〇〇(よいしょっと。ボールケースは――)
〇〇「あっ!」
???「わぁっ!」
???「すみません!大丈夫ですか?」
〇〇「いたた……」
???「僕はなんてことを!」
〇〇「もう!みんな、ボール拾うの手伝って。」
???「…………」
〇〇「君も。座ってないで、はい、手。」
???「え? あっ、はい!僕、大丈夫です。一人で立てますから!」
???「僕、中等部3年の春日太陽です。見学させてもらってます。」
野球部部長「コラァ!見学者はベンチ前に整列だ。」
〇〇「わたしは〇〇〇〇。よろしくね?」
春日「ハイっ!よろしくお願いします。〇〇先輩。」
春日「はぁ……すてきな人だなぁ。」
〇〇「え? 何?」
春日「あっ、なんでも、ありませーん。」
〇〇(ベンチ裏に人が……ん? 子供みたい)
〇〇(金トンボがピカピカ!新品みたい……誰かが磨いてくれた?)
〇〇(ベンチにドリンクタンクが運んである……あれ?誰か飲んだみたい)
〇〇(ん?練習用のボールが、試合球みたいにキレイになってる……)
〇〇(あれ?ネットが補修されてる。……低いとこだけ)
〇〇(よしっ。やっと全部終わった)
〇〇「!! ……誰かいるの?」
大迫「誰だぁ、まだ残ってるのは?早く帰れよー!」
〇〇「わぁ!大迫先生!!もう、驚かさないでください。」
???「わぁ!す、すみませーん!」
〇〇「え!?だ、誰?」
大迫「お〜い、早く帰れよ〜!」
〇〇「先生!今、誰かいました!!」
大迫「何言ってるんだ、おまえが最後だ。急げよー!」
〇〇(気のせいじゃないよね……ん? 野球帽が落ちてる。これ、中等部の……?)
〇〇(今年も、沢山の1年生が、入部してくれたな……みんな頑張ってね)
野球部部長「じゃあ、1年を代表して……おまえ、あいさつしろ!」
???「へ!! ぼ、僕ですか?……えーと、あのー。」
野球部部長「コラ!腹から声を出せ!!」
???「ハ、ハイッ!1年、春日太陽です。よろしくお願いしまーす!」
1年生部員全員「お願いします!」
︙
野球部部長「よし! 5分休憩だ。」
〇〇「スポーツドリンクがあるから、水分補給してね。」
春日「〇〇先輩、あの……お、お久しぶりです!僕のこと覚えてますか?」
〇〇「もちろん覚えてるよ。でも久しぶりじゃないよね?」
春日「えっ!ば、バレてましたか?」
〇〇「はい、これ君の帽子でしょ?」
春日「あっ、これは!あの時落とした……先輩が預かっててくれてたんですか!!」
〇〇「うん。」
春日「ありがとうございます!宝物にします!!」
〇〇「そんな、大げさだよ。」
春日「はぁー……なんて優しい人なんだろう。」
春日「あっ、なんでも、ありませーん。」
〇〇(え…? どうしたのかな?)
〇〇(あとは、スコアブックの整理やっちゃおう)
春日「失礼しまーす。先輩、お手伝いしまーす。」
〇〇「あっ、太陽君。練習は?」
春日「休憩中だから大丈夫です。だから、あの、ちょっとしか手伝えませんけど……」
〇〇「ダメだよ。ちゃんと体を休めなきゃ。水分補給も大事だし。」
春日「すみません。でも、先輩は休憩もなく頑張ってるのに?」
〇〇「太陽君は、優しいね。でもね、これは、マネージャーの仕事なんだよ。」
春日「優しい?僕がですか〜」
〇〇「これはマネージャーの仕事!選手には選手の仕事があるでしょ?」
春日「はい!!選手の仕事か……僕、頑張ります!!」
野球部部長「1年集合だっ!」
〇〇「ほら、休憩終わっちゃったよ。」
春日「大丈夫です!!先輩のおかげでパワー満タンですから!!」
〇〇「補修するボールは、ここにまとめておこう。」
後輩マネージャー「はーい。」
春日「〇〇先輩、ボールの補修は、僕に任せてください!!」
〇〇「これは、マネージャーの仕事だよ。」
春日「僕、裁縫は得意ですから!」
野球部部長「おい太陽、裁縫じゃなくて、野球も得意になってくれ!」
春日「そんなぁー。」
〇〇「大丈夫、太陽君はきっと良い選手になるよ、ね?」
春日「ハイ!!僕、がんばりまーす!!」
〇〇「キャプテンの言うとおり!太陽君は、練習を頑張らなきゃ!」
春日「でも、練習メニューは、ちゃんと、終わらせたんです……」
野球部部長「そうか、じゃあ、お前には、追加筋トレをプレゼントだ!頑張れよ。」
春日「えー。」
〇〇(みんな楽しそう!太陽君は、いつもみんなを笑顔にしちゃうんだよね)
〇〇(恒例の練習試合……)
〇〇(今回は1年生同士の対戦だ。応援、がんばろう!)
主審「ゲームセット!」
両校部員たち「ありがとうございましたー。」
〇〇(初めての1年生だけの練習試合は完封負けか……)
春日「みんなごめん!初めての1年生の試合なのにミスばかりして。」
1年生部員A「みんなも打てなかったし、負けたのは全員の責任だろ!切り替えていこう!」
野球部部長「1年はしっかり練習して次に備えろよ!」
1年生部員全員「ハイ!」
〇〇「じゃあ、午後の練習の準備だね。」
春日「荷物は僕が運びます!グラウンド整備、お願いします。」
〇〇「ひとりじゃ、大変だよ……」
春日「これくらい平気です!任せてください!」
〇〇「……」
︙
〇〇(太陽君、あんなに荷物もって、大丈夫かな)
1年生部員A「あ、悪い!太陽、もう一つ頼む!それっ!」
春日「え!?な、投げるな〜!あ、ああああー!」
1年生部員A「あっ、ワリィ!太陽、大丈夫か?」
春日「ハハ……大丈夫、大丈夫!任せといてよ。」
〇〇「大丈夫!? 太陽君。」
春日「このくらい大丈夫ですって!ハハハ。」
〇〇(大丈夫そうには見えないよ……)
〇〇(せっかくの練習試合なのに、太陽君、試合に出たいだろうな……)
春日「ナイスカット!ボール見えてるよ!」
野球部部長「代打、春日太陽!」
春日「はい!」
〇〇(太陽君!!)
野球部員たち「楽にいけ!」
〇〇(ツーアウト満塁、最終回、楽になんて無理だよね……でも、がんばって!)
︙
〇〇「あっ! あぶない!!」
春日「わっ!?」
春日「痛っ!う、うう……」
主審「デッドボール!」
〇〇「太陽君!!」
野球部員たち「太陽、大丈夫か?」
〇〇「太陽君、大丈夫!?動いちゃダメ!」
春日「先輩、だ、大丈夫です。」
︙
〇〇「ちゃんと冷やしておかないと……」
春日「本当に大丈夫ですから。」
1年生部員A「太陽、ナイスガッツ!お前のおかげで完封負けは免れた。」
1年生部員B「ちゃんと、先輩にお尻見てもらえよ〜お先に! ははは。」
春日「お尻じゃない、腰だよ腰!」
春日「あっ、やめてください!くすぐったい、ハハハ。」
〇〇「もう、動いちゃダメだよ。湿布がずれちゃうから。」
春日「す、すみません。」
〇〇「太陽君、初打点だね。おめでとう!」
春日「こんな打点イヤですよ、かっこ悪い……」
〇〇「1点は1点!ちゃんとスコアブックに残ってるよ。」
春日「うーん……」
〇〇「じゃあ次は打って打点をあげようね。」
春日「ハイ!次こそ、本当にかっこいいとこ、見てもらいますからー!」
〇〇「お尻お大事にね。」
春日「先輩まで……腰ですって!」
春日「ひゃっ、冷たい!」
〇〇「ふふ、ごめんね。でも、ちゃんと冷やしておかないと、ダメだよ!」
春日「はーい。」
〇〇(今日で部活も終わりかぁ。色々なことがあったな……)
︙
野球部部長「ベンチ前に集合だ!」
野球部員たち「おー!」
野球部部長「これからは、おまえたちに任せたぞ。」
野球部員たち「ハイッ!」
野球部部長「おい太陽、そんなに泣くなよ。」
春日「うぅ、泣いてませーん!」
野球部部長「二年、俺たちの夢をおまえらに託したぞ。」
野球部部長「一年は、すぐに一年生大会だからな。この前のリベンジだ!」
〇〇(太陽君、そんなに泣かないで……)
野球部部長「おまえら、俺たちよりも、もっと世話になった人がいるだろ?」
野球部員たち「マネージャー、ありがとうございました!」
春日「ううぅ、ありがとうございました〜。」
〇〇「太陽君……みんな、ありがとう!」
︙
春日「ハァ、ハァ……せんぱーい!ちょっと待ってください。」
〇〇「太陽君!?どうしたの?」
春日「〇〇先輩、僕、先輩に本当にかっこいいところ、まだ見てもらってません。」
〇〇「そんなことないよ?」
春日「まだ足りないんです!だから一年生大会で絶対頑張ります。」
〇〇「うん。」
春日「あの……そのために、先輩の力を貸してくれませんか?」
〇〇「えっ? どういうこと?」
春日「一年生大会まで、特訓してほしいんです!」
〇〇(わたしにできることなら、してあげたいけど……)
〇〇「練習メニューを考えることくらいしかできないけどいい?」
春日「すみません。いつまでも、先輩に頼ってしまって。」
〇〇「ふふ……じゃあ、次は絶対に勝たなきゃね?」
春日「ハ、ハイッ!僕、頑張ります!」
春日「送球のコツも、ミートの感覚も、分かってきた感じがします。先輩のおかげです。」
〇〇「ううん。太陽君の実力だよ。」
春日「違います!先輩のおかげです。うぅ、勉強とか忙しいのに、本当にありがとうございます。」
〇〇「もう、泣かないで。一年生大会まで、もうちょっとだね。」
春日「レギュラーにはなれないかもしれませんけど、でも絶対、絶対、頑張ります!」
〇〇「うん。応援してる。」
︙
春日「もう、特訓も終わりなんて、寂しいです。」
〇〇「ふふ、そうだね。毎日、よく頑張ったね。太陽君。」
春日「〇〇先輩、あの、もし、もしも良かったら特訓の特別版としてデ、デートしてくれませんか?」
〇〇「特訓の特別版……?」
〇〇「じゃあ次の日曜日、特訓の仕上げにスケートに行こうか?」
春日「ハイ!先輩とだったら、どこだって行きます。やったー!」
〇〇(よかった。楽しみだね)
〇〇「じゃあ次の日曜日、特訓の仕上げに温水プールに行こうか?」
春日「……」
〇〇「太陽君?」
春日「プールって、あの、水着の?」
〇〇「え? うん。」
春日「………………」
〇〇「……太陽君?プール嫌いだった?」
春日「だ、大好きですっ!!行きます。絶対、行きまーす!!」
〇〇(よかった。楽しみだね)
〇〇「今日は、太陽君との約束の日。そろそろ出なきゃ!」
〇〇(太陽君とグラウンド以外で会うのって、初めてかも……楽しみだな)
春日「〇〇先輩、ここです!」
〇〇「あ、太陽君!」
春日「こ、こんにちは……なんか先輩と私服で会うのってすごい変な感じです。」
〇〇「そうだね。初めてだもんね。」
春日「はい!すごい似合ってて、かわいくて、キレイです。」
〇〇「えっ、ちょっと褒めすぎだよ!」
春日「そんなことないです!足りないくらいです!」
〇〇「ふふ、ありがとう。」
︙
〇〇「太陽君はスケート得意?」
春日「わわっ!全然ダメでーす!」
〇〇「太陽君!大丈夫?怪我してない?」
春日「いててて……は、はい。大丈夫です。」
〇〇「はい、手。」
春日「ありがとうございます!」
春日「先輩の手……」
〇〇「手?」
春日「はい。覚えてますか?中等部の時に、先輩にぶつかってしまって。」
〇〇「うん、懐かしいな。」
春日「あの時、先輩が差し出してくれた手を、僕は握らずに、立ち上がっちゃったんです。ずーっと後悔してました。」
〇〇「もう、大げさだよ。」
春日「でも今日、やっと握れた!先輩の手……嬉しいです。」
〇〇「ふふ、じゃあ、このまま一周しようか?」
春日「ハイ!」
春日「こんにちは……先輩!本当にプールに行くんですね!?」
〇〇「うん。今日は思いっきり遊ぼう。まずは水着に着替えて、プールサイドに集合ね。」
春日「み、水着……」
〇〇「ん? どうしたの?」
春日「え、いいえ。ちょっと変なこと考えちゃ……いえ、あの、頭がぼーっとして……」
〇〇「え!? 大丈夫?どうしよう……今日は帰ろうか?」
春日「イヤです、それだけは!帰りません!絶対に帰りませんから!早く行きましょう!!」
〇〇(本当に大丈夫かな?)
︙
〇〇「どうかな、この水着?……あれ?」
春日「………………」
〇〇「太陽君、どうして目をつぶってるの?」
春日「いえ、なんでもありま、せ、ん?」
春日「!!」
〇〇「どうしたの?顔も赤いし……熱でもあるんじゃ――」
春日「平気です!ぼ、僕、頭、冷やしてきますから!」
〇〇「え!?Tシャツは脱がなきゃダメだよ!」
男子A「おーい、彼氏が来てるぞぉ〜」
〇〇「え? わたし?彼氏って……」
女子たち「かわいい彼氏〜」
春日「そんな……やめてください。か、彼氏だなんて。」
〇〇「太陽君!ど、どうしたの?」
春日「〇〇先輩、あの……報告があって、早く伝えたくって!」
〇〇「うん、わかった。じゃあ、外に出よう?」
春日「ぼ、僕、次の試合、スタメンに入れるんです!ずっと野球してるけど初めてなんです!!」
〇〇「すごい!よかったね!」
春日「ハイ!一番に先輩に伝えたくって。」
〇〇「そっか、おめでとう!!」
春日「はい。……でも僕の代わりにスタメンを外れる人、いるから――」
春日「だから僕、その人の分まで頑張ります。いつもよりもっと頑張らなきゃいけませんから!」
〇〇「……うん!」
春日「じゃあ僕、これで失礼します!」
〇〇(なんだか太陽君、ちょっとたくましくなったみたい)
︙
野球部員A「ナイスキャッチ、太陽!送球悪かった、ごめん!」
春日「ドンマーイ!確実にワンアウトねらっていこー!」
〇〇(すごいな、太陽君がチームを引っ張ってる……)
〇〇「ん?こんなとこに野球帽が……でもこれ中等部のだ。」
中等部の野球部員A「あ……あの、すみません。」
〇〇「え?」
中等部の野球部員A「その帽子、僕のです。」
〇〇「あ、ごめん。……はい、どうぞ。」
中等部の野球部員A「ありがとうございます。あ、あの勝手に高等部に入ったこと、先生には……言わないでくださいっ!」
〇〇「ふふ、言わないよ。」
〇〇(太陽君もあんな感じだったのにな……)
〇〇(今はもう、チームに欠かせない選手。卒業までもう少し、わたしも、がんばろう!)