年の小さい兄弟はもう寝てしまっただろう時刻、カミーユはベッドに身を横たえて部屋
の天井を見つめながら、自分の名前を小さく呟いてみた。
「カミーユ、か」

 やっぱり、女の名前に聞こえる。「カミーユ」という名前が、男女どちらに名付けられて
もおかしくないものであることは、カミーユ自身だって知っている。そうとわかってはい
ても、どうしても女の名前だと感じてしまうのだ。

 どうして俺はカミーユなんて名前なんだ。考えてみても仕方のないことだと分かっては
いるが、いったん始まってしまった思考は主人を無視して先に先に進もうとする。どうせ
まともな結論の出ない考えを振り切ろうと、カミーユは部屋の反対側にいるロランに視線
を向けてみた。

 同じ部屋を使っている同い年の兄弟は、今日も嬉々として日課に励んでいる。ディアナ・
ソレルの写真の入ったスタンドを布で磨いているのだ。使っている布も古くなった服やタ
オルの切れ端ではなく、メガネや写真立てを拭くためのきちんとしたものである。節約家
のロランにしては珍しいことだ。

 ロランは写真をほこりで汚したくないだけではないだろう。あの様子は、ディアナの写
真を磨くということそのものに意義を感じているようなところがある。いや、あれは意義
というより喜びだな。カミーユは自分の考えをそう訂正した。自分と同じ中性的という特
質をもったロランの顔には、穏やかで楽しそうな微笑が、いつものように刻まれている。

 そんなロランの姿を見ながら、カミーユはあることに思い至った。考えてみればロラン
は、自分以上に性的なコンプレックスを抱えていてもおかしくないのではないか、と。家
の中でも母親的な役割をこなしているし、女装させられたことさえある。名前だって一部
の人間からは「ロラン」ではなく「ローラ」と、まるで女の子のように呼ばれているのだ。

 それでもロランは、カミーユからは自分と違って性的なコンプレックスに悩まされては
いないようにみえる。苛立ちを抱えこみ、ふとしたことで怒りがちな自分とは対照的に、
ロランはいつも笑みを絶やさない。そこまで考えたところで、カミーユの胸にある推論が
生まれた。

 自分がロランに比べてコンプレックスが強いのは、ロランよりも精神的に弱いからなの
ではないだろうか。ロランは自分より強いから、コンプレックスなど簡単に克服してしま
ったのだ。カミーユは認めたくなかった。弱い心を抱えて苦しんでいるなんて女々しい。
男らしくない。この考えは単なる思い過ごしだ。そう強く念じて、カミーユはこれまでの
推理にふたを押しかぶせた。

 気付くとカミーユは、フォウの写真を入れたスタンドを手に取っていた。ロランほどで
はないが気を遣って磨いている写真立てには、やはりほこりひとつついていない。指が彼
女のエメラルドグリーンの髪をなでるように動く。写真の中でも輝いてみえるフォウの瞳
を見つめながら、カミーユは彼女のことに思いをはせた。

 フォウはカミーユという名前を、優しくて好きだと言ってくれた。あの瞬間、カミーユ
はいままで抱いたことのなかった気持ちが胸に生まれるのを感じた。優しさも切なさも、
苦しみも憎しみさえも、ありとあらゆる感情が暖かな祝福につつまれたような、幸せな気
持ちだった。カミーユにとってその時の記憶は、何よりも大切なもののひとつだ。
「フォウ……」
 つい、声に出して名前を呼んでしまった。こちらを振り向いたロランと、カミーユの目
があう。聞いちゃいけなかったかな、といったふうにすぐ顔をそむけたロランに、ほおが
熱くなっているのを感じながら、カミーユは呼びかけた。
「ロラン、その写真立てをふくクロス、後で俺にも貸してくれないか」

「もう一枚あるから、それを貸しますよ。」
 ロランは彼の机の引き出しからもう一枚同じクロスを引っ張り出して、カミーユに向け
て放った。それを受け取ってカミーユは、照れを隠すような気持ちで微笑んだ。
「ありがとな。」

 カミーユとロランは、それぞれが大切に思っている人の写真を入れたスタンドを、汚れ
が完全に取れているにもかかわらず磨き続けた。「こんなところ他の兄弟に見られたら、変
にしか思われないでしょうね」というロランの言葉に、カミーユは「そうだろうな」と心
地好く苦笑して、写真のフォウの顔をそっとさすった。

終わり。二人の部屋にあるフォウとディアナの写真を使ってみました。




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最終更新:2018年11月06日 15:13