IT STARTED QUIETLY

 -1- side:Sawaya


   君のこと わかったような気になってた

   そのくせ いざとなったら

   何も 何も わからないことに気づいた

   ねえ

   僕は 遅すぎたのかな

   君のこと 知っていこうとするには もう手遅れすぎたんだろうか



「・・・ふうん、これが、あんたの好きなグループ?」

「そ、そうよ。いい歌でしょ」


 オレは、空色のシリコンカバーに覆われたi-podから伸びている黄緑色のイヤホンコードを指でもてあそびながら、ちろりと傍らの少女に目をやった。
 少女は、自分の机に腰掛けたオレを、一心に見上げている。自分の好きなグループの歌をオレが聴いて、気に入ってくれるのかどうか気になっているのだろう。
 大きな目は、期待と不安できらきらしていた。


「・・・悪くないじゃん」


 オレは、イヤホンを耳から外しながらそう告げた。とたん、少女の顔はぱっと輝いたあと、目に見えて曇った。


「悪くない、かぁ・・・それって、流月さん的には褒めてるの?けなしてるの?」

「もちろん、褒めてるさ。じゃなかったら『悪くない』なんて言い方はしないよ。『気に入らない』って言う」

「そっか・・・」

「釈然としてないようだな。そうだろ?」


 まあね、と呟いて、それっきり少女はうつむいて黙り込んだ。どうやらオレの言った感想は、彼女のお気に召すものじゃなかったようだ。

 悪くない、というのは嘘ではない。もともとお世辞なんて言う柄ではないし、素直に、この曲の哀切なメロディはいいと思えた。
 ただ・・・


「・・・あけすけすぎる」

「えっ?」


 オレの呟きに、彼女はぱっと顔を上げた。
 案外と耳がいいな。聞こえない程度の音量だったはずなんだが。


「『あけすけ』すぎる、って・・・どういう意味?」

「・・・そのまんまの意味に決まってんだろアホ」

「ちょっと!どういうことよそれ!」

「アホの意味すらご説明しなければいけないんですかね、富士間さん」


 都合よく話をそらされたことに気づかず、少女-富士間つばさ-はぎゃあぎゃあとわめき続けている。つくづく単純な奴だ。

 この歌は・・・

 よくも悪くも、あけすけ-「正直」すぎるのだ。


(知らなかったのに、知ってた気になっていた、か・・・)


 もちろん、「手遅れ」さ、そんなもの。

 知らなかったら、知っているふりをする。
 知っていたら、知らないふりをする。

 そうやって、全ての人間は生きているというのに。


(『手遅れ』なんてもんじゃなくて、なんていうんだろうな、こういうの・・・)


 ああ、そうだ。


(『なす術がない』・・・なんだろうな)


 オレは、まだ横でなにか言っている少女を、横目で見て、すぐにそらした。

 この少女は、まだ知らない。

 純粋なるがゆえに愚かで、愚かなるがゆえに純粋な、この少女は・・・

 まだ、知らなくていい。


 どこかで、錆びた歯車が、ちりりときしんだ。




最終更新:2012年01月21日 05:20