは男の女まねび給ひし、かれは女のすくよかにつかひならし給へうしなれば、もと
よく通へる御けはひ、いつくかはたがはむ。猶さるべきはあぱれなりけるはらか・bの、御契
----
五五五
なりやとそ見えたる。つれづれなるまゝに、さしむかひて、おほやけわだくし、かゝる御物詰
の中に、麗景殿の細殿に、折々行きあひし人のことなどをさへかたう出でぷ、右のおほいと
のゝ君のはじめよりのありさま、おとゞのあけくれ恨みられしを、うちうちのみだれは知ら
す。世窮る程!・は、 衵つれ雪bみ、いみじう侍りななのぞ。げに港てつゆ禦峯
なく、いみじう優れてめでたきを、權中納言の事患ふに、心より外の事にぞ侍銭、けるかし。今
はうけばう、我が物といみじう思ひといめてあつかひ給ひしを、昔ながら物のたまひよらむ
事やしなど、皆語り聞え給ふ。この姫君たちの御有樣を、近く見聞くに、いと優れて思ふやう
なるを、つれづれなる長き夜のなぐさめにもすこし難くて、さるべきをりをり聞え馴れ給ふ
を、初の御有樣魅、いとさやおぼれる程は見え給はす。たが試ぬけはひありさまを、宮はいか
にすくせに任せて、我があたりを放ちて、今すこし偏に心をすましはてむとおぼすべかめれ
ば、これはさなむと、辨へ知らせ給ふ事もなかりければ、あやめもおぼさす、はーじめのならひ
に何心もなきを、あさましう思ひの外なるなれなれしさを、いめのやうにいみじうおぼ↓惑
へど、男の御心には限なくあはれに、深き御志もまさるにや。いふかひなく見馴れゆくまゝ
に、あてにけだか-・にほひあり。思ふさまなる御かたちありさまを、かばかりのひじうの御
あたりに、おひ出で給はむありさま、この世近くはあらじと、あなづりつる心さへぞ悔しう
おぼさる。按ことや、宇治には若君の御めのと、明くるまで歸り給はねば、怪しと思ふに、御
格子など參るぼどまで見え給はす、人々尋ねあやしがり聞ゆるに、言はむ方なくあきれて、
----
思ひよるまじき物の隈々などまで尋ね求め奉るに、いつくにかおはせむ。いふかひなく思
ひ惑ふ程に、殿おはしたるに、かうかうと聞えさすれば、うち聞き給ふより、かきくらし心誠
ひ給ひて、物も覺え給はす。「さてもいかなりしことぞ。日ころいかなる氣色か見え給ひし・圏
故郷のわたりより、音つれよる入やありし」と問ひ給ふを、我さへさわがれぬべければ、めの
ともえ申し出です。「さるみけしきも見え侍らす、見奉らせ給ふ稈はさりげなくて、一所おは
しまずほどは、若君を、目もはなたす見奉bせ給ひつゝ、うち忍び泣き崩し暮させ給ひしを
ば、世の中に、うらめしくも覺束なくも、思ひきこえさせ給ふ人やお砥しますらむなど、Gそ、
心苦しく見奉り侍りしか◎かうきまにおぼしめしなるらむみけしきと、つゆも見奉らぎう
きしと聞ゆるに、言はむ方なし。限なくのみもてかしつかれたりし身を、いとかく忍びかぐろ・
へたるさまにて、あなだざまの事を、心に入れてあつかひつゝ、こゝにはありもつかす、都が
ちにあくがれたりつるを、げにいかに見もならはす、怪しくあいなしとおぼしけむを、うち
見るには、すべてさうげなく、安らかなりし御け.しきめりさまの、返す返ず見るとも見ると..
もあくよなく、めでたかうし戀しさのやらむかたなく、時のほどに心ちもがき亂う、きし方
行く末も覺え33、悲しく堪へ難きに、廻りあひ尋ねあはむ事覺えす、いかにせむと悲しきに、
若君の、かゝる事やあらむとも知らす顏"、何心なき御ゑみ顏を見るが限と思ひとおむる世
のほだしと、いとゞ捨て難くあはれなるにも、あはれ、かゝる人を見捨て給ひけむ心づよさ
こそ思へと、あさ竣しく、ことわりは返ず返ずいひやる方喬く、胸くだけて、悔しくいみじ
五五六
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五五七
く、人の御つらさも限なく思嶺ゑらるゝ。臥し給ひしおまし所に、ぬぎ捨!し給へうし御ぞど.
ものとまれるにほひ、難ありし人なるをひききて、よゝと泣かれ給ふ。かばかりの事を夢に
見むだに、覺めての名殘ゆゝしかるべし。かたちけはひの、いふ方なくあいぎやうづき、には
ひみちて、憂き誌つらき略あはれ杏るも、いとにくからす、心美くしげに、うち言ひなし給ひ
し戀しさの、更に譬へて言はむ方なく、胸よりあまる心ちして、人のをこがましと、見思はむ
事も力どられす、あしすりといぷらむ事もしつべく、泣きてもあまる心地して、沈み臥し給
ひぬる御けしきの、いみじくいとはしくわりなきを、見奉りなげかる。さても心合せ知りた
る人なくては、いかでか出で給ひけむ。さりとも、人知りてこそありけめ、いかなりけること
ぞと思く.ど心得33。もし見よと思ひて、書きおき給へろ歌などやうのものやあるご思へど、
きやうのねぢけばみ、かゝづらうべき人にも物し給はず、「かのわたりなりける人の見けれ
ば、言ひ知らす、きよらにあてにおはする殿の、いとわかきなむ、立ちかくれていとめでたき
女を車に乘せ奉りておぱしにし。いかなる入にかと、怪しがる」と人のまねぴ聞ゆるに、おの
がさまに身をもてなし習ひて、たいや出でゝおはしつらむと思ひつるだに、少しあやしかう
つるを・ましてφかなる事ぞと思ふに、今少し胸心まどひて、思ひやら秘豢し・昔よりよ
しなき事どもみ,思ひしは、物にもあらきりけり。寸きすきしくよろづに色めきて、はてビ,か
くわびしく、身を責むるやうに、悲しき事を思ひ歎きて、明け暮るゝよ、若君の御顏ばかり
れ、命をかけて、今少し涙まさりける。事のよろしき時や、あはれなる歌などもよみ、思ひつ

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一一八
謬耄謦そありけれゆ黌胸くだけて・いみじく苦しく覺しゑをるゝほどに、右の一
おとゞの君は、このたびも、いと美くしき女君うまれ給へうしかど、くづはれ給ひし人の、今
もたひらかならむ事もおぼした、で、淌え入りつゝ、さすがにあるかなきかにて「殿を今一
度見奉らず、おぼしなはされて止みなむとするよ」とて、泣き入り虎綾ふ。母上いみじと見奉
り給ひて、なくなくかくなむと聞え給ふ。「世にあらばγこそ、世の.謗乞おほさめ」と聞え給ふ
を、氣は猛く見じと放ち捨てゝも、月さろの過ぐるまゝに、戀しく悲しくて、唯はれ惑ひ給ふ
心ちなれは、いと堪へ難く聞き給ひて、さはれかし、いかなるもさるべきにこそはありけめ、
限のさまなるを見て別れなば、いかばかりかば悔しく悲しかるべきとおぼして、渡りて見奉
う給ふに、いみじくをかしげなる人の、あるかなきかなるさまにて、いとこちたく、長き髪を
うちそへて臥し給へるは、いかならむ仇敵なりとも、更におろかに思ふまじきを、まいて、さ
ばかり悲しくし給ふ親の御めには憾何せむにいとひがひがしく、いかにつらしとおぼすらむ一
と悔しく悲しくなりて「あが君や、かうなり給ふまで見奉らぎりけるよ。限なく思ひ聞え、さ
すが、あまわに思はすなる事を、うち聞きしがうれはしく、安からぎりしまゝに、いひかうじ
ゑ、聞えてける悔しき事。さはれや、唯いけて見聞えむにます事あらじを、佛紳我が命にかへ
給へ」と聲も惜ます泣き誠ひ給ひて、御湯など、せめてすくひ入れ給ふに、あるかなきかの御
心ちにも、殿の御聲と聞きて、目をせめて見あげて、御顏うちまもわて、涙の流るゝさまを、
いみじく悲しく心苦しきに、御所どもをつくして、つとかゝへて惑ひ給ふに、やうやう物お

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五九
ぽゆるけしきになりゆきて「尼になし給ひてよ」と、息の下にのたまふを、ゆゝしく悲しくお
ぽゝして「おのれがあらむかぎりは、かゝる事なおぼしかけそ」と泣き惑ひ給ひて、よろづに
あつかひて添ひ居給へるが、嬉しく哀なるに、念じて湯などまゐるけvにや、こよなくなら給
ひにたれば、いつしかと殿にゐて渡し奉り給ひて、片時も離れすあつかひ聞え給ひつゝ中納言のいみじき思ひに沈みて、きし方行く末を忘れ給へるも、ありし瑞殘ならましかば、名
殘なく恨めしからましを、かゝればこそなど思ひなずも、折よかりけり。このたびの姫君こ
そ、めのとあまだ取りて限なく悲しと見奉り給へど、殿より絶えて、御せうそこだになきを、
心憂しつらしと覺すも、あいなかりけり。吉野山には、かくてのみたえ籠りて、過し給ふべき
にもあらぬに、殿うへたち、いみじく心もとながう聞え給へば、げにさのみやはと、いと忍び
て立ち出で給ふに、この宮の姫君を、暫しにても立ち離れ給はむ事、覺束なく覺えて「やがて
この度」といぎなひ給ふを、心細く悲しきながら、跡絶えて住みなれし山の蔭を、幾らばかり
も見馴るゝ事もなき人にうち靡きて、我が身ひとつにもあらす、中の君をおくらかすべきに
もあらねば、引き具せむにも所せし。この世の外に住みはてゝ、同じ麓へだてぬ御住ひなら
す、見奉る事かだく、宮の御有樣を猷思ひやう、きこえさせむおばつかなさは、いみじかるべ
し、又さるいみじき所に、人に弛似ず、うひうひしくて、俄に立ち出でゝも、人わらはれに、う
き事添ひてかへり入ら"」も、まづのおもはむ事耻しきをと思ひて、殊の外に思ひ離れて、さ
そはるべきけしきもなきを、いみじくうらむれば、さすがに涙ぐみて、
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「住みわびて思ひ入りけむ吉野出またやうき世にだちかへるべき。かいおぼせかし、こゝ
ながらも」と言ひけち給へる、いといみじくよしよししく、あてになまめきたり。
「住みわびて今はと山に入る人もさてのみあらぬものとこそ聞け。よしや、身こそ耻かし
く」と恨みても、げに俄に引き具したらむも、春宮に逾に聞かせ給はであるべきならねば、覺
しあはせむ事いと苦しフゝ.繧だげに俄にもあ今、おはし所などして、わきと迎へ奉ら.む、この
たびはかくろひ忍び出イれば、むげにものげなきやうなり、宮の見給はむ所も、少し御心驚
くばかりにてこそなどおぼして、出で給ひ諏。暗きほどにまぎれて、京におは.しつきて、この
女君をば、かんの君のおはしましゝやうに、その御方のみちやうの前に入れ奉りて、男君は
おまへに侍ひ給ひイ、、殿見奉り給ふに、と・りかへばやの御歎ば…かう、㍍そか嫉る・とな・りけれ。
嬉しきにも涙にくれて.え見奉り給はす。いみじく美く、しげに、懐かしう花やかなる女の、髪
はつやつやゆらゆらとかゝうて、いといみじくめでたくて、なよゝかなるさまにて居給へる
も、いめのやうに、えもいはす清らなる男にて、ありつきびいしくて侍ひ給ふも、うつゝとも
覺えすへ)又ρかいな今かはう給はむと、あやうくゑづ心なきそことわりなるや。月さろの事
ど燃・など聞え給ひて、もとよりかゝるべかうし御さまどもの、●いとめづらかなりし。おのお
の御心違ひをく、この換ゝにて物し給ふべきなり。かたちざまのことびとならましかば、惡
しくもあるべかりけるかな。いさゝか違ふ所のなきにこそ、あさましくさるべかりけること
かなと覺ゆれっ「今ははやう大將にて交らはれよ。見るにつゆ違ぷ所なし。せうせうはあらぬ
五六。
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五六一
人と見ゆともいかゞせむ。論じあらがふ人あらじ」。右のおとゞのむすめ、權中納言わぎと添ひ居てあつかひまどひけるが、おとゞもかうじ許して我が殿に迎へられにけり。げにうちうちこそ、さま異なる事とも思へ。人き\びんなしや。誰がだめもとうちうめき給ふにも、かんの君は胸うち潰筑給ひけも。ないしのかみ、日ころ例ならや惱み給ふといひなしければ、春宮よりも御使參りて、「いかゞおはし雲すらむ。宮にも、御心ちれいならすのみおはしまして、よろしくは疾く參らせ給ふべきよし、御けしきになむ」と聞え給ふ。今の大將の御心ち、いみじくぞあはれなりける。かの右のおとゞの御わだうの、思はすなりし事のまぎれをうんじて、吉野の宮には隱れ給へりけるといひなして、内にも「疾くまゐり給へ」といそがし給ふにも、いかにうひうひしからむと我が心もいとまばゆくおぼゆ。世の人の物いひいつるなかにつけても、つきづきしげなれば、「大將ぱ權中納言の事に歎きわびて、吉野の宮には隱れ給ひて、世を背きなむとおぼしけるに、このみこの御むすめ、みつきこえ給ひて、世をえ背き・はて給は諏ものから、猶都に立ちかへらむ事は、この事の心やましさに覺し絶えたりけるを、大殿の聞きつけ給ひて、今は限になりにたる親の顏を、今.一度見むと思さいりけることと泣`き悲み恨みつゝ強ひて聞え給ひければ、それをさへいなぴ給ふべきならで、いかゞせむに出で給へるなりけり」と言ひのゝしら喜ぶ覊限なし。みかどもきこして、まづ樣をかへす悔今まで世に物し給ひけることを、限なくおぼし喜びて、めしあれば參り給ふ。いみじく玄たてゝ、すのこに歩み出で給ふより、喜び騷ぐも、あまりはしたなくおぼさる。年きろ仕うまつり馴
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れし御前御隨身などは、闇にくれたる心ちしつるに、うち見奉りつけたる心ちども、譬へむ
方なし。涙さへそこぼれける。つれなくも靜めて、5ちに參り給ひて、陣あゆみ入り給ふよ
φ、めづらしがり見奉る。御せんに參り給へれば、とばかり御覽すれば久しかうつる月ころ
のほどに、いとゞこよなくなりまさりにける心ちして、かをうあイしなる所さへ添ひにけ・り。
あはれ、かゝる人のやがてさまをかへて按しかば、いみじき世のうれへにこそあらめと、う
ちまもらせ給ひて、涙をさへおとさせ給ひけり。
「雲のうへも闇にくれたるこゝちして光も見えすだどりあひつる」とのたまはす。うちか
しこまりて、
「月のすむ雲のうへのみ戀しくて谷にはかげもかくしやられす」と奏し給へるさま、さ
はいへど、いとすくよかに、物あざやかなる所さへ添ひにけりと、目もあやに御覽せらる。春
宮に參り給へれば、物遠き御簾のとにて、宣旨の君ゐきり出でゝ、いみじく珍しがり聞えて、
「ないしのかんの君ω御心ちは、猶惱しげにや物せさせ給ふらむ。御せんにも怪しくのみ見
えさせ給ふにも、よろしくは參らせ給へかし。覺束なく心苦しげなる御氣色の折々侍るを、
そゝのかし聞え給へ」などいふ。胸潰れて、朝夕馴れ奉りしものを、今はかくのみこそは雲居
なるべかめれ、あらしよりけにうち惱み、覺し亂れたるらむ御けしきの、ぷとおぼゆるに、え
つゝみあへ給はす、涙のこぼるれば、そゞろにはしだなき心ちして、事すくなゝるほどにて.
.立ちても、御をへのかたのみとばかり見やられて、
玉六二
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五六三
「かへしてもくうかへしても戀しきぱ君にみなれしゑつのをたまき」。まかでゝ見たま
へば、内侍のかんの君は、帳の前に添ひ臥し給ひて、のどやかに詠め出でゝ、おぼし出づる事
どもありけるなるべし。今ぞおしのむひ隱し給へるけしき、いとゞにほひまさりて、起きあ
がり給へるも、さまぎまげにいかにも心苦しく見奉り給ふ。うちわたりの事どもなど語り給
ぷに、か毛ああ〜かしと、覺し出でられあ読なり。大將ば右の診はいとのゝ君の有樣の、
更にいとすぐしかたく見娑ぼしきを、中納言のいとおりだち見なれけむぞ、うたてゆかしげ
なく、飽かぬふしなれど、唯一人思はいこそめらめ、人知れす・は、春宮を思ひ出で給へり。吉
野の君をさとのとまうにて、そのなかにおしませては見ま・はしければ、氣色もゆかしくて、
かんの君に聞え合せ給ひて、御文かき給ふ「ことわり書き盡さむかたなければ、おのづからきかせ給ふらむ。
めならへば忘れや、玄にし誰ゆゑにそむきもはてす毘でし山路ぞ」ときこえ給ひけり。こ
の殿には、世に出でおはしたりとうち聞き給ひて、いかなりける事ぞと聞き惑はれ、ひだぶ
るに背きはて給ひ蓊しかば・世をかけ離るゝ御心のありけるかとどとよせて慰み遷き=
を、護おはしながら、かき絶え給ひけるうらめしさはいみじけれど、いかやとおぼしける、=
おとゞの御胸つぶれ給へるに、この御文待ちつけ、取りもあへす涙をおとし」つ\、「いかにも
女は、見えそめぬる人に忘らるゝをと聞くばかり、いみじき事なし。それのみにもあらす、聞
きにくき事さへありて、うとまれ拭てなむよの聞えのいみじきをは、さばれ、かばかりの御
一三
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心とは見つれど、いかゞはせむ。この御返事聞え給へ」とそゝのかし聞え給へど、すべてある
晝き事と、思ひ篆れ給へど、心矮かすで謬bす。添ひ居て聞え矣隻禦逢〜
ひて詮、恐しさに頭美げて、
「今はとて思ひすてつと見えしよりり。竃わb譖えつ.ゝぞ含」りあて髪かしげなるを、の・しうゆかし志毒よゑ・かんの君覧せ奄給へは、かたちあ峯叢、いとを雲
しげ皆しそありしかと、青・ひ、いろ覧{仏れなしな、哀に蒙ひ出でら墾.、あび巴
森のゆかりを、かたがた心にはなれぬちぎう、と思ひみだれ給ふ。春宮の御事を、いぶせく哀.
に思ふQ吉野山を、いかにいかにと思ひやうながらも、この人は見ではあるべき心ちし給は
ねば、くれにとおぼすに、かの殿にも、もし立ち寄り給ふやうもこそあれと、手つからたちゐ
ゑつらひ、女房ひきつくろひなどし給ふを、女君、いといみじかうし程のまぎれに、中納言に
も殘なく、うち解け見馴れあつかはれしものを、又さへやはと、かだがたに、中納言の思はむ
事も、いとほしく耻しく、こなたざまは、世にうちとけ見給ひしものから、月ころのへだても
班しくまばゆく、朝夕見鯛れしほどだにいと阯しげに物し給ひし入を、我が面影もつゝまし
ければと、今始めたる事ならねは、我が心に任すべきにもあらぬに立ち寄りもし給はい芝傍
痛くくるしきにうちなかれ諏。御ぐしまゐらぜ、えならぬ御ぞにたきしめさせなど、手つか

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六五
かなる月潛・いと細やかになよなよとうち含まひてご亡歩み出で給へる・いつ嘉は
たがはむ。今はと思ひ奉りしに、かはらぬ御有樣を、夢のやうに珍しく見奉りて、皆うち泣き
ぬ。こと多からぬ程にて、「いづら」などの給へど、とみに動き給はぬを、おとゞいと心もとな
くおぼして、「いでや、かゝれば、聞きにくゝもいはれ船ムぞかし」とうめき給ふに、いと恐し
くて、あるにもあらすゐぎり出で給へり。目にあひ見るべきものとも思はす、あさましく1し
出で給ひしを思ひ出づるに、うつゝともおぼえす。うち泣き諏るけはひ手あたり、はのかな
るほかげな吉、あてにあえかに、なよなよとあはれげなるほど、まことにいみじき人なりけ
わと、いとゞ心とまうて、「身のことわりを思ひ知りつゝも、猶うらめしかうし御心ばへを背
.きぬべくやと、試みに、吉野の峯の奧深くは葬ね入りて侍りしかど、覺束なさも忍びがだく、
をさなき人の哀など、わりなきほだしに、人わろやおもひかへされ侍りにしも、いと罪深き
格、君は心安げに承りしこそ」などこまやかに、いとしたり顏につゞけ出で給へる、こと人と
は思ひよるべきにもあらす。答へむかたなきまゝに、
h世をうしとそむくにはあらで吉野山松の末吹くほどゝこそ聞け」とのたまひ出でたる
こめきらうたげなり。げにかくぞいらへむかしと、いとにくからすほゝゑまれ給ひイし、
= 「その末をまつもことわり松山にいまはととけて浪はよせすや。身さへ心憂く、おき所な

き心ちし侍りてなむ」とありしよりけに心耻しげにあばめ給へるけはひ、なかなか何しにう
ち出でつる事ぞと、汗も流れ給へちさま、いみじからむ罪、殘あるべくもあらす。唯いみじく
----

どならねば、歎き亂れたるけはひゑるきを、げに怪しからむとあはれにおぼす。中納言のう=
けばうたるけしきも解けてはあるべきほどゝも思はぎうつれど、なほぎりことにてやむべ }
ーもあら33。哀なる事誰にも劣らぬ心ちしながら、吉野山の峯の雪にうつもれて、とけても}
寢られす、思ひお寺らむ哀w竃、忘れす思ひやらる・ぞ淺か畠志なるや・猶まばゆ毛い
晝はえとまり給はす、よをうちとけす、猶うらみ顏にて脚るよるおはす。近きけはひなどの、
男ながらみだれうち語らふなどは、だをだをとなよぴかになつかしかうしを、これも同じな
つかしさ、なまめきざまなれど、さすがにまことの男は、又さ按異なる事にや、あやしとのみ鴨
おぼすに怪しく心得がたしと、かへすがへずおぼさるゝに忍びかね、 .
「見しまゝのありしそれとも覺え繊は我が身やあらぬ人やかはれる」とうち歎き給へる、
に、思ひあやめらるゝぷしあるべしと、をかしくもことわりにもおぼえて・ …
「望つに蕃畠心のみだれてや㊧しそれに藩bすとは田茎と、い亡鯊董
せ給へば、?ベーぞあら翠。中塾口、はか奮日頃の響月の霎霎ゝ癢、碆の上

みじく美くしげにおよすげまさうて、やうやう趙き返りなどするほどになり給ひにたるを、.
片時目も放たす見居給ひて、言ひ知らす見るかひあり。にほひ多かるさまして、いと哀と思
ひすましたる氣色、さすが意ひ放餮、抱きあつかひ給ひしものを、いマにいかなる遂
六六
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五六七
まになり給ひて、これを見す知らす、ゆきかくれにけむとおぼずに、夜晝よどむ時なき涙に
紅に色か・はりて、命も鑑きぬべき契なりけりと、覺しつゞけて過ぐすに、「大將は尋ね出でら
れ給ひておはすな亘。うちなどにも參り給ふなり」とまねぶ人あるを、うち聞きつけたる心
まど峰ぞ又物に似ぬ。さは世に物し給ひけりと思ふに・命はかゝる心ちするものから、さて
もあさましや、さてならひにし人なれば、とかくあらむ程とおぼすにこそありけれど、さば
かういとより女び給ひにし身を、猶さてこそ沁らめと、おぼし立ち出で給ひけむ.ほど、いと
珍らかにゐ世に似ぬ3りちしながら、いかならむ、とかく思ひ知らむも、事のよろしき時の事な
りけり、おぼよそばかりにても、まづいと見まほしく、氣色もゆかしければ、辛5じて思ひ立
ちて、若君ぐして京の宮にまつ出で給ひて、陣に事の定あるに必ず參り給はむと推し量うて
參り給へれば、思ひしも玄るく、さきはなやかに鰺ひちらして參り給ふめり。もてかしつか
れ給ふさま、げにかくて顎らひけむ人の、うち忍びかくろへては、あいなくおぼしなりなむ、
ことわりなりと覺ゆるに3いといみじく、あぎあぎと清らににぼひかをう、なまめきたるこ
とさへ添ひにけりと見ゆるに、目もくるゝ心ちして、うちまぼるに、見合せて、いかにあやし
とこの中納言思ふらむと思ふに、我も氣色うちか・はる心ちして、いとずくよかにもてしづめ
て、いかなるひまに、物を言ひよりて氣色みむと、ことことなくめをつけて見れど、さ思ふべ
しと心得て、立ちとまり物言ぴよるべくもあらす。殊にそれかとも思はぬさまにてことはつ
るまゝに、急ざまかでぬるを見るに、われをこそひたぶるに思ひすて給はめ、若君をさる入
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ありきかしと、いかゞなりにけむと、思ふべ,くやあらむと思ふに、恨めしく悲しく、人わろく
涙にくれて出で給ひぬ。よもすがら思ひあかして、猶忍ぶべき心ちもせねば、
「見てもまた袖の涙ぞせきやらぬ身を宇治川にゑづみはてなむ」Qさ娑ざまかきやるか
たなく、恨み盡し給へるを、大將は見給ひて、ありしそれとこそ見けれど、をかしくもいとほ
しくも覺ゆれば、かんの君に見せ奉り給ふ。常にあらましことにてだに、ひたおもてにあら
まほしけにて、過ぎにし方をこふると言ひあはめしものを、けにいかにあさましく思ふらむ
と、さすがは胸うち騷ぎてあはれなるに、大將は我にあちすとあらがひ給ふべきにもあら
す。.」の人のよつかぬものぞかしと思ふらむ心のうち、ひとつはいとほしく耻しかるべけれ
ど、我が身を世になく清めむとても、かんの君の御事をあはつけきやうに人に見せ聞かせじ
と思へば、「唯さ思はせて、御返りは心とき人にて、見あやむるやうにもぞ侍るQこれ聞え給
へ」とせちにかんの霧にそゝのかし聞え給へば、うち見む所趾しくいとはしけれど、いとあ
えかにわり嶺くいなぶべき、我が身ことのさまにあらねば、この御文のかたはらに、
「、しゝうか・い淨。へる船をうらみつゝ身を宇治川に日をもへしかな」とばかり書きつけ給
へる殊にめもあやなり。猶めうがたくもとばかりうち見て出し給へるを、待ちとりことわり
にぞ悲しき。我が心のをこたりと深く思ひうとまれにけるも言はむ方なく、思ふにもあまる
心ちして、をこたりをたき譛して、又たちかへり、
「いとゞしく歎ぞまさることわりをおもふにつきぬ宇治の川船」』

最終更新:2015年06月14日 23:48