節分の日の夕刻、ロランはいつになく幸せのオーラを漂わせながら商店街にやって来た。
口元には自然と笑みが浮かび、足取りも軽い。
ドンキーの前でベルレーヌが声をかけた。
「何かいい事あったんですか」
「これを使う日が来たんですよ!」
ロランは一枚の引換券を取り出した。
「ああ、ギレン寿司の!ちょうど
キースが開店祝いに行ったわ。
他の店も一人ずつ招待されてるのよ」
「そうですか。どうりでいないわけだ。じゃあ、また」
ロランが向かったギレン寿司は、居酒屋ミハルの前にあった。
以前はタコ焼き屋・ガルマの店だったが、正月に閉店していた。
「ごめんください。あ、
キース」
「よう、節分の太巻きか?」
一間間口の店内には見知った顔がちらほらといた。
キース、カロッゾ、ジョゼフ・ヨット(魚屋)、
カテジナ・ルース(花&雑貨店)…
新米記者フラン・ドールが、店主のギレンに取材の最中だ。
「お品書きの『ふらきり』って何ですか」
ギレン「食せよ!国民!『ふらきり』お待たせだ!」
フラン「ウマー!」
ギレン「ぜひ好い記事にしたまえ。では、お集まりの諸君、
ギレン寿司より開店の挨拶をさせていただくぞ」
パチパチパチ、短く拍手が起こり、おもむろに演説を始めるギレン。
「商店街は一軒のタコ焼き屋を失った!しかし、これは閉店を意味するのか!
否!始まりなのだ!
郊外型寿司チェーン店に比べ、わがギレン寿司の資本力は300分の一以下である。
にもかかわらず、今日まで果敢に開店に備えてこられたのはなぜか!
諸君、わがギレン寿司の経営理念こそが正義であるからだ。
それは商店を営む諸君らが一番よく知っている。
我々は郊外大規模店舗圏に遠く、一商店街として大量消費から縁を切られた。
商店街に住む我々が、正当な利潤と営業を追求して、
何度、激安店の乱立者どもに踏みにじられたことか!
かつて、ケイザイ・ダイクンは
『低成長期の経済の革新は、駅前の民たる地元商店街から始まる』と言った。
その言葉どおり、各店は過酷な消費空間を生活の場としながら
共に苦悩し、練磨して今日を築き上げてきた。
本商店街はダイクンの夢と理想をまさに形あるものとしてきたのだ。
ギレン寿司が掲げるスシ一貫一貫の究極の味のための戦いを
客が見捨てるわけが
無い!
私の兄弟店、諸君らが愛してくれたタコ焼き屋・ガルマはつぶれた!
何故だ!」
「タコにあたったからさ」居酒屋ミハルのカウンターで変態仮面sがいっせいにつぶやく。
ギレンの演説は続いていた。
フラン・ドールは勝手に『ふらきり』を客に勧めては反応をみている。
ギレン「しかしながら大型チェーン店の経営陣らは自分たちのみが飲食業の
支配権を有するとして国民の味覚を均一化して行く!」
フラン「お味はいかがですか」
キース「ウマー!」
ギレン「諸君らの父も兄弟も親戚も、その無分別な進出の前に経営縮小を余儀なくされたのだ」
カロッゾ「お代わりあるかな」
カテジナ「美味しい物を食べると訳もなく幸せになりません?アハッ」
ギレン「この悲しみを、怒りを、忘れてはならないっ!
それをガルマは閉店をもって我々に示してくれたのだ!」
ジョゼフ「お代わり、まだー?」
フラン「はーい!お待ちどうさま~」
ジョゼフ「あ、ありがと(可愛いー)」
ギレンはすでに宴会場と化した店内を見渡した。
ギレン「まあ、いいか…。
国民よ!悲しみを食欲にかえて、食せよ!国民!
我ら駅前商店街の民こそ、本物のスシを食する民である事を忘れてはならないッ!
じーく・お寿司!だ!」
パチパチパチ!(拍手)
ロラン「開店おめでとうございます!!ギレンさん!」
たった一人、最後まで演説に付き合ったロランがギレンを見た。
ロラン「すみません、このチケット使えますか」
引換券には『年末謝恩セールト特賞!ギレン寿司開店記念
2月3日に限り、本券と太巻き20本を無料で交換!』の文字が踊る。
ギレン「ここで食するかね」
ロラン「持ち帰りにして下さい。弟たちが待っているので…」
キース「こいつの家、兄弟多いんですよ。あ、『ふらきり』いただいてます」
ギレン「ああ、どんどんやってくれ!
兄弟はいいものだ、多いとそれはそれで大変だがな、国民。
私は四人兄弟だ。君の所は?」
ロラン「13人です」
ギレン「さぞ賑やかな事だろう。よし、お待ちどうだ。太巻き20本!
おまけにこれもどうぞ、だ」
ロラン「え?いいんですか?ありがとうございます!」
深々と頭を下げ、ロランは店を出た。それを見送るギレンにカロッゾが聞いた。
「大将、おまけに付けたのはなんだい?」
ギレン「『生厨』といって、結構歯ごたえのある一品だ。
小さいお子様は止めといた方がいいぞ、国民」
フラン「ギレンさーん、『ふらきり』終わりましたよ~」
ギレン「次!『味噌煮込みうどん』行くぞ」
ジョゼフ「ここ、寿司はないのか?」
一時間後、食卓に兄弟全員が揃った。
アル「わぁい!お寿司なんて久しぶりだね」
アムロ「節分に吉方に向かって太巻きを食べる習慣て、どこのだっけ」
ロラン「一人に一本ずつありますね。残りは切り分けて盛りましたよ、いいですかー」
コウ「お茶、お茶」
シーブック「アルがのど詰まらせちゃ困るからな、お茶こっちくれ」
ジュドー「おまけってこれ?開けるよー」
シロー「気前のいい寿司屋だな、どれ」
ガロード「俺にも開けさせてくれよ~」
ふとカミーユに何かが憑いた。
カミーユ「この感覚…神経がザラザラする…この感じはああぁあぁっ!!」
アムロ「こっこれはっ!!」
ヒイロ「…みんな下がれっ!」
ドモン「石破ッ!!」
ウッソ「すわ!」
コウ「お茶…あったあった」
次の瞬間、食卓中に広がった『生厨』めがけて閃光が走った。
ズゴバアアッ!!!
卓袱台ごと星になる『生厨』。
ドモン「しまった、俺の太巻きも逝っちまった…」
キラ「僕のも…うあ゛ぁあ ・゚・(´Д⊂ヽ・゚・ あ゛ぁあぁ゛ああぁぁうあ゛」
コウ「俺のお茶…うあ゛ぁあ ・゚・(´Д⊂ヽ・゚・ あ゛ぁあぁ゛」
ロランは夜空を見つめてつぶやいた。
「ただより怖い物はないってこの事ですね」
近所からは豆をまく音がバラバラとうあ゛ぁあ ・゚・(´Д⊂ヽ・゚・ あ゛ぁあぁ゛ああぁぁうあ゛
響いていた。
最終更新:2018年10月23日 10:39