605 名前:光の翼(2) 1/5 :2015/09/06(日) 00:23:57.73 ID:izlTUe5J0
「おい」
翌日。授業も終わり、帰途につこうとしたウッソをジェリドが呼びとめた。
「ジェリド先輩? 何か御用ですか」
「…昨日はよくもやってくれたな」
「へ?」
「夜中に不意打ちとは、やってくれるじゃねえか。だが――ちょっとばかり、やりすぎたな!」
ウッソに向かったその拳を受け止めたのはカミーユだった。
「その辺にしとけよ」
「カミーユ…!」
「ウッソ、大丈夫か?」
「は、はい。平気です」
「悪いが、こっちはそのガキにMS一機壊されてんだ。今回ばかりは退かねえぞ」
受け止められた腕を戻してジェリドが言った。
「なに?」
「何の話ですか! 僕はそんなことしていませんよ!」
「こう言ってるぞ?」
必死に否定するウッソを見ながら、カミーユが言った。
「しらばっくれるなよ! 俺はちゃんと見たんだ! あの光の翼をな!」
「「え?」」
ジェリドの叫び。光の翼という言葉にウッソとカミーユはそろって首を傾げた。
「というわけでとっとと弁償を――ふごっ!?」
言い終わる前にどこかから飛んできたハンマーが後頭部に直撃し、ジェリドはあっさり昏倒した」
「カミーユ兄、ウッソ! 無事か?」
声の主はジュドーだった。どうやらハンマーを投げたのは彼らしい。隣にはガロードの姿もあった
「ジュドーにガロード。どうしたんだ」
「なんか絡まれてるみたいだったから、どうしたのかと思ってさ。あ、ハンマーあたったのは偶然ね、偶然」
「ほんとに偶然だぜ? 証人は俺。断言してもいいよ」
非常にわざとらしくガロードが付け加えた。カミーユは嘆息する。
「…まあ、いいけどな。ジェリドだし」
あんまりと言えばあんまりな扱いだが、しょっちゅう恋人の仇とばかりに絡んでくる男である。この態度も致し方ない
606 名前:光の翼(2) 2/5 :2015/09/06(日) 00:29:27.53 ID:izlTUe5J0
「で、何があったのさ?」
「帰りながら説明する。ジェリドが起きると面倒だ」
「賛成」
「はー、あのジェリド先輩のMSを壊したって? やるじゃんウッソ」
帰り道でカミーユとウッソに事情を説明されたガロードは感心したように言った(ちなみに、ジェリドはその場に置いてきた)
ジェリド・メサの名は学校ではとても有名である。留年しっぱなしのダメ生徒の代表格として、であるが。
頭やMSの腕は決して悪くないが、致命的なまでの運の悪さが原因で卒業認定試験に合格できないのだ。
「だからそんなことやってないって言ってるじゃないですか!」
「でもさ、カミーユ兄。ウッソの言うことばっか真に受けていいの? 嘘ついてる可能性だってあるじゃん」
ジュドーに問われ、カミーユはウッソに向き直った。
「ウッソ、本当にやっていないと俺たちに胸を張って言えるか?」
「当たり前です。ぼくはそんなことをした覚えはありません」
カミーユの眼を見てウッソが応える。カミーユは満足げにうなずいてジュドー達を見た。
「というわけで、俺はウッソを信じるつもりだ。これでも兄貴なんだ。必死になってる弟の言うことは信じてやらなきゃな」
「でも、どうすんのさ」
「ジェリドに証拠を突きつけてやればいい。昨日の出撃記録くらい格納庫に残ってるだろ」
高級機であるガンダムタイプばかりを所有する兄弟家には不審者や変人(変態とも言う)の出入りも非常に多い。
格納庫は特に厳重に管理されていて、機体や人の出入りは常に記録される。またわずかでも格納庫の機能を使えばその記録が残り
いたるところに配置された監視カメラに死角はない。入った者は身内、不審者問わず必ず見つかると言っていいだろう。
「なるほどね」
「しっかし、あの先輩が出撃記録ひとつで簡単にバレるような嘘つくかな」
ガロードがぼそりと漏らしたのを、カミーユは聞き逃さなかった。
「なに?」
「そりゃ、ジェリド先輩ってば下級生にもナメられるくらいヘタレだけどさ、プライド高いらしいじゃん
そんな奴が根拠もなしに13歳の子供にコテンパンにされました、なんて言うと思う?」
ガロードの疑問はそこだった。
ただ機体を破壊されたので弁償しろ、と因縁をつけるだけならばウッソよりも適当な対象はいくらでもいる。
しかも子供が外出しないような深夜の時間に襲われたなど、嘘としてはあまりに稚拙だ。
「…たしかに」
607 名前:光の翼(2) 3/5 :2015/09/06(日) 00:34:16.30 ID:izlTUe5J0
「先輩、光の翼を見たって言ってました」
それが最大の根拠だったのだろう。ミノフスキードライブ搭載のMSはいまだ一般販売されていない。よって
ミノフスキードライブ搭載MSであるV2ガンダムに乗っているウッソが犯人――ジェリドがそんな考えに至ってもおかしくはない。
「本当に光の翼だったら、普通に考えて犯人はウッソだと思うよな」
V2ガンダムはリガ・ミリティア社の試作MSであり、同型の機体は三機だけ存在する。
しかし、そのうち一機はMS事故でコア・ファイター部分を損傷してしまい使えず、現存するのは二機のみ。
そのうちの一機を所有しているのだから、ジェリドがウッソを疑うのも無理はない。
「…そういえばオリファーさんのは壊れちゃったけど、V2は他にもう一機あるんだよな。そっちはどうなんだ?」
「カムイの持ってる青いV2のことを言ってるなら無関係だと思うよ。あれ、ミノフスキードライブついてないんだ」
カミーユの問いに、ジュドーが返した。カムイとは残るもう一機のV2ガンダムの所有者である。
ジュドーをグレイと呼び慕っている。ジュドー当人は人違いだと主張しているものの、それなりに交流はあるらしい。
「じゃあ、一体だれが…」
「気になるけど、今は誤解を解く方が先決だ。明日、格納庫の記録を持って行ってやればいいさ」
「そうですよね…」
目下の目的はウッソの疑惑を晴らすことにある。わかってはいるが、光の翼を使った通り魔というのがどうにも気になって仕方がなかった。
だが、兄の言っていることは正しい。ウッソは思考を切り替えて、早足で家に向かった。
「お前らのおかげであのお高くとまった風紀委員長に叱られただろうが!」
翌日。事情を聴いたシーブックも伴って会いに行ったジェリドの第一声がこれだった。
あれから誰かに発見され、風紀委員のお叱りを受けたらしい。
「事故だよ事故。流れビームで
ミンチになるよりはいいだろ?」
「チッ…! で、証拠とやらは持ってきたんだろうな!?」
言われて、カミーユが懐から数枚の紙とSDカードを取り出した
「ほら。一昨日のうちのMSの発進記録と監視カメラの映像。V2はおろか、ほかのMSだって出てない」
案の定、ウッソのV2ガンダムはもとより、もう一つの愛機であるヴィクトリーガンダムの発進も記録されていなかった。
いかにスペシャルといえど、無数の監視カメラとセキュリティを掻い潜ってこっそり出ていくなど不可能だ。
これで疑惑が解消できるとウッソは安堵したが、しかし。
「ふん、お前らの家の記録なんだから改竄くらいできるだろ。家族そろって弟の悪事を隠蔽か?」
そう言い放ち、ジェリドは資料を突き返した。その顔には明らかな不信と侮蔑の色があった。
「なんだと!?」
「やめろカミーユ。…ジェリド、根拠もなしに俺たちの家族を馬鹿にするのはやめてくれ」
あまりの言いように、ジェリドに掴みかかろうとするカミーユを制してシーブックが怒気を込めて言った。
ジェリドは不機嫌に鼻を鳴らした。
「とにかく、どうでもいいからさっさと弁償――おぐぉっ!?」
どこからか飛んできたスパナとハンマーが後頭部に直撃し、あっさりとジェリドは昏倒した。
608 名前:光の翼(2) 4/5 :2015/09/06(日) 00:35:35.52 ID:izlTUe5J0
「うちの家族を疑うなんて、いい度胸じゃないの。へタレ先輩」
「失礼だよな。俺たちはこんなに品行方正にやってるのに。…あ、このスパナとハンマーは偶然だからね。証人は俺たち」
ガロードとジュドーである。怒りを隠そうともせず
ここぞとばかりにジェリドを踏みしめながらカミーユたちのところへ歩いてきた。
「お前たちは…」
少し気分は晴れたものの、シーブックは頭を抱えた。余計に話がこじれるからだ。
「これで信じてくれないとなると、どうやって誤解を解けば…」
「犯人を捜して引きずり出すとか」
ガロードが言った。もとより犯人探しには肯定的だったので、幾分やる気になっていた。
「シロー兄さんじゃあるまいし。俺たちだけで見つけられるわけないだろ。ジェリドの前提を崩すんだ」
「前提を崩す?」
「ミノフスキードライブ搭載MSが、ウッソのV2だけと決まったわけじゃない」
ジェリドがウッソを疑うのは、光の翼を発現させられる唯一のMSがウッソのV2ガンダムだからだ。
こちら側の証拠を頑として信じないのも、(生来の性格の悪さもあるだろうが)光の翼=ウッソという印象が強いせいだ。
そうシーブックは睨んでいた。ならば、V2ガンダムにしか光の翼が使えないという前提がなくなればどうだろうか。
他に犯人候補がおり、少なくとも証拠といえるものを持っているウッソへの疑いは薄れるはずだ。
「聞いたことないけどなあ、V2以外にミノフスキードライブ乗せたMSなんて」
「アムロ兄さんに聞いてみればいいさ」
「そうと決まったら帰るのみ、ってね」
「…ジェリド先輩はどうするんですか?」
昏倒したままのジェリドを見てウッソが聞いた。
「だいじょーぶ。さっきカテジナ先輩呼んどいた」
「………」
ジュドーの返答。また説教されるのか。ジェリドは気に入らないが、カミーユはなんとなく気の毒に思った。
思っただけで何をするでもなかったが。
その夜の食卓にシローはいなかった。
Gジェネ社の輸送船襲撃事件の捜査のため、しばらく家を空けることのことだ。
どうやら相当に難航しているらしく、グラハムも食卓に姿を見せなかった。代わりとでもいうようにシャアが食卓についている
帰り道で偶然アムロに会って、流れで家までついてきたらしい。
「なるほどな」
カミーユからことのあらましを聞き、アムロはうなずいた。
「それで、光の翼を搭載してるMSってほかにないんですか?」
「俺の知る限り、光の翼を出せるのはV2だけだな。他にミノフスキードライブ搭載MSを作られたという話も聞かない」
609 名前:光の翼(2) 5/5 :2015/09/06(日) 00:36:36.93 ID:izlTUe5J0
「大尉の意見はどうです?」
「私もアムロと同じだ。そもそも、V2のミノフスキードライブに関する権利をサナリィのミューラ博士が握っている以上
他社が作っても莫大な使用料がかかる。仮に販売にこぎつけたとしても売れるとは思えん」
「今の技術じゃ製造にかかるコストも莫大で、量産はかなり先になるっていう話だからな。手を出すには早すぎる」
現在流通しているV2ガンダムは特別な装備をすべて外し性能も量産機レベルにまで落とした、いわゆるベーシック・タイプと呼ばれるものだ。
操作性に難のある高級な機体や、改造に手を出せない一般層を狙ったもので操作系統もジムやザク等を参考に簡略化されている。
Gジェネ社が他社からライセンスを取得して販売している。外見は同じだが中身はまるで違うので厳密には別機体と言っていい。
オリジナルのV2ガンダムは発表こそされたものの、ミノフスキードライブ量産化の遅れもあって未だに販売されていない状態が続いている。
「作っても利益が出ないどころか損失になるのでは、会社としては仕方がない。賢い企業はそういう選択をするだろう。
もしも作るとすればサナリィだろうが…」
「発表もされていないような機体が、そう簡単に手に入るとも思えない」
「じゃ、やっぱり犯人はウッソってことになるんじゃ」
「そうと決まったわけじゃないでしょ」
シンの言葉をキラが遮った。
「その通りだ」
「発進記録を見直しましたけど、やっぱり
昨日の夜にV2が出撃した形跡はありません」
「監視カメラにもそれらしい機体の出入りは確認されなかった」
ロランとヒイロの報告を聞いて、一同が考える。
「V2がもう一機あれば話は別なんだが…」
「あっ」
アムロが顎に手を当ててぼそりと呟くと、ウッソが何か閃いたというように声を上げた。
「どうしたんだ?」
「いえ、ちょっと思い当たったことがあるのでちょっと席を外します」
「…?」
思い出したウッソは急いで庭の外に出た。この電話は誰にも聞かれたくなかった。
とある折、強引に電話番号を渡してきた"あいつ"。彼ならヴィクトリーガンダムもV2ガンダムも持っているはずだ。
――迷惑珍妙極まるドッペルゲンガー、
マンガバンなら。
最終更新:2017年05月23日 22:38