これが最期の贈り物
どうか、僕の嘘を信じてください。
大好きだった。
本当に。
大好きだったんだ。
――だから。
大好きだった姉を奪った子供が、憎かった。
姉は、腹の子に守鶴を宿され――その子を産んで、死んだ。
そんな経緯で生まれた、姉の命を犠牲として生まれた子を、何故僕が愛せるだろう?
「 ねぇ、夜叉丸 」
子供は、無邪気に僕を信じた。
名は、我愛羅。 姉さんがつけた、忌み名だ。 姉さんが、苦しんで苦しんで、恐怖して恐怖して――その結果、生まれた子。
守鶴を宿され、オートで護身をする砂を持つ子供に、里は冷たかった。
風影も、彼の兄と姉さえも。
それもそうだ。
ダッテ、コレハ化ケ物ナンダカラ。
幼児期からの睡眠不足。
眠るのが怖い。 あいつが来る、僕を乗っ取ろうとする……!
そう言って怯える子供に、手を差し伸べて、 「 大丈夫ですよ 」 と言う。
内心の吐き気をこらえた好意の結果は、すぐに出た。
子供は、無邪気に僕を信じた。
本当に、何の疑いもなく。
僕にだけ笑顔を見せる。 僕の前でだけ、無防備になる。
今なら殺せる、と思ったこともある。 無意識にクナイを握りかけたことも。 けれど、すぐにはっとして、手を放す。
そんなに簡単に殺せるはずがない。 彼にその意志はなくても、忌々しい砂の壁が彼にはある。
化ケ物メ……。
しかし――思いとは、変わるものだ。
滑稽なほどに。
だって、信じられる? あれだけ憎んでいたのに。 殺す機会だけを求めて近づいたというのに!
イツノ間ニカ、本気デ庇護シテイタナンテ。
気づいた時には、自嘲した。
ああ、僕は弱かった。 殺すべき相手の、その孤独に、苦悩に、恐怖に気づいてまで、冷酷でいられなかった。
「 我愛羅さま 」
そう呼びかけた瞬間の笑顔を、知っている。
――知ってしまった。
この子供が、どれだけ愛情に飢えているか。
与えられるべきものを得られなかった子供は、与えられるのが当然という事実すら、知らない。
「 ねぇ、夜叉丸。 ……痛いって何? 」
痛みすら知らない。 痛みの定義すらわからない。 ――それは、決して幸福の結果ではない。
説明に困って、なんだか変なことを言った気がする。
そうすると、胸に手を当てて、 「 化け物 」 は言った。
「 胸が、すごく痛いんだ 」
痛インダ……?
痛い? 胸が?
化け物のくせに……?
眼からウロコ、なんてものじゃない。 本当に、見ていた世界の、その狭さに気づかされた。
思わず、慰めていた。 ……本心から。
心の痛みをなくせるのは、愛情だけで。
心を癒せるのは、愛情だけで。
本来なら、簡単に得られるもの。 与えられるもの。
けれど――
簡単だからこそ、与えられなければ、飢え死にしてしまう。
その恐怖に、怯えて。 必死になって手を伸ばして。 振り払われて。 気づいてもらえなくて。
それで、彼は自分の手を取った――殺そうと画策している、この手を。
一度つかんで、後は必死にしがみついて。
それはまるで、人間の子供のよう――
……当たり前じゃないか。
彼は、 「 人間 」 の 「 子供 」 だ。
守鶴の器でなくて。 ただの、人間の子として考えたら、どうだろう。
本来なら、ごく普通に、風影の次男として生まれていたはずで。
守鶴を宿されたから、何者からも忌まれて。
彼が、愛情に飢えるのは当然で。
けれど、心の痛みに、死を選ぶ権利さえない。
「 どれだけのものを……背負わせた……? 」
孤独。 寂寥。 侮蔑。 憎悪。 嫌悪。 殺意。
それだけを、与えた。
「 っはは……っ! 」
背負わせたのは、誰?
初めて彼に憎悪を向けたのは、他の誰でもなく、姉だろう。 自分の命を奪う存在に対して、それは当然の権利だったのかもしれない。
けれど。
自分たちは……?
自分たちが彼を蔑視するのは、彼が守鶴だから……なら。
誰が、彼に守鶴を宿した。
風影が。 里が。 宿したんじゃないか。
自分たちに、彼を蔑視する権利なんてない。
彼にこそ、自分たちを憎悪する権利があるんだ。
正当な――復讐の、権利だ。
一瞬、耳を疑った。
『 我愛羅を殺せ 』
今、そう言ったのか……?
確かに、そう言った。
そう理解した瞬間、気づく。
ああ、風影は――里は、我愛羅を 「 危険 」 とみなしたんだ。 危険なものは、排除する。 それが正しいのだろう。
しかし。
我愛羅が 「 危険 」 とみなされた理由を、誰が作った?
里が、彼を 「 危険 」 とする理由を作った。 里が、彼に勝手に背負わせ、蔑視し、嫌悪し、――結果、抹殺を選んだ?
我愛羅は、里の実験台。 ――冗談じゃない。
何故、彼が死ななくてはならない?
「 ――拝命いたします 」
そう言って、風影の執務室を後にした。
もう――生きてここに来ることは、ない。
あの子は、本来なら自分に及ばない。
しかし、砂がそれを覆す。
絶対防御の砂の壁。 意のままに動く、大量の砂――それは、巨大な質量をもって、何者をも押しつぶす。
けれど。
あの子の精神は、ひどく脆い。
そこをつけば、彼は死ぬ――。 精神を操作すれば、た易いことだろう。
外部のいかなる攻撃を防ごうとも――たとえば、食を断たせたならどうだろう? 砂は彼の栄養にはならない。 彼は衰弱死するだろう。
今の彼なら、誰の手でも取る。 疑いもなく。
ただ、声をかけて、微笑んで、抱きしめて、安心させれば。
誰の手だって、取る――自分の手を取ったように。
させるものか。
させないためには、彼に手を取らせてはいけない。 誰の手も。
――そのために。
僕は、あなたを傷つけます。
「 じゃぁ、夜叉丸は……命令されて、仕方なく…… 」
「 違います 」
そう、違います。
これは、あなたを守るため。 誰も信じさせないため。
辛くても、苦しくても、生きていて欲しい。 僕のわがままです。
傷つけるとわかっている。 けれど、僕には、あなたを守り通す力がありません。
この里から抜けて、あなたを守って、追手を追い払う。 それほどの力が、ありません。
だから。
「 最期です……死んでください 」
弱いあなたは死んでください。
誰も信じない、孤独で歪んだ強いあなたがいればいい。
生きていればいい。
それが残酷なことだと、わかっている。
あなたは、きっとこんなこと望んでいない。 むしろ、傷だらけで、死を選びたいのかもしれない。
けれど。
僕は、それを許せないんです。
風影よ、これからも刺客を送り込めばいい――彼は、死なない。
絶対に死なない。 死ねない。
僕の命をかけた、彼の心を守る歪んだ盾を、盾を繋ぐ呪いの鎖を、解かなくては。 そうでなければ、彼は死なない。
死ねないんだ。
歪んだ盾。 呪いの鎖。 それを無効化できるのは、彼に愛情を向ける者だけ。
彼が愛情を向ける者だけ。
その人物を、あなたは用意できるか?
我愛羅さま。
僕には、あなたが理解しきれなかった。 守りきれなかった。
けれど、あなたを理解してくれる人がいるかもしれない。 守れる人がいるかもしれない。
その人に会って下さい。 それで、それからの人生を、己で決めてください。
忌まれてでも、生きて。
殺してでも、生きて。
苦しくても、生きて。
――死にたくても、生きて。
そうさせることが、僕の望みです。
これは、復讐なのかもしれない。 歪んだ復讐。
けれど、生きてください。 生きて、見つけてください。
それだけのために、生きてください。
――これが、あなたへの最期の贈り物。
後書き
かなり遅れた、2万ヒット記念フリー小説です。
夜叉丸の我愛羅への気持ち……というか、言動の陰に隠された思い、かな。かなりオリジナル入ってますが。
二人の言葉とかが変でしょうが……お気にせず。うろ覚えなので……。
えーっと……欲しい方はお持ち帰り自由です。
最終更新:2011年11月11日 19:47