19

噛み付くように、糸鋸が冥の唇を奪った。
ざらりとした無精髭の感触も皮膚に触れるが、不快ではない。
こんな筋肉質のむさくるしい男でも口唇と舌はやわらかいのだな、と冥は思った。
キスに慣れていないのか、その動きはいくぶんぎこちなかったが、
それでも糸鋸は丁寧に舌の先を冥の上唇に這わせ、ときおり甘く噛んだり吸ったりしてその感触を楽しんでいる。
冥は目をつむってそのあたたかさに身を委ねていた。
まるで穏やかな大海に浮かんでいるかのようだった。

ひた…と、糸鋸の性器が冥の入り口にあてがわれる。
そこは充分に濡れていた。

糸鋸は心の中で、ゴクリと生唾を飲み込む音が冥に聞かれやしないかと気にしながら、彼女の顔を見た。
冥は目をキュッとつむり口も堅く結んでいる。
男は、ためしにほんの少しだけ入れてみることにした。

――プチュ…ッ!

「ぁ…んっ…!」
冥の口から歓喜の声が漏れる。
「ふ…」
糸鋸はそんな彼女の姿態が妙に嬉しく思われた。
中年男の悪戯心をくすぐられ、糸鋸はその欲求に忠実だった。

――にゅ、ヌル…ル…っ………。

少しずつ…わざとジラすように、ゆっくり腰を進めていった。
先端の粘膜が柔らかい膣壁を押し広げつつ、徐々に彼女の奥深くへと侵攻していく。
それはとてつもないやわらかさとあたたかさであった。
「……ッ!………ん…」
彼女は必死になって、声を漏らすまいとしている。
眉の間にしわをよせ、口を強く閉じて耐えようとするのだが、
堪えきるにはいささか彼女の身体は感度が良すぎるようだった。

ズリュッ!

不意に、根元近くまで入っていたペニスを一気にギリギリまで引き抜いた。
「ふぁっ!…」
その動きにあわせ、驚いたように冥の身体がピクリと跳ねた。
それからまた、糸鋸はゆっくりと突き入れてくる…

「ぁう…………、…く…っ!」
普段からは想像もつかないような甘い声で鳴きながら、
(遊ばれている…)
と、冥は思った。
糸鋸刑事は間違いなく、自分の痴態を眺めて楽しんでいた。
だが、不思議と腹立だしくはない。

むしろ、そう自覚するほど新たな興奮が己の中で芽生えてくる。
いや、「新たな」ではない。どこかで経験したことのある類の感情だった。

幼少の頃、冥は他愛のない悪戯で厳格な父親を怒らせ、折檻されたことがしばしばあった。
たいがいお仕置きは尻叩きと決まっていた。
それも随分痛い罰だったハズなのだが、少女は懲りもせずまた悪戯をして叱られた。
何度も何度もそういうことがあった。折檻されても甘えたかったのだ。
今感じているのは正に、その時ひそかに抱いていた甘いうずきに近い感情である。

「検事…」
糸鋸は冥の耳元に囁いた。
「速く…動いてもいいッスか?」
(…)
野暮な、と冥は思ったが、口には出さず「いいわよ…」とだけ言った。

「それじゃ、『おねだり』してみて欲しいッス。検事が自分にしてほしい事…」」
「えっ」
冥には、糸鋸の意図が図りかねた。

「どっちがいいッスか?…ゆっくりと…速くするのと……」
「…」
別にどちらでも、と言おうとして、
しかし冥は心の奥底から先ほど味わった彼の激しさを再び求める欲望が湧き上がっていた。
「…」
それでも、素直に口に出して言うことが出来ずにいる。

糸鋸にはそれが分かっていながら、ピタリと往復運動を止めた。
「どっちがいいか教えてくれないと動けないッス」
「そん…」
「さぁ、検事…」
「…」
冥が顔を真っ赤にしながら唇を噛んで糸鋸を一睨みすると、
彼は別段動じたふうでもなく、笑いながら「了解」と言って、猛然と腰を打ちつけ始めた。

「あっ!……あぁぁぁぁ……ッ!……ゃん!……ぁんッ!……あぁぁぁぁ……………」

油断していたところを一気に攻め込まれ、冥はたまらず声を上げた。
どこまでも切ない声だった。
その悲鳴にも似た嬌声に呼応するように、キュッ、キュッ…と冥の内部が何度も収縮を繰り返す。
今、糸鋸はこの歳になって初めて、人間は酒がはいってなくても酔える事を実感していた。
(…楽しい……)
冥の反応を見つつ、彼は素直にそう思う。

モテない男の悲しさか、今までセックスといえば順序をこなすことだけに精一杯で、
とてもではないが楽しんでいる余裕などなかった。
それがどうしてか、この娘を相手にするにあたっては、己の心が赴くまま身体を動かせば良い、
という妙な自身さえ感じられる。。

お互い普段の力関係からは到底及びもつかない姿だが、糸鋸は今自分のしていることが不自然だとは感じない。
少なくとも自分は当然の欲求に従っているだけであり、
こうなってしまったことに何か理由があるとすれば、原因はそれを許した冥の方にあるのだろう。
糸鋸自身はこの時、頭からそう思い込んでいるのだった。
冥のあえぐ声とともに、性器の擦れ合う淫猥極まりない音が暗い部屋の中で静寂を破り続けている。
糸鋸はもはやつい先ほどまで感じていた後悔の念などどこ吹く風という如く、
冥の肉体を蹂躙することに没頭していた。

(…こんなに、乱れてしまって―――!)
冥は羞恥に男から顔を背けた。
だが、糸鋸は赦してくれない。
力強い往復運動はさらに加速して、若い彼女の快楽を際限無い高みへと昇らせていく…
「……ッ!」
冥は細い両腕を伸ばして糸鋸の首を引き寄せた。
引き寄せられた先に、彼女の唇がある。

―――んぐッ…

口をふさがれ糸鋸は急に息苦しさを覚えたが、それはそれで心地よかった。
荒い鼻息を散らしながら、突き入れられた彼女の舌をさらに深く吸う。
ふたりはそれからしばらく舌を絡めあい、絡めながらもう一箇所の結合をより濃厚に味わっていた。

「うっ…ク……ッ!」
ふいに、冥が苦しげな声を上げる。
絶頂が近いことを知らせる合図だった。

チュク、と音をたてて唇を離してから、小さく「もうイっちゃうッスか?」と囁いた。
性器と性器の摩擦する音がますます間隔を狭め規則正しくなっていく中、
冥は必死になって首を振るが、とても誤魔化し切れそうにはない。
少しでも気を抜けばいつでも快楽の濁流へ飲み込まれてしまいそうだった。
「まだイっちゃ、駄目ッスよ?」
低い声で、糸鋸の言葉は続く。

「…あっ、ぁんっ………ゃ…んっ!…あっ、……クッ………………えっ!?」

ややもすれば薄れてしまいがちな意識のなか、冥は自分に命令する糸鋸の言葉に耳を疑った。
「イったら、お仕置きッス…」
ジュグジュグと結合部分から溢れかえる愛液の音に混じってはいたが、糸鋸は確かにそう言った。
「そ、そんな事…ッ―――あっ、……あんっ!!……………くっ」

言葉も途切れ途切れに叫びながら、
(このデクの坊めっ)
と、冥は心のうちに罵った。
よくもこの私に対してこんな辱めを、と。
だが、そういう糸鋸の言葉が彼女にさらなる快感を呼び起こしているのは明らかだった。

女はどうすることもできず、ただ、
「あ…………お、憶えてらっしゃい………あっ、ぁんっ………ぃいっ………」
とだけ言って、あとは観念して快楽に身を任せることにした。

(…堕ちるところまで落ちてしまおう―――)
そう決めてしまうと、意外にも心は楽になった。
「あ…、あぁ…ッ!………も、もう……駄目………ぃ、あ、あああぁぁぁぁーーーーーーッ!」

糸鋸がさらに深くその肉凶器を彼女の膣内に深く突き入れた瞬間、冥の身体は喚声と共に跳ね上がる。
同時に冥の内部がビクビクと痙攣しながら信じられないくらい変形し、一気に男のモノを締め上げた!

「ぐ…ぅおぉっ………………ッス…」
予想外の反撃に、たまらず糸鋸は悲鳴を上げ、快感のあまり脳が沸騰しそうになるのを感じていた。

―――ドクンっ!

「あ…あ…ぅ」
それまで勝ち誇っていたはずの糸鋸が、情けない悲鳴を上げて白濁液の飛び出していく感覚に打ち震えている。
絶頂の夢見うつつの中、その性器が自分の中でビクビクとまるで別の生き物のように脈打っているのが冥には不思議でならなかった。
まるで桃源郷にでも居るような、弛緩しきった糸鋸の表情がどうにもいとおしくて、冥はそんな彼の身体を再び抱きしめる。

「は…ぁあ……」
2回目だというのに、糸鋸はまだ射精し続けていた。
徐々に弱弱しくなってはいるが、まだ時折「びくっ、…びくっ―――」と、思い出したように脈動を繰り返す。
冥もそんな彼のイき方に目を見張ったが、糸鋸自身こんなことは初めてだった。

「そんなに良かったの…?」
陶然とした眼差しで、冥は言った。
彼女もまた、エクスタシーの興奮から醒めきってはいない。
「さっきはよくも苛めてくれたわね」
そんな事を言いながら、大量の吐精を終えすっかり虚脱した糸鋸の顔に何度も何度もキスを浴びせてくるのだった。
―――まだまだ解放してくれそうにはなかった。

「私を弄んだらどうなるか、思い知らせてあげる…ッ!」
茫漠とした意識の中で、冥はどこか満ち足りたような…嬉しそうな声で、そんなことを言ったような気もする。

(…帰らなきゃ)
糸鋸は再び後悔と自己嫌悪の念にとらわれながら、
ひとり自分の帰りを待ってるであろう春美の顔を思い浮かべていた。
最終更新:2006年12月12日 20:51