THE STRANGER
-1- side: Sawaya
君の手をつかんだ それは気のせいだった
かじかんだままの僕の手には もう
なにもなくて
「・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
向かい合って、たっぷり5分。
たかが5分。されど、5分だ。
「・・・・・・」
目の前で黙りこくっている相手は、相変わらずうんともすんとも言わない。
いや、うんとかすんとか言われても困るけれども。
・・・いや、そんなことはいま心底どうでもいい!!
「・・・おい」
「・・・っ!」
しびれを切らせたオレが先に口火を切ると、オレを呼びつけておいて話もせずにたっぷり5分はもじもじしていた相手が、びくりっと肩を震わせた。
・・・なんだよ。
なんなんだよ、この状況は。
まるでオレが苛めてるようじゃねーか・・・!!
・・・うんざりだ。
こんな場面、誰かにうっかり見られでもしてみろ。清廉潔白なオレが放課後の学校の廊下で、気弱なクラスメイトの女子を苛め、もしくは脅し、もしくはカツアゲしてました、な話になるだろうが!!
冗談じゃない。
「・・・話がないなら帰るぞ」
「待って・・・!待ってください!」
一息ついて、帰ろうときびすを返した背中に、必死で追いすがるような声がかかった。
頼むよ、ほんとに。オレ、そういう感じの声、苦手なんだよなぁ・・・。
明らかに見捨てて置けないって感じの。見捨てたら問答無用で極悪人扱いされちゃいそうな感じの、なんかそーいう。
守ってもらって当然って表情も、今ならお得についてきます、ってか。
ほんっと、うんざりだ。
なにがうんざりって、ここですっぱり無視できずに結局構っちゃうオレ自身だよ、まったく!!
「・・・なんだよ。用があるから呼んだんだろう。なのにそっちはいつまで経っても言わないじゃないか」
「だ・・・だって・・・、・・・でも・・・」
ああああああああああああもう!!
キレそうになるのをすんでで抑える。落ち着けオレ。相手はか弱い女の子だ。オレも女の子だけど。
母さんと父さんから培ったフェミニスト精神が、こんなところでも役に立つ。びっくりだ。人生何があるかわかったもんじゃないね。ホント。
ああ、もう、ホント。帰りたい。
「あの・・・!ホントは、ホントはこんなこと、ずっと言うつもりなかったんだけど・・・!でもっ・・・やっぱり、知っておいてほしいって思っちゃって・・・!」
ああなるほど。
今のでオレは、完全に理解した。
「つまり、君は・・・オレと『つき合いたい』・・・ってことなんだろう?」
「っ・・・・!!」
しれっとオレが言った言葉に、彼女はわかりやすくボンッ!と真っ赤に顔を染め上げた。
なにを照れているのやら。どうせ自分で言うつもりだったことを、先回りしてオレが言ってあげたんじゃないか。
「そっ・・・そそそそそんなっ!つ、つき合うだなんてっ!あああああたしは」
「・・・違うのか?」
「いっ・・・いえ・・・ち、違わない、です、けど・・・」
「どっちだよ」
はっきりしなさいよまったく。
オレはかしかしと頭をかいて、目の前で首まで真っ赤になっておろおろしているか弱い生き物を見つめた。
片手で掴めそうなくらい小さな頭。その両脇でゆるく結った、茶色くうねる柔らかそうな髪。折れそうに細い首。つづく白い鎖骨。まるくふくらんだ胸に、細いのにどこか誘うような腰のライン。ショートのデニムから伸びる、ふっくらと白い太もも。
体中のどこをとっても、おんな、だ。
顔を真っ赤に火照らせて、うなじを見せつけるかのように俯いて、時おり請うような眼で見上げて、これ見よがしに両手の指を絡ませて。
全身で、オレを求めている。
同じおんなの、オレを。
「・・・--っ!!」
猛烈な吐き気に襲われた。
「あ、あの・・・流月さん・・・?」
「・・・悪いけど・・・なにか、勘違いしてない? 二年間同じ学年だった人に向かってこんなこと言うのってかなりマヌケだけど、・・・『オレ、女だよ』?」
吐き気をこらえて、無理に笑顔を貼り付けて言う。
やばい、無理。まじで吐きそう。もう一歩も動けない。
こめかみを冷や汗が一筋つたったのを感じた。たぶん、今のオレの顔はみっともなく蒼白になっていることだろう。ああ、いやだ。
しかし、彼女は自分のことでいっぱいいっぱいなのか、それとも廊下の窓から差し込む西日の逆光のせいか、彼女はオレの様子に気づく素振りはなかった。
「知ってます・・・流月さんが女子だってことくらい・・・好きになっちゃ、いけないってことくらい・・・」
目に涙をいっぱいにためて、言い募る。
けなげだねぇ。うんうん。そのおっきな目をそんな限界までうるうるさせて、長い睫毛に涙の粒をくっつけてぱちぱちさせれば、墜ちない男なんていないだろうねぇ。賢い子だ。
だけどあいにくオレは女だ。非常に残念ながらね。だからその涙でいっぱいのかわいい瞳だって、オレには水分の表面張力の限界を試す実験にしか見えないよ。・・・おっとこぼれたぞ。実験は失敗だな、うん。
「いや、もうちょい考えてみ?君みたいにかわいい子だったら、ぶっちゃけ彼氏なんてよりどりみどりの選び放題だろ。オレみたいな同じ女を好きになるとか、ありえないでしょ、普通」
「・・・」
「なんかこういうの自分で言うのもなんだけど、別の感情を恋愛感情だと錯覚してんじゃねえの? ホラ、なんか、あるじゃん。ちょっといきすぎた友情とか、憧れとか」
ちょっと言い過ぎたかな。さすがに憧れとか自分で言っちゃったのは痛いか。
でも、ここは重要だ。いくら念を押しても押しすぎることはない。なぜなら、こうやってオレに告白をしてくる女の子の大半はそうだからだ。
だからオレは、せめて彼女らの傷が浅くて済むように、こうやって今の時点から確認をさせる。
たとえ彼女らが、かならず同じ答えを返すのだと、わかっていても。
「それは、違います・・・!友情とか、憧れなんかじゃない・・・あたしはほんとに、流月さんを恋愛感情で好きなの・・・!!」
やっぱり、ね。
そうやって、いつも彼女らは必死な顔で言うんだ。
自分の気持ちはまぎれもない本物だって信じて。自分の眼は一点の曇りもないんだと疑いもせずに。
そして、つき合い始めたら、必ず判を押したようにみんな同じことを口にする。
『ごめん、やっぱり無理みたい』・・・って。
傷つけたくない、悲しませたくない、っていちいち心を砕いてるオレが、馬鹿みたいじゃないか。オレが最初に、勘違いかもしれないからよく考えてみろ、って言ったときは、聞く耳も持たなかったくせに。
オレはなんなの?
なんかそんな気がしたから、ためしにつき合ってみたけど、やっぱり違ったわ。・・・なんて。
君たちはそれでいいかもしれないけどさ。
そんな君たちの目が覚めるまで、気を配り続けた、オレは・・・?
「・・・わかったよ。つき合うよ」
「!!・・・・ほ、ほんとに・・・?」
あふれる涙。さぁ、その嬉し泣きは、今度はいつまで続くかな・・・
かわいそうに。
オレなんかに、だまされて。好きになったように、錯覚して。
一週間もすれば、違和感を覚え始めるだろう。どんなに好きなような気になっても、やっぱり男と女じゃ勝手がちがう。こんなんじゃない、と思い始める。
・・・かわいそうに。
一回経験すれば、もうさすがにこの先、こういう勘違いはしなくなるだろう。
オレが数日、あるいは数週間つき合うことで、彼女らが分かってくれるんなら、安いもんだ。
半ば諦めたような気持ちで、ほんの社会貢献のようなかんじで続けていたこの恋愛ボランティアが、このあと予想もしなかった形でオレに仇を返すなんて、本当に、このときのオレは知らなかった。知ってたら、思いっきりそのときの自分の顔をグーで振りかぶって殴っているところだ。マゾの気はないけど。
ほんと、人生なにがあるかわかったもんじゃない。
唐突でごめんなさい・・・。時間軸は、中3のときです。
最終更新:2012年02月24日 13:52