【心理のカケラ】
ふるえる刃。
つのる不安。
幾度目の逡巡ののち。ついに、私は彼女の側頭部にメスをいれた。
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「精神強圧臨性上脳支配症」
それが、彼女の病名だった。
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彼女は母性豊かで、もともと物静かだった。それが、私と暮らし初めてしばらく経った頃に突然、手がつけられないほどに凶暴になった。 あちこち暴れ回り、家のなかはぐちゃぐちゃになった。彼女が癇癪を起こすことはつまり、小さな嵐が吹き荒れることであった。そして、ひとしきり暴れて疲れたら、糸の切れた人形のように動かなくなってしまう。丸いふくよかな体は痩せ細って、肌はがさがさになっていた。
医者からは、抗鬱薬の投与を勧められた。効果が出るには、数ヶ月から数年、必要だと言う。
私は待てなかった。すぐにでも、優しく微笑む彼女の顔が見たかった。
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以前の彼女に会いたい。私が知った方法は、
「前部前頭葉切裁術」というものだった。一般的には「ロボトミー」と呼称されるらしいが、そんなことは私にはどうでもいいことだった。
医者にこの手術のことを話したら、強く否定された。彼の話では、ロボトミー手術は効果の信憑性が薄く、しかも命に危険が迫る可能性が高い。あげく、私の彼女に対する愛情まで疑われた。そんな医者を信頼できるはずがない。
私は、自らの手で彼女を「治す」ことにした。
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もう少しだよ。
もう少しで、楽しい毎日が訪れる。
不安の影に怯えながら、恐怖に支配されることは無くなる。
私が、私こそが、きみを愛する最大のものなのだから。
さあ。
起きて。
眼を覚ましておくれ。
あたたかな眼差しを見せて、喜びの声を聞かせてほしいんだ。
れいむ――――。
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「…………おにいさん、だいすきだよ」
彼女は、微笑んでくれた。長く暗いトンネルを抜けた気分だった。
私は、彼女の好物の生クリームをスプーンによそって、食べさせてあげた。
彼女はにっこり笑って、
「おにいさん、だいすきだよ」
と言った。うれしかった。ロボトミー手術を開発した人に、心のなかで感謝した。
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「……おにいさん、だいすきだよ……おにいさん、だいすきだよ……おにいさん、だいすきだよ……おにいさん、だいすきだよ……おにいさん、だいすきだよ……」
完
最終更新:2010年10月24日 22:38