内侍のかんの君、しも
五六八
----
五六九
つき晦日に參り給へり。春宮は、あさましきまでかき絶えておぼさるゝに、珍しう嬉しくて、
いつしかと待ちおはしますに、まうのぼり給ひてもいかにおぼしめさむと、いとほしうかだ
はらいたくて、うち出で聞えさすべき言の葉納覺え給はす、いと苦しげにて臥し給へるがち
ひさく身もなき心ちするに、いと所せう、ふくらかなるを見奉るも心苦しうて、やをら添ひ
臥し給へるにも、右のおとゞの女君に、そゞろに見なれし程の事おぼし出でられて、さまぎ
換に哀なり。宮はことひとゝはたおぼしよるべきならねば、日ころの覺束なきいぶせさな
ど、うらもなくうちとけてのたまばするもいと心苦しうて、委しきありさまなども聞えさせ
まほしけれど、さすがにうち出でむにつけてまばゆき事のさまなれば、暫しうち思ひめぐら
して、「日さうもいかゞと、覺束なく思ひ聞えさせて、いつしか參り見奉らまほしう侍りなが
ら、樣々みだうがはしき人のうへと思ひ給へあつかひし程に、今までになり侍りにけるも心
より外に」と聞え出で給へるけはひも違ふ所なかりけれはいかでかはおもはしもよらむ。そ
の夜はうち語らひて、日ころの御物語など聞えかはし給ひて、「御文などだに見えで、月日へ
だゝうしぬどの覺束なさ」などのたまはせて、うち泣かせたまへるも、いとあはれに心苦し。
我も物哀におぼさるゝまゝに、うち泣かれて、いとなつかし・うかたらひ聞え給ふ。御けはひ{

有樣あいぎやうづき、聞かまぼしき事年ころよりも猶まさりにける心ちせさせ給ひて、こよ
なく慰みておばしますもいといとはし。,明けぬるにぞ、大將の、忍びて奉れとて侍りし御文.
ひき出で給へる。おぼえなきこゝちすれど、ひきあけ給へれば、ないしのかんの君の御手な
一三九
----
㎜りけり・。心も得させ給はねど、御覽すれば、「あさましきぼどのみだれは、なかなか聞えさせ
むがたなくなむ。
見馴れにしその面かげを身にそへて哀月日を過しけるかな。ないしのかんの殿、參ら
丁毅袈嘆塁ろのいぶせ蒙、夸赱含はるけ黛夸患ひ給奮に、命を
ノかけてなむ」とあるをつくづくと御覽するに、猶怪しけれど、仰せらるべき方もなければ、唯
.うち泣きイしおはしますに、宮の宣旨、故母后の御めのと子にて親しかるべき人なれば、さる
べき御めのとやうの人もなきまゝに、ま力なくおもほしたる。みちやうのもとに參りて「日
ころのおぼつかなさ、御前にも忍ひがたげなる御けしき見ゆる折々の侍りし」など聞ゆるま
、に、「この月ころ覺束久き事の侍るを、誰に問ひ求め、いかにかまへ、いかやうにもてなす
べしとも覺え侍らねば、心もとなくいらせ給はむを待ち聞えさせ侍りつる。つとさぶらふ
やうなれど、おのづから離れ奉り、里に罷り出づる夜な夜なも、唯御まへには參らせ給ひて
より時の程もおはしまし離るゝ事侍らねば、おのづからけしき心得させ給はぬ事も侍らじ。
この月むろうちはへ、例なら繊御けしきを見奉り歎きながら、唯かく久し挙.御さとゐのおぼ
つかなさなど思ひ紀へしほどに、いと怪しく心得繊さまの御心ちと見奉り知り侍りて、おぼ
購塘ま鰍罫藍鏘響贊謀鰍浜貔縷辞鰭瓢
り{仏がら、う嫉の・こbには問ひ轟ぬべき事ならねば、心ひとつに思ひ亂れ、疾く入らせ給は鷺
----
五七一
むと思ひ給ひて、おのづからけしき心得させ給ふ覊や侍りけむと、覺束なくも又知らせ給は
ぬ事なりとも、同じ心に歎きも合せ侍らむと、心もとなく待ち聞えつる」とてうち泣きたる
に、言ぶべき方なき心ちして、とばかり物ものたまはでおぼしつゞく。さはいへど、をのこの
御身にてならひ給ひし御心なれば、道々しく、あるべきさまもおぼしまはされて、さりとて
我さへ知ら守と言ぱむも、宮の御ためいどはしく、まことにとかくおは、しまさむ穉も同じ心
にこそはなどおぼして、我もうち泣きて、宮の御まへのつくづくと聞きぶし給へるはか允は
らいだけれど、それは今おぼしめはする折もありなむとおぼして、「ゑか、みづからも怪しく
見奉ゆ知られ侍りしかど、せめて思ひよらぬ程の御事は、聞えさせむ方なくて、誰にも聞え
合せす。又ひとへにさ物せさせ給ふべしとも思うたまへず侍りしほどに、大將の御事のあさ
ましかりしに、なにさともわずれたるやうにてまかでしほどに、みづからさへやがてみだう
心ち重くなりて、月さろは、いふかひ券きさまにて、明し暮し侍りつるも、いかにいかにと、
覺束なく心にかゝうて思ひ聞えさせながら、御文をだにいぶせきやうにて、月さうになり侍
うぬる覺束なさも、よろしくなりては、いつしかと心もとなく思ひ給へし程に、いとゞ大將
の忍びて若しさる事やといめをなむ見しかど、その後思ひあはすべきよすがだに衣き心ち
するに、疾く參りてそのほどの.事も見あつかひ、聞ゆべきやうにのたまひしに、やうやう思
ひ給へ合せられて、.いとゞ疾く參らまほしう侍りしが、又かく同じ心に見奉り知り給ひける
なむ、心一つに思ひあつかひ聞えましよわもたよりある心ちして、嬉しくなり侍りぬる」と
----
一三二
の虎まぶけはひも、月むうにつゆ違六事なし。まして人は、御かたちなどまぼに見奉る事な
く、つ\ましげにて、御帳の内にのみかしつかれて、物し給ひしならひなれば、いかでかこと
ひとゝは思はむ。唯昔のかんの殿と思ひて、心あはせて、大將の君を導き聞え給へると思ひ
よるに、月さろ心{つに、うはの空に思ひつるよりも、ちからつきぬる心ちして、その程の御
.事、とやかくやと聞えめはするにも、過ぎにし方よわも、道々しう、御けはひなどの、唯ほの
かにことつゞけてものたまはぎりしを聞きわくほどに、物うちのたまへるも、あいぎやうづ
き、聞かまほしきさまに、いとをかし。「さてもいつの程にかならせ給みらむ」、「い,ぎしはす
ばかりのほどにやあたらせ給ふらむとなむ覺ゆ乃とぞ、大将はのたまひし」とのたまへば、
「さてはむげに、今目明uといぶばかりにこユ、侍りにけれ」と驚きなげくを、宮はつぐつくと
聞きムし給へるに、いとあさましう心得す。白こうも宣旨のをりをりうちをげゝど、今内侍
のかみ參り給ひなばと思ひつるに、そもいと心得松事どもをのたまふかな、大將には、夢の
名殘も見えつる事なきを、いかにのたまム事にかと、さずがにありのまゝにうち出づべき事
のさまならねば、大將にはおほせ給ふな・めりとおぼすに・は、又ありつる御文もいかなる事ぞ
と、かへすがへす覺束なく心得がたけれど、逹ぷ所なきそれなれば、又さすがに見し人とも
はた見えす。彼はいふよしなくなまめき、けちかく物し給ひしに、此は又かぎりなう、あいぎ
やうづき見まほしきさまのし給へば、いかなる事ぞと心得給はぬまゝに、唯見し人はさはい
かになりにけるぞ、それや大將とのたまぶな・bむ、さらば又これは誰にか、はらか・bなどあ
五七二
----
七三
まだありとも聞かぎりしものをなどおぼさるゝに、日頃いぶせく心もとなくて待ち出で給
へるにあらぬ人にやとおぼすより、つゝましさも悲しさも取り添へ寸ひきかつぎて泣かせ給
ぷを、かんの君はことわりに聞えむ方なく慰めやるべき方なければ、我もうち泣きて沙、御傍
に添ひ臥し給へる。暮れぬるにぞ大將參り給ひて、か浸の君にたいめんし給へれば、忍びて
宮の御有樣、宣旨の憂へつる事ども聞えしさまなどのたまへば、大將もうちなき給ひて、よ
ひなど過ぐるほど、人ゑづまりぬるにぞ、いとよく紛はして、宮に鸚面せさせ奉り給へる。か
たみに夢の心ちして、聞ゆべき言の葉慾覺えねど、さてのみはあるべき事ならねば、事の心
を委しく聞え知らせたうと私、珍らしき夜がたうにのたまはせ出でなどすべきならねば、何
かはへだ.て.聞えむとおぼして、初よりの事をこまかに聞え知.らせ給ふにぞ、珍らかにあさゆよ
しうも又きは我が御事をば、まだなくえ去り難ラはおもはさいりけり。哀とも思ひ紛はまし
かば、かう立ち離るゝ事なくならひてかくわりなく心憂きさまになりにけるを、さばかり
見知りながらかけ離れ出で交らひて、人にゆづうよそよそに思ひなし給ふべしや、又などか
そのをりゑか宏かとのたまはざらむ、人にうち出でか\る事などいふべきにもあらす、日こ
ろの程など私覺束なり、戀しうもうらめしうも思ひ出で聞えて、なつかしう哀と覺えしも、
塗と蜜モうつ鈴讐墾ぎ身奮譲、欝肇こあbめと、あ警の有墜㎝
ともかくも人にゆづらす、見あつかひ給へりけるを、たとしへなく、心憂きさまを見給へす
て\ける・(と、人の御つらさも、身の心憂く耻しさも、つくづくとおもはし知られて、涙のみ
----
こぼれて、御いらへものだ沙よはぜぬをヤゑかおぼさるゝにこそと、ことわりにあばれにて、日
さろのをこたりなど、なくなく聞え給へど、聞き入れ給ふべうもあらす。なくなくこしらへ
慰めて、明け行くけしきなれば、出で給ひなむとするにも、朝夕起き臥し馴れし御あたりは、
立ち離れがだ3いとあはれにて、
「忍びつゝ行きかよへとや朝夕に馴れにし君があたらともなく。さらなることに旭侍ら
す、唯か毛侍bばや。怪しと思ム人はべるとも、誰々も、妻でかたはにはお蟹れぎらま㎝
し。いとうしろやずき御うしろみとこそおぼしめさめ」と聞え給へば、
「かくばかりかき絶えましや朝夕に馴れしあたうと思は娑しかば。今更もて出でゝ、うき
名をさへ流しはて給はむこそ、あへなく」とてうち泣かせ給へるも、なかなか事多く言ひつ


よそならむがいぶせう侍るぞや。所せき御位ならで、心安きさまにておはしまさば、内侍の
かみのゆかう、疎からぬ御うしろみなるさまにていとより仕うまつりなむLなど聞え給ふ
程に、いたくあかくなれば出で給ひぬ。吉野の姫君右のおとゞのなとばかわはえおぼえ給は
ねど、年ころのあはれなど淺くしもあらねば、その後もさり繊べきひまひまには、かんの君、一
いとよく按ぎらはしてだいめんせさせ奉り給ふ。宮は人の心の思はすにうらめしきに、な"ゝ一
一ての世に-き名奮dへ立ちて、心憂き身のすくせなのけ-と、さまきまにおぼし亂るゝじ
董七四
----
五七蕉

いとほどなき御身の所せきさへ、月日重なるまゝ.に、つゝみあふべくもおぼされぬまゝ.に、
起きもあがり給はす沈みふしておぱしまずを、かんの君宣旨とはなちたる人々は、唯御心の
例ならぬとのみ思ひて、院にも聞えさせ、うちにも聞し召して、誰も誰もおぼしめし歎く。う
へけ御惱みもさる事に!し、昔の御心猶忘れさせ給はで、内侍のかみの近く添ひ侍ふらむ有樣
のいとゆかしうおもはされて、御なやみにことつけて梨壺に渡らせ給はむとおぼさる。かね
てさる御せうそこなどもなくて、ゑめやかなる晝つ方、いと忍びて渡らせ給ひて、みちやう
のうしろに、やをら立ち隱れて御覽すれば、宮の御まへは、白き御ぞのあつなえたるを、みぐ
しこめにひきかつきてぞおほとのこもうたる。かんの君は、少しひきさがりて、薄色とも入
つばかり、うへ織物なめり。少しおぼえたるあはせのきぬ、袖口長やかに引き出でゝ、くちお
ぼひしてそひ臥し給へる、いみじう美くしの人やとふと見えて、愛敬はあたうにもちうて、
唯大聘の御顏、二つにうつしたるやうなれど、かれはねびもて行くまゝに、け高くなまめか
しく、よしめけるきまぞ、似るものなくまさり給ふめる。これは唯すいうに見るにゑましく、
いみじからむものおもひ占心れ繊べきさまぞいと限なかりける。年ころも名高きかたちゆか
しくおぼし渡りつれど、いまだかばかムのひまもなかうつるを、今まで御覽せぎりつるさへ
悔しうておぼゝしのどむべき心ちもせさせ給はす、今しもかだかるべき事ならねば、かばか
う飽かぬ事なかりける人を、おとゞの宮つかへのかた思ひ放ちたる徒らなるふよりの人と
かけ離れけむとおぼしめせば、今もさやうの御けしきども聞えて、引きや籠めむと危くゑづ
三五
----
心なく、我ながらおもぼしのどむべくもあらぬ、御心いられもさるべきにやとまで覺さるゝ
を、御心を玄づめイし猶御覽すれば、白きうすえぶにおし包みたる文の、いまだむすぼゝれな
がら、宮の御傍にあるを、少しおよびに取り給ふ手つき、うち傾きたるに、こぼれかゝれる髪

す。袿め裾には入尺餘りたらむ髪よりも美くしげにぞ見ゆる。少しうち歎きて、「あな覺束な
や。今朝も御かへりだになくて、いぶせげにの給へるものを」とてひき隱しつるを、たれがし.
などおぼめくにべきはあらす。大將の、宮に聞ゆることあるべしとそ心得させ給ふべき。い
つとなく立だせ給へるに、中納言の君とて宣旨のおと\なる人參めて、「うへの渡らせおは
しましけるは、いつくの隈にか」とてさしのぞきつ。帳のかたびちおろし渡しつるにぞ立ち
出でゝ、今おはしますやうにてつい居させ給ふ。宣旨の君こみゝかやうにおのづから渡らせ
給ふにも、御まへに侍ひて物など聞えさする人にてはあるに、風起わてゑもに侍ふほどなれ
ば、はかばかしく、御まへにさし出づる人もなくて、はた隱れつゝ侍ふに、ありつる面影も身
を離れぬ心ちすれば齢聲けはひも聞かまほしくて、「内侍のかんの殿は、これに侍ひ給ふか」

ど仰せらるゝに、聞丙させむ方なくて、少しうちみじろき給ふけはひなれば、「例ならぬ御一
事、いつもなく物し給ふらむは、いかにおはしまず事にか。院にはかくと聞し召しつるにや、.
御いのりなどはなきか」と仰せらるゝにつけて、聞えさすべき言の葉も覺えねど、覺束なく.
----
五七七
て止むべき事ならねば、「そこはがとなくて、月頃にならせ給ひぬるに、この頃又心よから膿
やうなる御けしきの、折々まじり侍れば、御ものゝけにや侍らむ」とばかりはかなげに言ひ
紛らはし給へるけはひも、唯大將なるをあさましきまで聞かせ給ひて、幾千代聞くとも、飽
く世あるまじう聞かまほしければ、御かへり聞えぬべき事をのたまはせつゝ、いつとなくお
ばしませど、あまりいらへ聞えさせむも、今ははしたなきこゝちすれば、唯折々うちみじろ
き給ふばかりなるを、いと覺束なくおぼせど、そゞろにおぱし嚢さむも怪しければ、「例なら
ぬ御事いつとなからむは、いと穴いだいしき事になむ。猶御いのうなどのあるべきこそ」と
て、出でさせ給ふにも、ありつる面影、身を離れぬ心ちせさせ給ふ。春宮の御なからひは、さ
まで親しかるべきならねど、院のうへの御事をおろ。かならす思ひ聞えさせ給へば、その御心
よせ、殊にこまやかにおもほし遣きたるなりけり。かんの君は、明暮さし向ひへだてなく御
物語も聞えさせ、琴笛の音をも同じ心にうち遊びつゝ、過ぎにし昔思ひ出でられて、帳の内
にうつもれ入りて、はつかなる物さしに御聲を聞きつるも夢の心ちして物あはれなり。
「雲のうへも月の光もかはら松に我が身ひとつぞありしにもあらぬ」とそ覺さるゝ。ゑは
すにもなりぬれば、このほどにやと玄づ心なけれど、まかでさせ奉りぐも、院のうへ、日も
ろの覺束なさゝへ取り添へつゝ、渡らせ給はむに、若しけしきも御覽せむにと、つゝましけ
れば、例なき事なれどいかゞせむ。紳わぎなど玄げからぬぼどなればとおぼしめして、なか
なかこのほどは、御心ちの苦しげなるをう、かくとも聞えで、かんの殿、宣旨、さるべき心知
三七
----
れる女房二三人、つと御まへに侍ひて、心圃・りとなく思ひ明し暮すべし◎大將も、この程は忍び
忽びに參りつゝ、御なやみにことつけて、この御方のとのゐがちなるを、今更に人あやしと
思ひ咎めむと、宮の御まへは苦しう思さる。うへ・はありし面影のみ、身を離れぬ心ちせさせ
給ひて、見ではえやむまじうおぼきれば、大將の參り給へるを、例の近く召し寄せて、こまや
かなる御物語のついでに、例の盡きせぬかんの君の御事仰せらる。今はあながちに、ゑぶう
遁るべき事ならねど、さ聞えそめにし事なれば、「人がらのせめて物づゝみをし、知らぬ人に
見え聞えむ事を、苦しき事に思ひて物し侍るをおとゞの心を破らじとにや、そのすぢを思ひ
絶え侍りしなむ。今はさりとも年もおとなび物思ひゑる程になり給ひにたれば、さしも侍ら
〜じを猶おとゞにこそはそのよしを聞え侍らめ」と奏して侍ふをつくづくと御覽するに、こゝ
ぞと覺ゆる所なくねびとゝのひあざやかに清らにめでたきかたち有樣を御覽するに、まづ
蓮ふ所なかりし人の面影、ふと思ひ出でられて、御涙もこぼれぬべきを、せめてまぎらはさ
せ給ひて、「瀛といにも、ゑか度々ほのめかしたりしかど、深くいなびてやまれにしかば、彊
ひてば言ひにくき事のさまなるを、唯忍びて、宣耀殿に導かれなむや」と語らはせ給へど、さ
・ やうに輕々しくは、御覽じそめさせじ、麗しくもて出でゝこそ、參らせ奉らめとおもへば、そ
の事はともかくも聞えさせす、かしこまうてまかで給ふ。うへにも「かうかうのたまム事あ
うしかば、今ははいかうおぼしめすべきやうもなし。かゝる御けしきの侍るをう、唯參らせ
奉り給へかし」と聞え給へば、「いざや、猶もて出でゝ參らせ奉らむも、さてならひにし御事
五七八
----
七九
なれば、まばゆき心ちなむする。唯詞じみ垣の内に侍ひ給ふめれば、忍びても御覽じそめて、
御志に任せて、女獅后にも居給はむはいとよし。さしも聞えかへさひにし事を、いかに思ひ
改めて、かく奉るぞと、世人の思はむ事も怪しかるべければ」とぞのたまはする。大將も、げ
に中納言の事などおぼし出づるに、もて出でゝ參らせ奉らむことなど、いかゞとおぼすに、
いとくちをしう飽かぬ心地し給ひける。春宮には、かねて思ひつるよわもいたくもなやみ給
はす、いと美くしげに、唯大將の御顏なる若君う按れ出で給へるを、宣旨などは、いと哀にか
たじけなく見奉れど、もて出づべき事ならねば、忍びてかんの殿の御方の、女房の出づるや
うにもてなして、中納言の君抱き奉りて、殿に參りたれば、大將殿、母上に、忍びて聞え知ら
せてあづけ聞え給ふ。いと哀に嬉しくおぼえて、おとゞにもかくと聞え給へば、驚きて、御め
のとなどなべてならぬをえうて侍らはせ給ひて、いみじくかしづき聞えてぞ養ひ聞え給ふ。
世にはたいゑのびたる御あたうより、出で來たまへると言ひなしける。右のおとゞのわだわ
にはさりげなくて、いつのほどにかゝる御こといもはありけるぞとめづらかにおぼしけり。
ありしむかしのやうに、晝などうちとけてはものし給はす。夕暮のまぎれなどに立ち寄り給
ひて、朋くれば立ちかへりたまふ。うちの御とのゐなどはなちては、おのづから、よなどふか
し給・4-ことだになしQ吉野には、ほどのはるけさに、常にもえ渡り給はす。かみなつき玄も
つきなど■にぞ四五日わたり給ふ。その後ば、いつしか迎へ聞えさせ給ふべき御心まうけを
Fぞし給ひける。春宮篆かなかその後は淌.民入りつゝ墨きと寒bせ給ふべくもお技しま』
----
さで。「院のうへを今一度見奉・bばや。尼になりなむ」といぶ事を、まれ要れはのたまはせつ
ゝ、頼みすくなげに見え給へば、つゝむ事なき御事なれば、心安くて院に聞えさせたれば、さ
ばかりに物し給ひけるを、今まで見奉らざりける事、心安き所にて御いのりもすばかりとお
ぼして、年の内に院へ出でさせ給ふべきよし聞え給へり。うちのうへは、かくと聞郭せ給ひ
て、内侍のかみもや具してまかでむとすらむとおぼさるゝより、心ぼそくあはたいしき心ち
せさせ給ふもかつば怪しと覺しながら、船といの參り給へるに、「春宮砂御惱み猶怠らで、ま'
かでさせ給ふなるは、内侍のかみも諸共にや」との給はすれば、「玄か、さこそ侍らむすらめ。
參り給ひしより、片時も離れがたくなむおぼしめきれてとぞうけ給ばる」、「彼處にては院の
うへなどつとそひおはし嚢さむに、びんなきやうにやあらむ。御年はねびさせ給へれど、盡

具し業で給ひなは・ヅちわな楚と{仏垂墨うしかゑし・わかきをのこども\迄
の禦嘉だを、しそ、心で\ぞゆかしき禦だうには、思ひてつど禽れ」㌔仰せらる
れば、「げに必ず添ひ奉りて、按かでぬべきにも侍らず。院のうへの添ひ聞えさせ紛はねが、
うしろめたくおぼしめさるゝ、御かはりの御5しろ見にとこそのたまはせしことなれば、か
しこにてさへそひ侍らはるべき。5ちへも侍らねば里へこそは按かでぬべきを、まことにお
----
五八一
ほやけざまの宮つかへも、勸め侍ふべき人なれば、朔目のほどは、まかでゝも憤べうなむ」と
聞えさせ給へば、いみじう嬉しとおぼされて、「いとよかなり。昔より覺し捨てられし方の事
は今はかけじ◎唯女宮などだに、い按だなかめるがいとさうぎうしき、かばりに思ひ聞えむ
となむ思ふに、同じ心なら寧やと思ふこそかひなく」と仰せらるゝものから、御涙のうきぬ
るを、なはぎうには覺されぬ事と見る勢、今はいと嬉しくて、「度々御けしき侍りしも、かつ
かつ年ころのほいかなふ心ちし侍りて、限なく喜び給へながら、あさましきふよりの人と、
思ひ給へすて侍りて、御けしきにも隨ひ侍らす、今とても、さる方におぼし召し捨てさせ給
はぎらむなむかたじけなくうれしう侍る。へき」とて、涙をさへこぼして喜び奉り給ふものか
ら、猶もて出でゝ奉らむなどは思ひ給はぬもあやしう、ほのかに見しにも、い,、さいふばか
うの物づゝみにはあらぎりしを、人のかしづきむすめなどの、哀にすぎもていで華やかなら
蔆、うたて耄あゑけれと、猶怪し-ぞお蜜・。ぎ。書は、渉昧かで導給ぬれば、一
院のうへ・つと添ひおはしませば、つゝましくて、かんの君はといり給ひぬ。大將沙、いぶせか
らむ事をおぼせど、今は宣旨、中納言の君などいふ人々、心しうになりにたれば、御交など忽
びて聞えさせ給ふ。院は、珍しきさへ取り添へて、月ころの覺束なさにも、つとこの御方にお
はしま・卩》。さはいへど、御心ちもやうやうよろしくなちせ給ひにたり。唯かゝる位なむいと
ほいなき。さまをかへて、ひとすぢに後の世の務をせばやとおぼして、院のうへにもたびた
び申させ給へど、いとかなしう惜しうあたらしくおぼし召すもさることにて、まうけの君の
----
おはし要ざぬにより、ゆるし聞え給はす。まことや、宮の中納言は、身にそうかけにていかな一
らむひまもがな、物言ひかゝらむと、それにより外の事なく、伺ひありき給へど、昔こそ取り
わき御中よかりしか、今は右のおとゞのわたうの事ゆゑ、少しそばそばしかろべく世の人も
思へり。我が御心も解け近くならしよりて恨みいはむに、いらへやるべき心ちし紿はねば、
いとかけはなれてもてなし給へるが、妬く心やましく、わりなく悲しきより外の心なくて、

み給ふもことわりぞと思へり。女君も大方にうち語らひて過ぎしむかしだに、心よら外な
る事にて、疎まれ聞えしかば、あいなかりしを、今はまして露の隈あ参て、見え聞かれ奉らむ
も耻かしくこゝろ憂かりぬべくおぼして、ひとくだらの御かへりことも、今はおぼしもかけ
ぬも、いだく恨み給はぬも、怪しくめやすくもなりにける御心かなとぞ覺えける。大將のと
のいと馳かへらむ,まゝに、吉野山の女君迎へ聞えむとおぼして、二條堀河わたうを、みちや
うつき、.遵、みつ葉よつ葉に導磨き給ふ、いとめでたし。右のおとゞの君し叢渡り給
ふべきを、蛭靹言の御事の、猶心やましくおぼさるれば、さやうに顯はれ、もて出でゝあらむ
事は、いかにぞやおぼしける。人がらありさま、はたゆくてにまぎらはして、止むべうもおぼ
されす。限もなしと思ひ聞ゆる吉野山の君も、唯よしあり心にくゝ奥ゆかしく、あてになま
めかしく、けだかくなどめるかたこそ似る物なけれ、ひとすぢにこめきらうたげに心苦しき
五八こ
----
五八三
さまは、これになすらうべき人ありがたくやと見る程に、わくる心あるべくもなきながら、
いかにそや、なまくちをしきひとふし、思ひ出でらるゝにぞ、何のあはれもさむる心ちし紿
ひける。肅宮の御まへは唯ひかぶるにあてなるより外の事はなく、うち語らひ物など聞え合
せむに、よしあらゆゑあるさまになど、物し給はぬぞかしなど、さまざま覺し合するに、御心
の中ぞ耻しかりける。年も立ちかばうぬれば、例のうちわたり今めかしく、大宮人さまざま
思ふ事なげに心ちよげなるに、うち群れて、せちゑや何やと、事ゑげきに毛さはらず、帝は月「
日に添へてありし面影は、身を離れぬ心ちせさせ給ひて、おぼし侘びて、朔目のほど過ぎて、
事繁かりつるほど過ぎてのどやかなるにゑのびて、宣耀殿のわたうをたゝすみありかせ給
ふ。箏の琴はのかに聞ゆ。嬉しくて、暫し立ちとまりて聞かせ給へば、うぐひすのさへづうと
いふしらべを、ふたかへりばかり彈きてやみぬなり。琴の音も、唯大將のにだがふ所なきを
あはれなりける妹背の中かなとおぼしめさる。ゑとみなどはおろしてけるに、妻戸のいまだ
かゝらぎりけるが、風に吹きあけられたるうれしくて、やをら入らせ給へど、知る人もなし。
闍きかたに立ち隱れて御覽すれば、人二人ばかり居て、碁打つなるべし。かんの君は、帳のう
ちに、琴を枕にて寄り臥して、手まさぐりに、そこはかとなく掻き鳴らして、火をつくづくと
うちながめて、物をいと哀と思ひたる、似る物なくめでたきを、同じうちながら、今までよそ
人に思ひて過ぎにけるも、ありがたくおぼし知られて、人見咎むるとも、今宵過ぐすべき心
ちもし給はねば、心もとなく、前なる人もはや寢なむと覺しめさる。かんの君は、さまざま過
----
謹し方戀しく荏しつ謬られ・薯の今はまき別れしなの心の中・何心なくうち廴
みて、見合せたりしをなどおぼし出でられて、いみじう戀しく悲しきまゝに、
「物をのみひとかた探らす思ふにもうきはこの世のちぎりなりけり」とて、ほろほろと涙
のこぼるれば、はしたなくて、ひきかつぎて臥し給ひぬ。碁打ちつる人々もうちはてゝ、御殿
脚むもりぬめり。「御ふすま參りね」とて火も遠くとりやうて、「あなたの妻戸はまだかゝらじ」
とてこなたざまに來る入あり。いと恐ろしけれど、暗き方にやをら立ち隱れさせ給へれば、
妻戸かけなどして、「あやしくひとけのするこそむくつけゝれ」とてふと入りてみな寢ぬ。見
れば、帳のそばに人もなし。心安くて、やをら寄らせ給ふまゝに、きぬを引き遣うて添ひ鳳し
給ふに、いまだとけても寢給はぎりければ、あさましと驚かれて、ことびとゝはおぼしよら
す、中納言の伺ひて尋ね來にけるとおぼすに、妬く腹だVしくて、御ぞをひきかつぎて動き.
・もし給はぬをゑの侍て引きやうつゝ、年ごろ思ひし心の中、おとゞのあながちにいなびし
うらめしさ、春宮の御なやみのをり、はのかに見そめてし事など、なくなく言ひ續けさせ給
ソ"、あさましくなりて、あらぬ人なりけり、中納言み.思ひしは、ひとずぢに心憂く妬かうし
を、これ寂我が身のううも、御覽じ顯はされなば、いかなろ事ぞと覺し各められ奉り、あはあ
ぱしか・りける身の有樣を、御覽じ顯はしては、あなづらはしき方さへ添へて、ゆくてにおぼ
しめし捨てられなむ事も、心憂く耻しうて、猶この世にいかで立ちまじらす、跡絶えなむと、
深く思ひし身を、大將の春宮の御事を憂へつゝ、きやうのゑるべにもおぼしたりしを、こと
----
わりに心苦しう思ひなりて、かくまで立ち出でにけむも、悔しう悲しう、などて宮の出で給
ひしに、諸共に出ですなりけむ、殿も朔日のほどなどは、さて侍ふべく、女房なども、さうぎ
うしか.るべき事に思ひたりしを、何かは、臨時の祭などまでは、さてもそれ過ぎて、・一そは、殿
へ略まかでめなどうち思ひける心も、あさましう思ひつゞけられて、取5.隔もめへず涙のこぼ
れぬるを、「あが君、かくなおぼしそ。さるべきにこそあらめ。唯同じ心にだにあひおぼさば、
よも御爲かたはなる事あらじ」となくなく聞えさせ給ふさま、まねびやるべき方なし。男の
御さまにて、びゝしくもてすくよけなりしだに、中納言に取りこめられては、え遁れやう給
は,なうしを、ましてよのつねの女びなさけなくは見え奉ちじとおぼすには、いかでかは負け
じの御心さへ添ひて、いとゞ遁るべうもあらす亂れさせ給ふに、せむかたなく耻しうわりな、
くて聲も立てつばかり覺いたるさ按なれど、人目をあながちに憚る.へきにもあらす聞き
とがめイ、霧む來る人ありともいかゞはせむ、驚かぬ御氣負仏るに、せむかた球し。よそに御
覽じつるよりも、ちかまさうはこよなくおぼされて、今より後、書の縄のへだてもいぶせく、
片時立ち離れさせ給ふべくも覺え給はぬに、いなやいかなりける事ぞと、なま心劣りもしぬ
べき事ぞまさうたるや。おとゞのあながちにもて離れ、あらぬさまにもてなし\も、かくて
なりけり。かくのみ誰に寄りて、きすがにかくとはえうち出・づまじきことのさまなれば、か
たばなる物耻に、とつけたりけりとぞ覺しよりける。さてもいかでありける事ぞ,誰ばかり
にかあらむ、この人を一目見てむに、ゆくてに納てなして、止み潔むと思ふ人はあらぎりけ
----
むを、おとゞなど、ざるけしきを知りながら、ゆるさすなりにけむは、むげにあさばかなる若
きんだちなどにやあらむとロ惜しけれど、いみじからむとがも何と覺ゆべくもあらす。見る
め有樣のだぐひなきに、何の罪も浩え失せぬるこゝちし給ひて、なくなく後の世まで、契り
たのめさせ給ふに、きすがにあやしと、おぼしめし咎めさせ給ふにやと覺ゆる御けしきの、
色にこそ出し給はねどいとしるきにせむ方なく耻しう、汗も涙も一つに流れ添ふ心ちして、
人のあやしと咎めむも、さすがに苦しうおぼさるれば、出で給はむとても、淺からす契り語
らはせ給ふさま、まねびやらむかたなし。
「みつせ川後のあふせは知らねどもこむ世をかねてちぎ壷つるかな。この世ひとつのち
ぎりは、猶淺きこゝちするを、いかゞあらむと思ふなむくちをしき」とのたまはするまゝに、
ほろはうとついきぬる涙に、いとゞきこえ出でむ言の葉もおぼえすQいみじうつゝましけれ
ど、「猶ひとこと聞かでは、えなむ出づまじき」と、やすらはせ給ふもいとわりなければ、
「行条の虫せ轟bすあ芒てう㌃ける身の契と智へ啌。朝夕聞き馴墾≦
給へうし聲けはひは、おぼし召しあやめらるゝ事やと、つゝましうて、いたくたえだえ鱒ら
はし給へるけはひの、あいぎやうづき聞かまほしき事ぞ限なき。片時立ち離れさせ給ふべき
心ちもし給はねば、御身を分ちとむる心ちして、返す返ず契り置きて、よべの妻戸より出で
させ給ふ。中將の内侍といふ人ばかり、御供なりける。ムーや今やと待ち奉りけるに、明くるま
でになりにければ、待ち侘びて、うつ伏し臥したるを、ひき起して渡らせ給うて、やをら夜の
五八貞
----
八七

給委きよし仰せられて、待ちおはしま34。さばかり到畠妥なき中納言の喪だに、逢ひての戀もあは、ぬ歎も、皆忘れし人の御さ瞹なれば、又かばかりなどいム人だに御覽迭ぎう.
ければ、唯かたくおぼさるゝもことわりなり。大將麥り給へるよし聞かせ給ひて、御まへに
石したるに、いと清らかに耻しげにて侍ひ給ふに、うち出でさせ給はむこと、いみじく傍い
たけれど、大きやかに結びたる文を、御ふところより引き出でさせ給ひて、唯大方なるやう
にて「内侍のかみに聞えむ事を、殿のゆされありし後、何となくて今までになりにけるを、
今日よき日なれば、奉りて、やがて御かへり見せ給へ。おほぞうのみやつかへ鶚どにては、お
といの見給はぎらむには、心えす思ひなして、かへりさとなどあらむ事難かるべければ、わ
3と物しつる」とのたまはすれば、賜はうて立ち給ひぬ。御けしきのあやしければ、若しけし
き御覽じたるにやとばかりおぼしよりける。宣耀殿に參り給へれば「夜より御心ち畜やまし


近づき寄らせ給ひけるにやゑ、この御文のけしきも、いみじくゆかしければ、近く寄りて「今』
一朝御前に召し賃ば、參りて侍りつるに、、.れひとつて奪て奉りて、やがて禦へう、琴=
----
一四八
御覽すべきよし仰せ侍りつる」とて奉り給ふに、入も知らで止みなむをこそたけき事におぼ
すに、この人のかくのたまふ、けしき心得力まふ・bむかしと、いみじうつ\ましうて、おもて
おかむ方なくおぼさるれど、わかびかいやかむも我が身の寓樣に段、違ひたる・へければ、唯御
顏うち赤みて、御文・は取り給へれど、ひろげ給は殿を、「必33御かへりあるべきさまにこその
たまはせつれ。取り分きたる御硬の、かひ次く待ちおぼされむ、い毳めいぱくなかるべし」と
強ひてそゝのかし給へば、うち笑ひて「ことひとの言は鞭やうに物のたまはするかな。さす
がに開暮御覽じ馴れにてしも、かしこき御目にけ怪しと御覽じ咎めらるゝ事もあうむと、つ
ゝ捜しきはさり。もの.にて、おとゞなども知り給はで、心さかしらに御返り聞えむも、さこそ
かならすとのたまはすとも、御心おとりせぬやうはあらじを、唯箆しかに賜はうぬるよし
を、申させ給へかし」とのたまふも、げにさる事なれば、「げに御かへりはふと聞え給はむに、
かたがたは舗かりあらめ。見給はむ』事は、なでふ事かあらむ」とさうげなくて、この御文を、
ゆかしげにおぼしたれば、明けむ事危げにおぼして、御顏いたく赤くなりて、紛はし給ふも.
ことわりなれば、かへり參り給ひぬ。御まへには、もしやと待ちおはしますに、空しけれぱ、
いみじ・口惜しくイ、、今の・ほどのおぼつかなさも堪へがたけれど、強ひてさうげなくもてな
させ給うて「よのつねのけさうのさをならむ事のやうには、かやうにえんなるべき・とのさま
にもあらぬものを」とのたまふものから、いみじういぶせく、覺束なくおぼしあまれば、又
も給はせて、「よべの事いとかくのこうなく、ム・まではのたまはす、唯ほのかに、さにやとば
五八・、
----
五入九
かり見しほ影の、いといみじう珍しう、娑だ見ぬさまなりしを、すいうに身を離れぬ心ちし
て、いと戀しくわりなきを、いかゞせましと、ひだぶるになむ思ひなりぬるを、さるはおとゞ
のあながち鹽に許さぬ事なりしを、ゑひて知らずがはにて、うちとくるぼども、心なくやとつ
ゝ按ぬにしもあらねど、膸はぬ心なむ、又我ながら、かばかりなる心はなかめつるを、さるベきにやとまでなむおぼゆるを浴ゝ、仁なだに同じ心にしるべして、よべばかムのかいまみをだ
に、今宵すぐさす導き給へ」とのたまふ渉よゝに、御涙もこぼれぬるを、さればよ、唯よそのか
い要みばかりにては、かくおぼさるべきやうなし、かんの君の御氣色も、いと怪しかうつる
を、あるやうある御氣色なるべしとおぼすに、限なくおぼし玄められためる御氣色も、かつ.
かつ限なく嬉しく聞かれ給ふ。おもひなく、よのつ鹸のさまにて參り給ひて、后の位にも居
給はむに、飽かぬ事ある按じき御身と、何となきψδまにて、御覽巷られぬるぞいみじくロ借
しき。「さらばまつ、この御文を儔へ侍りて」とて、嚢かで給うても、かくすべき事ならねは、
おとゞに、御けしきどもの怪しかうつるさま、のたまはせつる事など聞え給ふQ猶さなるべ
しとおぼすに、かつかつうれしく、年ごろ心ゆか33のみおぼし渡る事なれば、限なくおぼし
喜ばるゝ事なれど、只今は知ら市がはにて、女房のさうゼく御よそはひをも、常より蔦殊に
清らをつくして奉らせ給ふ。御ちやうのかたびら、御調度まで、いよいよ磨きしつらひ飾う
給ふ。年・ごろは心を鑑しても、見はやす人なき御交らひを、ロをしうおぼされしに、かゝれば
いとゞ嬉しかりけり。限なきみ志にそへても、人がらありさ・娑など、少しもかだほなるべき
----
ならねば、后の乾までなし御覽せむに、飽かぬ事あるまじきを、唯いかにぞや、御心にかゝう
たる事ひとつぞ、心やましくおぼさるれど、なべて皆人知りたることにはあらじ、唯心ゑゆ
の人二三人などこそは、さる事ありきかしと思ひ出づる人あめとても、わぎと女御御息所に
て、參りたるにてもあらす、宮つかへざまにて、忍びて御覽じそめむに、志にまかせて、后に
も居給はむ、なでぷ事かあらむとおぼし召して、つゝむべきならねば、ありし後は、書も渡ら
せ給ふ。夜もつとのぼらせ給ふ。傍に又人もなきさまにのみもてなさせ給へば、殿うへ大將
殿などの、おぼし喜びたるさまかぎりなし。大將殿の造う磨き給ふ二條殿出で來たれば、や
よひ十よ日のほどに、よものゝ山のうへわたむたまふべければ、まづ十日さうに大將殿おは
したれば、ひじりの宮にも、ひきかへ傍さびしくおぼされむ事おぼしやられて、よろづたの
もしうきこえおき給ふ。このわたりのみまきなどのもの、さながらこの宮にのみもて參るべ
く、にぎは\しくさびしかるま、じき事を、宮は「いとほいなくロ惜しかるべき事になむ。さり
難きはだしどもにかゝづらひて、今日までうき世を思ひ知らす顏にて、猶世近きすまひにて
も侍りつれ。今は心安く思ひ麗く事なくて、鳥の音開えぬ山に、跡絶え侍りなむ事をこそ、限
なく思ひ給へるに、いみじうなむほいなき」とて、何もかへし奉り給ひて、山深く入めなむ御
ー5まうけをのみおぼしいそぐを女君はいとくちをしく、猶世に似ずうひうひしき有樣にて、
みやこに立ち出でゝも、人わらはれに憂き事のみこそあらめ、まだ見え曝山路もこゝをこそ
頼みて、つひのすみかとも思ふを、年さうに變らす、住みあらさでおはしまさむこそ嬉しか
----
五九一
らめ、こゝをあらしはて給はむ事は、猶心細かりぬべくおぼさるれど、さかしきやうなれば、さも聞え給はす。その日になりて渡り給ふ。儀式いとめでたし。中の君も、おくらかし給ふべきならねば、具し聞えてぞ出で給ふ。女君は、なほいさや、いかなるべき事にかと、物憂くのみおぼさるれど、父宮もあるべきさまおぼしおきてゝ「今はなにしかはこのいほりをまた立ちかへり見給ふべき。みづからも、都に立ち出で侍るべきならねば、これなむ對面の限にて侍るめり。年ごろさり難きほだしとかゝづらひ聞えて、後の世のつとめも、おのづからけだいし侍りつるを、今よりは一すぢに行ひ勤め侍るべきなれば、いみじうなむ嬉しかるべき」とて、うち泣き給ひて、
「行く末もはるけかるべき別には逢ひ見むことのいつとなきかな」とて「今日はこといみすべしや」と、おしのごひかくし給ふ。女君、
「逢ふ事をいつとも知らぬ別れ路はいづべきかたもなくなくぞゆく」と、袖を顔におしあてゝ出てやり給はず。中の君、
「いづかたに身をたぐへましとゞまるも出づるも共にをしき別を」。我は必ずしも急ぎ出
----
給ふ御有様ども、いといかめしういきほひことにて、さるべきてんじやうびと、五位六位などまで多く仕うまつれり。女房もえんにふれつゝ、めやすき人々尋ね出でつゝぞ侍はせ給うける。中の君の御車は少しひきさがりて、出し車みつばかりして、これもさるべき人、御前など數多して、ねび人どもは、この御方のあがれにてぞ忍ひ參りける。宮はいと嬉しく、かひあるさまと見送り聞え給ふ。名殘なくかいすむ心ちして心細くおぼさるれど、一すぢに行ひ勤めさせ給ひければ、いみじく嬉しく、年ごろおぼしつるほい、かなひはてぬる心ちせさせ給ふ。奈良の京になかやどりして、又の日ぞ二條殿には渡らせ給へる。この殿は三町をつきこめて、中築地をして、みかたに分けて造り磨き給へる。中の寢殿にぞ渡らせ給ふべき。洞院おもてには、右のおとゞの君、忍びやかなるさまにて、迎へ聞えむとおぼしたり。堀河おもてには、内侍のかんの殿のまかで給はむ料、春宮の御方などもおはしますべし。かくあらまほしくめでたくておはし着きぬるを、右のおとゞわたりには、いと口をしく、思はずに胸苦しうおぼせど、一すぢに人の御とがにあらざめるぞ恨み所なき心ちせさせ給ひける。しはすばかり、だゞならずなり給ひにけり。このたびは思ひまぜらる丶事なけれど、それしもつ丶ましうて、あながちにもてかくし給へる、この程となりてぞ、誰も驚きて、御いのりなどをはじめらるゝを、大殿にも聞かせ給ひて、これはおぼし疑ふべき御事ならねば、おぼし喜びて、御いのりなどせさせ給ふを聞き給ひて、父の殿は、隈なく嬉しくおぼしけり。大將も、人にのみちぎり深く物し給ひけりと、ロ惜しかうつるを、かゝればいとめあはれに心苦しき御思はいとゞ、
五九二
五九三
深くなりまさるものから、ねぢけがましきあたりにしも、さる事のものし給ふらむ、くちをしう、大とのにものしたまふ若君いとやんごとなかるべけれど、誰ともきこえぬは、むげにものげなきにやと、世の人推しはかるもことわりになど、思ひなきあたりにしも、さる事の物し給はざるらむと、吉野山の御方に、さる御けしきもなきを、ロ惜しうおぼされて、若君をむかへ聞えて、あづけ奉り給はむとおぼせど、殿うへ片時も放ち聞え給はで、大將殿にさへ、心やすくも見せ奉り給はざりけり。ないしのかんの君も、この春さろよりだいならすなり給へるを、うへはかぎりなき御志に添へて、數多の御方々に、いまださる事ものし給はす、まうけの君おはしまさぬ頃にて、山々寺々御いのわあるころ、かく物し給へば、限なくおぼし喜びれり。殿も大將殿も、男宮にておはしまさむを、今よりおもだゝしくおぼすべし。宮の中納
言は、月日にそへて、唯ひだぶるにゆくへなく思ぱい、戀し悲しとさのみやは覺えまし。これ
はさても、いかでをんなびばて給ひにし身をあらため、あだらしく捨て難き身といひなが
ら、又さばなりかへり給ふべき、我をこそ憂しつらしと見るかひ探くもおぼしすてめ、若君
をさへ見す知らしともて離れ給ひけむ御心強さも、今一たび聞え知らせまほしけれど、世の
人もいかにぞや、へだて多かる中に今は思へるに、事ぞとなくておはするあたうに、立ち寄
るべきやうも畜し。うちわたわなどにて、はだ殊にもて離れ、すくよかにもてはなれ、見し人
かとだに思ひたら諏けしきに、言ひよらむかたなし。文などは奉るもすくよかなる御かへり
などはいとよく書きかはし給へど、そのすぢばかけてもおもひかけ給はす。思ひわび心ちも
----
ぼけぼけしく、出でゝ交らひありくにつけても物のみ悲しければ、昔くまなかうし御心も名
殘なくまめになりて、右のおとゞわた、う跡絶えばてゝのみもてなし給ふも、あながちにあり
しやうにのみいられ侘び給はす。内侍のかんの君のかゝる御宿世いつくしさを聞き給ふに
も、唯あさましく、見違ふばかりに似給へうしものを、つれなくすかし出され聞えにしも、か
ゝるとりかへのあればと、うち慰みにしをこそ苦しからすもおぼえしか。いかにをこなるし
れ毛のとおぼし出づらむと、思ふばかりにぞ、かくおよびなく定まうはて給ひぬるも、ロ惜
しうおぼえ給ひける。月日に添へては、若君の物を引き延ぶるやうに、美ぐしう成うまさう
給ふを見給ふにつけては、かゝる人さへなからましかば、何に心を慰めましとおぼすにも、
又諸共にうち語らひて、かゝる人を同b心におぼしたてましかば、何事をか思はましと思ふ
にも、飽かず悲しくイし、つくづくとありきもせられ給はす。若君をよるひる御傍はなだす、遊【
ぱしきこえて明し暮し給ふも思へばをこがましや。人はさしも覺し捨てけるを、我が心にし
も、身をくだきっゝ思ひても何にかばせむ、いとあ紋れに、同じ心にあはれをも知りなさけ
をもかはし、思ひし人をもさこそ世に憚ると言ひながら、弛よその人に見すてゝ、月むうにな
りにけるかなとおぼされて、つれづれにつくづくと慰む方なきま.ゝに、左衞門がうこまむま
と文書き給ふ。「月むろのおぼつかなさもみづから聞えまぼしきを、それへいと忍びて、女車.
の萋塔餐む。それ蒙委かう奠姦、いと心やす妥象き所なるを、毳へさ
ても物し給へ」とあるを、左衞門は久しぐかき絶え給へれば、あまりにつれなさに、おぼし羅{
----
えぬるなめりと、心苦しかりつるに、珍しく見れば、いど心苦しげなる事を、羨妻と書ムニ
つやけ給へるが、いと哀に忍びがたく、月むろの覺束なさにも、いみじう聞えまぼしくて、物一
の聞えはつゝましけれどいと忍びて參るべく聞えたり。嬉しくて、ゑるからぬ車遣ばして待一'
ち給ふ。L女君ばか・りに・は、「忍びてかく」と聞えて、火「かだには里へざまに、まぎら〃・はして參り'一
な。珍し-荏して、甚ろ例竃餮玄だう心ち蘯へがぞて、あーな篷す、一
はれぼれしくて過ぐる事、やうやうおもなれ給へうしものを、あさましき心がはうも、いと=

迎へ給へば、遏ぎにし方の事も機々おぼし出でられて、泣く泣く心深げに、「この頃もいとひ
まなきさ嚢には承はらぬを、さるべからむひ換には、たばかり給ハ、」とのたまふも、げに心苦
しければ、うち泣きて、「年頃とても、大將殿の御志は、おろかなりと見ゆる事は侍らぎらき。
大かだにば、いとやんさとなき事に思ひ聞えさせ給・ひて、なつかしううち語らひておはしま
しゝかど、いとけちかく今めかしくもすきまなき御志の思ふほどよりは、心もとなきやうに
て、唯女どちのうち語らひたらむなからひのさまにて、おはしましゝかばこそ、いとうしろ
めたきやうには侍りながら、かやうにあながちなる御心いられけしきも見給へ侘びつゝ、心
よわく導き聞ゆるよなよなも侍りしか。いかなる事にか、この度立ち歸らせ給ひては、大方
の御もてなしは、深く世をつゝ嚢せ給ふさまに、わりなく忍びつゝ、ひるなど立ちとまらせ
----
給ふ事ぞありがたきやう,に侍りながら、うちうちの御こゝろぎしは、殊の外に立ち雲さう
て、ねんもうにならせ給ふQいとゞこぞの多より、た㎏ならぬさまにならせ給へるにつけて
も、いとゞ深き御志のみまさるきまにおはします。大殿なども、ひめ君だちの御折は、きしも
おぼし喜びたる御けしきも、いとゞ御覽じてしかば、あくがれたゝせ給ひにしを、このだび
は、さやうにおぼしまがへきせ給ふ事噛侍らぬにや、いと心若しげに思ひ聞えさせ給ひて、
この程となうては、、しなたがちにおはしましつるやうにて侍ろを、おとゞも限なく喜び聞え
させ給ふまゝに、御まへにも、今はづゆの事のみだれも、聞きつけられ奉らむ事いみじうう
かるべき事におぼしかためて、御かへりもとまでこそ侍らめ、御覽じにたるときこゆるも、
かけてもおぼしかけぎめれば、ましてさまざまの事は思ひよるべき事にも侍らす。大將殿の
御志も深きながら、猶いとうき事におぼしいでゝ、まづやんさとなき方には、吉野の御方を
おぼしおきてゝ、その次に年ごろ見馴れにしあはれ、きう難きかたばかりにもてなしきこえ
給へるを見侍るを、はいのまゝにておぱしまさましかば、この御まへには、うちうちこそと
もかくもおはしまさめ、大方のおぼえは誰かは立ち並び給紋まし。かゝる御身のやつれの心
、づくしなるも、御故ぞかしと思ひ給ふれば、いとなむうらめしかりける御契と、遏ぎにし方
きへ悔し'5侍れば今はまして」と、わかき心ちに人におされたる御すくせ見るがうれはしき
まゝに、うち言ふもこどわりなれば、「げにみづからの御心に、しかおぼし召し固めむはこと
わり、君さへなどかくひたぶるなる御心ぞ。かくやは思ひし」とばかりそのたまふ。御心の中
五九六
----
五九七
には、女君のだいならすなム給ふらむ事をうち始め、この人の言ひつやくる事を聞き給ふに
も、かへすがへす心得がだく、いかなる事ぞとおぼし亂るゝに、只今少しうち忘れ虎うつる
人の御票、又かきくらし思ひ續けられて堪へがたければいとゞことすくなにて、いみじく物
おぼし亂れたる御けしきにて、「さらふばけ諏るに、入も怪しと思ふべかなり」とて、「參り給
ひね」とてかへしやり給ふも、あまりもてはなれきこえつるをつらしとおぼすにやとさすが
に心苦しうて、顧みがちにて參り諏。大將殿、二條殿に診はします穉なれば、女君にしのびて
ありつる事どもを聞ゆれば、うち泣蠢給へど、まことにあふせは深くおぼし絶えにたるを、
さはいへど、郷けはひ有樣、何事もこよなき御さまに璽て、御志もいと深くをうゆくに、かゝる
御心ちの後は、いとや淺からすおぼしためるさまども、この人の御志に劣るべくもあらぎめ
り。耻かしう恐ろしながらも、始はあながちなりしけしきに、少しはかだよりにしそかし。今
・はた世の人の言ひ思ふらむ事、おとやのおぼされむうちうちの御有樣と言ひ、かたがだなす
らひなるべくも覺されぬことわりなりかし。中納言は一すぢにだにあらず、か虎がだ心得が
たき事をさへ、とう重ねおぼしつゞくるに、よもすがら涙の川に濘き沈み、おぼし明して、猶
いかで、けぢかくて今一度物をも聞えよりて、御けしきをも見てしがなとおぼすにぞ、あめ
きもせまほしくて、うちなどへ慈大將、必ずまゐう給ふらむとおぼゆる日は、我も參りつゝ、
さりげなくて、目をつけ聞え給へれ.ば、かれもさすがに見合せ給へば、うち按めだちつゝ、い
とすくよかにもてなして、おのづからさるべくもなきぞいみじう心やましかりける。このほ
----
ど、かんの鱈の御心ちにより」大將の君、つとうちに蒋ひ給へば、中納言かげにつきて窺ひあ
哨き給ふもをかしくおぼして、吉野山の申の君の御事いと心苦しう、いかにもてなさましと
おぼすを、この人の、今は逢ひての戀もあはぬ歎もうち忘れて、をさをさうち亂るゝ事もな
くて、まめだちありくめるにや許してまし、きこそ人もとにしみかへる心ありとも、この人
を見ては、愚にはえおぼさじをと、おぼしなる折々あれど、猶かの右のおとゞのあたうの事
おほし出づるにいかにぞや、この人にうらなく馴れよられむも、をこが嚢しき事やとおぼす
御心にてうち出で給はざうけめ。うつき二十日あまり祭など過ぎて、うちわたうつれづれ
なるころ、かんの君のものゝ序に語う出で給ひし、麗景殿の細殿の事おぼし出でゝ、そな
たざまにおはしまして佇み給ふを、女ばなにとなく、なつかしくうち語らひ給ひし夜な夜
なの事、忘るる世なく、世の中に跡だえ給へうし頃も、唯我が身ひとつの事と、戀しく悲しく
思ひ出でゝ聞えしひとなれば、今宥もつくづくとながめて居たる程に、よめにもしるき御有
樣、さよと心得るにあきましう、おとなくて月むうも過ぎ給ふを、うらめしくおぼえければ
心さわぎして、物聞えむと思へど、ふとしも聞え出づべき心ちもせねば、猶見けうとは知ら
れまほしくて、
「おもひ出づる人しもあらぬものゆゑに見し夜の月の忘られ諏かな」とうちなげく人の●
あるは、この聞きし人なるべしとおぼすに、同じ心なりけるもをかしうて、たちより給ひて、
亠 「おどろかす入、しそなけれもうともに見し夜の月を忘れやはする」との給ふ御麗けはひ、
五九八
----
九九
朝夕聞き馴れし人だに、聞きわけ給は畿うしかば、ましてことびとゝ思ぴよらす。例のなつ{

荏しや名るよ耄墜か畠人妻けばひの、い妄つかしましめけるも、婁し雙
くて、やをらすべり入りて戸を押し立て給へ'ば、あさましくあきれて、「おもは33にあさまし
かりける御心の程」とあばむれど、いとのどやかに騷くべきにもあらす。うちたゆめて、やう{
やう隔てな'くなり行き給ふをばいかゞせむ。「月頃のおぼつかなさ思ひあまりて驚かし聞え
てける悔しさも、今ぞ思ひ知られてうち泣かれ諏る。をとこ君、見給ふあたうの御有樣ども}
のつらには、いかでかあらむ。なべてにはにくからす、世馴れたる●にやつかへ人のつらにて㎝
はたあらぎめるを、心苦しく人の爲いとぼしく思ひやうなきわぎをもぬつるかなとおぼせ㎝
ど、只會い豪つかを、淺からすうち謦ひ給ふ。奚毛発れて明け㌘けしき丕
れば、女もいみじくつゝましげに思ひたるも、ことわりに心あわだゝしくず」、やをら戸を押
しあけ給へれば、有朋の月の隈なくさし入りたるに、男の御さまはたさらなり、女もいとら
うたげにて、やう戸をうしろにして寄り居たり。見すてがたくて、暫し休らひ給ふ程に、例の
中納言は、身に添ふ影にて窺ひありきけるに、忍びやかに、男の物言ふけはひのすれば、物の
----
包むべければ、心にしもえまかすまじきよしを、いとなつかしヲ語らひ給へば女もいみじう
うち泣きて、かくて絶えはて給はむは、いみじう物なげかしげなる唱のからさすがにうち任
せて、逢瀬はありがたかるべきさまを、かだみに心苦しげにうち語らひて、えも出でやわ給
は諏けしきを、つくづくと聞き給ふに、いなや、さればこはいかなる事ぞ、月頃は御かたが虎

よにあらじ、唯人のおしはかめむとならむとのみ、思ひよらぎわつるを、さださだと聞えつ
るも、あさましう夢の心ちして、もし猶あらぬ人もやと、かたちゆかしければ、立ち隱れて見
るに、
「こゝろぎしありあけがたの月影をまだ逢ふまでのかだみとは見よ」とて、やをら出で給Ψ
ふ牆籍髏うかりける婁がらへていつまでか世に有明の月L.いみじう蹇廴
るを、やうやう明け行ーけしきなれば、聞きもはて城や農て出でたまムを見ればまが逢{
六。。
----
六。一
ぽしたらす。殊の外にもて蹟なれ、おぼし棄てはてらるゝ身のうらめしさを、かくだに聞え
侍らじと思う給へながら、ゑだはぬ心の程も、我ながらもどかしう思ひ給へ知ら諏には侍ら
ね」といふ按ゝに、涙をほろぬうとこぼし給へれば、うち笑ひて、「いかなりける御族寢の名
殘のつゆけさを、かく慰めやう給はぬほどの御けしきぞとよ。まことにば心のどかに聞え懐
ほしき事侍れど、さすがに何となきわかきんだちなる程こそ、かやうなるもつきづきしけ
れρ今はいとつきなき程の位に、我も人も成う昇うにたれば、え聞え繊を、おろかなるものに
おぼしめさるゝも、げにことわりに侍る。をこたわもわぎとまゐうてなむ申しはべるべきし
とのたまへるさま、さはいへど、おしのけたるよそめこそあれ、かやうに近やかにて物など
のたまへるには、まことの男は又しるきわぎなるを、かへすがへす怪しくて、とみにも許さ
で立ち給ヘり。ありし後、又かばかり近くて見奉る事もなきに、やうやう明け離るゝ空の氣
色曇わなきに、つくづくと見給へば、御ひげのわだうなど、殊の外に氣色ばみにけるも、いな
・やこはたぞ、さら.ぱありし人ば、いつちへ失せ給ひにしぞと、返す返す心得がたくて、とばか
うまはうたてるを、大將はさ思ふよとをかしくて、さすがにはしたなき心ちすれば、いたく
あかくなりぬめるはいと見苦しうて歩みのき禿まひて、宣耀殿へ參わたまひて、女房など遡
して、かんの君の御迎に參り給ひ諏めり。中納言の君、一方ならす立ちかへり、この頃は、又
今少し物思はしき心ちして、あくがれまさう、猶いかで心靜に虎いめんして、事のこ\ろを
委しう聞え出で、けしきを見む、いかにもこの人は、ありし同じゆかうには、物し給ふべし
----
とおぼしあまり、夕風凉しきだそがれのほどに、大將殿の二條におはしにけり。大將は(右の
おはとのにおはする程なるべし。人すくなにのどやかなれば、口惜しくて立ち歸り給ふに、
世に知らすめでたききんの聲、風につきてほの聞ゆ。心惑ひして・しばし取ち止うて聞き給
へば、箏の琴、琵琶などもかき合せたなり。いづれとなき中に、このたえだえなるきんの昔

二間ばかりφかめたる内に彈ーなゑし。いと心にくゝ奥ゆかしくていかで彈くらむ、有墜
ども見てしがなと、しづ心なくおぼす程に、日頃降うつる五月爾睛間まち出でゝ、夕月夜の
月く諮うなくさし幽でたるに、若やかなる聲して、「いと珍しかめるを、只今は誰か見む。か

ゆる。きんと箋巴は謬しのうへ窘究る。隈苳月影砦蓊謇し向ひ嚢ばいとよ
く見ゆ。きんの人は少し奥に居たるに、傍ふして琴をば押しやめて、月をつくづくと詠めだ一
る眉、額つき頭つき髪のかゝりなど、いとけだかくなまめかしき、心にくゝ艶なるさま、こゝ
ら見つくしつるよに、かばかりなる人ば、ありがだき心ちするに、ふと目とまうて、これや吉…
----
六。三
野山の宮の姫君だちならむ、かばかわの人の、この世の外にて生ひだち給ひけむ有樣、さは
いふとも、いとなほなはしからむと思ひあなつりて、ゆかしくも思はざりけるもあさ嚢しく
て、つくづくと詠めまほり給へば、宣耀殿のないしのかみぞ、かやうには物し給ひしがと思
ひ出づれば、かれはかたはと見ゆるほどにはあらざうしかど、少しそ"うかにちひさき程に
・は、物し給はぬにやとおもはして、あだう心おとうすとはなかうしかど、きらでもと見ゆる一
ふしなりしを、これはいとはそやかに、身もなきさまし給へる八の、飽くまであてになまめ"
かしき御かたちありさまを、ありがたくもとうち見給ふに、例の色めかしさはさこそ名殘な
くまめになめにし御心なれど、ふとうつりて奥ゆかしかりける。今一人は琵琶にか禿ぶき
かゝうて、憤しを見出したる、いとふくらかにあいぎやうづきこめかしきさましていと美くしげなり。さまざま見所ありける人々かな、こゝら見集むる中に、内侍のかんの君、大殿の
四の君、ゆくへなくなしきこえにし、宇治の橋姫などこそは、樣々だぐひなき御かたちあり
一六五
----
べかめるに、きんの人もおきあがりてほのぼのと彈きならしたるぞ讐へむ方なき。さらでだ
に物かなしく心も澄む物の昔を、澄める夜の月に限なき音を彈き立て給へる、かたちありさ
まよムはじめて、すべて今は世に絶えたるものにて、をさをさ彈きならす入もなかめるを、
珍らしく彈き籠め給へりけるもありがだく、涙さへこぼれて、さばかりの心にまたいつくに
添ふにか、いみじく物悲しく、けちかゝらむけはひ有樣、いと聞かまほしきもさる事にて、猶
大將の御けしきゆかしきにぞ、いとやこのひとをさへ見過さむ事はあるまじうもおぼされ
ねど、さのみやうの物と、人のもう聞かむも煩ぱしければ、あるまじくおぼし返すにしもぞ、
例のゑた・はぬ心いられもあやにくなりける◎この中の君はしも、言ひ寄らむにもさまでもて
離れ思ひ寄るまじき程の事ならねど、猶この御あだうにて、かやうならむすきことは悪しか
り諏べきぞ、いかゞせ按しとおぼしあつかはる。月も入りぬめれば、きんの人ば入り給ひぬQ
今一,人ば猶はしをながめて、箏のことの人と何事にか言ひてうち笑ひなどすめり。おのおの
も、山里の事などうち言ひ出でゝ、あはれなりし事ゝおもしろかうし花紅葉の折々、雪の事な
ども語う出でゝ、何となきすいろもといもなれば、いつとなくかくてあらむも、氣色見つく
る人迅あらば、いと煩はしかるべけれ・ば、〜やをら立ち出で給ふも、まれま晒殘うだうつる魂
は、ありつる御袖のうちに入りぬる心ちし給ふ。見つるよしだにはのめかさずなりぬるも飽
かすロ惜しうて、又このもろは、これをさへ取り重ねておぼし歎くべし。さまざまなめし思
びも、又思ふかたことにて、そむきはて給ひにしまゝには、世と共に獨寢のみにて、明し暮し
六。四
----
六。五
給ふも暫しこそあれ、いとはしたなければ、ありし琵琶の月影いとけちかくうち語らひてあ
らむに、何心なく、美くしげなりしも思ひ出でられて、いかで言ひ寄りにしがな、大將はいか
栖、又この事にてぞ、ゆくへなき御心の中は時々慰め給ひける。大將は、猶この中の君をや中
納言にあはせてまし、内侍のかんの君もさりげなくて、この若君の事を、いと覺束なくおぼ
したるにも、さやうのゆかうならでは、いかでかきこえ給ふべきなど、やうやうおぼしける。
みなつき十よ日に、ないしのかみの御かだに、いつみなどいとおもしろく、池につくうかけ一
れるつりどのなど、いみじう凉しげなるに、女君、中の君、具し聞えて碆給ひて、鷺べ全
てんしやうびとかんたちめなど、文作り歌よみなどして、晝より遊び暮し給うて、月さし出㎜
つるほどに、宮の中納言に御せうそこ聞え給へり◎藏人の兵衞の佐とて、母うへの御甥なる
人奉り給ふ。
「あるじゆゑ問礒るべしとは思はねど週にばなどかだつねこぎらむ。やがて御供に侍ふ
べくなむ侍りつる」といムに、いかなる事ぞと、おき駈なくおぼし惑はるゝ心さわぎを玄づ・
めて、.
「月のすむ宿のあはれはいかにともあるじがらこそ問ばまほしけれ」。やがて參るべくま
つ聞え給ふとて、えならすたきしめ、心ことなる御直衣姿にて參り給へり。釣殿に、月ばくま
なくさし入りたるに、大將は、なよゝかなる御直衣に、唱歌忍びやかに、笛吹きすさびつゝ
侍ち聞え給へるなりけり。まらうどの君に、御琵琶奉り給ひていみじうそゝのかし給へど、
----
ま鳴らし給へる、すみのぼ-!・宏めでぞ。大將の御笛の音、霎る豪ればいと限1
し。左衞門の督箏の琴、宰相の中將笙の笛、辨の少將笹篥、藏人の兵衞の佐扇うちならして、}
むしろだ董肇とよし。事々しから轟髪れど・なかなか嚢めかしうおもしろ食こ
中納言はきんの昔のみ心にかゝうて、「かやうなる夜は、女のまじうたる毒をかしけれ」主
匸のみ聞え給ふを、大幣は、女君のきんをませだらましかば、まいていかにめで惑は.むと覺す
ぞをこなるや。御かはらけ數多たびになりて、人々もうちみたりつゝ、やうやう夜更け行く
に、中納言はまたこともとも覺えす、ひがさともゑつべく、いかなる事あるべきにか、あ墾し
宇治の橋姫やこの簾の中にものし給ふらむなど、唯これより聞え出で、いみじう氣色もゆか
しけれど、御簾凭帳添へて立て渡し、女房のうちそよめ垂となひ警瓷ど.人誓澄
ありし月かげ思ひ出づるに、毋にだぐひなかうし音を、いかでかさばかりは彈きたてむとお
ぽせ…は、更に手觸れ給はぬを、「わぎと聞えつるはいなく」と、笛を吹きつゝ聞え給へ「ば、少し
ちすれば、ありし面影どもゝいと班しげなりしを、見出で給ふらむ譲ど魅たやならで、えラ}
ち出で給はす。人々も、かたへはまかでぬるに、中納言は近くゐより給ひて「わぎと召し侍り
つるゑるしは何事にか侍るべき。・おろかなら諏御賂物などの侍るべきぞ」と聞え給へば、「い一
かでだいには侍らむ。なべてにはあらぬ御引出物侍らは、日頃の御恨は、殘わなく邂げ給ひ
なむや」とうちほゝゑみて聞え給へば、
脚「票し見し宇治のはし姫それならで恨みと≦きか窪Φbじを。い蒙る謹か」土
六。六
----
六σ七
て、おしのむひ隱し給へば、
「はしひめは衣かたしき待ちわびて身を宇治廻になげてしものを。さてふよりなゝり。思
ひとまうなむ」とのたまふ御けしきも、いとすくよかなり。なはなは怪しくて、珍らかなる事
もきいふとも、このわだうにて聞きあきらめむと覺さるれば、かの宇治の橋姫ならすとも今
宵の御引出物もいとすむし難くて、いとゞ醉ひ惱めるさまにもてなして、「冷宵は更にえま
かづまじ。この御簾の前にてあかし侍らむかむとやあいなく」とのたまへば、「げに輕々しき
ゝおましなゝり。これにをしとて、御簾の内に導き入れて、我が北の方具してあなだに渡り給ひ
ぬ。いかにぞ、ありし人ならむかと、心さわぎして寄り給へるに、帳のうちに、いとつゝまし
げにて寄りふしたる人の、手あだう氣色、あな美くしとふと覺ゆる。ありし月影の琵琶の人
なるべしと、ロ惜しからすは覺ゆれど、見し人にはあらざりけりとおぼすにぞ、猶飽かず悲
思ふさまにらうだくこめかしう、心うつくしげなるきまながらにぞ、例の月草のうつりやす
ざはさまざまなりし。ふうにし戀どもゝ忘るゝとなけれど、なからすぎ物思ひ慰みぬる心ち
して、ありし夜の月かげに、ほのかに見そめ奉めしより、思ひし心の中など、こ雲かにれいの
こと多く語らひ給ふ。ふけにける夜の名殘、程なく明けぬる心ちすれば、出で給はすなりぬ。
大將殿聞き驚きて、御手水御粥など參り給ふ。女房のさうそくなど、引きつくろひて奉り給
ふ。二十にも餘うたまぱぬ程の若く美くしげに、飽かぬ事なく整ひはてゝ、蹟なばなとあい
し実を量籌て嚢崟見けむ人の心あすれ黍ー謬翌
----
侍る竃、§やうつゝなら忍ちし侍れば・猶物おもひに・らしぞう霙せ侍轟生
るにやとなむおぼえ侍れど、今はいかゞはせむ。ゆくへなき御かたみと見給ふる人も、さす
が"をのこの身なれば片時立ちはなれてもあるべきやうなし。おのづから.いとまなくて見
ぬ日も、いとうしろめだく侍るを、今はこの御あだうに侍はせてこそは、心安く思ひ給へめ。
きうとも、誰もよもおぼしめし棄てさせ給はじと、思ひ給ふる人のうへなれば、かく聞ゆる
もをこがましけれど」とて、忍びあへすはろほろとこぼれぬるも、心苦しう、大將見給ひて、
「げにゑかおぼすらむ、こと,わりに思ひ給へ知りながら、みづからのあやまちにも侍らす、入
六。八
----
の御とがに豢婁段聞えさせむ方なくて・こ讐では旻の禦解くる劃
らじと思ひ給ひてなむ。おぼえなく、俄におぼしめさるらめども、さりとも、世におろかには
思されじと、心のやみに惑ひ侍りて」となむきこえ給ふ。「げにかゝる御慰め侍らぎら按しか
ば、さのみながらふる命も、ありがだくや侍らまし」など聞え給ふ。げにこれにてはなきふる
きとに、つくづくと涙ばかりを友にて、明し暮し給ひしよりも、こよなく思し慰む心ちす。大
將の御方へもさるべき折は渡り給ひつゝ、琴笛の音も文の道の事も、同じ心に聞え合せつゝ
物したもふ。女君も見もて行くまゝに飽かぬ・となきをいと嬉しとおぼして、御志深く見ゆれ

へて物し給ふ事、これにつけても大將をぞめで奉る"へき。中納言、さのみやうの慈のと、人ぎ一
ゝいふ豢かゑ窰、返遠愚しかへせど、猶あ育もし饕で、雪し月かげ2
きんの御かたちありさまも猶身をも離れ諏心ちし給へば、さうげなくて、さわぬべきひまも一
やと窺ひ給へど、いと物遠くもてなし給ひて、露のひまあるべくもなきぞ心やましかうけ
る。ふみづきには、かんの君、いつ月と奏してまかで給ひぬ。大將殿、おぼし喜びたるさまか
ぎりなし。かんの君、かゝるにつけても、始の若君のことおぼし出でられて、月日の重なりし

まゝに、世の中心のあはたいしく物心ぽそく、よろづのおほやけ事も見さすやうにて籠,り居…
----
にし事、串納言さへまちどはに歎きすさして、宇治のはし姫、忘る、世なくおぼし躓でらる。
今は大將殿の御よすがにて、この御さとゐのほども、中納言はつと侍ひ給ひて、女房などゝ
物言ひうち亂れなどしてありき給ふを、昔よりかだはなるまで馴れ遊びて、かたみに何事も
隔てす、言ひ合せうち語らひてのはてはては、あきましうよつかぬ身のありさまをきへ、の
こりなく見えにしちぎりのあはれ久らぬにもあら繊に、まして若君の何心なかうし御ゑみ
かぼ思し出づるには、此人の聲け・はひを聞き給ふ度に・は淺からす哀にて御涙のこぼるゝ折
々もあるを、見答むる人もあらば怪しともこそ思.へと、おしのむひまぎらはし給ふ。右のお
といの君二條殿にて御子産み給ふべきを入月つむもうに渡り給ひぬ。これにては、大將殿つ
と渡り給ひつゝ思しあつかひたるさまいとあらまぼし。姫君たちをば、猶傍いだければ具し
聞え給はぬを、大將殿もなどか猶なども聞え給はぬを、入の言ふ事はそらむとにはあらず.
と、殿なども推し量う給ひける。ながつき朔日ころ、いと安く若君生れ給へり。大殿大將殿、
踉なくおぼし喜び允り。この度はいか"とおぼし疑ふ所なくもて出で\御うぶやしなひや
何やとし給ふを、父おと肆、物にあたうてぞ喜び給ひける。内侍のかんの君か鴎と聞え給ふ
にも、さまぎまなりし邇ぎにし方のと覺し出でられて、始の姫君の七夜の事なども、後の度
も、我もゆくへなき世界にていみじう心苦しう聞きしなど、つくづくと人知れす思し出でゝ
めづらかに夢のやうにおぼさるゝ。このだびの若君は姉君たちには露も似給はす、たい大將
の御顏をうつしたるやうにぞものし給ふはと、哀にうれしくおとやなどおぼさる。うちつい

六一。
----
六二
きかんの君の御こ、今は一すぢにおぼしあつかふに、おどろおどうしくも惱み給はで男宮う
まれ給ひぬ。年ごろまうけの君おはしまさぬに、隔夜晝念じ奉り、多くの紳佛に所わ申し給へ
るゑるしにやありけむ、かくおもひなく籌らきらしきあためにしも出でおはし按しぬる事
を、誰も誰も珍らしき御さいばひに思ひ驚き奉る。御うぶやの程の事言はすとも推し量るべ
し◎みかの夜大殿、五日春宮の大夫、七日うちより、九日大將殿など、心々にいどみ盡し心を
盡して仕うまつり給へる、いとめでたし。常の事に事を添へ、御遊や何やと限なくこともと
しきにも、かんの君ば、若君の御折の事わすれ給ふべき世なし。若君のいと美くしげに、おぼ
きにわりけづきておはしますを、唯人知れぬ人の生れ給へりし程と覺ゆるに、いみじうあは
れにて御涙ぞほろ・ほろとこぼれぬる。
「ひたぶるに思ひ出でしと思ふ世にわすれがだみのなにのこうけむ」とぞ御心の中にお
ぼしける。そのころおと憶めしあるに、大將かけながら内大臣になり給ひぬ。次第にな・り昇
りて、中納言大納言になり給ひぬ。御悗につけても昔おぼし出でられて、中納言になりだう
し折、かの四の君の人知れぬをばと娜あめしを見て、色には出し給はざりしかど、いかにぞや
うちおぼしたりしけしきの、唯今のやうに思ひ出で給ふに、何事の嬉しさも、うちさますや
うに覺えて、はろほろとこぼし給ひ、若君も迎へ給ひて、この女君にあづけ聞え給へば、いと
悲しきものに思ひ聞え給ひて、抱きあつかひ給ふを、男君は嬉しくおぼす。若君の御めのと
は、あさましくで跡絶え給ひにし人の御事、この吉野山の宮の御むすめにやと、はのぼの心
----
得しを、かく俄におはしつきて、若君も迎へ給へれば、ゆくへなくおぼし歎きし御事、蘭き出
で給へると思ふにいと嬉しく悲しければ、いつしか參りて月さろの御物語聞えむと思ひつ
るに、若君の御美くしきに、めのとにもえはちあへ給はで、はのぼの見え給へど、見奉りし人
にはおぱせぬを、いと口惜しうて心得がたく思へど、これも美くしげにて、まことならむよ
うもなかなかいみじう悲しくゑたてまつり給へば、思ひ遣る方なく戀しくかなしかりつる
心も慰めて、殿おはせぬほどゝ御まへにつと侍ひてものなど聞ゆるにも、いとなつかしく心
うつくしげにうち語らひ給ふに、嬉しくて、この君の御母君に離れ聞えしほど、飽かず悲し
き御かたちありさまのめでたくおはしましゝなどもへだてなくかたう聞えてうちなく。君
もうち泣き給ひて、「あはれのことや。唯かく見奉るだに、今は立ち離れ聞えむことはいと苦
しかるべきを、いかばかりの御心にて、かゝる人をふうすてゝ跡絶え給ひにけむ」とのたま
へば、「それは御まへのはらからなどにや、物せさせ給ふらむなどこそ思ひ給へしか。これへ
渡らせ給ひし折もこと人とは思ひより侍らで、いつしか見奉らむ事を思ひ給へしに、こと人
にておはしはす。さとてもなかなか昔よりけになつかしうありがたう物せさせ給へば、いと
うれしう侍れど、ありし御面かげは、いつちいかにならせ給ひにけるかと、胸あく夜なく覺
え侍れば、もし大將殿の御方や、それにて物せさせ給ふらむ」と忍びて聞ゆれば、うち笑ひ給
ひて、「人は思ふ方ことに物し給ひけるに何心なきさまにて見え奉りけるこそ耻かしけれ。
大將のうへとまろ放ちては、又はらからなどなきを、大將の御方はさやうなるべき人にも物
六一二
----
し給騰い萎ひとたがへにか・怪しか多こ蟲義筌患ひ饕れ叟L
るこそあいなかりけれ」とのたまふけしきも、あいぎやうづきをかしきにも、猶いふがひな
かうし御事は忘るゝ世ななりけり。さまざま心ゆきめでたき御事どもにて年もかへりぬ。』
まうけの君おばしまさぬによりてこそ女春宮も立ち給ひしか。σ論せぬ御なやみにことづ
けてこの位いかでのきなむとおぼしめしたれば、むつき御いかのぼどに若宮は春宮に立だ
せ給ひて、もとのは院にならせ給ひて女院ときこゆ。夭將は、かんの君の御心よせおろかな
らぬにとよせて、いとねんむうに仕う嚢つり給へば、院のうへもいと嬉しくおぼさるべし。
若宮ば東宮に立たせ給ふ。かんの君女御の宣旨かうぶり給ふ。やがて四月に后に立たせ給
ふ。儀式ありさまよの常ならむや。年頃あるべかうし事どものいみじう心もとなかうつるな
れば、いといれれもたれ眺御心ゆき給ふべし。宮の大納言は大將の御心よせあるによりて中
宮の大夫になり給ひぬるにも、昔、志賀の浦たのめ給ひしよの事おぼし出でられて、物あは
れにおぼさるゝ。かの宇治の橋姫とはおぼしよら諏ぞあはれなるや。若宮の、今はいとよく
物などのたまひて、走り遊び給ふにも、忘るゝ世なき事はまつおぼし出でられて、さてもい
か謀らしことゝだに聞きあきらめぬよ、さりともこの女君はけしき心得給ふ事もあらむと
おぼせば、折々けしき取りて問ひ給へど、心もえぬけしきなるを、猶覺束なさに、「この大將
の君は、いつの頃より吉野山にば詣で給ひしぞ」と問へば、「いぎ、中納言逐ど聞えしより時
々おぱすことそ聞きしか」との給ふ。「この女君にはいつより住み給ふぞ。誓かにしてかおは
----
しましそめしLなどこまかに問ひ給へば、「おとゞしばかりにやあらむ。知らす」と言ひ紛は
して止み給ふを、恨み給ひて、「我ぞ年もうまたなく物を思ひて、はそばては病にもなり命も
絶えぬべか,りしかど、思ひかけす見そ"め聞えしよりこそこよなくこの世にとまる心も出で
來て又なく隔なく限なきものに思ひ聞ゆるを、さりとも見知り給はすもあらじを、こよなき
御心のへだてこそいとうたて思ばすなれ。思ひきこゆる片ぱしもおぼさましかば、おぼつか
なくゆかしきεも知り給へらむま、にはのたまひてましを」と恨むれば、うちはゝゑみて、
「へだて聞ゆる事ば何事にか。御心こそへだてありてあめのまゝにはのたまは.ぎめれ。御心
のケちをくみてもいかゞは聞ゆべからむ」とのたまふもげにことわめなれ.ば、うち笑ひて、
「へだて聞ゆとも思はねどうち出で聞ゆべき方なき事ばおのづからさなむある。聞えさせす
ともその事にやとほのぼの心得給ふ事あらばのたまひ出でよかし。まうもそれにつきて、始
よりのことも聞えむ」といへば、「御心の中に知り給ひたる事をだにうち出でにくゝおぼす
事を、まいてはのぼの心得むばかりにては、いかでか聞えも出でむ。御心にかへて、唯躯ぽせ
かし」とてうち笑ふも、いとにくからぬ人ざまなれば、見るかひあめ嬉しくて、かゝらぬ人な
らましかはいかにいとゞ侘しから日ましとおぼす。女君はさださたと言ひ聞かする人はなか
うしかど、さにやとにはのぼの心得る串のすちなめりとおぼすも、げにいかに覺束なく怪し
く心得がたくおぼすらむと御心のうち苦しう推し量らるれど、たが御爲もいとめづらかに
怪しかるべき事を、きと聞え出でむもうしろ安からぬことなりかしなどおぼしかだめて、の
----
六一五
たまひ出ですなりぬるを、いとロ惜しううらめしとおぼしてよろづに聞えかこちたまへど、
「唯あるやうあらむとおぼせかし。聞き明らめ給へりとても、絶えはて給ひなむ野中の清水
は汲み改め給はむことありがたからむものゆゑ、御心のうちの苦しさもいとゞまさう、入の
御名の世に漏らむもいとよしなし」とて言ひ出でぬ程の心やましさぞせむかだなき。なかな
かゆくへなく思はむよわば知りながらのたまぱぬよと思ふに、心やましさぞ言はむかたな
きやQほどなく年月も過ぎか拭うて、中宮は、二三の宮姫宮などさへ産み奉り給へるを、かゝ
めける人の御宿世となべての世にも罪ゆるし聞えて、かだへの御か虎がたも、我が身をのみ
ぞうらみ給ふべき。右のおとゞの女御は、人よりさきに參り給ひて、我ばとおぼしだうつる
こよなき世のけしきにまじらふもぱし虎なくて、まかで給ひにしを聞きたまふも、中宮はむ
かし四の君の御ゆかうに、おとゞにあけくれうらみられしむくいに、また宇治の橋姫にてな
がめしころ、この御ゆゑ人をつらしと思ひ入りしむくいにやとおぼしゝに、又かくおなじ身
のゆゑ、この女御の世をうらみてこもも居ぬるも、さすがにちぎり淺からざりけるゆかうな
がら、かたみにこなだかなたうらみたゆまじかわけるも、あはれにおぼゆべかりけるなかの
ちぎわとおぼし知らぜさせたまふ。大將殿も四の君の御ばらに男三人うち續き生れ給ひて、
大殿におひ出で給ひし若君も、今はおとなになり給ひてわらは殿上などしてありき給ふゆ吉
----
しう見奉りて、中宮の御ゆかう大將の御心もおろかならす、この御かだざまに玄たしく物せ
させ給ふにことづけて、御簾の中にも入れ聞えていみじう興じうつくしみ奉るを、女院もさ
こそものづゝみしあへるなる御心なれど、いとうつくしげにおとなび給へるさまを御心の
やみはいみじう悲しうなむ見奉わ給ひける。宮の大納言も、吉野の君の腹に姫君二人若君と
生れ給へるを、こ姫君は、大將殿のうへとりわき聞え給ひて、この若君、左右にておはし奉り
給ふ。大納言の人知れぬ宇治の若君も、今はいとおよすげ給ひにたれば、殿上し給ひて、大將
殿の若君同じやうにてありき給ふを、中宮は御覽するにいと悲しう、春宮宮々の御事にも劣
らす、見る度毎に哀に悲しう覺さるゝに、春のつれづれのどやかなる畫つ方、宮と若宮と遊
びつ、この御方に渡らせ給へるが、いとよくうちかよひて、彼は今少し匂ひやかにあいぎや
うづきたるさまさへこよなく見ゆる魅目ざましく、哀に忍びがだく、御まへに人あまだもあ
ら諏程なれば、心やすくて、みすのうちに呼び入れ給へば、宮入らせ給ひ諏れど、入らぬを、
「猶入参給へ。苦しからぬ事ぞ」とのたまへば、椽にやをらうち畏まりて、みすをひき、て侍
ふが、いみじう美くしきを御覽するに、今はとひき離れてめのとに讓う取らせて忍び出でし
宵の事おぼしめし出づるに、今のこゝちせさせ給ひていとかなしければ、怪しとや思はむと
忍びてもて隱し給へど、御涙こぼれていと堪へがたきをおしのむひ隱して、「君の御母と聞
えけむ人は知り給へうや。大納言はいかゞのたまム」と問はせたまへば、やうやう物の心知
う給衾長、いか鬚う給ひにけむと穣つ蒙く、大綿冒口もめのとも明鼕口ひ出でゝ燮
六一六
----
六一盗
ひ泣き給ふめれど、ゆくへも知らぬ人の御事を見るめありさまはいと美くしう若くて、うち
泣きていと哀と覺してのたまふが、もしやこれやそれに物し給ふらむと思ひよるより、いみ
じくあぱれなど、これはさやうなる人の御有樣かは、ゆくへなく人におもひまがへられ給ふ
べき人にも物し虎まはすと、いとおよすげておぼしつゞけちれて、うちまめだちて物ものだ
まは汲を、いかにおぼすにかとあばれにて、つくづくとうちまもりて御袖を顏に押しあて
ゝ、いみじう泣かせ給へば、この君もうちうつぶして涙のこぼるゝ氣色なるがいと悲しけれ
ば、今少し近く居寄りて髪などかき撫でゝ、「君の御母は.さるべきゆかうある人なれば、御事
をいと忘れがたく戀ひ聞ゆめるを見るが心苦しければ、かく聞えつるぞよ。大納言などには
今は世になき人とぞ知り給へらむ。さこそありしかとまねび給ふなよ。唯御心一つにさる人.
は世にあるものとおぼして、さるべからむ折はこのわだうに常にものし給へ。忍びて見せ聞
えむ」と語らひ給へば、いと哀とおもひ虎るけしきにてうちうなづきて居允るがいみじうう
つくしう離れ難き心ちせさせ給へど、二の宮はしうおはして、「いき」とてひき立てゝおはし
ぬる。名殘も範かす悲しければ、はしになは涙をこぼしつゝ見総りてふし給へるに、十一に
やなり給ふらむ。髪はばぎのほどにゆらゆらとかゝうて、いとうつくしげにて、宮々にうち
畏まうたるなどいとあばれなれば、
「おなb巣にかへるとならばたつの子のなどて雲居のよそになりけむ」とて、いみじう泣
かせ給ふを、帝渡らせ給ひて、やをら物のはざまより御覽じけるに、この若君にむかひ居て.
----
かく泣く泣く語らひ給ふを怪しとおぼしめして、昔なくていつとなく御覽じけるに、かゝる
もとやもあり、さればよあるやうあらむと思ひつかし、この若君は、さはこの宮の御腹なり
けう、怪しく母なむ誰とも聞えで明暮涙の川に浮き沈みこれをかたはらさけすおはしたて
けると聞くはむべなりけり、ひとゝせいと久しくなやみ給うて、春宮へ減參らす、としなか
ばはかう立て籠りたりしもこのほどの事なめりとおぼすに、やがてこの君の年のほどおぼ
すに疑なく心得はてさせ給ふに、年もうなほ覺束なく誰とだに知らぬいぶせさを、さうげな
くておぼし渡りつるを、御覽じあらはしつるもいとうれしかりけり。おとゞの知めながら、
ゆるさすなりにけるもいかばかり淺はかなる人にかとなま心おとうしつるも、これはしも
みかどと聞ゆともせシせうか禿ほならむば何にかはせむ、人がらかたちあめさまをはじめ

く、右のおとゞわたうになどは、珍らしげなきやうならむなどを深く思ひ憚うて、許さすな
うるけるならむかし、いかに男も女も、か箆みに心のうち物思はしからむと、いとはしう推
し量られさせ給ふ。猶けしきもゆかしければ、今おはしますやうにて立ち出でさせ給へるに
も、おしのむひかくして起きあがり給へる御さ嚢日頃は何ともおぼしめし定めぎわけるを、
宮々とまbうて遊ぶめるきまのいとよくうちかよひたるも、今まで見定め3りける心をぞり
さもをかしう思しめさるべし。大將の朝臣源大納言など今はおいかんだちめになめはてゝ、…
----
六爾九
かたはら人なき心ちするにこのすゑすゑ多くなりて更に劣るまじきかたちありさまなめる
こそ、なかなか世の末にしもいふそく多かわぬべかめるかな。中にもこの君、大將の四の君
ばらの太郎などこそいまよケさま殊なめれ。大將の大若君、この君の母誰とも聞え諏こそあ
やしけれど、大將の蹟女院の御あたうのことにやと、世のひとさゝめくめりし。げに猶さな
るべしとしるき人ざまけばひけだかくなまめかしきさばかりにこそあらむかし。これこそ.
いかにも言ひ出づることなかめれ。「いぎや、人は知りたらめども、まうにまねぶ人のなきに
や」とうちぼゝゑませ給ふ御けしき、もしわがありつるけしきを、怪しと御覽じけるにやと、
心得らるゝぞ侘しかりける。「いさこれは知らす、大將の若君の事は、うたて女院の御だめ、
あぱあはしきやうなる事をのたまはするかな。異びとのもやはべらむ。この御事ばかりは、
まろ知らでは、いかでかさる事の侍らむ」とのたまへば「さればまろ知り給へる事とこそ、人
々いふなりしか。げにさまで允が差めも、かだはなるまじきほどの事なれば、いとよしや。さ
はこのことは知り給はぎなり。一つは知り給へうや。それこそ又知らまほしけれ」とお椴せ
らるゝに、聞えむ方なければ、御顏いと赤くなりて、うち背き給ひ顕る。美くしげさぞ沁ぐひ
なき。いみじき咎あやまうありとも、うち見む人ばかりだに何の咎も滔え失せぬべき御有様
を、まして年月重霎詫、同じ腹にのみ、み毳多義う行き給へば、御心はいかなるに2
----
めのとにぞ忍びて、「まうが親にやとおぼゆる人をこそ見奉りつれ。殿にな申しそ」とありつ
れば「申ずまじ」とていとあはれとおぼして、涙を】目うけてのたまふに、めのといとあさま
しくあはれに悲しくなりて「いかにいかにいつくに物せさせ給へるぞ。いかでさは知り給へ
る。御かたちありきまはいかゞおはしつる」と言へば、「御かたちありさ娑は、いと若く美く
しげにて、この母うへよりも今少しあいぎやうづき、けだかく物し給へる。さぞとのたまひ
知らする事はなかうつれど、唯母といふものは、世にぱありとばかりぱ思ひ出でよとて、い
みじう泣き給へる」とていとあばれにおぼしたる御けしきにて、猶いつくに物し給へるとは
のた雲ひ出で汲を、いとおぼつかなくて「殿のさばかり、ねてもさめても懸ひ悲しみ奉り給
ふに、さは世におはしましけうと、いみじく聞かせ奉らまほしきを、・いかなればさは忍び給
ぶにか。いかで君をば見給ひし」と言へば「殿にはかくとなきこえそとこそのたまひしか。今
又逢ひだらむに申して、殿にも申せとあらむ折こそ申さめ。只今はな聞えそ」とロがため給
ふも、をさなき人ともなくいとうつくしういわけなからす物し給ふと見奉る。まことや大將
殿ば、麗景殿のひとば、さすがにゆくてにおぼしすてゝ止み給はむも、こゝろくるしかるべ
き人ざまなれば、さうぬべき折々ぱ、忍び忍びにかだらひ給ふぼどに、いとうつくしき姫君
一人生れ給ひしを、四の君ばらの姫君だち放ちては女も物し給はねば、いと心苦しう覺して
殿へ迎へ聞えむと覺したるを、麗景殿の、女宮だになどかおはしまさいらむと、世と鵐に
歎き給ふに、この君のかく美くしうて生れ出で給へればいみじう悲しうゑ奉り給ひて、災放
六二〇
----
六一二
丁叟給は譲・大將臀いとよしとおぼして・女御の禦をもぎるぎ謹うしろみ
}聞え給へば、害の御藻、か輩b苦しげなめ・②に、立ち餮嵳.心慾、いと人わ耋碧
ぼく、ぱしだなき心ちせしもこよなく、さるかたに心苦しきものに、心寄せ仕うまつり給ふ
にぞ、河事ももてかくされ給ひける。年月もす.ぎかばうて、大殿御ぐしおろし給ひ、右のおと
い太政大臣になりたまひなどして、大將殿左大臣になり給ひて關白したまふ。宮の大納言、
内大臣にて大將をかけたまふ。若君たちも元服したまひて中將少將と皆聞ゆめゐ。みか吉は
おりさせ給ひぬれば、春宮位につかせたまふ。二の宮坊に居させたまふ。今關白殿の四の君
ばらの大姫君、女御に參り給ひて、藤壺にさぶらひたまふ。うちつゞきこの麗景殿にて生ひ
出で給ひし姫君、春宮の女御に換ゐう給ふ。さまざまおもふさまに、めでたく御心ゆくなか
にも、内のおとゞは、年月過ぎかぱち、世の中のあらたまるにつけても、おもひあ拭する方だ
になくて止みにし宇治の川浪は抽にかゝら諏時のまなく、三位中將のおよすげた娑ふまゝ
に、人よわことなる御さまかたちざえのほどなどを見給ふにつけては、いかばかりのこゝろ
にて、これをかく見す知らす、跡を絶ちて止みなむとおもひ拭なれけむとおもふに、うくもつらくもこひしくも、ひとかたならすかなしとや。

最終更新:2015年06月14日 23:49