「……アンタ、綾里弁護士だな?」
「ええ」
「その、何だ……お悔やみ申し上げます、とでも言えば良いか?」
「おかしな人ですね」
そう言って、千尋はゴドーの顔を見詰めた。
「わざわざそれを言いに?」
「いや。そんなつもりじゃ…なかったんだが」
そう言ってから、ゴドーはカップに目を向けた。それはカップに何ら思い入れが在る訳ではなく(いや、愛用しているカップなので思い入れは在るのだが)、ただ単純に、千尋と目を合わせるのがキツかった、それだけである。
「……」
「……」
二人は押し黙った。
ゴドーの指先は、ずっと小刻みに震えている。
「……どうですか、検事生活初めての敗北は?」
「そうだな……中々、と言った所か」
何がどう中々なのか良く分からなかったが、ゴドーはぽつりと千尋の問いに答えた。
「少なくとも……随分前に味わった敗北感よりかは、甘いな」
「! ……そう、ですか」
千尋は目を伏せる。
その様子を見て、ゴドーは一歩、千尋に近付いた。
「……立ち直った、んだな?」
「…まあ、何とか」
「記録によると……アンタは傷付き、法廷に立たなくなった。そうだったな」
「何年前の記録ですか、それは」
「それから……立ち直った。約一年の時を経て。間違い無えな?」
ゴドーの尋問(?)に、千尋はうなずく。
「ちょっとその時の雄姿を聞かせて欲しくてな」
「……雄姿と言うには、少し頼りない雄姿ですよ」
「新人のオレには丁度良い武勇伝、だ」
「そうですね」
そう言って、千尋はソファに座った。ゴドーも釣られるようにソファに近付き、千尋の隣に座る。
千尋の横顔が、ゴドーのすぐ隣に在る。手を延ばせば、いや、指を少しでも動かせば、すぐに触れられる距離に、千尋が居る。それを、ゴドーは実感していた。


……千尋の話は進んだ。
その言葉を聞きながら、ゴドーは隣に座るもう『居ない』千尋の事を見詰め続けていた。
「……それで、わたしになるほどくんって言う弟子が出来て…」
千尋の唇から成歩堂関連の話題が出た時。
ゴドーの胸にちくりと来る物が在った。
「まるほどうの話題を出すな」
「……?」
千尋は驚いたような表情でゴドーの方を見た。
「アンタの口から男の話題が出る事なんざ、オレが許さねえ。特に、まるほどう関連はな」
「どうしても、ですか?」
「オレはまるほどうを憎んでる」
「……」
「それに、オレはヤローについての話なんざ、聞きたくねえのさ」
「じゃあ……わたしが尊敬していた先輩の話も、ですか?」
「っ……!」
「男の人の話題、出して欲しくないんでしょう?」
「……ああ、そうだな」
唇の端を持ち上げ、落ち着いた口調でゴドーが言った。
「……それに、尊敬するだけ無駄、ってモンだぜ」
「どうしてですか?」
「ヤツは女一人置いて勝手に寝ちまった、不甲斐なくてだらしない男だ」
「…………」
「手遅れだと知っちまえば、ヤツは居なくなるのを選択した。そんなヤツさ」
「止めて、下さい」
「オレは、ヤツの代わりになって、まるほどうを憎んでる」
「止めて下さい。わたしの先輩と弟子を…そんな風に言わないで下さい」
千尋のその言葉に、ゴドーはカチンと来た。
「そんな風に言わないで、だと?」
ゴドーはソファを立ちあがり、千尋の肩を掴んだ。
「アンタはそのせいで死んだ! あのへらへらしたウニ頭と、訳の分からねえ事を口走るキザったらしい男のせいで!」
「検事さん……」
「それを、アンタは憎んでさえ居ない! さっきの法廷だってそうだ! 真宵に霊媒しなけりゃここに『居ない』のに、みすみすアンタを死なせた、あの男を助けている!」
言いようの無い怒りに、ゴドーは千尋をソファに押し倒した。
「ちょ……検事さんっ!」
「勝手に眠っちまった、あの男の事だって憎みやしない! バカな男を、女一人護れやしなかった男を!」
ゴドーは強張った千尋の頬に指を掛け、その唇を塞いだ。
「んむぅっ!」
突然の事に、千尋は講義の声を声としてあげる事さえ出来ず、半ば押し付けて動けなくさせるようなゴドーの口付けに困惑した。
その指先が、ゴドーの身体を何とか押しやろうとする。
だが、所詮は女の非力な抵抗。がっしりとした体型を持つゴドーには少しの抵抗にもならなかった。それどころか、千尋のその抵抗はゴドーの心の怒りを更に逆撫でしてしまったようだ。
(オレなら…今の『オレ』なら……千尋に触れられる。それなのに…何で、抵抗する!)
ゴドーはそんな事を思い、千尋の口内に無理矢理自分の舌を割り入れた。
そして頬に掛けていた指を、そのまま千尋の首の後ろにやり、掻き抱くように千尋の顔を引き寄せた。
逃げようとする舌を絡め取り、ゴドーはそのまま千尋の舌を引きずり出す。
静かな控え室には、ソファの生地が指によって擦れる音、そして互いを貪るために発せられる音、そして苦しげな千尋のあえぎ声だけが響いている。
ゴドーの顔が、そこでやっと離れる。
「検事さん…や、めて下さい……」
懇願する千尋の言葉を振り払い、ゴドーは千尋の豊かな胸を掴んだ。
「あっ、んくっ……!」
びくり、と千尋が震える。
「千尋……千尋っ」
耐え切れなくなり、ゴドーは千尋の名を呼び、その乳房を揉みしだく。
形良い胸が、ゴドーの暴力にも近いその指先の運動にその姿を歪ませる。
「検事、さんっ! や、止めて…」
あえぐ女の声は、ゴドーの感情を高ぶらせる。

ぐりぐり、とゴドーの指先が千尋の胸の先端を刺激する。すると、その刺激に先端が堅くなり、しこりとなった。
「クッ……身体は反応してるみたいだぜ、千尋」
「あんっ、くふぅっ……」
激しく首を横に振りながら、千尋は何とかしてゴドーの戒めから逃れようとする。
それを阻止すべく、ゴドーは千尋の身体に馬乗りになる。
「千尋……」
ゴドーの手が、衣服の上からやがて衣服の隙間に滑り込んだ。
「ひぅっ……! ん、う…ぁっ!」
突然の、乾いた指先の感触に、千尋はびくりと身体を震わせ、あえぐ。
直に千尋の温もりが……正確には、真宵の身体に居る千尋の温もりが……ゴドーの指先に広がる。
(千尋は今……生きている)
ぼんやりと、理性と本能の間に居ながらゴドーは思った。
この生きている彼女を愛したい。
それが、彼をここまで掻き立てていた。
片手で千尋の胸に刺激をやりながら、もう一方の手は千尋の下半身に向けられていた。
「あっ、検事さん……駄目ッ…」
「何が駄目なんだ、千尋? こんなに、感じておいて」
ゴドーは千尋の耳元で囁いてから、先端をいじる指の動きを激しくした。
「あぁっ!」と悲鳴にも近い声を上げ、千尋の身体がのけぞる。
上気した千尋の表情を見ながら、ゴドーは遂に下腹部の局部を、布地越しに触れた。
ひく、とそこが反応する。
もう既にそこは熱く、そして湿り気を帯びていた。
指の腹で、ゴドーはその指を埋めた。
「あ、あ…あぁっ!」
熱い吐息を交えたあえぎ声を上げ、千尋はその指の動きに翻弄された。
胸の先端はもはや痛い位に勃っていて、ゴドーの指先が擦れるたびにその存在を伝えた。
そして今現在、新たに指を迎えた局部は、布地越しではあるもののしっかりとその刺激を受け取り、素直にそれに対する反応をしていた。
じわり、じわりと下着が濡れて行く。
布地ごと、ゴドーの指を呑み込もうとさえしているその個所の反応に、ゴドーは千尋に対する愛しさをより募らせた。
その反応に押され、ゴドーは指をずぶり、と布ごと突き進めた。
「ひ、いっ……あああっ」
千尋は身体を震わせ、激しい快楽の波に揉まれた。
ゴドーの行為はより激しくなって行く。
内部に突き入れたまま、ゴドーはその指をぐりぐりと暴れさせる。そのたびに千尋の蜜を含んだ下着が卑猥に鳴り響き、一層濡れて行く。
布地越しに、『彼』の指の形が伝わって来る。その実感が、どうしても千尋の抵抗を本気にさせなかった。
どんなに外見が変わっていても、変わっていないのだから。
『彼』は居ない。
それはゴドーを見て分かった。
けれど、頭で理解しても身体に染み付いた愛しさは消す事が出来ない。
「や……」
首をふるふると振るい、千尋は潤んだ瞳でゴドーの事を見る。
『彼』の名を呼びたかった。
自分が自分でないと言う事を忘れて、『彼』と触れ合いたかった。
けれど、それは禁忌。
苦悶の表情を浮かべ、千尋はゴドーの腕に指を這わせた。
あまり力の入らない指で、何とかしてゴドーの指を千尋の秘部から抜きたかった。
そんな抵抗が感じられたのだろうか。
ゴドーは千尋の事をちらり、と見てから……
ぐちゅっ、ずぶぶっ!
「あ、ああっ! いっ……」
千尋の秘部をより深くゴドーが貫き、千尋は涙を浮かべ、悲鳴を上げる。
それは、千尋の感覚と言う感覚を麻痺させ、熱くほてった身体中を電流が走ったような快楽が占める。
ひく、ひくり…とその部分はゴドーの指を呑み込んだまま震えた。
絶頂を迎えた千尋からは、瞬時にして身体中の力が抜けた。
身体をひくつかせ、熱さに激しいあえぎをしながら、千尋はゴドーの事を見る。
今、千尋の目の前に居る、この男をどうにかして止めなければ。千尋は恐怖に震えながらそう思った。
それが、今『彼』を救える唯一の方法だ。
千尋は唇を噛み締める。
震える指先に、力を無理矢理込める苦痛に耐え、千尋はぎこちなく指先を動かしていた。

乾いた音が響いた。
ゴドーは呆然として、千尋の事を見る。
……頬にじんわりと残る、痛みを残して。
「離れて…下さい」
しっかりと千尋が言うと、ゴドーははっとしたようになり、急いで千尋から離れた。
一方の千尋はぐったりとしてソファにもたれながら、それでも先程の語気と同じくしっかりした瞳でゴドーの事を見た。
「……………」
千尋も、ゴドーも…どちらとも、何も言わない。
何も言えずに居るのだ。
ゴドーは指先に残った、千尋の蜜に目を向けた。
途端、どうしようもない罪悪感と自分に対する嫌悪感が彼を襲う。
(最悪だ……最悪で、最低なヤツだ…オレは……)
自分に毒吐きながら、ゴドーはうつむいた。
千尋の事を直視出来ない。
千尋に謝罪すら出来ない。
見てしまえば、千尋にもう二度と見て貰えなさそうで。
謝ってしまえば、それがただの逃げになりそうで。
「……オレは…」
重々しく、ゴドーが口を開く。
「オレは……アンタにとって、誰だ?」
返事など期待していなかった。
自分でも馬鹿馬鹿しく思えた。
何を期待しているのだ。
こんなにも自分は、彼女の事を傷付けてしまったと言うのに。
「…それを言えば、検事さんは辛いはずです」
「クッ……そう、だな。だが……」
千尋の言葉に、ゴドーは肩をすくめる。
「美しい形のコーヒー豆を挽くだけの度胸が無ければ、コーヒーなんざ飲めねえのさ」
「?」
「自分が辛い思いをしないような綺麗事で満足しているヤツには、現実は生きれない、って事だ」
「なら……初めからそう言えば良いのに」
ゴドーの言葉に、千尋はぽつり、ぽつりと答えていく。
「……あなたが、わたしにとっての誰か?」
「ああ……」
「…本当に、分からないと思ってましたか?」
「いや……」
ゴドーは首を横に振り、(何処から出したのか)カップを取り出し、その中身をあおった。
「アンタは、気付いていたはずだ。法廷に降りた、あの瞬間から」
そう。ゴドーが『彼女』に気付いたのと同様に。
「      、ですよね」
「…………………」
微かに震えた千尋の言葉に、ゴドーはぼんやりとした。
上手く、声が出て来ない。
目の前の女性は、『自分』を見てくれていると言うのに。
辛い。
彼女が、自分の事をどう見ているのか。
それが、この返答であったのだから。
そして、千尋は『彼』を見ている。

「………………千尋には…」
内心、自分にかなりの嫌悪感を抱きながら、ゴドーが口を動かす。
「……憎んで欲しかった」
「……」
「そうする事で、『オレ』は本当に自分を捨て切れたのに……」
「……出来ません」
「どうしてだ!」
語気を荒くし、ゴドーは千尋の事を睨み付ける。
「今だってそうだ! 千尋、お前はオレに罵声一つ浴びせない! どうしてそこまで……」
言葉に詰まる。
どう言えば良いのか分からない。
こんな事を言っても、千尋が救われる訳でも、癒される訳でもないのに。
「…………ごめんなさい」
「何でお前が謝る!? 今の場面を誰かに見られていれば、100%オレが悪い! なのに、お前はオレを責めないで謝る! そのたびにオレは惨めになる!!」
「……」
「憎め……憎めよ」
首を激しく横に振って、がっくりとゴドーはうなだれる。
「…出来ません」
もう一度、千尋はしっかりと返事をする。
「……理由を聞かせて貰おうか」
「…わたしは、あなたを尊敬しているからです」
「残念だったな。幻滅しただろ」
どうしてこうも、人の想いを弾こうと弾こうとするのだろうか。
不器用な彼の心を、誰もどうする事も出来ない。
「分かって欲しかった。これは『わたし』ではないのだと。『真宵』なのだと……そして、どんなに『わたし』を求めても、もう二度と『わたし』に触れる事は出来ないのだと言う事を」
そう言ってから、千尋はしばらく押し黙り、うつむいて唇を噛み締めた。
身体が震えている。
そして、床に水滴が落ちる音が、本当に微かに響いた。
千尋は首を横に振って、目許をごしごしと拭ってから、顔を上げた。
「けど……そんな理由より何より、わたしは、あなたを憎めません」
千尋は目を伏せた。もっとも、その姿はゴドーの視界には入っていなかったが。
「わたしは…あなたを、愛していたから」
「! ……」
控え室は耳が痛くなるほど静寂で。
泣きそうになるほど、後悔で満たされていた。
「もう二度と……わたしにこんな事をしないで…検事さん」
千尋はソファに手を付き、よろよろと立ち上がった。上気した頬が、彼女の疲労の色と混ざり合い、どきりとさせる物を見せていた。
思わずゴドーは身を乗り出す。
千尋はそんなゴドーと裏腹に、立ち上がって扉の方へと身体を向けていた。
「千尋!」
焦燥感にも似た想いに駆られ、ゴドーが千尋の名を呼ぶ。呼ばれた千尋は、ゆっくりとゴドーの姿を見詰めた。そして、目を見開く。
「もう一度、呼んでくれ」
「…………」
千尋は、ゴドーの手の中に持たれた物を見て、それからゴドーの顔を見た。
手には、ゴドーがつけていたゴーグルにも似たメガネが在った。
「もう一度…オレを……『オレ』の事を呼んでくれ」
「      」
彼の言葉に、千尋がもう一度、『彼』の事を呼んだ。
そのたびに、ちくり、ちくりと彼の胸を刺す何かが在った。
「……オレも、アンタを愛してたぜ…千尋」
目の前に居る女性に、『彼』はそう伝える。
彼女は目の前にいると言うのに、『過去の言葉』しか届かない。
彼女が『過去の言葉』で想いを伝えたように。
「……さようなら、検事さん」
「ああ。弁護士さん」
二人は言葉を交した。
その『さよなら』は決して上辺だけの、そして短期の物ではない事くらい、お互いに分かっていた。
二人の道は、交わってなど居ないのだから。


意識を取り戻した真宵は、何故か残る胸の痛みと熱に、思わず目の前がくらくらした。
身体が、ふらつく。
「あ……」
何とか足をふんばって、倒れるのを免れる真宵は、ぼんやりと自分の状況を把握しようとした。
真宵はそこで、明後日の方を向いて立ち尽くすゴドーの姿を見る。
となると、ここはまだ、検事側の控え室か。
「えっと、ゴドー検事?」
「! どうした? コネコちゃん」
そこで初めて真宵の事に気付いたように、ゴドーは真宵の言葉に反応する。
彼の付けるメガネが、微かに明かりに反射した。
「え…いやあの、あたし…ちゃんとおねえちゃんの事、呼び出せたかなって」
「クッ……」
ゴドーは笑い、真宵の方を向く。
「心配するな。アンタはちゃーんと綾里弁護士を呼び出せたさ」
「でも…あの、ゴドー検事が……」
「オレが、どうした?」
その言葉に、真宵は言葉を詰まらせた。
ゴドーは何処か後悔しているように見えて、そして、傷付いているようにも見えた。
そしてそうさせてしまったのは、他でもない真宵の霊媒なのだと、真宵にはうすうす感じられていた。
自分の至らない点が在ったのかもしれない。
もしかしたら、全然違う人を呼んでしまったのかもしれない。
そんな事が、真宵の頭の中に浮かんでいたからだ。
「……そんな顔するなよ、コネコちゃん」
「でも…でもでも……」
「ちょっくら、綾里弁護士に説教食らっちまっただけさ」
そう言って、ゴドーはカップの中身をあおった。
先程と違い、コーヒーの香りと湯気が漂っている。
「説教、ですか?」
少し困惑したような表情になって、真宵はゴドーの姿を見た。
どんな説教を受けたのかは分からない。
また、聞こうとも思わない。
千尋の言う事はまっすぐで、何時も他人の事を思う物が在った。
またゴドー自身も千尋の説教を甘んじたと言う事は、決してそれがお互いにとってマイナスではない何かになったのだろうと言う事である。
ならば、真宵がその説教に付いて引きずり出す必要は無い。
「彼女は最高の女だった。弁護士としても……人間としても」
そう言って、ゴドーは真宵にカップを向ける。
「口に含んでみな」
「え?」
「中々無いぜ? オレがこのカップで他人にコーヒーを飲ませるなんざ」
「…そのカップ、思い出深いんですか?」
内心、(なるほどくんにはおごってあげたじゃないですか)などと思いながらもそれを突っ込む事も無く、真宵はカップを見ながら問う。その質問にゴドーは「そうだな」と言った。
「ある裁判の後、ある女性から貰った物なのさ」
「恋人ですか?」
屈託の無い真宵の問いに、ゴドーは思わず苦笑する。
白いカップをじっと見てから、ゴドーはふう、と溜息を吐く。
「そう……だな。恋人か。そうなるかも知れねえな」
「ひゃー、大人ですねー」
うっとりしながら呟く真宵の姿に、ゴドーは何故か真宵の従姉妹の春美を思い浮かべた。(恐らくは、恋愛に反応する乙女チックな目のせいだろう)
「でもでも…恋人さんから貰ったカップであたしが飲んじゃって、良いんですか?」
「クッ……構わねえさ。それに、アンタなら彼女も喜ぶ」
「?」
「何でも無い。気にするな」
ひらひらと手を振り、「忘れろ」とゴドーは付け足した。


「そ、それじゃあ、頂きます」
恐る恐る、真宵はそのコーヒーを口に含み……
「!」
かちゃり、と真宵は控え室の机にゴドーの白いカップを置いた。目に涙を浮かべる真宵の事を、ゴドーは見詰める。
「クッ……コネコちゃんには早すぎたか」
「~~~っ!!」
「っと、洗面台なら表、だぜ」
ゴドーが扉の方を指差す。ゴドーの差す指の方向を、真宵はちらりと見た。
「じゃあな。カップをわざわざ届けた挙句、霊媒までしてくれたコネコちゃん」
その言葉に、ペこりと一回お辞儀をしてから、真宵は口を抑えながら慌てて表へと出て行った。
(……)
コレで大丈夫だ、とゴドーは思った。
自分が汚してしまった、あの口内を……真宵の口に残る『彼の後悔』を、あの苦いコーヒーで流し捨てられるのなら。
それに、『彼』が愛したのは千尋であり、それを、真宵に押し付けるのは間違いであるのだから。
わざと非常に濃いコーヒーを煎れたのも、それを真宵に飲ませたのも、真宵に対する謝罪を込めてゴドーが仕組んだ事であった。
『彼の後悔』は、あの現実のように苦いコーヒーと共に渦巻き、流されれば良い。
「……………」
彼に残された物。千尋に拒絶されて、それでもなお、彼に残された物。
真宵が千尋になれないように、千尋は真宵になれない。
真宵の事を護りたくても、『居ない』千尋には護れない。
それが、『死』と言う物なのだ。
「千尋……護ってやる」
あの小さくも元気で、そして辛い運命を辿ろうとしている少女の事を。
(真宵の事を、オレが護ってやる)
自分の辛さを押しやって、ゴドーの事を叩いた千尋のように。
例え、この身体が汚れても……例え、この手が血に染んでも。


もう、戻れない。


(終わり)


~またまたなおまけ~

「クッ……さてと、このコーヒーをどうするか、だな」
ゴドーは冷や汗をかきながら、机の上で存在を誇示させる己のカップを見下ろしながら呟いた。
このコーヒーは真宵が飛び跳ねて吐きに行くほどの苦味だ。
いや、恐らくゴドー自身もそうならざるを得ないだろう。
ゴドーが指をカップの熱いコーヒーに入れると、指はずぶずぶと微かな感触を残しながら身を埋めて行く。
そう、液体ではないのだ。もはや。
「……」
静かにゴドーは指を引き抜き、その指先を舐めてみる。
その途端、ゴドーは顔をしかめる。
思わず吐こうとするのを、何とか自身で抑える。
(クッ……こりゃあもうコーヒーソースだぜ)
油汗を流し、ゴドーはそう思った。
正直、真宵の目の前でこのコーヒーをあおった瞬間、胃がひっくり返った。
そんなコーヒーを、どうやって処理する?
コーヒー愛好家の彼にとって、洗面台や便所に捨てるなんて言う事は、大量の金とダイヤをドブに捨てるような物と同じ感覚であった。
だがだからと言ってこの『超激特農コーヒーソース』を飲み下せる自信は無かった。
「……」
散々迷った挙句、彼は控え室を出る。
外の空気が、すがすがしい。
そこでゴドーはそこらで忙しそうに動いていたイトノコと目が合った。
「おい、刑事。アンタ……コーヒーは飲めるほうかい?」

かくして、コーヒーは無事、飲み干された。
彼がニセ・成歩堂事件に始めから関わらなかったのは、尊い犠牲となった刑事と顔を合わせようとしたくなかったため、かも知れない。


(終わし)



どうも、お久し振りです。とは言っても、修行ナルマヨから一ヶ月も経っていないんですが。
このフェイントたっぷりの『ゴドマヨに見せかけて実はゴドチヒ』小説、いかがでしたでしょうか。(いかがって、アンタ)
と言うか、エロ無しです。エロ直前でお終いです。根性無しです。
でも、ゴドー氏はきっと千尋さん以外を本気では追い求めたりしないんだろうなあ、何て思って…
だから、当初濃厚なゴドマヨを予定していたんですけれど無理でした。
個人的にナルマヨ、ミツメイ、カミチヒ(ゴドチヒ)なんですよ。
個人をパロカップリングに持って来るな! って感じですが。
根性付いたら本当にゴドマヨにも手を出したいです。

と言うか、これはカップリング、何に入るんだろう。
神乃木×千尋? ゴドー×真宵? ゴドー×千尋?(汗)
最終更新:2006年12月12日 20:00