無自覚イェイ
龍馬に吉原に連れてこられ、なんだかんだ言いくるめられて座敷まで上がってしまった仁だったが、これから最高の花魁を呼ぶのだと聞いたときには、さすがに席を立とうとしていた。
「冗談じゃありません、俺は帰ります」
「ちょ、待て待て先生、まあ座りやっちゅーに!」
「いや、俺は遠慮しときます。咲さんに夕食を頼んでいますし・・・!」
冗談じゃない吉原だなんて、そんないかにも場慣れしていそうな龍馬さんならともかく俺なんて場違いだし大体なにをどうすればいいのかも分からないし吉原から朝帰りなんてした暁には栄さんや咲さんにどんな顔して会えっていうんだ気まずいこと山の如しじゃねーか!!
そんな仁の内なる葛藤も知らず、袖をつかまれたまま座敷を出ようと暴れる仁にしびれを切らした龍馬は、
「ええい、いいから座っとれってちや、先生!」
と、仁を後ろから抱きかかえ、軽く足払いをかけて畳に押し倒し、身動きとれないように両腕をがっちりと畳に縫いとめた。
「・・・ってき(全く)、なにも取って喰われるわけがやないんやき、ちょびっとは腹ぁ括って大人しくしとらんかい」
急に大人しくなった仁を訝しんで見て、龍馬はまもなく硬直した。
近い。
仁の睫毛の一本一本さえもつぶさに見てとれるほど近くに、仁の顔がある。
近くで見てより際立つ仁の整った顔立ちに、龍馬は状況も忘れて舌を巻いた。
一般的な日本の男より彫りが深いので、鼻が高く、眼も大きい。密で長い睫毛に縁取られた瞳は黒く、部屋の灯りが写りこんで光っていた。
「龍馬さん・・・ちょっ、洒落になりませんよこれ、なにぼうっとしてるんですか、逃げませんから、どいて下さい」
「お、おう・・・すまんな先生、つい見とれてしもうて」
我に返って慌てて仁を離した龍馬を、仁は緩んだ着物の前を正しながら、不思議そうに見やった。
「見とれた?なににです?」
「そりゃあ、先生に決まっちょるじゃろう」
「・・・はあっ!?」
声を裏返して自分を見る仁に、龍馬は晴れやかに笑いかけた。
「いやぁ、以前から思ってはいたけんど、やっぱし先生はそこらの花魁にも引けを取らんばあ(取らないくらい)、きれーな顔をしちょるなあ!」
「い、意味が分かりませんから!!俺が、き、きれいって、なにを言ってるんですか!?いやそもそも俺だっていい歳した立派な男なんですから、そんなこと言われてもちっとも嬉しくないですよ!」
「そうかえ?わいは前からずうっと、先生はきれーだって思っとたがじゃけんどなあ」
なんのてらいもなく正直に、むしろどこがおかしいんだ、とでもいうような龍馬の言葉に、仁は計らずも顔に血が昇るのを抑えきれなかった。意味も分からず鼓動が速くなる。
「・・・先生どうしたがだ?顔が真っ赤になっちょるぜよ」
「・・・なんでもありません」
「そうか?わいが無理に連れて来たんがやっぱり悪かったがかえ、熱でもあるがやないのか」
そう言って、仁の額に手を伸ばそうとする龍馬からずざざっと離れて、仁はあたふたと両手を振った。
「い、いやっ、熱なんかじゃありません、大丈夫です!!」
「熱なんかじゃなかったら何なんじゃ」
「い、いや・・・」
まさか、あなたのその言葉のせいだとは、死んでも言えまい。・・・あれ?龍馬さんの言葉のせいなのか?それってどういう意味だ?照れてるってことなのか?・・いや待て、なんでだ。なんで男の俺がきれいだって言われて照れなきゃいけないんだ、おかしいだろ絶対。あれ?じゃあ、「龍馬さん」に言われたから照れたってことか?・・いやいやいやそれこそ変だろ、おかしいだろ!なんだこれ、どういうことなんだ一体!?・・俺はどうしちまったんだ!!?
頭を抱えて悶え始めた仁を見て、またいつもの頭痛なんだろうかと思いながら、龍馬は心配そうに呟いた。
「・・・先生、やっぱり熱があるがやき違おらんぜよ」
終わり
最終更新:2011年05月15日 18:25