シン・ナガモン
…連邦空軍のパイロット。愛機はステルス攻撃機F-117A。日頃は反政府ゲリラへの攻撃を任務としていたが、今回特別任務を命じられる。
黒猫
…ナガモンの相棒を努める女性パイロット。任務は空中からの偵察と情報収集。F-117の偵察使用機に乗っている。
ミャンマー博士
…新兵器を開発したマッドサイエンティスト。眼鏡を外すとイケメン
※この物語はフィクションです。
超兵器R―1号。
連邦政府が開発した新型爆弾だ。
連邦の最先端技術を惜しみなく投入したこの新兵器の試射を命じられたのは、なんとこのオレだった。
投下目標は南洋に浮かぶ小島、ギエロン島。そこにはかつて反政府ゲリラの拠点があったが、今は無人になっている。
深夜、オレは最新型のステルス攻撃機に乗り込んだ。
ナイトホークと呼ばれるその機体は、正式名をF-117Aという。レーダーに対する圧倒的なステルス性から、いままでこの機種が撃墜された例は皆無と言われている。
オレの機体の横にはもう一機、同型のナイトホークが並んでいる。
そちらは偵察機使用で、オレの相棒の黒猫が乗り込んでいる。
黒猫は珍しい女性パイロットだが、操縦の腕前はこの部隊でも随一と言われている。
そもそもオレのこの任務が始まったのは、黒猫がオレの部屋に入ってきた時からだった。
†
「ナガモン、司令がお呼びだよ。特別任務だってさ」
黒猫がそう言いながら部屋に入ってきたとき、オレはスプリングのいかれた固いベッドに横たわっていた。寝ていたわけではないが、忙しい任務の合間に思いっきり怠惰を全うしているところだった。だから特別任務と聞いても、オレの心は沈んだままだった。
「また反政府ゲリラの残党狩りだろ?敵も味方もよく飽きないな」
「そうとは限らないよ?新兵器の噂、知ってるでしょ?」
「超兵器R―1号か?」
「そうそう。その超兵器が、この基地に運び込まれてるんだって。新兵器のテストはうちの部隊がやるみたい」
「……まさか、それをオレが?」
「可能性はあると思わない?とにかく行ってみようよ。話はそれから」
「そうだな」
オレは気だるい体を起こし、黒猫に続いて部屋をでた。
ブリーフィングルームにはこの基地の司令と、もう一人の見知らぬ男が待っていた。空軍の制服を隙なく着こなした司令に対して、もう一人の男はくたびれた感じの白衣をだらしなく羽織っていた。
「黒猫中尉、参りました!」
「同じくナガモン中尉、参りました!」
黒猫とそろって敬礼する。
「ご苦労。まぁかけたまえ」
いつもどおりの固い口調で、司令が着席をうながす。
「君たち二人に来てもらったのは他でもない。極めて重要な任務を与えるためだ」
前置きなしに本題。これもいつもどおりだ。
「新兵器が開発されたことは、二人ともすでに知っていると思う。じつはこちらにおられるミャンマー博士が、その新兵器の開発者なのだ。作戦内容を伝える前に、博士から新兵器について説明していただく」
「私がミャンマーです。今回我々開発局は、究極の爆弾を開発することに成功しました」
甲高い声で喋り始めたミャンマー博士は、正直言ってそこまで偉い人間には見えなかった。身だしなみはなってないし、丸眼鏡のむこうの瞳は暗く濁っている。はっきり言って浮浪者のような出で立ちなのだ。彼がそんなにたいそうな新兵器を開発したとは信じがたい。
「基本的に爆弾の構造は通常の核弾頭と同じ。しかし決定的に違うことがあります。それは、起爆後の放射能汚染が極めて短時間で消失することです。試算によれば、爆心地の空気中の放射性物質は、起爆から24時間で完全に通常の数値まで戻ります。後世に悪影響を残さない『クリーンな核兵器』、それがこの超兵器R―1号なのです」
熱弁をふるったミャンマー博士は得意満面の微笑を浮かべていた。
「今回二人に遂行してもらう任務とは、他でもない、この超兵器R―1号の試射である。ナガモン中尉の機体にR―1号を搭載、ここから南方400kmにある無人島、ギエロン島に投下する。黒猫中尉の偵察機はこれに随行、ありとあらゆるデータを集めろ」
張りつめた司令の声は、オレ達に否応なしに緊張を強いた。ギエロン島。どこかで聞いた名前だ。あれはたしか…
「たしかギエロン島には、以前も出撃したことがあります。その時は反政府ゲリラの拠点が目標でしたが、島には民間人もいたはずです。そんなところに核兵器を投下するんですか?」
黒猫がオレの疑念を代弁してくれた。そう、たしかそこには民間人もいたはずなのだ。
「心配はご無用。調査の結果、ギエロン島はすでに無人島と化していることが確認されています」
黒猫の質問に答えたのはミャンマー博士だった。そんなことは調査済みだ、と得意な様子で語る彼が、オレは気にくわなかった。
「昔いた住民はどうしたんでしょう?」
黒猫がさらに質問を重ねた。今度は司令が答えた。
「ゲリラの拠点が壊滅して、その後自然と移住していったようだ。民間人とはいえ、あの島で生きていくにはゲリラの流通に従うしかないからな」
かつて反政府ゲリラの占領地だった島を、新型爆弾で吹き飛ばす。要するにそういう任務なのだろう。
「覚えているかもしれないが、ギエロン島は周囲20kmほどの小さな島だ。R―1号の投下目標は島のほぼ中央に位置する街とする。ミャンマー博士の試算では、R―1号を正確に投下できれば、ギエロン島は地図から完全に消失することになっている。完璧な戦果を期待するぞ」
司令はそう言ってブリーフィングを締めくくった。
†
深夜零時、オレと黒猫は漆黒の夜空に飛び立った。超兵器R―1号はオレの機体の胴体にきちんと収まっている。コックピットに乗り込む前に弾頭をちらりと見る機会があったが、それほど大きなものではなかった。
針路を南にとると、ほどなく眼下には夜の海が広がった。雲ひとつない星空に月が明るい。海面は月明かりを反射し、静かにさざめいていた。
「ギエロン島の手前にはゲリラが占領する島がいくつもある。低空飛行を続けてレーダーをかいくぐるぞ」
無線で黒猫に告げた。あらかじめ決めてあったことだが、再度確認しておく。
ステルス機であるこのナイトホークがレーダーに捉えられることはまずないが、それでも警戒して高度は低くとる。ゲリラは占領下の島々に飛行場を建設し、戦闘機も配備しているのだ。また、どこから入手したのかわからないが、高性能な対空ミサイルも持っているらしい。撃墜されるのは御免だ。
夜の闇に紛れ、オレ達は低空で飛び続けた。
月は相変わらず明るくて、低くエンジンが鳴り響いていた。それ以外は何も聞こえない。
まっすぐ飛び続ける間、オレはこの任務について考えていた。
特別任務といっても、結局オレのやることに変わりはない。命じられたまま飛び、命じられた目標に爆弾を落とし、こそこそと還ってくる。いつもそうだ。
オレは連邦空軍のなかの小さな歯車になって、ただ命じられたままに飛ぶ。そこに感情はない。オレが殺しているゲリラには恨みもない。命じられたから殺した、ただそれだけだ。
無責任な言い草だと思う。殺されたほうはたまったものではないだろう。政府を倒すという高い志を持ったゲリラが、組織の小さな歯車に殺される。理不尽なことだ。同情はしないが。
だけどオレはこの仕事を嫌ったことはなかった。やりがいがある、というわけでない。嫌っていないだけで、好きなわけでもない。
しかしそれでも、オレはこの仕事を、人を殺すパイロットという仕事を続けてきた。だから一種の愛着はあったし、これからも続けていたいと思っていた。
だから今度の任務も、いつも通りにこなす。今までだって、オレが投下した爆弾がどんな惨禍をもたらすか、直視したことはなかった。今度も同じだ。どんな爆弾だろうと、落とす側には同じことだ。いつも通りに落とす。
だってそれは、政府の命令だからだ。連邦政府の掲げる正義、それに則した任務をオレは遂行する。いつも通りに。
ギエロン島は一時間ほどしてレーダーに捉えられた。GPSの地図と照らし合わせ、侵入角度を調整する。いよいよだ。
念のため敵機がいないか確認する。レーダー上に機影はない。黒猫の機体も映っていない。さすがステルスだ。
ギエロン島が目視でも確認できるようになった。夜の闇に浮かぶ島影は美しく、静かだった。
そこにどんな人が暮らし、笑い合っていたのだろう。
そこでどんな夢が生まれ、育まれていたのだろう。
地図に示された名も読めない街、そこに向けて爆弾を投下する。
今夜も、正義を御旗に。
生きとしいけるもの全てを焼き尽くす紅蓮の炎が、真下に流れる。
予定通りに機首を上げて、弾薬庫の蓋を閉じる。
勝利の旋回。
何も見ない、何も聞かず、何も、何も、何も、何も……。
「新兵器なんてもんじゃない……最後の審判だよ………」
黒猫の声が聞こえた。思わず呟いた言葉を無線が拾ったらしい。
それでもオレは、ギエロン島を振り返ろうとはしなかった。背後の空は白銀に染まっている。視界の隅にそれが見えた。だが、それ以上は見ない。
アフターバーナーに点火し、音速を超える。R―1号の爆発音は、オレには届かない。
黒猫をギエロン島の上空に残し、オレは帰路についた。彼女はデータを集めなきゃいけないから、オレのようにそそくさと逃げ帰るわけにはいかない。R―1号がもたらした破壊をしかと見届けなければならない。
そういう意味では、今度の任務で一番貧乏くじを引いたのは彼女なのかもしれない。いかに人間が住んでいないとはいえ、ひとつの島が地上から完全に消失する様をひとりで見届けるのは、あまり楽しい仕事ではないだろう。
ふと気づくと、高度がいつもよりわずかに上がりすぎていた。特別任務とやらの重圧から解放され、いまいましい新兵器も手放したオレは、少しだけ気が緩んでいたのかもしれない。
『クリーンな核兵器』。ミャンマー博士はあの超兵器R―1号をそう称した。それはかつてより核兵器が使いやすくなったことを意味する。爆発に巻き込まれた生命すべてを焼き尽くす道義上の問題を置き去りに、今後はこの超兵器が戦略の中心に据えられるのだろう。ただ単に、使いやすいという理由のために。
その為に何人が犠牲になるかわからない。そのうちの何人をオレが殺すのかもわからない。
オレはいつも通り、命じられた目標に命じられた爆弾を落とすだけだ。
ふと気づくと、眼下の低い空に対空砲火が上がっていた。南洋の海に点々と浮かぶ島々、そこに砲台があるようだ。
夜明けはまだ先で、暗闇の中に砲弾の閃光がまたたいている。
ナイトホークのステルスは絶対。そう信じていたオレは、きっと自分を狙っているであろうその閃光を見ても危機感を覚えなかった。
むしろそれは何かを祝う花火のようで、反政府ゲリラのささやかな抵抗は儚かった。ただそこに込められた怒りや嘆きや悔やみ、そして憎しみを、オレは受け止めようと試みた。
度重なる連邦政府の弾圧に断固として屈しない彼らは、組織の歯車たるオレよりきっと立派だ。彼らは万感の思いを込めて、当たるはずのない砲弾を撃ち続けている。
見下ろしていた視線を正面に戻す。そろそろ黒猫もデータ採集を終えて、帰還の途についた頃だろう。オレはあと30分も飛べば、無事に基地に帰れる。
ほっとため息をついた。
その時だった。
朝日より早く、まぶしい光が突然キャノピーを砕いた。物凄い衝撃と音。
何が起こったか分からず、激しく揺れだした機体を必死で操ろうとする。
そしてオレは、自分の胸にキャノピーの破片が刺さっていることに気がついた。
生きとしいけるもの全て、同じ色、真紅の血が胸から流れる。
そんな当たり前のことに気づいたオレは、自分がいままで殺してきた人たちのことを思った。
彼らもオレと同じように血を流し、苦しみ、そして死んでいったのだろう。
力なく握る操縦桿は重い。
「黒猫!いないのか?!」
振り向き叫んでみても、誰も答えない。
月が遠く霞み、消える。
ナイトホークが堕ちる。
機体はきりもみを始め、天と地が慌ただしく入れ替わった。オレはこの機体を捨てることにした。残念だが、やむを得ない。
無我夢中で脱出レバーを引いた。オレはシートごと射出され、暗い闇の中に投げ出された。白いパラシュートが開き、緩やかに降下しはじめる。
眼科には闇を塗り固めたかのような海。付近に島影はない。
胸の傷が痛み、意識が遠のいていく。相変わらず出血しているようだ。
これはきっと、今までの報いだ。何も見ないで、何も聞かないできたことに対する罰だ。
海面に着水する。南洋の海水はなま暖かい。シートに取りつけられていた救命胴着を膨らませ、オレは大海原に漂った。
しばらく意識を失っていたらしい。暗かった空は東のほうから明るくなり、見事な朝焼けが西の宵闇とコントラストを成していた。
生まれた環境が違ったら、こんなに綺麗な朝焼けは見ずに生きていただろう。
撃墜されてなお、オレはこの仕事を選んだことを後悔していなかった。
海水が暖かいせいなのか、胸から血がでているせいなのか、手足の感覚はやけに鈍かった。
ふやけた手を握ったり開いたりしても、なんの感触もない。
このまま死ぬのだろうか?
そうしたらオレの死体は魚の餌になって、この命はちがう命に受け継がれることになる。
オレが殺した人たちは誰にも受け継がれずに、ただ灼熱の焔に焼き尽くされただけだった。それに比べれば、ずいぶん恵まれた死に様と言えるだろう。
そんなことを考えていると、頭上にごうっ、という低い音が響いた。
見上げると、見慣れた漆黒の機体が朝日を浴びて飛んでいた。
「黒猫…!」
それは黒猫のナイトホークだった。ここがどこかはわからないが、帰還のルートから大きく外れていることは確かだ。
どうやらオレの機体のシートに内蔵された救難ビーコンが役に立ったらしい。黒猫はオレの遭難に気づき、わざわざここまで来てくれたのだ。
黒猫のナイトホークは不意に急降下して来て、翼を振りながらオレの頭上を通過していった。
どうやら見つけてくれたらしい。
これなら助かるかもしれない。
そんな考えが頭をよぎった瞬間、一筋の光が黒猫の機体に追いすがり、爆発した。
ナイトホークの主翼がもぎ取られ、黒猫の機体は紅蓮の焔に巻かれながら垂直に落下していった。
「脱出しろ!」
聞こえるはずがないのに絶叫していた。途端に胸の傷に激痛が走る。
顔をしかめつつ見れば、黒猫の機体がバラバラになって遠くの海面に突き刺さる瞬間だった。巨大な水柱が立ち上がったが、それもあっと言う間に消えてしまった。
あとには何も残らなかった。黒猫を撃墜したのは対空ミサイルだろう。だがそれがどこから発射されたのかもわからない。少なくともここからはひたすら水平線しか見えないのだ。
そんな大海原の真ん中、オレだけがひとり、忘れられたように取り残されていた。生かされもせず、殺されもせず、ただそこに取り残されていたのだ。
オレは何者かに怒っていた。オレを置き去りにした奴に。それは黒猫やゲリラなんかじゃなくて、オレがこうなるよう仕向けた運命に対してだった。あるいは神に対して。
だが、怒ってみても何も変わらなかった。助けは来ない。陸地は見えない。黒猫も助かってはいないだろう。
オレはなにもかもめんどくさくなって、ただただ海面に漂っていた。
オレは次第に眠くなってきた。睡魔に任せて瞳を閉じる。意識が落ちてゆく―――
第一部 完
最終更新:2011年11月16日 17:51