-2- side: Tsubasa
高校に入学して、二週間あまり。
授業は思ったより堅苦しくなく、ユーモアにあふれた先生たちの講義は、いつも斬新で興味深かった。
クラスメイトたちも、明るくて面白い人たちばかりだ。なにせここは名門なのだから、勉強命!みたいなガリ勉タイプばかりなのかと思っていたが、意外とその反対だったりする。どうやら、本当に頭がいい人というものは、頭だけじゃなく要領もいいようだ。勉強、遊び、部活、友達・・・それらを全て、いかに無駄なく軽やかに両立できるかなのだ。
その最高の見本ともいえる人が、いま、自分の目の前にいる。
流月 爽。
おそらく、全学年あわせてもダントツに個性の強い人間だ。
長い髪に真っ赤なメッシュを入れ、指定のスカートも穿かずにスラックス姿で悠々と歩き回る長身は、とても華盛りの女子高生には見えない。かといって、男に見えるかと聞かれても、答えはノーだ。華奢な肩のラインや、時折見せる微笑が、はっとするほど彼女を女に見せる。
しかし、そんな尋常でない個性を持つ彼女は、決して孤立したりはしない。
クラスや学年の垣根を越える広い交友関係。よく笑い、ふざけ、ユーモアのセンスと話術に長けた彼女のまわりには常に人がいる。人見知りで、あがり性で、口下手のあたしとは大違いだ。
彼女は、頭もいい。ずば抜けている、と言っても差し支えない。しかし、とてもじゃないが真面目とは言いがたい。
嫌いな授業は、その先生にさえはっきりと「この教科嫌いなんですよね」と笑顔で言い放って先生を苦笑させるし、気の乗らないときは遠慮なく寝ている。寝ていない授業でも、黙って板書をしているわけでもなく、先生に茶々を入れては軽口を叩いている。先生方もそんな彼女を面白がって、ある程度の暴挙(?)は黙認しているようだ。
そんな破天荒な彼女に、最初こそ驚き戸惑うだろうが、クラスメイトもやがては彼女に惹きつけられる。
「・・・ねえ、流月さんってさ」
「ん?」
目の前で、わたしの机に腰掛け、音楽を聴いている彼女に声をかける。
「部活、もう決めた?」
「・・・おう、決めた。迷ってたんだけどね。お前は?」
「あたしは、どうしようかなぁって、まだ迷ってて。なんかね、いろいろあって選べないんだよね」
「へえ・・・ガキみてーだな」
「なによ、どおゆう意味」
「ファミレスとかで、よくあるじゃんこういうの。たくさんあるメニューに目移りしちゃって、あれもこれも食べたいって結局決めらんなくて、ぐずっちゃうガキ」
「いつの話よ!っつーか、ガキと一緒にすんな!」
「一緒だろう」
またこのパターンか。
拳を震わせるあたしを横目でふふんと笑い、彼女は何事もなかったかのように視線をi-podに戻した。
「・・・ちょっと!言うだけ言って無視しないでよ!」
「あーはいはい、わかったよ、しょうがねぇなもう!なにが不満だ!!」
「え、なにが不満かってあんたの対応だよ、っていうかナニ、なんで最終的にあたしが悪いことしたような感じになってんの!?」
「はいはい、悪かったよ・・・ところで、お前さ」
「え?」
「三平方の定理、覚えてるよな?」
「え、ああ、はぁ、まあ・・・受験でさんざん使ったからね。で、それが、なに?」
いきなりなに言い出すんだ、この人。
「いやぁ・・・アレってさ、すげぇよな」
「うん、まあね。便利だよね」
「うん」
「・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・・・あのさ」
「うん?」
「うん?、じゃねえよ!あんた、今のであたしがごまかせるとでも思ってたの!?」
「あれ・・・?おっかしいな、ごまかせるはずだったのに」
「ふざけんなー!!」
小首をかしげてんじゃねーよ、可愛くないぞ。あたしは騙されないからね。
「まぁそう怒るなって・・・はい、これ」
「ん?あ、チョコ?ありがとう・・・ってごまかすなー!!」
うっかりほだされかけたじゃねーか。
「ああもう、大声出すなようるせぇな。・・・で?結局、部活どうすんだよ。入部届けの締め切り、あさってだぞ」
「わぁってるよ、もう・・・決めらんないんだもん、しょぉがないじゃん」
「つくづくそこらへんがガキなんだよなー、お前」
「だから、ガキじゃないっつってんでしょ!!一緒にすんなっての!!」
「一緒だよ」
取捨選択できないようじゃ、いつまでたってもガキ、だ。
呟いて、彼女はi-podの電源を切った。
「取捨選択・・・」
「・・・そう。あれもこれも、なんて出来るわけがない。いらないものは捨てる、欲しいものでも諦める」
「むう・・・そりゃ、そうだけど」
「そうしなきゃ、駄目だ。あれもこれも捨てらんなくて、全部背負い込んでたら、つぶれてしまう。・・・いつか、かならず」
胸が、つまった。
なぜだか、彼女のその言葉に答える言葉が、見つからなかった。
頭の中をどんなに探しても、見つけられなかった。
「・・・流月さん?なんの話してるの、部活のことでしょ?・・・心配しなくても、兼部は三つまでしかできないから、大丈夫だよ」
出てきたのは、そんな、ごまかしに満ちた言葉だった。
彼女があたしをけなすときに言う冗談のそれよりも、はるかに、ちゃちで陳腐で子供だましの、下手な、ごまかしだった。
彼女は、当たり前のように見抜いていただろう。あたしの、苦し紛れの言葉など。
だけど、あたしは、見抜けなかった。何一つ。
そのとき彼女があたしに向けた、いつもの傲慢な笑みからは想像もつかないような、やわらかい笑顔の意味も。
ふせられた、彼女の睫毛の向こうの瞳のいろも。
ふたたびi-podに電源を入れて、イヤホンを耳にねじこんだ指の、先の震えも。
真っ青な真昼の青空に、つかのま現れて消えた、雷の存在も。
なにひとつ。
最終更新:2012年01月21日 05:22