身を切る寒さは遠のいたものの、花見にはちょいと早い時期。ロランがいきなり「おべんと持って出掛けよう」と言い出した。
「ティファ、この辺結構可愛らしいのが咲いてる。ほら」
「やっぱまだちょい寒いな。各自上着着とけー」
「コッフェル持ってきてますから、暖かいお茶は飲めますよ。
寒気がぶり返してるって予報で言ってましたもんね。場所が独占できて都合が良いけど」
てきぱきと準備をしながらロランが苦笑する。
本格的な花見の季節になれば人や露店でごった返すこの場所も、今日は兄弟達プラスα以外誰一人いない。……尤も、それだけでかなり賑やかになるが。
「私は留守番でもよかったのだが」
「え~? ダメだよ、キャプテンも来てくれなきゃつまんないよ」
「シュウトの言う通りだぞ。どうせなら皆で来なくちゃ。
現実問題として、荷物の多さってのもあるがな。帰りのゴミも多いだろうし、お前がいてくれないと後が心配だ」
ドモンとカミーユは来た途端に「メシの前に運動」とばかり組み手を始め、ガロードはティファのスケッチを覗き込んでいる。特に遊戯施設もないただの原っぱだが、着いてみれば皆それぞれに楽しんでいるようだ。
「こんな時にまで……ホント、格闘バカなんだから。カミーユ」
「格闘バカはドモン。カミーユ君は容姿や名前の事でナーバスになってるだけよ」
「人の言う事気にしすぎなのよ。気にしなさ過ぎのとこもある癖に、バランス悪いったら……って
ロラン君何故カメラ」
「ちょっと記念に。ほら、しかめっ面してないで、あ」「はい交代」
ファインダーを覗くロランの横から手が伸びる。
「こら、シン」
「カメラ向けるとみーんなポーズとるのが笑えるよなー。
わ、待てアル。後で貸してやるから」
「チェーンさんも来られればよかったのにね」
「ロランが言い出したのが昨日だったからな。お互い様だろう? キラ。
しかしラクスさんが来られないのは分かるとして、よくフレイが追い掛けてこなかったもんだ」
ラクスは仕事、いつもならこういう事は見逃さないフレイはどういうわけか行方不明。
ソシエは来ているが、仕事を放り出してでも来るはずのキエルとディアナが何故か欠席。
「たまにはね……よし、準備完了、っと。みんな、撮るよー。……ヒイロ、別に流出なんかさせないから無理にフレームアウトしないで」
とキラが構えるは2台目のハンディカム。
「え、カメラこっちもあるの? ジュドー、映ろ映ろ」
「わ、こら引っ張るなルー、近よりすぎ」
「こっちからも撮るぞー。お、シーブックいい雰囲気」
「コウ、黙って撮ったら盗撮同然だぞ……とか言いつつ俺も」
「アムロ、映像データなら私が記録するが」
にわかカメラマンが大量発生してもう何がなにやら。皆面白がって撮られるより撮る方に回りたがる。
「あーあ。撮られてるの意識してない方がいいのに……」
「経験者は語るってか? キラ。
探せばチャンスは転がってるさ。そうだな、ほれ、あれ見てみ」
シローが示す先をみると、ティファがマグカップを二つ用意したところだった。
「相手はカンがいい。無用な殺気は出すなよ」
「了解v」
「思ったより消耗早いなー……あちゃ」
みんなして調子に乗ってカメラを回しっぱなしにするから、用意したバッテリーパックはすぐに底をつく。
「はい。機種は合ってる筈よ」
ロランの目の前に、ソシエが予備のバッテリーパックを持ってきた。
「ソシエお嬢さん!?」
「いい画像(え)、撮らなきゃね。これ狙ってるんでしょ?」
ぴらっ、と出したのは食品会社の広告───複数部門でビデオ作品を一般募集し、優秀作品はCMに使用されるというやつだ。
勿論賞金が出る。
「……ばれてました?」
「広告出たの、一昨日じゃない。そこへ急にピクニックに誘われれば少しは怪しむわよ」
そこまで言って声を潜める。「どうしてフレイが来れなかったんだと思う?」
悪戯っぽく笑うソシエの台詞に、まさか、とロランが目を見開いた。
「今頃姉さんに振り回されてるわ。他の変態連中もそれぞれディアナ様が牽制して下さってるのよ。
あの連中からかうのは面白いから一石二鳥、ですって」
いつも援助の手を差し伸べたくてうずうずしている二人だ。こういう機会は逃さない。
「ほんとはリリーナさんも牽制に回るって言ってたんだけど、二人が『是非行ってきなさい』って勧めたの。
彼女一人なら、編集で何とかなるでしょ」
「ええ……その辺りはキラに頑張ってもらうつもりで。
でも、そうですね。皆さん醜聞にはいくら警戒しても足りないぐらいなんだから……軽率だったかも……」
──そうだ……「賞金」の一言に釣られてとんでもないミスをするところだった……!
急に深刻な表情になってしまったロランをみて、ソシエが肩をすくめる。
──気にする人達とは思えないけど……
「取りあえず、その辺りの心配はなくなったんじゃない。さあ、ガンガン撮らなきゃ」
「……そ、そうですね。今日は取りあえず、撮影に専念しなきゃ」
気を取り直したロランだが、ふと、その表情が和らいだ。
「……でも……」
「ん?」
「何だか、目的もなくただ『撮る』のが楽しくなってしまって」
くすり、とソシエが笑う。
「……ロランらしいね」
『ああ、楽しかった!
ロランの邪魔をさせない為と言う目的があったとはいえ、彼らを手玉に取るのがこんなに面白いとは!』
「そう言って頂ければ幸いです。図々しいお願いをお聞き届け頂いて、本当に有り難うございました」
通信機越しに話す、双子のように似通った二人の女性。一人は月の女王様、一人は富豪の跡取り娘。
『いいのですよ。私がそうしたかったのだから。
ソシエさんやリリーナさんの手を煩わせる事もなく、無事に済んでよかったこと。尤も、一人も逃すつもりはありませんでしたが』
妙なマネをしそうな連中は抑えるが、万一逃したときは何とかして欲しい、というのがソシエとリリーナをピクニックに同行させた表向きの理由だが、そんなものは口実に過ぎない。
『ソシエさん、存分に楽しんでこれたのでしょうか?。
恋愛感情ではないと分かっていても、ロランが慕ってくれるのが嬉しいものだから、つい甘えてしまうのだけど……その分ソシエさんには寂しい思いをさせてしまって、申し訳ないと思っています』
「私も、ロランが構ってくれるのについ寄り掛かってしまって……少しはソシエの気持ちを考えてあげなければいけなかったんです。
今回の事は、いい機会でしたわ」
『可愛い妹の為ですものね?』
「ええ。可愛い妹の為ですもの」
部屋に二人の笑い声が響く。
『さあ、私達が出来るのはここまで。不正がない限り、審査の結果には一切口出ししますまい。
過剰な手出しはロランを更に煩わせるだけですから』
これが終れば終ったで、また何か仕掛ける気満々ではあるのだが。
『でも、今日撮ったロランの画像ぐらいはおねだりしてみようかしら』
「それは良いですわ。私から頼んでみましょう」
『では、よしなに』
「仰せのままに」
「さて、これでラスト……ああ、ティファさん、夜分遅くすみません。実は今日の……
気付いてました? はは、やっぱり。
それでですね、捕らぬ狸の……になっちゃいますけど、ティファさんが映った画像で受賞したらティファさんにも……
だめですよ、モデル料なんだからきちんと受け取って頂かないと……
……………はい?」
〔何度作っても、同じように出来なくて……〕
あっけに取られたロランの顔が、心底楽し気な笑顔に変わる。
「わかりました。今日のビデオのコピーと一緒にお届けします」
「どうだ?」
受話器を置いたところへアムロが顔を見せた。
「OKです。モデル料はハーブ入り
スコーンのレシピ。分け前はきちんと別に受け取って頂きますけど」
「ああ、最近よく作ってる奴か。ガロードの好物の」
何と言う事もなく出た台詞に、ロランがたえきれずに吹き出した。
「何だ?」
「いえ……霊感持ってる人でもニュータイプでも、分からない事ってあるんだと思って。
ガロード、前はこのテの物苦手だったんですよ。ニオイがダメだと言って」
少々ムッとしたらしいアムロを台所へ引っ張って行く。
「彼女、セージとローズマリーのお守りが手放せないそうです。ほら、これ」
棚からハーブの袋を取り出し、小皿に中身を少し取った。
「……うわ。これじゃ煎じ薬じゃないか」
「でそれとは別に、ハーブピローを持ち歩いてるんですよ。ラベンダーに、カモミールを少し混ぜて」
また棚から取って、別の小皿にこちらも少し。
「で、これを一緒にすると」
二つの小皿の中身をさらっと別の小皿に。
「スコーンと同じ……? て事は」
「まあ、そういう事です。
ちなみにこの四種類、ティファさんからの頂き物ですよ。栽培してたら増え過ぎちゃったそうで」
「……なるほど……」
「最近じゃセージのお茶とか飲んでますからね。ミルクティーですが」
──ハーブの種類は合ってるんですよ。頑張って、ティファさん。
そして桜の時期もそろそろ終り、
ロラン「待ちに待ってた結果発表でーす! ささ、晩御飯食べながら見ましょう。
皆せっかく寄り道しないで帰って来てるんですから」
コウ 「うわ唐突だな。てかいきなり形式変わってるし」
ヒイロ「書きやすいと思ったんだろう。安易な」
ガロード「俺、あとでロラン兄に広告見せられてひっくり返った」
……PM6:00~12:00の間の、提供している番組枠で採用作品を流せるだけ放映。詳細はネットと翌日販売のTVガイドで発表。
カミーユ「普通はランキングとかもっと細かく設定するんだろうに、ほんと何も考えてないな筆者」
筆者に文句を言いつつも、さすがに気になるのかみんなしてTV画面を注視している。
真っ先に映ったのは……
アル 「あー! ティファさん!」
キラ 「やった、僕が撮った画像!」
湯気の立つマグカップを差し出す、ティファの笑顔はガロードならずともメロメロもんの逸品……
ガロード「てか一緒に映ってんの誰!?」
ALL「「「お め ー だ よ ! ! ! 」」」
全員のツっ込みが炸裂した。
ドモン「こいつ、いつこんなボケ覚えやがった」
ヒイロ「自分のシリアスな顔を知らんだけだ。鏡を見るという事を殆どしないからな」
マグカップを受け取る、ダークグリーンの髪に翡翠の瞳の少年──まあ、ガロードなのだが、こちらもまた何とも言えず優しい、イイ表情だ。
ガロード「あああっ!! こいつこんなにティファに接近しやがって!」
ALL「「「だ か ら お 前 だ っ て ! ! ! 」」」
シロー「二度やるとくどいから止めれ」
ティファの頬に優しく触れ、こつんと額を合わせる自分を見せられて転げ回って照れくさがるガロード。
ガロード「ぐわあ~……なんちゅーキザな事を……
キラ兄ちゃん、これホントに俺!? なんか細工してない!?」
キラ 「してないしてない。
なんだ、ティファさんと映るのは嫌なのか?」
ガロード「むちゃくちゃ嬉しいに決まってるじゃんか(即答)」
以下、関係者が受賞したもの(筆者が思い付いたもの)。
ミルクココア部門
「ちょっと寒そうにしているガロードに、ココアを作って差し出すティファ(台詞なし)」
ラブラブオーラ全開、流石は「投票スレ・カップル部門1位」。
ジュドー「う~ん、ラヴいぜお二人さん」
アムロ「本人は……
コメント出来る状態じゃないな」
カップスープ(粉末)部門
「サンドイッチが詰まったバスケットをかぱっと開けてみせるセシリー。に、スープのパックをトランプよろしくぴらっ、とやるシーブック」
照れくさくなるようなラヴさはないが、ビクニックらしいワンシーン。
シーブック「ちょうど『どれ?』って訊いてたんだ……全然気付かんかった……」
チューブ入りスプレッド部門
「アルが両手で一個ずつ差し出すパンを、
・カメラを持ったまま『んがっ』とかじってゴキゲンのロランと
・受け取ってスプレッドをにょろにょろ塗ったくってかぶりつくジュドー」
少々意外? 対比の面白さがウケたか。
ロラン「ありゃ~……」
アル 「パンに何もつけないでまるかじりして、おかずはおかずで食べるのが好きなんだよね、
ロラン兄ちゃんは」
紅茶部門
「隣の部屋と話しながら三人分の紅茶を煎れ、運びつつ自分の分に口をつけるカリス(ラストでカメラに気付く)」
「ギュネイとカリスが雑誌のバリエーションティーに挑戦。が漫才と化し、台所はぐちゃぐちゃに」
シリアス編とギャグ編ワンセットという珍しい受賞。ウッソ・シャクティ組も応募したのだが採用ならず。
ガロード「おお、さすが美形キャラ!」
カリス「(シリアス編)素でカメラに気が付かなかった……直後に茶吹きました」
ギュネイ「(ギャグ編)この後ナナイさんにボコられたんだよ……」
「三組通ったか。大したもんだ」
一家族の応募が複数採用される確率……ただの抽選なら凄まじい数字になるだろう。
「いい雰囲気、っていうだけなら沢山あったんですが、商品イメージもありますからね」
「レイン、ファ、シャクティでお茶全般、てのもあったのにな。レインが作ってきてくれた弁当が和食っぽい奴だったから」
「僕とアル兄ちゃんでウインナーもあったのに」
「お前ら、ニンジン仕込んで食わせただろっ!」
当時のダメージを思い出したコウが「うげっ」と顔をしかめた。
「リリーナさんが映ってるのは使えないし、俺も公務員だから避けた方が無難、シンとコウとキラは撮るばっかであんま映ってない……
沢山撮ったけど、応募に使えるのはそんなになかったんじゃないのか?」
「数は結構送ったんだよ。
TVCMって短いからね。
そこは編集の腕の見せ所さ」
やたらと凝った造りの作品が多い中、あえて音声の殆どをカットしてシンプルにとどめたのも、三本「も」採用された要因の一つだろう。紅茶編も然り。
「まあ、賞金も随分稼げたし、結果オーライってことで……ん?」
纏めようとしたしたアムロの視線が、再び画面に向いた。
番外:ビデオカメラ部門(タイアップした家電メーカーの特別賞)
「カメラを構えるロラン、そのカメラに手を出すアル&シュウト、ゾロゾロよってくるファ、カミーユ、レイン、ドモン。
シャッター音付きの連続した静止画+別アングルの動画」
「スナック菓子部門向けの奴だ……なんでこれが」
「………撮ってるところを撮った、から?」
「カメラのCMじゃよくあるのにな。おまけに機種古いし」
「今回の応募にはなかったとか?」
キラ、ロラン、カミーユ、ウッソが考え込むが……
「まあ、細かい理屈はおいといて、何はともあれ」
ジュドーの言葉に全員顔を見合わせてにんまり笑う。
「「「お め で と う 、 四 部 門 受 賞 ! ! ! 」」」
最終更新:2019年01月07日 14:33