「これとこれとこれがダメだったな。これは…これもダメか」
休日の兄弟宅のMSハンガー。そこではシローが一人機体整備をしつつボードに挟んであるチェックシートに使えなくなったパーツを書き込んでいた。
「結局足回りのパーツは全滅か……今週は結構無理させちまったからなぁ」
片膝をついた体勢を取らせているEZ-8を見上げながら一人ごちる。
MSパイロット警官という職務柄シローは兄弟の中で最も長時間MSを動かしている。その分機体の各パーツの消耗率も他の兄弟とは桁違いであり、こまめな整備とパーツ点検が欠かせない。
「装甲板はいつも通りドモンに手伝って打ち出してもらうとしてパーツはまたジュドーとガロードに頼んで…うわっ!?」
突然頬に冷たい感触を感じて思わず飛び上がる。直後に背後から「きゃっ!」という声とドサリという音が同時に聞こえ、慌てて後ろを振り向くと
そこには水の入ったペットボトルを手にしたアイナが先程のシローよりもさらに驚いた顔で床にへたり込んでいた。
「ア…アイナ!?」
「あ…ご、ごめんなさい。ちょっと驚かせようと思って…」
「いや、そうじゃなくてなんでここに?俺君と会う約束してて忘れちゃってたか?」
「いえ、今日はお休みが取れましたから…ひょっとして迷惑でした?」
「いやいやいやいやそんなことはない!絶対に!えーっと向こうに椅子があるからそっちに…」
そう言って彼女を立たせようと手を差し出すが、自分の手が機械油に塗れている事に気付き、
大急ぎで近くにあったタオルを手にグルグル巻いてそれを差し出す。突然の事でやや錯乱気味なシローを見て、アイナはクスクス笑いながらその手を取った。
「あの機体、よっぽど思い入れがあるんですね」
一度家に戻り、コップを持ってきたシローにアイナがそう言った。
「どうして?」
コップを置き、水を注ぎながらシローが答える。
「あの機体を整備していた時のシローの顔、とても楽しそうでしたから」
「……整備してる所、見てた?」
「はい」
「……どのあたりから?」
「最初から」
うわぁ、と情けない声を上げながら、シローが顔を赤くしてバツが悪そうに頭を掻く。
自分の言葉でコロコロと表情を変えるシローを見るのは楽しいが、これ以上いじめるのも可哀想なので別の話題を振る事にした。
「でもあの機体、周りの機体に比べて随分古いものに見えるけど……あ、ごめんなさい」
「しょうがないさ。実際古いんだから。警察学校でのMS訓練の時に使われてて、俺がそこを卒業して08署に配属された時、物資不足で支給されるMSが無かった俺に回されたんだ。訓練用のMSなら余ってるからって。」
「でもあの機体と同じ形をしているMSは…」
「ああ、さすがに訓練用じゃ実戦には耐えられなかったから、その時に色々といじくったんだ。だからあのMSは実質俺専用機ってわけ」
「やっぱり他のMSみたいに中は新しい部品に?」
「いや、それが俺しくじっちゃってさ。組み立てるときに性能上げる為に後先考えずにパーツ積みすぎて、他のパーツの互換性が殆ど無くなっちゃったんだ。
だからパーツを交換するときは昔のパーツをジャンク屋で探したり自作したりしてそれを使ってるんだ」
シローがあっさりと言ったその言葉はアイナを驚かせるのには十分だった。MSの性能は日進月歩の速さで日々上がっていく。
数年前のMSなど現在のものから比べればフレーム等の基本的構造からして性能に雲泥の違いがあるのに、
尚且つ殆どのパーツを旧式のもを使い続けているとあっては自殺願望があると取られてもおかしくは無い。
「どうして!そんな事をしていたら…」
「うん。時々こいつの性能じゃ辛い時があるな。最近じゃMSの予備もあるし乗り換えることは別に難しくない」
「でしたら」
「でもいざそうなると逆に離れられないんだ。警察学校時代から、MSを動かす時の楽しさも、戦う時の怖さも、事件を解決した時の喜びも、みんなこいつが教えてくれた。警察官としての俺の、母親みたいなもんかな。
そう考えるともう本当にダメになるまでこいつと付き合っていこうかなって思うんだ」
「……」
「でもこの前それを言ったら署長に呆れられたよ。『それで一人前になってもまだ母親から離れられないんですか、あなたは』ってさ」
そう言ってシローは少し恥ずかしそうに笑う。それにつられてアイナも笑った。
数日後の職場の昼休み、昼食を食べに街へ出たアイナはMS戦を目にした。一体のギラ・ドーガが暴れていて、それを取り抑えようと警察のMSが取り囲んでいる。その中にはEZ-8の姿もあった。
「大丈夫ですかね」
一緒についてきた後輩の少女が心配そうに呟く。
「え?」
「だってホラ、最近警察のMSが暴れMSを抑え切れないってニュース、よく聞くじゃないですか。だから」
「大丈夫よ」
「でも」
そうこう言っている内にEZ-8とギラ・ドーガが手四つで組み合った。やはり出力の差かEZ-8がジリジリと押されはじめていく。
「ああっ白い機体がやられちゃう」
「大丈夫。あのMSなら絶対に抑えられるわ」
「本当ですか?」
「ええ。あの機体を動かしてる人は、あの機体を誰よりも知っていて、誰よりも
愛している人だから。」
その言葉通りギラ・ドーガの一瞬の隙を突いてEZ-8が懐に潜り込み、顎と腰を掴んで豪快に投げ飛ばした。その時に脚部バランサーが上手く起動しなかったのか、自分もつられて地面に倒れる。
投げ飛ばされたギラ・ドーガを他の警察MSが押さえ込み、野次馬から喝采が起こった。
「ホントだ。凄いですね」
「ね、言ったでしょう」
驚く後輩に少し得意げにそう言うと、ゆっくりとEZ-8が起き上がってこちらを向き、左手でVサインをした。それを見て野次馬からさらに歓声が湧く。
アイナはこっちを見ているであろうEZ-8の操縦席に座る人に向けて笑顔を浮かべると、怪訝な顔をする後輩を連れて目当ての店へと足を向けた。
あれはここで見ている野次馬に向けてのサービスなのか、それともこの野次馬の中から自分を見つけ出したのか。
今度会った時に聞いてみようかと思いながら。
最終更新:2018年11月13日 23:46