次の朝。
まだカーテンさえ用意していない状態であったから、大量の日差しが全身にぶつかった。眩しさに体を起して、大きなあくびをする。
とりあえず携帯で時間を確認して、朝食の準備をすることにした。
「とりあえず、昨日貰った煮物は残っているとして…主食はパンだけか。taさんにあげるドーナツの分もあるとなると、午前は買い物かな」
パジャマを着替えながらも今日の予定を思い出して整理する。まず、さっきも言った通り午前は買い物だ。
昼過ぎごろからはtaさんの館案内。多分家に来る前にメールがくるだろう。終わりが何時になるかわからないけど、まあこんなもんだろう。
そういえば、案内って具体的にどんなところに連れて行かれるんだろう。個人的にはアトリエか憩いの間に行ってみたいとは思うけれど。
まあ、それまで楽しみに待っているのが一番だな。
食パンと煮物を順々に頬張って胃に押し込む。米がものすごく食べたくなったのは言うまでもない。
「さてさて、買うものは、と」
家で書きとめてきたメモを取り出す。
まずは米、パン、麺類、野菜(もやし、キャベツ、じゃがいもあたり)、卵、ドーナツ。あと予備のトイレットペーパーにカーテンに…。
量が多いから今日中には買えそうにないな、とため息を吐いてスーパーの中を歩き回った。
実家からは机、タンス、布団、パソコン、冷蔵庫、トースター、洗濯機と持ってきたり買ったものを送ってもらっているからある程度環境は整っているものの、やはり一人暮らしするための必要最低限としかない。
taさんやレベッカさんが来た時にもなにか娯楽物が必要なんだろうか。それに、もしかしたらあいつが来るかもしれない。
まあ、まさかとは思うけれど。とりあえず、あの子は必ず呼ぶ予定だから、どっちにしろ準備は必要だ。
と、思っていたら肩を叩かれたような気がした。振り返ってみると、中学生くらいの長い黒髪の女の子がいた。
「あの、すみません」
「はい、なんですか?」
その女の子はとても印象的で、和服に椿の髪飾りと日本人形のようだった。綺麗、可愛いという言葉より、人形のよう。本当にそんな感じ。
「そこの棚の品、取ってもらっていいですか?とどかなくて…」
「ああ、構いませんよ。これでいいですか?」
「あ、隣のナタデココとアロエもお願いします」
確かに、棚の奥にあってこの子の身長では手を目いっぱいのばしてもとどきそうにない。物をいくつかとりだして、手渡した。
「ありがとうございました」
「いえいえ、どういたしまして」
彼女は一礼して歩いて行った。
しばらくその棚を眺めていると今度は服を引っ張られる感じ。また振り返ると、同じ子が真っ赤な顔で俯きながらそこにいた。
そして、ぼそりと言う。
「れ、レジはどこですか?」
「…えーっと、迷っていました?」
「………はい」
最後は本当に息のように吐かれた。聞き取れたものの、その子は耳まで真っ赤になっていく。
「連れて行ってあげますよ」
「すみません、ありがとうございます」
「困った時はお互い様ですから。あ、じゃあ、ちょっと俺の買いたいもの探してからでいいですか?すぐそこなので」
「はい、大丈夫です」
そうやりとりして彼女を送った後、自分も会計を済ませた。予め持ってきた袋に買った物を詰めていたら、その子が近づいてきた。
何かと思ったら、お礼を言ってきたのだ。
たいしたことじゃない、と返せばまた深くお辞儀をして踵を返していった。なんか、こう、いい気分というか。
今日はドーナツじゃなくて、椿の形をした和菓子を買うことにした。
俺はもう一度スーパーの中を巡りに行った。
食材を買うだけでかなり時間がかかってしまった。米は今度買うことにして、とりあえずパンやら麺類やら飲み物を沢山購入した。
これだけでもかなりの重さなので、運ぶのにも時間はかかるし、何よりtaさんから30分後に俺の部屋へ行くという連絡が来たのだ。
自転車のカゴにぱんぱんになったレジ袋を詰め込んで、ハンドルにもぶら下げてよろめきながら帰った。
家に帰ってからは昼飯。このペースだと、貰った煮物は今晩か明日の朝なくなるだろうな。量が多いとは思ったけど、美味しいから結構進む。
と、ごちそうさまをした途端に携帯電話が鳴った。
「はい、もしもし」
「蒼斗君ですか?…貴彰の父ですけれども」
以外な相手だ。少し唇が震える。
貴彰というのは俺の弟で、父さんと母さんが離婚してから母さんと、母さんの再婚相手と暮らしているらしいけれども。
今更その義父さんが、何なんだろう。嫌な予感がする。
「…どうかしましたか」
「貴彰が昨日から家に帰ってこないんだ。机の上にあった紙に、君の携帯の番号が書いてあったから電話したんだけれども…」
「貴彰、いないんですか」
「うん、そうなんだよ」と彼は言う。そういえば、弟の義父だけれども名字しか知らないな。
携帯に電話しても繋がらなくて、とまた続けられた。
「もし貴彰を見たら、連絡してくれるかい?」
「はい、わかりました」
「ありがとう。それじゃあ、失礼します」
そう終わって、電話は切れた。耳に残るツーツーという音が俺は嫌いだ。
電源ボタンを押したあと、携帯をジーンズのポケットにしまった。
まったくあいつは、という気分が巡る。呆れと焦りに近いというか。今となっては唯一の肉親だし、それなりの感情は抱いているみたいだ。
あいつは俺にとって同じ家族でも父さんよりは特別な存在らしい。
でも、なんで、いなくなったんだ?
あいつは家出なんてことするような奴じゃなかった筈なのに。
あまり考えたくはないが、理由としては向こうの家庭と上手くいっていなかったからとしか想像できない。
試しに貴彰の携帯に電話をかけてみたが、電源が切れているか電波の届かないところに、と機械的なアナウンスしか聞こえなかった。
それからすぐ、家のチャイムが鳴った。taさんが家にきたんだろう。
俺は急いでドアに向かってそれに声をかけた。
「はい」
「蒼斗さーん、taですよー」
「はいはい、今ドア開けますよ」
鍵を開けて、ドアノブを捻るとtaさんがニコニコした顔でいた。服装は相変わらずのセーラー服と白衣。
何だか白衣の一部が焦げているような気がするが多分気のせいではない。
その黒茶色になった部分を見てたら彼女は照れ臭そうに笑った。
「いやあ、爆破実験してたら焦げちゃいまして」
「大丈夫だった?」苦笑いしながら聞いた。
「いやあ、酸化銅の還元反応の実験をしたら白衣の一部が当たっちゃいまして」
「あはは…と、とりあえず、無事みたいでよかったよ」
「えへへ…。じゃ、じゃあ館の中ぐるりと回りましょう。準備とか大丈夫ですか?」
「あ、はい、大丈夫です」
「じゃあ、行きましょうか」
靴をちゃんと履き直してから、家の電気を全部消したかチェックする。
taさんに後でお茶菓子あげますよ、と言えば彼女はすごく嬉しそうな表情で「はい!」と頷いた。
「えっと、どこか見たいところとかありますか?」
顔を覗き込んでくるtaさん。行きたいところ、といえば。
「…アトリエとか、憩いの間って行ってみたいんですけど、いいですか?」
「あのあたりですか。わかりました、じゃあ行きましょう!」
そう言って、彼女は俺の手を引いて歩きだした。
廊下を曲がって、階段を下りて。
途中、絵が飾ってあったりした。taさんが言うには、どうやら館の住民が描いたものらしい。
その中の一つを彼女は指して言った。
「館の中には絵を描くのが好きな方もいますからね。あ、因みにこれお姉ちゃんの絵ですよ」
「え、乃人先輩の?」
「はい。お姉ちゃんはここに住んでませんが、よく私の部屋に泊まりにきたりするので、すっかり馴染んじゃったみたいで」
「そうなんだ…。乃人先輩の絵初めて見たけど、上手いんだね」
「それは本人の前で言ってあげて下さい。きっと喜ぶと思いますよ」
彼女はそう笑ってまた足を進めた。
まず向かっている先はアトリエらしい。
そこは憩いの間から近いらしく、沢山の人が立ち寄るんだと彼女は言った。
「今は人がいるかはわかりませんが…。こんにちはー」
ドアを開けて、中をきょろきょろと見回す。
低く小さな肩越しからは、色鮮やかなキャンバスと沢山の絵がちりばめてあるようだった。
「すごい、綺麗…」
「ここは人気なところですからね。いろいろな方が絵を描きに来ますし、綺麗なのも頷けます。…あっ、おーい!」
手を振る彼女の視線の先には、うさぎのぬいぐるみを抱いた少女がいた。
振り返ると同時に、セミロングの金髪がふわりと揺れる。
「なんだ、taか」
「アーク、こんにちは」
アークと呼ばれた彼女は、とてもはっきりとした視線を送ってくる。それはta
さんだけでなく、俺にも。
「彼は?」
「ああ、この間引っ越してきた…えっと」
小首を傾げてから、彼女は眉を少しひそめた。
それから俺にしゃがむよう手を振ってから、耳元に口をもってきた。
「蒼斗さん、館での偽名って教えてもらってましたっけ?」
ああ、そういわれれば。
もしそうならすみません、と口を結ぶtaさんに、俺は自分が紹介しますからと伝えた。
「初めまして、この間引っ越してきた蒼常です。宜しくお願いします」
苗字と名前から抜き取った、なんて単純な偽名ではあるがわかりやすくていいだろう。
金髪の彼女はこっちに寄って一つ会釈をした。
「私の名前はアークだ、宜しく。ああ、敬語は使わなくていいぜ」
「わかりまし…ああ、じゃなくて、わかった」
「ん、じゃあ、私は作業に戻るから」
「はい、それじゃあまた」
「またねアーク」
taさんと俺に会釈を一つして、彼女は踵を返した。
と、いきなり。
「ふぁっ!?」
アークさんがいきなり転んだ。頬を床に打つぺちりとした音が余計に痛そうに感じる。
ゆっくりと起き上がる彼女に駆け寄ると、泣き出す前のような顔で兎のぬいぐるみを抱きしめていた。
「大丈夫ですか?」
「あっ、足がもつれただけだっ」
「アーク痛い?傷口舐めてあげようかー」
「い、いらないんだぜ…」
いつものようだと言わんばかりの笑顔でtaさんは笑う。
それから、「細かいことはいいんだよー」と彼女は言って、赤くなった膝のほうの足を軽く掴んで、
「ひぁっ、ta!なにすっ…!」
「暴れると、変なとこ噛んじゃうよ」
赤くて小さな舌がアークさんの白いそれに這う。
アークさんは擽ったがるように爪先をぴんとしたり、引っ込めようともがく。
しかし、最終的にはtaさんの餌食になるらしく顔を真っ赤にしていた。
「っ、ぁっ、ん」
苦しそうに胸が弾むアークさん。taさんと負けず劣らず大きい…って、なに見てんだ俺は。
自己嫌悪しながら目を逸らすものの、時たま見えた太股が瞼から離れなくて死ぬかと思った。
そして、ふと知らない女性と目が合った。
長い銀髪の、青と黄色のオッドアイというなんとも不思議な雰囲気な人。
その人は俺に会釈すると、肩越しにアークさんとtaさんを一瞥した。
「なんだ、アークはまた転んだのか」
「あ、長門さん」
長門さん、と呼ばれた彼女は髪を耳にかけて、長い睫をはためかせた。
今日会った着物のあの少女は日本人形みたいだと思ったけど、彼女は西洋人形のように思える。
taさんは悪戯そうに舌をしまい、アークさんの足から手を離した。
そしてちょっと俺に近付く。
「蒼斗さん、この人は神 長門さんですよ。アークさんと同じ、この館に住んでる人の一人です」
そう紹介された彼女は、宜しくとだけ言って胸元の何かを抱え直した。
その何かとは、どうやらチラシのようなもので。
俺が自己紹介した直後、彼女は会釈を一つしてアトリエの入口近くにある掲示板に歩んで行った。
長門さんの持つチラシには、大きく[野球]と書かれていた。
それを見て、taさんは楽しそうにため息を吐く。
「いよいよ、次のが張り出されましたねー」
「ああ、蒼斗も入ったし、ちょうどいい頃だしな」
「…えーと、長門さん、taさん、何のお話ですか?」
つい気になったので、悪いと思いながらも割り込む。そしたら、アークさんが抱いた人形の頭に顎を載せながら言った。
「掃除当番決めの野球大会だぜ。黒の館は、大きく東西南北にわかれていて、それぞれの方角のチームで試合をするんだ。負けたチームが、館内の掃除をするということさ。ちなみに、私は北館チームだ」
「なるほど、そうなんですか。となると、俺は…」
「蒼斗さんは、南館チームですね。私は西館なんですよー」
「神 長門さんと黒猫さんは審査員です」と、taさんは続けた。長門さんは肯
定するように頷く。
彼女の言葉通りだと、俺はレベッカさんと同じチームみたいだ。
「今回は西館対北館、南館対東館になる。一番成績が良いチームには、商品が贈呈されるぞ」
「そうなんですよ蒼斗さん、優勝チームには美味しい和菓子がもらえるんですよ」
「黒猫さん、どこかの和菓子屋さんの店長の娘さんと知り合いらしいですし」と、彼女は続けた。そんなtaさんの目がキラキラと輝く。その反応からして、きっと美味しい和菓子を扱っているんだと思う。
そうなると、さっきスーパーで和菓子を買ったのは失敗だったかもしれないな。
「そうだな、今その子今回の優勝商品になる和菓子を話し合いに来てるかもな」
長門さんは顎に手を添えながら言う。
ふと、対戦チームの人が気になった。
「東館って、どんな方がいるんですか?」
「んー、関東土下座さんって人とか…アーク、他に誰いるかな」
「MKⅡとかもそうだぜ」
関東土下座さん、MKⅡさん。
名前だけわかっても人柄はちっともわからないが、一応相手のことは知っておくべきだ。
俺が二人にお礼を言うと同時に、ポケットのケータイが震えた。その振動する時間からしてメールのようだ。
taさんに失礼しますと言ってからそれを取る。
画面を見てみれば、そこには“乃人先輩”と表示されていた。
「…誰からですか?」
taさんの声が少しくぐもる。
「乃人先輩からですよ。なんでしょうかね」
「あれ…お姉ちゃん、試合の筈じゃ」
そう言われれば、そうだ。
かちかちとボタンを押してメールの内容を見てみれば、件名には「休憩中」とあった。
[何やら対戦相手に問題があったらしく、待機を指示された。
そういえば、今日君のことを白髪で赤い目をした眼鏡をかけた男の子に聞かれた
のだが、なにか心当たりはあるか?手紙も預かっている。少し怪しかったから連絡した。
それじゃあ]
という感じのものだ。
白髪に赤い目で眼鏡をかけた男の子に心当たり、と言われるものの全く知り合いと当てはまらない。
俺は少し考えてから、[心当たりはありませんが、手紙はわたしてもらっていいですか?よろしくお願いします]と内容を書いて、件名もお疲れ様ですに変えてから送信ボタンを押した。
「蒼斗さん、お姉ちゃんどうしたんですか?」
小首を傾げてtaさんは聞く。
その表情には不安の色も見えたから、大丈夫ですよと一言言ってからケータイを閉じた。
「対戦相手に何かあったみたいですよ」
「じゃあ、お姉ちゃんに何かあったわけじゃないんですね」
「怪我したとか、そういうことは書いてないから大丈夫だと思いますよ」
微笑みながら言えば、彼女は胸を撫で下ろした。
と、思い出したように目をぱちりとはためかせる。
「蒼斗さんの館案内まだまだ途中でしたね」
「ああ、そういえば」
「じゃあ、次行きましょうか。それじゃあ長門さん、アーク、失礼します」
taさんは軽く会釈をして出口のほうに向かった。
俺もそれに続いて歩いて行った。
その時、ケータイのバイブがしつこく震えていたものの、誰も気付かなかった。
「次は憩いの間でしたね」
「あ、そうだtaさん」
「はい、なんでしょうか」
長い睫毛をぱちぱちとさせてtaさんは歩みながら少し振り返る。
「野球大会って、いつ頃やるんですか?」
「次の日曜ですよ。怪我しないように気を付けて下さいね」
にっこりして彼女は口元を半月にした。
そして、視線を前に戻してから、一呼吸して口を開く。
「それにしても、蒼斗さんも可哀相ですよね」
「え、何がですか?」
「対戦相手ですよ」
「東館は、前回の優勝チームです。というか、今までで一番優勝した回数が多いんですよ」
その言葉に、少し血の気が引いた気がする。
taさんはまあしょうがないといった声色でクスリと笑った。
「でもまあ、蒼斗さんなら大丈夫ですよ」
「最善は尽くしますよ」
苦笑いしかできなかったが、頑張るしかないだろう。
と、そのうちに憩いの間に着いたようで、taさんはそこに続くガラスの戸を開いた。
そこには、アンティーク調の白い机と椅子がいくつか。そして、バラの木や石榴の木。
綺麗、というような風景がそこにあった。
「どうですか?綺麗でしょう」
taさんは満足げに笑いながら言う。
確かに、ここはアトリエとは違った綺麗さがある。
隣にいたtaさんは、いそいそと持っていたバッグに手を突っ込んで、
「ちょっと、お茶しましょうよ」
いつものドーナツの店の袋と、紅茶が入ったペットボトルを二本出して微笑んだ。
俺は準備がいいんですね、と思わず笑った。
椅子に腰掛けて、ドーナツの袋に手を入れれば、チョコレートの感覚が指を滑った。
おもむろにそれを掴んでみれば、taさんはやっぱりねという表情で俺を見た。
「ここ回り終えたら、どこ行きますか?」
「んー…、taさんのオススメの場所とかあります?」
「オススメですか?そうですね…面白いかどうかはわかりませんが、地下室に行ってみますか?」
「地下室ですか?」
「はい。真っ暗で中の様子は全然わかりませんけど。」
言われただけの雰囲気としては、不思議の一言だ。
「そこは、お互いの正体がわかっても名前を呼んではいけないんですよ。地下室にいる限りは、ね」
無表情に近い顔をするtaさんに、少し影が挿した。
と、誰かが近寄ったと思えば、白メッシュの入った黒ショートの髪の女の子が彼女の後ろに立った。
不思議な服装、とも言える。女性としては背が高く、ミニスカートにシャツというのは普通なんだ。
ただ、足のブーツとゴツいベルトは珍しい。珍しいというより仮面ライ…
「通りすがるだけよ!」
「…え?」
「あ、通りすがりさん」
「やあ、ta。常陸蒼斗って知ってる?」
「蒼斗さんですか?その人ならここにいますけど…」
いきなりの不思議な人の登場に驚く暇もなく、その女性はさくさくと話を進めていく。
taさんが俺を指すとほぼ同時に、通りすがりさんと呼ばれた彼女は俺の目の前に、ずい、と白い封筒を突き出した。
それは既に封が開けられている。宛先のところには、俺の名前。
俺はハッとなって、ひったくるような形でその人から手紙を受け取った。
「…持ってきていただけたのは嬉しいのですが、人の手紙の中身見るなんてあまりいい趣味とは言えませんよ」
「開けたのは私じゃない。最初から開いてた。もっと詳しく言えば、開いた状態でドアの前に落ちてた」
「え…」
差出人のところには、『京』と書いてあった。
俺はその女性に一言「すみません」と謝ってから、ちゃんとお礼をした。
「それじゃ、私は行くから。じゃあ」
「あ、はい、通りすがりさん」
taさんはその女性に手を振って見送ってから、俺に視線を戻した。
「お手紙、無事ですか?」
「あ、ああ。中見てみる」
封筒の口から、中身を取り出す。紙が二枚。
読んでみると、この間植物園で撮った写真を送ったとのこと。
ただ、封筒の中を確認してみても、写真らしきものは入っていなかった。
俺が怪訝そうな顔だったのか、taさんはそっと覗き込んできた。
「どうしたんですか、蒼斗さん。…誰からの手紙だったんですか?」
「…ちょっとした友達からの手紙ですよ。ただ、写真を同封したらしいんですけど、それが見当たらなくて」
「もしかして、その封筒を勝手に開けた人がとった、とか」
「……」
口をつぐんだ。
いったい、誰がなんの為に。
「… 多分、入れ忘れたんですよ。さ、ドーナツ食べましょうよ、チョコが溶けちゃいますし」
俺はそう言って、とりあえず笑っておいた。
本当は、taさんにもっと館の案内してもらう予定だった。
ただ、あの手紙のことが気になって、このままでは案内してもらっても頭に入りそうにない。
そう考えて、俺は少し早めに切り上げた。
別れ際に、和菓子の入った袋をわたしてお礼を言った。
「何だかすみません」
「いいえ、大丈夫ですよ。こちらこそ、ありがとうございました和菓子、ごちそうさまでした」
「俺こそ、ドーナツごちそうさまでした。…じゃあ、また」
「はい、さようなら」
彼女が一礼して、ドアから離れたのを確認してからそれを閉めて、鍵をかけた。
それから、携帯のメール画面を起動させて、宛先のところに京のアドレスをアドレス帳から引用して挿入する。
かちかちと文字を打っている時に、雨音がしていた。ああ、雨が降っているんだなんて思いながら、夕立であろうそれの音をただ聞いていた。
メールをやり取りしているうちに、京は確かに封筒の中に写真を入れたことがわかった。つまり、誰かが写真を盗んだことは確定したのだ。
たまたま傷が付いて、写真だけが封筒から外に出た、なんて偶然はないだろう。
封筒の切り口を二度見してみたけれども、それにしては綺麗に破けている。
不気味な感じはしたが、京からの手紙だ。ぞんざいに扱うことはできない。
「…あれ」
手紙を置いてから携帯をもう一度見て、着信が一件あることに気がついた。公衆電話かららしい。
誰からなんだろう、と思いながらも内心では貴彰であってほしいと思っていた。
「あいつ今頃どうしてんだろうな…」
食べ物や住居、事故に遭遇していないかという心配。
試しにメールを送ってみようと思うが、早くおじさんのところに帰れという、ありきたりな文章しか思いつかない。
これ以上考えても仕方がないから、先ほどの文章と、気が付いたら連絡をくれとだけ書いて送っておいた。
夕立は足を止める気配を見せていなかった。
窓から景色を少し覗いて、夕飯の支度にとりかかった。
ご飯を二合炊いて、簡単に野菜をあえたり、レベッカさんからの煮物を用意する。
食事を終えた後、彼女から借りた鍋の中身は見事に空っぽになった。
時間はまだそれほど遅くなっていなかったし、俺はレベッカさんの玄関でチャイムを鳴らした。中からは、まだ幼げな声で返事をする彼女の声が聞こえた。
ドアが開くと、俺は自分よりいくつも背が低い彼女にそっと笑って言った。
「こんばんは、レベッカさん」
「あ、蒼斗さんでしたか。こんばんは。どうしたんですか?」
「お鍋、返しにきました。煮物美味しかったですよ。ごちそうさまでした」
「ありがとうございます」と、彼女は顔をほんのり赤くしながら鍋を受け取った。
そしたら、レベッカさんは思いついたように目をぱちりとさせて、ちょっと待っててくださいと一言を残して、ぱたぱたと部屋の中へ入って行った。
何分かした後、今度は大皿にコロッケを沢山乗せて笑顔で差し出してきた。
「煮物の残りで作った、サトイモのコロッケと、カボチャのお菓子です。お口に合うかどうかわかりませんが…」
「わあ、いいんですか?美味しそう…」
「えへへ…食べたら、是非感想聞かせてくださいね」
にっこりとしながらももじもじとする彼女からそれを受け取り、一礼した。
「今度、お礼させていただきますよ」
「そんな、私は食べてくださるだけで嬉しいので」
「いいえ。…そうだ、今度一緒にドーナツ食べに行きましょうよ」
「ドーナツですか?」
「はい。美味しいですよ。勿論、レベッカさんのには劣りますがね」
「ほえっ!?」
顔をリンゴくらい真っ赤にして、あたふたしながらそんなことないです!と必死に弁解する彼女が可愛らしい。
野球大会が終わって、時間があったら行こうと約束をして別れた。
部屋に戻り、腰を下ろしてからレベッカさんのおすそ分けのカボチャを一つ頬張る。
甘くて美味しい。そういえば、煮物の残りと言っていたが、もしかして煮物しか作れないんじゃ…いやいやいや。
雨はもう止んでいるようだった。
最終更新:2010年09月27日 01:30