「ん‥‥‥‥んん‥‥」
鳥の歌声が遠くで聞こえている。
目をあけると、和室じゃない天井。慣れない枕。
朝焼けの綺麗な色した光が眼を射す。
あたしの下半身の奥で、いつもは感じない治りかけの火傷のような痛みが続いている。
あたしたち、しちゃったんだ。
‥‥だって、あたしの横には好きな人。しかも、ハダカの。
寝息を立てて寝ている。
ギザギザの眉毛がたまにぴくっと動いたりして、
その寝顔は意外にもカワイイ。
「‥‥なるほどくん、スキ」
小さな声で呼んでみる。
起きる気配は、ない。
‥‥‥‥‥‥どうせ、寝てるし気付かないよね?
あたしは、いとしい人に密着して、唇を奪った。
触れるだけの軽いキスに好きだという気持ちをこめて。
「‥‥‥‥おはよ」
「ん、おはよ」
ぱちりと目を開くなるほどくん。
「きゃわあああ!?」
あわてて布団に沈むあたし。まさか、起きていたなんて。
「あ、あのあの、聞いてないよね!?さっきの」
「うん?なんのことかな」
「な、なんでもないよ!寝ぼけて変なコト言っちゃっただけ!」
「ボクも好きだよ、真宵ちゃん」
ニコ、と意地悪そうに笑いを浮かべるなるほどくん。
途端瞬間湯沸かし器みたいに首筋からつむじに向かって熱が湧き上がる。
起きてたなら、素直に起きてほしい!と訴えようとして
さっきまでなるほどくんとあたしが共有していた蕎麦殻の枕を掴んで
なるほどくんの顔目掛けて投げようとしたら、
その手を大きくて骨ばった手に捕まえられ、
役目を果たさなくなった枕はドサと跳ね落ちた。
「ぅ‥‥っ」
昨夜、何回したであろう大人のキスを、
さっきのお返しだよと言わんばかりになるほどくんが仕掛けてくる。
唇が、本能が、なるほどくんを求めてしまう。
昨夜あんなに繰り返すようにキスをしたのに、
明るい空間でするソレは、なんだか違って感じる。
うっすら目をあけると、なるほどくんの睫毛が、瞼がそこにあって‥‥
「‥‥っは」
水中に潜って、水面の上に顔を出したように息継ぎをする。
唾液の糸が、あたしとなるほどくんを繋いで、落ちた。
ふいに、強い力で両手首をつかまれて、そのまま体重をかけられる。
目が覚めたばかりだというのに、再び布団に沈む。
「わ、なに‥‥」
「‥‥昨日のマヨイちゃん、すごく可愛かった」
「え。う。な‥‥なに言ってんの」
なるほどくんにカワイイなんて言われたのが初めてで。
というか、なるほどくんの口から可愛いなんて言葉が出てくることがビックリで。
心と口が完全一致でうろたえてしまう。
「‥‥かわいい」
「な、なるほどくん‥‥、キャラちがくない?」
「なんというか、スキンシップってスナオになれるよな」
「ス、スキンシ‥‥ってきゃわあ!」
強烈な視線を胸の頂に感じる。昨夜のままの恰好だったから、お互い全裸だったんだ。
見られている!って感じて、あたしは身を捩って隠そうとしたけど
両手がふさがれてて叶わなかった。
「好きだよ、真宵ちゃん」
「なにいっ‥‥‥‥‥‥ッン」
なるほどくんは体と唇を密着させてきた。触れた部分が暖かいというより熱いくらい。
「‥‥‥‥‥‥しても、いい?」
有無を言わせないような低いトーンと、甘えるような瞳のギャップと、
あたしの下肢に触れた、なるほどくんの熱い主張に迫られて断れるはずもなかった。
好きという気持ちがあったら、何でもできちゃうって、ホントなんだなあ‥‥
朝焼けの光の中、あたしたちは二度目の結合を楽しんだ。
***
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥~♪」
「ご機嫌だねなるほどくん‥‥。あたしはこんなにつらいのに」
今日の仕事は散々。
あれから2時間ほど抱き合って、二人とも疲れて寝ちゃって、目を覚ましたらお昼前。
遅刻もいいところな上に、・・・・・・・・・とてつもなく、痛い。
あそこの奥がズキズキジンジンひりついている。
独特の倦怠感が、あたしからやる気を奪う。
整理整頓の嫌いななるほどくんのデスクは、いくら片づけてもすぐ元に戻るから
毎日片づけないといけないのに、今日は体が動かせない。
「里に一回戻るつもりだったのに」
「ごめんね、真宵ちゃん。あんまり可愛かったもんだから」
「‥‥も、もーっ!人を褒めたら喜ぶと思ったら大間違いだよ!」
「あ、じゃあ顔が赤いのは熱でもあるのかな?大丈夫?」
「~~~~~!!」
言葉で言い返せない分を拳に秘めてなるほどくんの腕を叩く。
「ははは。かわいいなあ」
なるほどくんは、普段淡泊だけど、一度本気になったらこれでもかってくらい
甘々になっちゃうことを今日知った。
昨日あんなことになるまで、
なるほどくんの口からあたしを可愛いと言ったことなんて無かったのに、
今日愛し合ってるときだって、事務所に来る途中だって、今だって、
こっちが恥ずかしくなるくらい、あたしにメロメロ(死語)だった。
‥‥でも、悪い気はしないというか、むしろ嬉しいんだけど、それは秘密にしておく。
バカップルみたいで、恥ずかしいんだもん。
「‥‥なるほどくん、はみちゃんの前では普通にしてよね!」
「わかってるよ。二人のときだけだよ」
「‥‥もー、なるほどくんがそんなキャラだったなんて思わなかったよー」
「真宵ちゃんが可愛いからだよ」
「‥‥‥‥‥‥‥‥サムいよ、いいかげん」
「失礼な」
『俄然ヒーローだ、トノサマーーン』
「あ、電話‥‥ったた‥‥なるほどくん、とって」
あたしの電話からトノサマンの着メロが大音量で自己主張する。
鈍痛と気だるさのせいで、ソファからデスクまでの距離が異様に長く感じる。
なるほどくんを中継にして、腕だけを伸ばす。
「もしもしぃ‥‥‥‥‥‥あ!はみちゃん!」
「真宵さまっ!」
「ご、ごめんね!昨夜は連絡もしないで‥‥」
「い、いえ。それはよろしいのですけれど‥‥」
「?どうしたの?」
あたしの声にはみちゃんが息をのみこむ。
たっぷりと空けた間のあとに、
「大叔母さまが、真宵さまにすぐ戻るようにと‥‥」
と、電話の向こうでつぶやいた。
大叔母様?
普段は修験者の補助とかを任せっきりにしちゃっているけど、
何の用だろ‥‥。はみちゃんの声、なんだかただ事じゃないみたいだし‥‥
「わかった。今から事務所出るから。そっちには夕方までに戻るよ」
「はい。お気をつけて、真宵さま」
そう言って、電話を切ると
すぐさまなるほどくんは尋ねてくる。
「春美ちゃん、なんだって?」
「わかんない。けど、すぐ里に帰ってきてだって」
「‥‥そっか」
「‥‥‥‥ナニ?、その声」
「真宵ちゃんがいないと寂しいなって」
「あたしがいないと寂しいなって?」
驚きのシンクロ率できれいにハモった。
見透かされてきょとんとするナルホドくん。
「なるほどくんがあたしを好きなのは、十分わかったから!なんて。
じゃ、あたし里に戻るね。
大叔母様から何か用事みたい。
もしかしたらしばらく長引くかもしれないから、向こうから電話かけるね!」
「うん。気をつけて」
「じゃあまたね!」
腰の痛みを我慢してソファから跳ね起きる。
笑顔で手を振って、事務所を後にした。
いつも、そうしてたみたいに。じゃあまたね、と。
このときは最高に幸せだった。
なるほどくんがいて、その隣にあたしがいる。
その構図はもう当たり前になっていたから、
余計さみしかった。
***
「あたしが、家元‥‥」
里に帰るなり、いろんな人に囲まれて屋敷の修験場で正座をさせられたと思ったら
とうとう、現実を突きつけられた。
「真宵さま。舞子さまのこと、ほんにお気の毒でございました。
里の者一同を代表してお悔やみ申し上げます。
しかしながら、先代亡き今、この里を守っていくのは、
真宵さま。あなたしかおられません。
家元の血筋が家元を継ぐ、‥‥よくご存じですね?」
「うん‥‥」
「さすれば、真宵さま。
厳しいことを申し上げるようですが、新しい家元としての自覚を持って頂きたいのです。
今までは家元不在ということで、里の者で分担して参りましたが、
今後正式な家元として真宵さまには、数々の業務をこなして頂かねばなりません。
‥‥真宵さま、わかっていただけますか?」
「‥‥」
大叔母様は普段から温和な人で、滅多なことでは表情を崩さない。
眉間にしわを寄せたことなどなかったけれど、
今、あたしを見つめる顔と声はとても厳しいものだった。
それはあたしが頼りないから、とかふらふらしているから、とかじゃなく
あたしに強くなってほしいという愛情から来ているものだということが
手に取るようにわかる。眼尻に浮かんだ涙が証明していた。
わずかに滲んだそれがとても重々しくて、どうしても直視できず
あたしは俯き、言葉を詰まらせた。
「先日の舞子さまの事件での裁判で、真宵さまは
ご自身の運命を恐れていると見受けられる発言をしたこと、耳にしました。
‥‥成歩堂法律事務所の副所長と‥‥名乗ったそうですね」
あたしが、美柳ちなみから解放されたあと、
名前と職業を聞かれたときに、咄嗟に出た言葉。
そうであってほしい、と自分の希望を込めての発言だった。
「実は‥‥真宵さまが家元を襲名する際にと、
千尋さまがこの里を出る時に預かっておいたものがございます」
「お姉ちゃんが‥‥?」
お姉ちゃんの名前が出て、顔をあげた。
すると大叔母様は懐から、時の流れを感じさせる封筒を取り出し
あたしの前にスッと手を添えながら差し出した。
黒々とした墨と細い筆で丁寧に書かれた、≪真宵へ≫の文字。
間違いなく、お姉ちゃんの字だ。
遠慮がちに、封を切る。
中にはB5サイズの白い紙が、3つ折りで入っていた。
開くと、綺麗な字がずらりと並んでいる。