ようやく夏らしく暑くなってきたので友人達と海水浴に行き、人気の無い岩場で甲羅干しをしていると声をかけられた。
「お嬢さん、お一人ですか?」
顔を上げると浅黒い肌に金髪のスーツを来た男が何故か手にロープを持って立っている。ナンパでもされるのかと思いながら答えた。
「え…ええ、友達と一緒に来たんです。本当です、向こうにみんないますから」
「ああ、恐がることはない。別に君に何かするという訳でもないから。君、泳ぎは得意かね?」
「何でですか?」
「この岩場から下の海に飛び込んでもらいたいんだ。」
「飛び込む?」
「何、気まぐれなお遊びだよ。できるかい?」
岩場の先に行ってみて覗き込んでみる。海面までは4・5メートル程の高さ、少し恐いが飛び込めないほどではない。
「できるかね?」
少し迷ったが飛び込む事にした。そろそろ泳ぎたかったしこの得体の知れない男がなんだか恐かったからだ。飛び込めばそのまま泳いで逃げてしまえばいい。
意を決して眼下に広がる海へと飛び込んだ。
海水の感触に包まれながら沈んでいくと妙な気配を感じた。
目を開けると、そこには黒い巨大なMAがいる。まるで彼女を飲み込もうとしているかのようにコックピットのハッチを大きく開けている。
なんだろう、これ
次の瞬間目の前がコックピットのアップになり、そのまま何が何だか分からないまま、彼女は意識を失った。
気が付くと砂浜で横になっていた。目の前にはさっきの男がいて何かのマニュアルらしい本を読んでいる。
「おや、気が付いたかね、ほら」
男が彼女の後ろに向けて指を指す。
つられて後ろを見るとさっきの黒いMAがその巨大な身体を砂浜に横たえていた。
「御苦労様。君のおかげで捕まえる事ができた。」
笑みを浮かべながら礼を言う男の言葉を聞きながら彼女はまだぼんやりとした頭で思った。
――ああそうか、私はこのMAを誘き寄せる餌にされたんだ――
「夢でも見たんじゃないの?」
学校も始まり、昼休みにふとその話をすると、同級生の赤毛の少女にあっさりとそう言われた。当然だろう。彼女自身の体験でなければ自分だってそう思う。
「私は夢じゃないと思うの。夢にしては海に飛び込んだ感覚もしっかりあったし」
「人を海に飛び込ませてMSを捕まえるための餌にする、なんて話どこの国でも聞いた事無いぞ。ストライクの奴の兄貴でも無理だろ。なぁ」
銀髪の少年が隣の友人に振る。
「だよな。生身でMAを捕まえるグゥレイトな人間なんていやしないって。」
「ハッチが空いててコックピットが見えたって事はさ、モビルドールでもないんだろ?誰も乗らなくても動くMSがあるなんて話も聞いた事が無いよ」
「やっぱりそうなのかしら」
「そうよ。あの日は暑くて日も強かったから、軽い熱射病か何かで夢でも見たのよ」
わが意を得たとばかりに赤毛の少女がそう言った。
「カミーユは私の話嘘だと思う?」
学校も終わり家への帰り道を二人で歩いていると彼女がそう聞いてきた。
「ン…嘘じゃないと思うな、多分本当だと思う」
「本当に?」
「ああ。そのスーツを着た人ってのにはちょっと心当たりがあるから」
「そうなんだ」
そんなことを話していると交差点についた。カミーユと彼女の家は違う方向なので家に帰るにはここで分かれなければならない。
「それじゃあ俺はここで。今日は
マクダニエルでバイトもあるし」
「うん、じゃあまた明日ね」
家に帰る足を速めつつ、カミーユは彼女の話は本当だと思っていた。
彼と逆方向を歩いていく彼女の腰にはいつの間にかロープが巻かれていたし、
その端を握って後からついて来るのは後ろにゴーグルをつけた男を伴った初老の男であり、
彼女が歩いていく先には巨大な黒いMSがコックピットハッチを開けて待ち受けていたからだ。
早く家に帰ってZガンダムを取りに行った方がいいかもしれないと考えながらカミーユは思った。
きっと彼女は陸の上でもああいった手合いのMSを誘き寄せる良い餌に違いない。
(続く)
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カミーユ・ビダン フォウ・ムラサメ 夢
最終更新:2018年11月27日 15:33