「なるほどくん」
撫でながらなるほどくんは生返事をする。
「これっていつ終わ…ひゃあっ!」
行為の終点を訪ねようとしたとき、あたしの耳たぶが舐められて先ほど感じた甘い電流が再びあたしを襲う。
なるほどくんからの返事は、ない。あたしの耳を舐めるために喋れないのだから当然なんだけど…こ、これは…。

「や…やあ…くすぐったいぃぃ…」
耳の入口で粘着質な音が聞こえる。不思議なことに、そうされると勝手に体が捩れて竦んで、それでいて
「ひゃうう」
自分の声じゃないみたいにあたしの唇から猫なで声のようなものが勝手に飛び出てくる。
更に追い討ちをかけるように、髪をなでていない方の手の指先は、はだけた装束の中であ

たしの胸の頂点を弄んでいた。
「…あっあ…」
なるほどくんの舌が耳を完全に攻略した後は首筋、鎖骨…と滑るように降りてくる。
背中の後ろの方からじん、と切ないような寒気に似た空気が襲ってくる。
「や、やー…な、にっこれっ」
さっきみたいに唇を塞がれていたわけでもないのに、今あたしの呼吸は乱れている。
おまけに意図しない変な声が勝手に出てくるのだからもう何がなんだかわからない。
そして考える能力をだんだんなるほどくんの舌と手が奪っていく。
なるほどくんは無言だ。暗いせいで表情が読み取れない。
その時、あたしの髪をなでていたなるほどくんの手がふっと消えた。
けど、もう何をしているのか考える余裕がなくなったあたしは、この不思議な感覚に飲まれまいと
目を閉じ、首を振って必死に耐えた。

「う…うぅうう…!」

鎖骨にいたなるほどくんの舌が、指が戯むれていないほうの胸の頂を包み込んだ。

「やっ…あっあぅっ…だ、だめだ、よぉ…なるほどく…ん…ひゃうっ…」

正直、自分でも何がダメでなにがいいのか、もうどうにも分からない。
ただ、左胸はなるほどくんの口におおわれ、右胸はなるほどくんの指に覆われ、
そしてあたしは装束を申し訳程度にまとっただけの半裸状態。
こんな絵面を想像したら、とんでもなく恥ずかしい事をしていると実感がわいてしまう。
ぱさりと、暗闇で何かが落ちる音がした。
その音のほうを目を開けて確かめてみる。
暗闇でよく見えなかったけど、たぶんあれはスーツとシャツとネクタイだったんだ。
次の瞬間あたしの唇を奪ったとき、なるほどくんの胸板があたしの胸に触れた。
人の肌が直に体に触れることはこんなに暖かいことは知らなくて、
胸に触れたところがふんわりと熱を持つ。なるほどくんはキスをしながらあたしの背中に手をまわした。

「んん…」
さっきまで、あんなにお互いテレていたのに。
大人のキスは覚えたばかりだというのに、今この暗闇の中抱き合いながらのこの時間、
この深く官能的な口づけはスキンシップの一部に過ぎなかった。慣れって怖い。
なるほどくんが今は肩と背中しか覆っていない装束を取り払った。
「っ…」
これであたしの肌を隠すのは下着だけ、と思っていたら
既に腰のラインから指を引っ掛けて下着をも取り払おうとしていた。
「…!ん…ーっ!(心の準備が…あっ)」
下着のことに気を奪われていると、なるほどくんはその舌の居場所を唇から胸へと移動し、
再度なだめるような舌使いで胸の頂を転がす。
両側の胸の頂から甘いくすぐったさが下肢の方へと駆け巡り突き抜ける。

「ひ…ぁんッ!…や、や…待って!なるほどくん!」

思わずこの感覚に飲まれてしまいそうだった自分を気力で鞭打ち、下着の奪取に抵抗した。
トーンをあげたあたしの声になるほどくんは返事をした。

「ん?」
「…うう…どうしてもパンツ脱がないとダメ…?」
「そりゃ、履いたままじゃあ無理…かな」
んじゃ、ここから先は目を瞑って欲しいなんて無茶な願望が頭に浮かんで喉元まで出てきたけど
引っかけた指はぐいぐいと引っ張り、とうとうあたしの下着は膝のところまで下げられてしまった。
いよいよ、あたしは全裸だった。なるほどくんは、まだズボン履いてるのに…
「あ……!…やっやだ…見ないで…ッ」
見られたくない、恥ずかしくて死にそう。
視線に映らないように必死に手で隠そうとしたその両手を、なるほどくんに片手で纏められてしまった。
なるほどくんの左手につかまれた両手はあたしの頭の上で空を掴む。
「な、なるほどくん………っんん…!」
なるほどくんの指が、晒されたばかりのあたしの下肢の中心を慰めるように優しく撫でた。
「あっあ…」
淫らないやらしい声があたしの喉から飛び出してくる。
下肢の中心から競り上がってくるような快感が甘く体中に広がってゆく。
こんなに恥ずかしい格好で、恥ずかしい行為をしているのに、不思議と止めてほしいとは思えない。
なるほどくんのぎこちなくも優しい指づかいは一定の速度と強さを保ち、同じ動きであたしの中心を撫でまわす。
そのたびにゾクゾクと背筋や首筋にくすぐったいような感覚が襲う。思考能力も低下していく。
「うっん…あぁッ…な…るほど…くん…………!」
「…痛くない…?」
指の動きは止めずになるほどくんはあたしに問う。
だんだんあたしの呼吸も上がってきて、まともに喋ることが出来なくなっていた。
絞り出すように痛みはないことを訴える。
「う……んッ……でも……」
「ん…?」
なぜこんなところを触られてるのに、嫌じゃないのか…気持ちいいのか…声が出るのか。
正体不明なこの感触がとても怖くもあった。
「…こわい………ッ…ぁン…」
きゅ、とお尻に力が入る。息が苦しい。
「は…ぁあ…」
しばらくあたしは変な声を上げ、ただ吐息を吐き続けていた。どのくらい経ったかはわかんないけど…
「あ…ッん…んん…」
でも、その時にはもうあたしは目に力は入らなかったし、手にも力が入らなくて、
いつの間にか両手が自由になっていたのに抵抗できなく、いや、抵抗したくなくなっていた。
「あっ…あっ…あっ…」

ぴちゃ、

あたしの下肢が湿り気の含んだ音をたてた。その音で気づいた。
妙になるほどくんの指づかいは滑らかで、それでいてぬるぬるとしているということ、
そのぬるぬるの正体があたしの秘所から流れ出ているということ、
なるほどくんの指はそれをすくってあたしの中心に塗りつけるように撫でていること。

「な…なに…ッこれ…ああ…はあッ」

粘着質な水音はどんどん激しくなっていく。指のスピードが上がり、頭の中が真っ白になる。
あ、あ、あ…
「だ…めッ…や…、や…」
このぬるぬるは何…?
あ…なんだろコレ…うう、だめ、何コレ…何も、考えられない…
き…気持ち…気持ちいい…あ、あ…
「あっあっあっ…」
なるほどくんの指があたしの胸の頂をも同時に攻め立てる。
快感が電流のように弾ける。
「ひゃあっ…ん!」
弓なりに体を反らして、飲み込まれそうな快感に抵抗をする。
でも、だめ、まだ続いてる。このままじゃ…あたし
「あ、あ、あ、だめ…だめ…なんか、な、なんか…」
波のように何かが押し寄せてくる。
本能でもっと、もっとと訴えている。さらなる快感を与えてくれることを期待している。
「あああ…や…だ…ああ!」
気持ちいい、あたし…どうして…
「ぁ…あ…やッ、だ…あ…あ、あ…あー…あああぁぁ…」
息が上がる。体が熱い。
首を振って正気でいようと必死にもがいたけども、もう遅かった。

「ひぅ…ああぁあー……ッ!」

宙に放り出されたような開放感と浮遊感。
強い快感に襲われたと思ったら、段々手放されていくみたいに、グラデーションみたいに、
時間をかけてあたしから視覚が、聴覚が、意識が遠のいていく。

呼吸が落ち着いたころ、あたしの瞼はすごく重くって、
目を閉じずにはいられなかった。

「真宵…ちゃん?」
「ふぇ…?」
「だ、大丈夫?」
「…んー…………なんか、ふあふあするよー…」
「…い、イったの?」
「行くって…どこにー…?」
ああ、だめ…強烈な眠気が…来てるよ、なるほどくん………
「ど、どこにって…」


……………


「…コラ!寝るな真宵ちゃん!」
「イ、イタイよー!」
ペチペチと軽くほっぺを叩かれた。
窓からわずかに月の光が差し込んで、あたしたちを照らしたのがわかる。
目を開けるとなるほどくんが裸のままあたしを見下ろしていた。
「こ、こんな状態で寝るなよ…」
「だって、なんか体がきゅーってなったと思ったら、眠くなってきたんだもん」
「…多分、イったから…じゃないかな」
「行ったってどこにー?
なるほどくん、さっきから専門用語使いすぎだよー!」
「せ、せんもんようご…」
「初めてなんでしょ?なのになんでなるほどくんだけ、こんなに詳しいの?」
「え…そ、そりゃあ男は性に関する情報が詰まった媒体が豊富にあるからして…
って何言わせるんだよ、真宵ちゃん…」
「これでセッ……エッチって終わり?」
同じ意味なのに、セックスって言うとすごい生々しいと思ってあたしは訂正した。
なるほどくんはビックリして声を上げた。
「ええええ」
「まだ続きがあるの?」
「…そ、そりゃ。こんな状態で終わったらボクとしては切ないな」
「こんな状態?」
「…うん」
なるほどくんはそう言って、あたしから退くとベルトを鳴らして外し始めた。

綾里家…というより倉院の里には男の人がほとんどいない。
もちろんあたしの生活にも男の人の生活が存在しなくて、
男の人がズボンを脱ぐところなんて見たことがない。
つい珍しい光景だったから、なるほどくんが脱ぐところをまじまじと見てしまった。
だけど、さすがにトランクスを降ろすところは恥ずかしくて、
トランクスに手がかかったとき、慌ててあたしは布団に沈んだ。

ぱさり、と布が床に落ちる音が耳に入る。…脱いだんだ。トランクス。

あたしの心臓はまたドキドキと鼓動を早くさせていた。
なるほどくんが再びあたしに覆いかぶさるのを待ち望んでいるような、怖いような。
でも、意外となかなか帰ってこない。耳をすませてよく聞いてみると、
がさごそと漁るような音がする。洗濯物を漁ったり、クローゼットを漁ったり。
暗闇の中で小さく「あ、あった」と聞こえてくる。何を探してたんだろ…。
間もなくビニールを開封するような音が聞こえてきた。…なにしてるのかな。

「お、おまたせ」
なるほどくんが慌ててあたしに覆いかぶさったと思うと、スキンシップの一環のようなキスをくれた。
「なにしてたの?」
「えっ………いや、まあ、その…準備」
声が上ずっているのは聞き間違いじゃない。けど、あたしはお互い裸っていうこの状況が恥ずかしくて
それ以上は何も聞かないことにした。

「……マヨイ、ちゃん」
トーンを低くしたなるほどくんの声が上から降ってくる。
「つづき、してもいい?」
「………お願いします」

大人のキスは、官能的な行為の始まりの合図なのかもしれない。
長くて淫らで温かいキスを何度も、何度も繰り返しながらそう思った。
そのうち、なるほどくんの舌を求めたいと思うようになって、
侵入したなるほどくんの舌を迎え入れたあと、あたしも、と言わんばかりに絡ませてみた。


「ん、ん」

唾液と舌のからみつく音は思った以上に大きくて、狭い部屋に水音が響く。
頭がぼーっとする。唇を離したときには、唾液の糸がだらりと尾を引いていやらしく落ちた。
なるほどくんの顔が離れ、下肢へと動いたその時

「いっ…ゃあああ……あ、あ…ッ!」

あたしの中心を犬が水を飲むみたいに、
なるほどくんは舌を使ってあたしの中心を舐め続けた。
勝手にお尻にきゅーっと力が入って、
せかされるような快感が下からぐっと上がってきて、…

キモチイイ…!

「あ…ん…ぁん…ッ…ぁん…ッ!」

がくがくと膝が笑って、自然と足を開いてしまう。
暖かくてぬるぬるした舌が、不思議なことにとても気持ちいい。
でも、ぬるぬるしているのは舌じゃなく、
あたしの中心からどくどくと溢れ出しているということに気づいた。
お尻が勝手に浮いたとき、あたしの入り口あたりから糸を引く感触を感じた。

「あうぅ…っ…なるほどく…ん・・・!」

あたしの声でなるほどくんはあたしの下肢から顔を離して、
色っぽい吐息をつきながら、切羽詰まったような声で囁いた。

「…マヨイちゃん…入れていい?」

「あっ…あ…うん…」
「ゆ、ゆっくりするから…痛かったら言って。やめるから」
「………ん」

やっぱり、痛いんだ。
なるほどくんの言葉でおかしくなりそうだった思考が現実に引き戻される。
痛みを伴うと聞いて不安になってしまう。
あたしの入り口に生温かくて硬い感触が当てられる。
その生暖かさは、なるほどくんの体温だと、すぐに分かって、
あたし達はこれから一つになろうとしているんだ、と
緊張と不安に、瞳を閉じた。

闇と共に、今までで一番優しい口付けが交わされた。

その時、

「いっ…!」

思わず目を閉じる力が強くなる。
あたしの下肢の奥に向かって強烈な違和感と圧迫感!
ぐいぐいと徐々にこじ開けられるような、
徐々に引き裂かれそうな、今まで味わったことのない痛みが突き抜ける。

「ったぁ…いよ…」
「ご、ごめん。や、やめようか…?」
「……………いい…どうせ痛いんだったら、今っ…終わらせる…!」
「…ごめんね」
「…ト、トノサマンスピアーに刺されるアクダイカーンの気持ちになってみる…」
「………(そんなに痛いのか)」

ぐぐっとあたしの内壁を競り進んでくる硬い感触。

「うう………ッ!!」
「っ…マヨイちゃん、ごめん、力抜いて・・・」
「えっあ…あっ…ど、どうやって抜くの……?」

自分では抜いているつもりのはず。
というより、力の加減がわからなくなるほど、痛みで思考回路が冒される。
簡単なはずの筋肉の収縮が、とても難しい。

「……他のこと考えていいから。その方が痛みも和らぐと思う…」
「ほ、ほかのこと………っあ!」
「ごっごめん、痛かった?……ゆっくり入れていくから…」
「…………」

目を堅く閉じて真黒な想像の中、みそラーメンやトノサマンのことを思い浮かべてみる。
眠くなるための、羊を数えるおまじないがあるように、
痛みを忘れるおまじないもあればいいのに。
……トノサマンの歌詞でも歌ったら、和らぐかなあ…?

「……(かーいぞーしゅーじゅつの、ふーるーきーずーがー…)」
ピリッとまたあたしの中心が引き裂かれた。
「………ヒソヒソ(うーずくー、ネーオエード)」
「っちょ、ちょっと、マヨイちゃん!」
「かーらー…あッ!!……っかぁぜー…ぇ………いたいぃ…」
「な、何歌ってるんだよ、こんな状況で!」
「……歌ったら…気が…まぎれるかなって」
「…その歌に気を取られずに集中できるほどボクは慣れてないんだぞ」
「……こんなに痛いなんて思わなかったんだもん……痛ッ!!!」

あたしの最奥がビクビクと痛みに恐れていた。
奥の方で火傷をしたみたいな、
刺し傷に水をかけられたみたいな、
ヒリヒリとした痛みが怒涛のように押し寄せてくる。

「……入った……」
「え……」
そういえば、あたしの足の付け根になるほどくんの体温が伝わっているような…。
そっか。奥まで入れば自然とくっつくようになっているんだ…。

「じゃ、じゃあ…これでおしまい?」
「ちがうよ………っ…」
「……?ナルホド…くん…?」
「…うう…マヨイちゃんの中……気持ちイイ…」
「!」
その言葉であたしの心臓も、あたしの下肢の奥も、キュン、と縮まった。
こんなに色っぽい男の人の声を聞いたことがない。
しかも、あのナルホドくんが…。あたしの中にいて、気持ち良くなってる。
感触というよりも、その事実があたしの気分を昂ぶらせた。

「……ッ……マヨイちゃ、ん…!動くよ……っ」
「え………っあッ………ぅんッ…」

うん、と口から飛び出た瞬間、あたしの中に押し寄せていた違和感と圧迫感が
一気に引き抜かれる。内壁を擦る感触と、閊えていたモノが解放される感触が気持ちいい。
その刹那、再び奥へと圧迫感がやってきた。

「あっ!」

最奥まで突き刺されて、また引き抜かれて、また刺されて…
いったん引き抜かれたあと突かれる感触は、意図もしていない声を誘う。

「あっ…あっ…あっ…アッぁ…」

一番奥はまだヒリヒリしているけれど、その痛みを和らげるようなこのピストン運動。
自分が自分でなくなりそうなくらい、この痛みと快楽の波に飲まれてしまいそう…!
涙が勝手ににじみ出る。

「ゃっ…はン…ッ…や、だッ…なる、ほ、どクンッ…!」
「…っ真宵…ちゃん」
「怖…いよ…ッこわい……っ…くッ…」

上下の腰の動きは止めずに、なるほどくんは、あたしの背中に腕をまわした。
あたしの胸と、なるほどくんの胸がぴったりとくっついて、
早まった鼓動がお互いの肌に伝わった。
息も絶え絶え、悲鳴のような呼吸をあげる私の口に啄ばむようなキス。
左手は背中にまわしたまま、右手であたしの頭を包み込む。

「真宵ちゃん……好き、だ…ッ」

なるほどくんの切羽詰まった、二度目の告白を聞いたら、
恐怖なんか吹っ飛んで、嬉しさが胸を駆け抜けて。

別の意味で、涙が止まらなかった。

大好き、愛しい、大好き、愛しい…
そんな気持ちがぐるぐる駆け巡って、時間の間隔を忘れた。

「なるほど…く…ん…………スキ……」

手をつなぐことすら照れくさくて。

ギザギザ頭も変わんないし、口調も変わんないし、

「真宵ちゃん」って呼び方も変わんないし、別にふつう。
カップルって言葉よりコンビって言葉のほうがしっくりきちゃうと思ってるのは、
たぶん一緒なんじゃないかなあ。

だって、今さら、だし。
そういうフンイキ、くすぐったいし。

そんなこと、思っていたあたしが、呼吸をするのと同じくらい、自然に
なるほどくんに好意を言葉で伝えた。

…官能的な行為の終わりの瞬間は、はっきりと覚えていない。
あたしも必死で。なるほどくんも必死で。

好きと言ってもらったこと、好きだと言えたことの安心感で、
あたしはなるほどくんの腕の中で、まどろみに、堕ちた。

***

あたしの肩に蒲団がかかる感触で目を覚ました。

「あ、起しちゃった?ごめん…」
「……あ、あれ…。ごめん、あたし寝ちゃってた?」
「いや、そんな時間経ってないよ」
「そ、そうなんだ…」
なるほどくんの部屋、なるほどくんの一枚の布団、脱ぎ散らかされたスーツと装束、
そして、裸のあたしたち。
「……………」
「……………」
目が合った。
「……なによ」
「……なんだろうね」
「なによ(笑)」
「なんだろうね(笑)」
不思議な笑いがこみあげてくる。
恥ずかしさと愛しさが入り混じって、でもそれを悟られたくなくて、
目を細めて笑った。それから、抱きついた。
「スキって言うこと、恥ずかしいことじゃなかったね」
「……ん」
「なるほどくん、大好き」
「ありがとう」
「あれ、あたしには言ってくれないのー?」
「……大好きだよ」
「あはは、似合わないなー!」
「……悪かったな、ガラじゃなくて」
「拗ねない拗ねない!」
きゃっきゃと転がるように絡みつくと、なるほどくんの顔が赤くなったような気がした。
当然、あたしも実は気恥ずかしさが抜けていないんだけど、それはヒミツにしておく。
「…ね。最後どうなったの」
「最後…って」
「ほら、あたしの中に入って腰動かしたあと…」
「そ、そんな生々しいこと言うな」
「だって、途中で寝ちゃって」
「……イったよ」
「…どこにー?」
「…………まあ、それは追々…」
「オイオイ?」
「うん」
「……うん(笑)」

「あ!」
「どうしたの?真宵ちゃん」
「はみちゃんに電話しなくちゃ…!今何時?」
「ちょ、ちょっと!こんな時間だよ、もう寝てるって」
「こんな時間って、今何時?時計どこ?」
「ホラ」
なるほどくんが、無造作に転がっていた時計に手を伸ばす。
時計の針は午前1時を指していた。

「うえええ!?こんな時間!終電ないじゃない!」
「泊まっていきなよ。始発で帰れば大丈夫だろ」
「…はみちゃん、心配してないかなあ…」
「…………むしろその逆だと思うけど」
「え」
「………春休みってさ、宿題あるの?」
「……………あ」
「まあ、あるところもあるみたいだけど、
ボクは子供のころ春休みに宿題やった記憶はないな」
「あたしも、ない…」
「…春美ちゃんのさ、お膳立てだったんじゃないかな」
「……そんな気がしてきた。
あれ?それじゃ、最初から勘付いてたの?」
「……まあね」
「……エッチ」
「なんでだよ!」
「…ま、いっかぁ。今日はいい思い出、いっぱい出来たし!」

なるほどくんの大きな掌に指をからませて、目をつむった。


明日、はみちゃんに何て言おうかなあ。

次になるほどくんと二人でデートするときは、どんなデートなのかなあ。

さっき言ってたオイオイってどんなのかなあ。

ずっと二人で、このまま居られたらいいなあ。



この数日後に、青いスーツの襟もとのバッジと、
幸せな日々が奪われた事を、この時のあたしには知る由もなかった。

fin

 

最終更新:2020年06月09日 17:44