「…君たち。待ちたまえ」
その2人が家を離れてすぐ。物陰から声をかけてくる男がいた。
「その…なんだ、いつものアレ、をくれないか」
決して安物ではない、秋もののロングコートに身を包み。仕立ての良い帽子を目深に被って囁きかける男…
端正な口元には卑しいまでの笑み。浅黒い、凛々しい顔つきは押さえきれない欲望に震えながら…男はコートの内側から札入れを抜き出す。
「いいだろう…?君たちにとっても悪い話では無いはずだ」
乱暴に制服を着崩した少年達は立ち止まると視線を交わし合って…ニヤリ、と微笑むと交渉に入った。
「えー、またかよ…グエンさん。オレたちだって腹ぺこなんだぜ?」
「そーそー、そういっつもいっつも売ってやると思ったら大間違い。なぁジュドー?」
「そ…っ、そんなことを言わず…譲ってくれたまえ。決して損な取引ではないはずだっ」
「損とか、得とかそういうんじゃなくってさ。やっぱりロランの兄貴が丹精こめて作ってくれたおむすびだもんなぁ」
「そうそう。兄貴が眠い目をこすって早起きして、オレたちのために“優しく”握ってくれたおむすびだぜ?」
その2人は天性の商売人であった。本来なら財閥の御曹司、若き経営者としてその才覚をうたわれるグエン・ラインフォードがいかに欲望に目を眩ませているとはいえ、年下の2人にすっかり手玉に取られているとは…
しかも、そこでわざと制作者のイメージを挿入させてグエンの頭の中にロランが朝早く目覚め…
(ねむねむ…でも、ちゃんと作ってあげないと…♪)
という可憐なイメージ像を組み上げさせ、さらに男の中の欲望を昂らせる。
すかさず、兄の言葉に呼応してジュドーが手にした紙袋をガサガサ、音をたてて振った。
「まだ、今なら“温かい”ぜ?」
「くっ…わかった、それほど虐めないでくれたまえ。…金なら幾らでも出す」
「へへへっ、毎度♪」
「悪いね~、グエンさん♪」
御曹司が札入れからゼロが4つもついたお札を渡すと…ガロードとジュドーは嬉々としてしてそれを受け取り、代わりに先程、彼らがロランから受け取ったばかりの紙袋を渡す。
手にしたそれを愛しげに小脇にかかえ…声を潜めて、グエンは付け加える。
「君たち…分かっているとおもうが」
「あぁ、分かってるって。他の人たちにはオレたちがグエンさんにロラン兄ぃ手作りのおにぎりを売ってるって、教えないってことだろ」
「その通りだ。その中には君たちへの口封じ代も含まれていると理解してほしい」
そう言いながら御曹司はいそいそと待たせてあるリムジンへと向かっていった。食べるのが待ちきれないのだろう…
そんな男の姿を見送ると、ガロードは傍らの弟を見やる。
「さて…これだけの大金が手に入った訳だが、弟よ。」
「分かっていますよ、兄さん…こんな朝早くから今日という日は、なんと素晴らしいことでしょう♪」
「そしてそんなめでたい日に、これから僕たちはどこへ向かうというのだ?」
「学校に向かって机にかじりつき、つまらない授業に耐えるには、あまりにも僕たち兄弟の未来は輝かし過ぎると思います、兄さん!」
「その通り!我々は正さねばならない、青春の素晴らしい日々を奪う虚しい学問を!」
「そして粛正しなければならない、あまりにも無意味な学校授業というものを!」
「「全てはぼくらの時間なんだ!!」」

「へ~え、ご高説いちいちごもっとも…っと」
後ろから手が伸びてくると、ジュドーの手でひらひらと舞っていたお札をひったくる。
「あ、こら…ビーチャかっ!?」
「へへ…相変わらずぼろい儲けをしてるじゃないか、ジュドー、ガロード」
「なんだ、お前等か。悔しかったらお前等もそういう儲け話、見つけろよな」
「まぁまぁ、そう言わないで、ガロードさん。苦しいときはお互いさま、ってね」
「そういうモンドは、いっつも苦しいよね」
「エルぅ…虐めないでくれよ…」
2人に話しかけてきたのは彼らの学友にして悪友と読む友人たち…ビーチャ、モンド、エル。
癖の強い鈍金色の髪をした生意気そうな少年、背が低くがっしりした体つきの少年…そしてくるくるとカールした髪をリボンで結わえた、大きく丸い瞳が印象的な明るい笑顔の少女。そして…
「ま、お2人さんともきっついこと言わないの。どーせ、今日もさぼる積もりだったんでしょ?」
「エニル…身も蓋もないこと、言わないでくれる?」
ガロードにしなだれかかるようにして身を寄せてくる、年の割に艶っぽい魅力のある少女…エニル。
「オレたち兄弟には明るい未来が待ってるんだから。お前達とは違うの!」
「そんな硬いこといいっこなし、ジュドー」
「そうだよ、おれたち友達だろ?」
「都合のいいときだけ友人面して…」
「ふふ…でも、そんなこと言いながらさぼる気は満々みたいね。お2人さん」
「そうそう、エニルの言うとおり!…もし、私たちがここでロランさんに今のことチクったら…ロランさん、怒るんじゃないかな~?」
「ちっ…勝手なことばかり言ってくれて…」
「まっ。いいじゃないか、ジュドー。確かに困ったときはお互いさまだし」
エニルにその魅惑的な膨らみを押しつけられ…どこかでれ~っとした顔つきのガロードがジュドーをなだめる。
「そうそう♪ガロードさんの言うとおりだよ、ジュ・ド・ぉ♪」
エルも無意識か、それともエニルの積極的な行為を意識してか…さりげないように見せかけてジュドーの二の腕をとり、自分の胸元に押しつけた。
「…ま、まぁガロード兄貴が言うならしょ、しょうがないか…な」
「そうそう。とりあえず駅前に行ってコインロッカーから私服を取ってこようぜ?オレ…牛丼食いたいな」
「よーっし、それじゃみんなで駅前にレッツゴー♪」
「それはいいけど、エル…そろそろジュドーから離れろよ」
「え?なんのこと?」
「だーかーら、離れろって…!」
「なに怒ってんのよ、ビーチャ。ジュドーは別に困ってないもんね」
「…ま、まぁそりゃ…困ってはいないけどさ」
「だいたい何であんたが怒るのよ、ビーチャ?!」
「そりゃ、おれたちまだ子供だし、そういうことは良くないと、だなぁ!」
「あんたなんかに言われる筋合いじゃないわよ~だ…ね、ジュドー?」
斜めに差していた朝陽が、次第に角度を緩やかに…高い宙の彼方から柔らかな陽差しを投げかけてくる。
透き通るような秋の1日。
賑やかな少年少女の一団が明るく騒ぎ立てながら過ぎ去ってゆくと、そこにはさわやかな風が一つ。
高い…遠い宙まで吹き上げるような風を巻き上げて彼らの声を持ち運んでいった。
宙へ。


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最終更新:2018年11月29日 13:20