【命の価値と意味】
「ばんごはんはかまきりさんといもむしさんだよ!」
「ゆわーい! れいみゅばったしゃんだいちゅきだよ!」
「まりちゃはいもむししゃんをたべるにょぜ!」
「おちびちゃんたち、ごはんはたくさんあるからあわてないでたべるんだぜ!」
家族はとてもゆっくりしていた。両親のれいむとまりさによく似た子供たちは素直でかわいらしい。住み処は丘に横穴を開けたもので、中は広く快適だった。
藁を敷き詰め、寝る場所はふかふかだ。ご飯を食べてお腹がいっぱいになったら、みんなそれぞれに追いかけっこしたりすりすりしたりする。
やがて、一匹、また一匹と眠りにつく。
二度と醒めぬ、永遠の眠りに墜ちていく。
―――――
異臭がした。
強く吹く風。ひどく甘い、むせ返るほどのにおいが鼻につく。
眼を開けた。
そこにあったのは、安らかに寝息をたてる大切な家族の姿……などではなく。
「ゆわぁぁぁぁぁ! まりさ! おちびちゃんたち! どぼぢでじんでるのぉぉぉぉぉぉ!?」
中身の餡子を撒き散らした家族の惨たらしい死体だった。 風が吹き込んでいたのは、壁が半壊したせいだった。
あちこちに飛び散ったリボンや帽子に、微かな面影を感じた。
「おや、起きたみたいだね」
見上げると人間がいた。口の周りに餡子が付いている。紛れも無い、家族のものだ。
「にんげぇぇぇん! おまえがれいむのかぞくをころしたのかぁぁぁ!」
れいむは激昂した。対称的に、人間は飄々と笑っている。酷薄な笑みだった。
「おいしかったよ。まあ、途中で味に飽きちゃって潰して遊んだりしたけどね」
捕まえて喰っただけなら、餡子は飛び散らない。
「ゆぎぃぃぃ! ゆるさないよ! れいむたちだっていきてるんだよ!」
れいむは、人間を許さない。大切な家族。温かで幸せな家庭を踏みにじった悪魔を睨みつける。
憎しみが黒い渦になって、れいむの心を飲み込んでいく。
「あははっ。それだよ、それ。その言葉を聞きたくってきみを生かしておいたんだ」
口元を舌でぺろりと舐めて、人間は言う。
「……で。それがどうしたの?」
それがどうしたの?
それがどうしたの?
それがどうしたの?
人間の言葉の意味がわからない。何を言っているのだこいつは、とれいむは思った。
「れいむはボクをどうしたいかな? 殺したい?」
混乱は深まる。自分は、どうしたいのか。死んでしまった家族は、もう生き返りはしないのだ。ならば、せめて命を奪って償いをさせたい。
「……ころすよ! にんげん、おまえはいきていちゃいけないよ! かぞくのかけがえのないいのちをうばったおまえを、ゆっくりしないでころすよ!!」
人間は、先程よりももっと酷薄な笑みを浮かべていた。唇の端は吊り上がっている。瞳は氷の刃のようにきらめいている。視線は、刺し貫くように鋭い。
「かけがえのない命、か。面白いことを言うね。それは確かにきみたちにとってはそうなのだろう。しかし、だ。ボクにはわからない。何故なら、種類も違えば思想も知能も異なるからだ。……この辺りもまだ、進化には至らないようだね」
「な、なにをいって……ゆぎゅぶ!?」
「ごめんね。もう少し程度の高い返答を期待していたのだけれど、これでは足りないよ。……くすっ……『かけがえのない命』はいとも簡単に壊れてしまうね」
薄れてゆく意識。 白い靄。
家族が、れいむを優しく迎えた。
―――――
「所長。知能上昇に伴う感情の操作と思考経路の解明の件ですが」
研究員の一人が声をかける。ボクは機嫌が良くなかったから、テキトーに返事をして追い返した。
忙しく走り回る多数の研究員たちの姿を見て思う。彼らは、なんのために生きているのだろうか。必死になって頑張って苦労して……最後は灰になるだけなのに。
「所長、環境部と繁殖部が臨時の会議を行いたいと言っていますが……」
「ボクは旅行中だよ」
「しかし緊急の案件でありまして……」
「左遷、減給……」
「し、失礼しました……」
どうせなら、本当に旅行に行こうかな。素敵な出会いをして、大切な家庭とやらを築いて、子供をつくって、おいしい食事を用意してあげようか。
「でも、ボクみたいな捻くれ者を拾ってくれる人なんかいないよね……」
一生をかけて、意味を見出だすことは可能なのか。
価値に気付いて、他のものを護ることはできるだろうか。
「ああ、ブチ殺したくなってきた」
手に入れるまで、何度も壊して壊して壊しまくるのもいいよな、なんて考えてしまうのだった。
完
最終更新:2010年10月27日 23:25