とある日曜の昼下がり。
ロランはいつものスーパーに夕飯の買い物に来ていた。
ロラン「ああ…夕飯だけじゃなくて明日の皆のお弁当の分も買わなきゃいけないんだよなぁ。
毎度夕飯の残り物詰めるのもなんだしな…。」
呟きながら歩くロラン。と、冷凍食品売り場の試食コーナーのおばちゃんに呼び止められた。
「そこのおにいさん!新商品なんだけど、試食してみないかい?」
ロラン「冷凍食品か…。(これなら弁当作りも楽だけど割高なんだよなぁ…)」
「試すだけ試してみなよ!気に入らなかったら買わなくていいからさ。」
ロラン「はぁ、じゃあ、ひとつだけ…。」
家計のことを考えるとあまり気乗りはしなかったが、おばちゃんの押しに負けて、手渡され
たミートボールをパクリと食べた。
???「(よしっ!!)」
物陰からそんな声が聞こえた気がしたが、ロランはそれどころではなかった。
ロラン「!?なんだ…?コレ…頭が……痛いっ!」
食べ終えたロランが「不思議な味ですね」と言おうとした途端、猛烈な頭痛が襲って来たのだ。
あまりの痛さにその場にうずくまる。
「お・おにいさん?だいじょ…」
グエン「どうしたんだ、ローラ!大丈夫か?」
慌てて声をかけるおばちゃんを遮り、凄い速さで物陰から飛び出し、すかさずロランの傍らに
膝をつきグエンが言う。
ロラン「…?グエン…様…?(あれ?頭痛が和らいできた…)」
グエン「や・やぁ、ローラ。偶然だね。(大嘘)それより具合が悪そうだけど、大丈夫かい?」
ロラン「ええ。なんか、今凄く頭が痛かったんですけど、治ったみたいです。…!!?」
バチバチバチッ!!
そう言いながらグエンの方を振り向いた瞬間、ロランの頭に電流が走った。と、同時に何故か
グエンから瞳を離せなくなっていた。鼓動が意味もなく高まり、暑くもないのに頬が紅潮する。
ロラン(こ…これは…グエン様が何時になく輝いて見える…?どうして…?)
ロランの意に反して身に覚えの無い感情が沸き上がってくる。
ロラン(ああぁあ。これは!この感情は!いやだ。こ…こんな気持ち悪いセリフ絶対言いたく
ないのに絶対絶対絶対絶対絶対…!!)
グエン「…ローラ?」
自分の顔を見つめたままフリーズしてしまったロランに心配げにグエンが尋ねる。
ロラン「…もぉ…だめだ……僕は、グエン様を好きになってしまったみたいなんですよー!」
グエンの頭の中で鐘の音が高らかに響いた気がした。
グエン(ホレ薬キイタ━━━ヽ(ヽ(゚ヽ(゚∀ヽ(゚∀゚ヽ(゚∀゚)ノ゚∀゚)ノ∀゚)ノ゚)ノ)ノ━━━!!!!)
(フフフフ…。スーパーのおばちゃんまでだまくらかして買収した甲斐があった!)
頭の中ではフェスティバル真っ最中であったが、なるべく平静を装いロランに言う。
グエン「嬉しいよ…ローラ。今の君なら私の元へ…来てくれるね?」
薬の効果に理性が負けてしまったロランは、少しぼんやりしていたが、「はい」と言いかけて
やめ、腕組みをすると、何やら考え込んでしまった。
ロラン「……。やっぱり…兄弟達に黙って行く訳にはいきません。せめてアムロ兄さんだけで
も…。説得してみます!」
グエン「は?ちょっと…ローラ!?」
言うが早いか、ロランは自宅へとダッシュして行った。グエンも慌ててその後を追う。
「イタズラ用の激辛ミートボール…とか言われてたけど…違かったのかしら?」
スーパーにはおばちゃんの呟きだけが残った。
アムロ・ドモン「「グエンを好きになったから家を出たい~~!!?」」
アムロとドモンは、「弟」ロランから発せられた突拍子もない言葉の意味をすぐには理解出来
なかった。
そもそも、買い物に行ったはずのロランが手ぶらで、しかも息せき切って帰って来た挙げ句、
アムロに大事な話しがあると言って切り出すような話しではない。
他の兄弟はそれぞれの事情で出掛けていて、家に居たのはアムロとドモンだけだったが、皆が
居たら大混乱になることはまず間違いないので、それは不幸中の幸いと言えるかもしれない。
しばしの沈黙のあと、口を開いたのはドモンだった。
ドモン「!そうか!ロラン、グエンに脅されてるんだなっ!?」
ロラン「違うよ、ドモン兄さん。」
アムロ「…。違うのか…?じゃあ、嫌がらせか?ロラン。何か不満があるならちゃんと聞くから、
そういう心臓に悪い冗談はやめてくれ。」
ロラン「冗談でこんな事言わないよ!本気なんだ。だから…兄さん達にはちゃんと認めて貰い
たくて…。」
真顔で話すロランの額に、アムロが手をやる。
アムロ「熱は、無いみたいだな。」
ドモン「!!そうか!薬だッ!あの変態ロランに変な薬盛りやがったな!!」
アムロ「それだドモン!そうに決まってる!」
兄弟の意見が一致した所に、無遠慮に扉を開け、グエンが侵入してきた。
グエン「ローラ!」
ロラン「グエン様。ちょっと待って下さいね。今なんとか説得……。」
言い終わらない内に、もうドモンがグエンに飛びかかろうとしていた。
ドモン「この変態野郎~!ロランに何盛ったぁ!?カミーユじゃないが、修正してやるッ!!
俺の右手が(略)ゴォォォッド…」
ロラン「やめて下さい!!」
グエンとの間に割って入ったロランに、慌てて動きを止めるドモン。
ドモン「退けっロラン!」
ロラン「嫌です!暴力は止めて下さい!兄さん達にはグエン様はただの変態に見えるでしょうけ
ど、…僕もついさっきまで変態だと思ってましたけどッ!今は!!僕の大切な人なんですよ!」
その言葉にグエンは色んな意味で目頭を熱くした。
アムロとドモンは、と言うと、ロランにこんな気色の悪い台詞を言わせた元凶であるグエンを思
いっきり睨んでいた。
グエン「ドモン君…右手を光らせるのを止めてくれないか?アムロさんも…声にならない声で威
圧しないで下さい。」
アムロ「この状況で怒るなと言う方が無理だろう?」
涙目のままグエンは続ける。
グエン「心配しなくても、ローラは大丈夫ですよ。家までくるのに7、8分かかりましたからね、
そろそろ…。」
ロラン「!!?うわ…頭が……割れそう!!」
またもや激しい頭痛がロランを襲った。
アムロ「ロラン!?」
ドモン「どうした!」
ロラン「う…ん。あれ?兄さん達?ここは…家?僕は…確か買い物に行ったんじゃなかったっけ?」
頭痛から解放されたロランはいつものロランに戻っていた。薬の事は覚えてないらしい。
アムロ「ロラン…良かった、元に戻ったのか。」
グエン「このホレ薬、10分しか効果ないんだよね…。(遠い目)」
アムロ「10分!?(またハンパな)」
ドモン「つーか、やっぱり薬の飲ませてたんじゃねーか。」
グエン「ローラ。」
呼ばれてロランは改めてその存在を知った。
ロラン「グエン様、いらしてたんですか?(何しに?)」
グエン「ごめんよ、ローラ。たった10分でも…いや、本当は一言、一度でいいから、私の元へ来
ると言って欲しかったんだ…。」
ロラン「?? はぁ。(絶対言いたく無いけど、って何の話しだ?)」
グエン「(夢は叶ったから)こんな卑劣な手は二度と使わないと誓おう。ご兄弟にも迷惑をかけた
な。それじゃ、私は失礼するよ。」
ロラン「はぁ。お構いもしませんで。(結局何しにきたんだろう?)」
ロランがあっさり元に戻った事と、去り行く男の後ろ姿が余りに物悲しかったせいで、アムロとド
モンの怒りも静まってしまった。
アムロ「ただの変態かと思っていたが…。あの人……なんか…ね。」
ドモン「哀しい男だな…。」
アムロ「でも。」
ドモン「ああ。」
アムロ・ドモン「「変 態 は 変 態 だ !」」
その日以来、ロランに「見知らぬ他人からの飲食物はどんな物でも断る」と言う忍者の様な掟が課
せられたのは言うまでも無い。
余談だが、その日の夜、グエンを小1時間問い詰めたスーパーのおばちゃんが、お詫びにと大量の
冷凍食品を持って来てくれたので、数日間、ロランは楽にお弁当を作れたとか。
完
最終更新:2018年10月29日 14:54