【饅頭と波】
「おにいさん、おかえりなさいなんだぜ!」
買い物から帰ってきたぼくを見て、まりさはそう言った。
「いい子にしていたかい、まりさ」
「ゆゆん! いいこにしてたのぜ! おみずさんをぱちゃぱちゃしてあそんでたのぜ!」
「そうか、今日は新しい玩具を買ってきてあげたぞ」
買い物袋から取り出したのは、小さな箱形の装置。
―――――
水上まりさは、その名のとおり水上での活動に適した種族だ。種族の発生自体について詳しいことはわかっていないが、普通のまりさ種も調教すれば水上で生きていくことくらいはできる。
要は、水面に帽子を浮かべてバランスが取れるかどうかだ。オール漕ぎの上手なまりさ同士をかけあわせれば、それだけで水上まりさの出来上がりである。
ゆっくりショップでも、比較的繁殖が容易なために安価で販売されている。
ミニ水上まりさ飼育キット(1500円)を買えば、必要なものは大体付いてくる。
「ミニ」というのは、鑑賞用のゆっくりだということでもある。固定化剤(成長抑制薬)があらかじめ投与されているので、小さな水槽でも充分な広さを確保してやれる。餌も少量で済むから、水も汚れにくい、というわけだ。
小さめの水槽、ミニ水上まりさ、オール用の木切れ、簡易水質検査装置、餌一ヶ月分、玩具、砂、流木などがついてこの値段。ゆっくりを愛するものとして、リーズナブルな価格で手に入れられるのはうれしい。
―――――
「おにいさん、それはなんなのぜ? まりさのおうちはきのおうちがあるからだいじょうぶなのぜ?」
水上まりさといえども、四六時中、水面に浮かんでいるわけではない。
なにより帽子がふやけて沈んでしまうし、疲労だって溜まる。流木なんかを水槽の壁面に立てかけて、水に触れていない部分に穴を開けてやれば、勝手に居住空間だと認識する。
「違うよ、これは波を発生させる装置だよ」
ぼくが仕入れたもの、それは波を発生させる装置だ。手早くセットして電源を入れる。すると。
「ゆゆ!? なみさんがでてきたのぜ! ゆらゆらするのぜ!」
弱い波だから、水上まりさが転覆するほどではない。むしろ、今まで波がなかったことのほうがおかしいかのように、まりさは波を楽しんでいた。
「なみさんはゆっくりできるのぜ! おにいさんありがとうなのぜ!」
「それはよかった。じゃあ、もう少し強くしてみようか」
さあ、楽しい耐久テストの始まりだ。最弱から微弱ヘ。
「ゆらゆらぷかぷかゆっくりー!」
微弱クリア。次は中だ。
「ゆっ! なみさんゆっくりするんだぜ! ゆゆゆ……」
ぎりぎりクリアだな。次はどうかな、強。
「ゆわぁぁぁ!? ゆわっぷ、げほっ……やめてね! おにいさんやべで……」
強が限界みたいだな。せっかくだし、最強にしたらどうなるかも見てみよう。
「ゆわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!? なみさんごわいぃぃぃぃ!」
白い波濤。飛沫が水槽を叩く音と、まりさが泣き叫ぶ声が水槽のなかで反響する。
ぼちゃん。
「あっ、落ちた」
まりさ沈没。荒れ狂う水に巻き込まれ、まりさは息のできない苦しみに苛まれながら、次第に溶けていった。
「新しいヤツ買ってこなきゃ」
代わりはいくらでもいる。ミニ水上まりさ自体、数百円で購入できるのだ。明日の今頃、新たな水上まりさが水面を漂うことになる。
黒く濁った水底に折り重なった死骸は、一匹分ではなかった。
―――――
鑑賞用ミニ水上まりさ飼育上の注意点
- 波の強さは中まで
- 餌は与えすぎないように
- 飽きたら波を強くさせて沈没させましょう
完
最終更新:2010年10月21日 20:54