それでもナカで指を折り曲げひっかくと腰がびくんと跳ねた。上から押さえて、
今度は指の腹でその場所を擦る。微かな、堪えた喘ぎ。ようやっと解れたやわらかい
肉と、節くれだちカタい指の隙間を、ねっとりした熱い粘液が埋めてゆく。
声は殺したままだ。
厳徒がくちづけ舌でかきまわした時も、巴は堪え切った。
汗に濡れた腹。身体の中心線上にある、かたちの良いへそ。脚を押さえて動けなく
したところで思うさま舐る。
「……っ!」
信じられない、と、声ならぬ声がした。
信じられないのはどちらだろう。こんなワケの分からない場所へ愛撫を加えている
厳徒か。薄すぎる皮膚を越してダイレクトに内臓をかきまわされている不快感を、
怖気立つような快感に捉えてしまう巴自身か。
指で今度は間違いなく内側から刺激すると、押さえた脚が引きつるのが伝わる。
ついでに色づき始めた肉芽にとろとろの襞からすくいあげた蜜を塗りつけてやる。
と、大きく背が反って、ぱたんとベッドに落ちる。息が荒い。
素直な反応だった。
余程のことがない限り、厳徒のやることを全て受け入れる心積もりなのだろう。
ここまで目立った抵抗はない。従順な態度だ。ちょっと面白くないくらいに。
――まあ、いいか。というのが結論だった。
突っ込んで楽しめる程度には持っていけたのだから、まあまあと評価すべきだ。
膝を割り、太腿の裏に手を当て大きく開かせる。濡れた場所が晒される格好にする。
巴が眉根を寄せるのが見えた。
震えている。
それが羞恥心から来たものだとは知っていたが、
「あ。ダイジョーブだよ。ゴム、着けたから」
わざと無視する。
これからやるコトを告げる。
巴は少しだけ口許を震わせて、シーツに長い髪を散らすように首肯した。
それでも、恐いものみたさか、きちんと避妊具を付けているのか確認するためか、
巴は肘をついて上体を起こし。
視線が、じろじろ見ない程度に胸板を、腹を、辿り。「ふえ?!」
――。
――なんだ。今の音。というか声。ドコから出た。むしろダレが出した。考える
までもない。現在此処には二人の人物しかおらず、片方はひっくり返ってもそんな
声は出せないのだから。つまり。犯人は。
男の下半身に目をやった瞬間頓狂な悲鳴を上げて慌てて口を手で塞いで真っ赤に
なって視線を泳がせている、この。
「いえ! 今のはちょっとした、そんな、おかしい、とかじゃなく!」
しかも何やら言い訳を始めた。
「体格を考れば当然だし、いえですし、だから、ですからちょっと驚いただけで」
厳徒は。
自分の下にある、知り合って一週間足らずでこんなことになった女を、非常に奇妙
な心地で眺めていた。
不退転の表情。証拠品を真直ぐに見る、蒼褪めた横顔。“トリヒキ”を持ちかける
一種ふてぶてしい態度。
それらと、今の彼女とが乖離しなかったのは、あの姿を見ていたからだ。
不安そうに爪を噛む、おギョウギの悪い、幼い仕草。
「わ、笑わないでくださいっ」
馬鹿にされていると思ったのか、巴が抗議してくる。目尻にうっすら涙が滲む。
「してない。してない」
「だって、──っ」
避妊具をつけた先端で入り口をなぞると、口は喘ぎを抑えるために閉じられる。
茂みの奥は、上の口とは逆に、押しつけられたモノの大きさを左程恐がってはいない
様子だった。とろとろ涎を零してねだるようにひくついている。
そこに。
一気に、いれた。細い腰が逃げないように、掴んで。苦しげな悲鳴が上がるより、
早く。
白い喉から息が洩れる。吐いたはいいがうまく吸えずにがくがくと震えている。
「ヘーキでしょ? ゼンブ、入ったし」
囁くと、ケーキ屋のマスコットみたいに首を上下に振る。
これ以上醜態は晒せない、と、全身でつっぱっていた。
引いて、再度押し込む。狭い場所は何処でどう動いても絡んで締めつけてきて、
快感を与えてくる。興奮のまま叩きつければそう遠くない内に射精に持っていける、
のだが。
予想通り、というか思惑通りに動き過ぎるのは、却って退屈なものだ。
男根を奥まで進め、更に細い裸身へと覆い被さる。元から大したものではなかった
互いの距離は、ゼロへ近づく。体重を掛けられ──完全に潰さないよう調整はして
いる。念の為──巴の顔が苦しげに歪み。
「トモエちゃん」
そこに。
囁く。
「かわいい」
「――──?!」
囁いた側が驚くほど、反応は大きかった。
「な」
目を見開き、必死で囁かれた形容詞の意味を咀嚼し。
「や──止めてください!」
思いっきり、嫌がっていた。首を捻じ曲げ、しかめた眉だとか、食いしばる歯だ
とかを隠そうと躍起になっている。
見える範囲は。
見えない箇所、繋がった部位も、反応を返してきていた。表情よりも、尚激しく。
びくっと震え、今までに増して締めつける。ナカのモノにたっぷり体液を垂らし、
奥へと誘うように蠕動する。
「何? ――嬉しい? 『可愛い』って誉められるの、スキ?」
「嬉しくない、ですっ。馬鹿に──」
「そっかなあ」
快い場所から一旦引き抜く。裏筋を名残り惜しげになぜる感触に、ぞくぞくする。
亀頭が抜けきる前に止めて、前に、進める。
白い喉が反る。滑らかなそこから汗が伝い落ちた。涎かもしれなかったが、判別は
出来なかった。
「こっちは」
悦んでるみたいだけど、と続けようとして。
観察。
止める。
これ以上は、まずい。
――どうやら此処まで。
言葉で甚振られることに慣れていないのだろう。言葉で快感が得られることもまだ
知らない。震えて、怯えて、ごっちゃになった嫌悪と悦楽のどっちを優先すればいい
のかすら分かっていない。
まあ、いい。
“今”はそれでいい。
晒す喉にキスする。細い身体の内と外がひくつく。まだこういう浅い刺激の方が
反応し易いらしい。
もしくは。もっと直接的で、激しいヤツとか。
甘ったるく掠れた悲鳴が上がる。まだ、嬌声と呼ぶには物足りない。
引いて、叩きつける。硬いものを抜かれてさざめくソコへ、強くねじこむ。きつく
拡げられ、それでもぎゅうぎゅうと絡んでくる襞は、離すまいと包んでくる肉は、
ゴム越しだろうと充分心地好い。
限界を感じ、最後、深いところに亀頭を思い切り擦りつける。
「――、――」
声になる寸前の吐息は、鋭く、細かった。
下になった女の身体がぎゅうっと硬直し、同時にナカも男根に沿って絞られる。
絶妙の刺激による吐精は、ひどく、満足のいくものとなった。
宿泊はせず帰宅する、と言う巴を送り出し、厳徒はひとりほくそ笑む。
最後で趣味に走ってしまった感はあるが、印象付け自体はまあまあの出来だった。
初回はあんなものだろう。下手に痛がらせるのは得策ではない。これからも関係を
続けるのであれば、徐々に慣らしていくべきだ。身体も、心も。
もう少し馴らして──“信頼関係”を築いていって。遊びを入れるのはそれから
でも遅くない。
何事も徹底的に。
叩く時は、完膚なきまでに。
そして。
餌を与える時は、たっぷりと。
馴らす。
飼い馴らす。
彼女は面白いことを言っていた。
『検事になりたい』
捜査官としての経験と実績と、警察局との繋がりを持った検事になりたい、と。
(それは思いつかなかった)
警察局の人間が、検事に転向するなどと。
ひどく、愉快な考えが浮かんだ。
厳徒海慈。次期警察局副局長である自分は今でも検事局に太い人脈を作っている。
しかし、もしも“頼みごとの出来る相手”ではなく“自分の手足となって働く人間”
を検事局のトップに置けたなら?
それは、厳徒が警察局と検事局を牛耳る──ということにならないだろうか。
「ああ。楽しいな、それ」
警察局長がゴールなのだと思っていた。
けれど、その先が。
まだ上が。
──それは、今は単なる妄想に過ぎない。
まだ局長にもなっていない男が、唯の捜査官の女を手に入れて見る夢に過ぎない。
今は、まだ。
彼は自分の年齢を考える。
六十歳。還暦だ。
本来ならばもう捜査官として現場に出る年齢ではない。後進にアトを任せて退職
するか、後進をまとめる役職についているべき齢だった。
「や。や。チョーさんじゃない! どうよ。最近、泳いでる?」
「お。これは厳徒副局長、警察局副局長就任、おめでとうございます。いや、最近
ヒマがなくて……」
「ダメだよー。ヒマは見つけるモノじゃなくて、作るモノだよ。今度、いつものアレ、
どうかな」
「ほ。ほ。アレですな」
顔見知りの裁判官と挨拶を交わす。
他人が彼を呼ぶ際の肩書きは“地方警察局副局長”だ。
その呼称に付随する意味をひとことで述べるのは難しいが、とりあえずこれだけ
言っておけばいいだろう。
この国の司法のトップに、とてもとても近い席、と。
彼──厳徒海慈は心の底から嬉しげな笑みを洩らす。
彼は、間に合ったのだ。
裁判官との会話を終え、別れの挨拶を交わす。
今日は地方警察局の新局長及び新副局長の就任式だ。警察局のみならず検事局、
裁判所の人間も数多く出席している。挨拶をしなければならない人間は山ほど居る。
厳徒海慈。
彼のように、副局長の更に先──警察局長を狙う者には、特に。
ひととおりの挨拶──新局長も含めて──を終えた厳徒に、控え目に声を掛けて
きた人間がいる。
「副局長ご就任、おめでとうございます」
丁寧に頭を下げるのは宝月巴だ。
「や。わざわざアリガト。……局長さんへは、もうアイサツした?」
「いいえ。先に厳徒主席捜査官に、と思ったので」
世辞であっても、これは中々に宜しかった。
しかし。「“主席捜査官”って。ホラ、せっかく副局長になったんだから、そっち
で呼んで欲しいな」
冗談めかした台詞に、巴は静かに微笑んだ。
「これからも捜査に関わられるのですよね」
「まあね」
「ならば貴方は、貴方が現場に立ち続ける限り、“主席”捜査官です」
――本心からなら面映ゆく、世辞とすればこれほど出来たものもない、カンペキ
な殺し文句。
「それに」
巴は。
彼女は。
白く端正な口許を薄く微笑ませて。
「“副”の肩書きを、そう長くはつけておかない心算だろうと、そう考えています」
澄ましたツラで、直ぐに変わるなら、呼び方を替えるのはそれからでも遅くない
でしょう──ときた。
この、コムスメ。
今のは最高のタイミングだった。貴方の元で学びたい云々といい、ベッドの外なら
こんなにも上手く男を転がせるのか。
「トモエちゃん。キミ、いっそのこと検事局長目指す? ボクが警察局長で、キミが
検事局長。二人で法曹界、牛耳ろうか」
巴は厳徒の台詞を冗談と受け取ったらしく、返答を避けちいさく笑う。
そして二人は同時に視線を移す。就任式会場、そこに集まる人の群れ、共闘し、
利用し、時に利用され、或いは蹴落とさねばならない面々を。
二人は肩を並べ、見ていた。
この時は。
この瞬間だけは、同じものを見ていると。そう思ったのだ。