身長差
「先生は、背ぇが高いのぅ・・・」
往診に行く途中に出会った龍馬、そのまま帰りまで付き合ってもらい、日の暮れかける道で、傍らの仁を見上げて、ぽつりと言った。
「背?」
「ああ。わいも、これでも自分が人より低いと思ったことはあまりないぜよ、そのわいより余裕で高いじゃき」
「あー・・・まあ、そう言われれば、そうですね・・・」
江戸に慣れてもうだいぶ経つ最近では、もうあまり意識することはなくなったのだが、確かに、身長170センチそこそこの仁は、江戸の人々に比べると頭二つほど高い。
思い出してみれば、あの恭太郎や勝麟太郎も、仁より背が低かった。
「先生はまるでおなごみたいに優しい顔しちょるし、体だってほっそいのに、一体どうしたらそがな身長になれんのじゃ」
ぼやく龍馬は、どことなく悔しそうである。
「そうですよね・・・俺、でかいですよね・・・」
未来ではこれが平均なのだと言えない分、どう言ったらいいものか。
「自覚しておらんかったがか!?まさかそがなことはないじゃろう」
「え、ええ!もちろん、気づいてなかったってわけじゃないんですけど、まあ、なんというか、その・・・」
言葉を探して言いよどむ。
「その・・・龍馬さんたちが、背は俺より低くても、俺より筋肉がついててがっしりしているので、今まであまり身長差があるように感じていなかったんですよ」
「そういうもんかいのぅ・・・」
「ええ。それに、武士の方とか、特に龍馬さんなんかはそうなんですけど、いつも堂々としているので、それだけで人間って大きく見えるんですよ」
嘘ではない。
龍馬のその、意思の強さがみなぎるような歩き方や、堂々とした立ち居振る舞いや、行動力などが、身長差以前に、龍馬という人間そのものを大きく見せているのだと思った。
(オーラとか、器の大きさとか、そういうものなんだろうな・・・)
そんな度量のない自分などは、実質上の身長差など、あってないようなものである。
「まるで、先生自身は堂々としちょらんような言い方じゃのぅ」
「・・・まあ、俺のことはいいんですよ」
もともとこの世界の住人でもない人間が、堂々と生きていけるはずがない。精神的なことだけではなく、そろそろ仁も、己の出生について記憶がない一辺倒で突き通すのに、無理を感じてきていた。
(いつまでも身元不明じゃ、さすがに障りが出るしなぁ・・・あらぬ疑いをかける人だって、当然出てくるはずなんだし・・・)
だが仁には、その不利な肩書きを補ってなお余るような実績と実力があるのだ。
「・・・ま、そういうことです」
あいまいに微笑んでごまかす。
「・・・そうじゃ、先生!手は、わいの方が大きいぜよ!」
なにやら思い悩んだ風情で黙っていた龍馬が、急にぱっと顔を輝かせて、仁を見上げた。
「は?」
「手!手じゃ!これならわいの方がちいとばかり先生より大きいぜよ!」
言われてみれば確かにそうだ。指が細くて長い仁の手に比べて、龍馬のそれはがっちりと節がたっていて浅黒く、指も太かった。
龍馬に片手を取られて、重ね合わせられる。自分の手の向こう側に、はっきりとはみ出す龍馬の手が見えた。
「ほんとうですね・・・どうして今まで気づかなかったんだろう・・・」
手を合わせたまま呟く仁を見て、龍馬は何が嬉しいのか、にこにこと笑っている。
「まっこと、わいと先生との違いをよぉく表しちょるき」
「違い?」
聞き返すと、龍馬は手を日にかざすように上に持ち上げて眺めた。
「おお・・・先生の手は、指が長くて繊細で、いかにも器用そうじゃ。かと言ってなよなよしいわけじゃあらんくて、すらーっと伸びちょるところがまさしく天下の名医の手じゃ」
「なに言ってるんですか・・・普通の手ですよ。大げさですね、龍馬さん」
まるで、世界一美しい姫の手を褒めるように言うので、妙にくすぐったくて、仁はただ笑った。
「ちゃちゃ!先生、わいは本気で言っとるんぜよ!」
むっとしたように龍馬は手を放す。
「じゃあ、龍馬さんの手は、ほんとに龍馬さんらしくて素敵です。男らしくて、がっしりしてて大きくて、優しくて包容力のある龍馬さんにぴったりです」
「な・・・なんや先生、そこまで言われると、なんか照れるぜよ」
「そういうもんですよ。さっきまでの俺のいたたまれない気持ちを、龍馬さんも味わってみればいいんです」
二人で腹の底から笑い転げて、再び訪れる静寂を味わいながら、夕日を見上げた。
沈黙が気まずくない龍馬との今の関係が、仁はひどく好きだった。
「・・・じゃ、先生、また今度」
林を出て分かれ道にさしかかり、龍馬は立ち止まって別れを告げた。
「はい。また今度」
仁も微笑んで手を振る。
遠ざかる背中をしばらく見送ってから、ゆっくりと歩き始めた。
終わり
最終更新:2011年05月15日 19:11