穏やかな夜は窓ガラスの破壊音によって終わりを告げた。リビングの窓ガラスが突如飛んで来た金属バットによって粉砕されたのだ。
幸いリビングには誰もいなかったのでバットやガラスの破片で怪我をする者はいなかったが、
何事かと不用意に玄関から外に出たコウの腕に一本のムチが絡みつき、夜の闇の中へ引きずり込まれた。

散々たる光景のリビングへと次々と家にいた兄弟達が駆け込み、辺りを見回し、何かを引きずる音のした庭の方へと目を向ける。
そこには一人の男がいた。
全身に殺気を漲らせ、右手にムチを、左手にはボロ雑巾になったコウを持ち男はゆっくりとこちらへと歩いてくる。アルが小さく悲鳴をあげてロランに抱きつく。
最初に動いたのはカミーユだった。ボロボロになったコウを見て逆上したのか絶叫を上げて男に殴り掛かる。
男はカミーユに向かって左手に掴んでいたコウを投げつけ、カミーユが彼を受け止めた隙を付いて背後へ回り込み首筋に強烈な一撃を叩き込んだ。意識を断たれて崩れ落ちるカミーユを見てロランが呟く。
「そんな…あっというまにカミーユまで…」
ウッソが絞り出すような声でそれに続いた。
「間違いありません…エースですよ、あの人は!」

「なんだ!何の騒ぎだ!!」

仕事から帰ってきた直後で対応が遅れ、遅れてリビングに入ってきたシローを見た瞬間、男のムチが唸りを上げた。次の瞬間シローの左腕にムチが巻きつき凄まじい力で引き寄せられる。
一瞬の事で反応が遅れたシローの視界に飛び込んできたのはムチを手放して接近していた男の拳だった。防御する暇も無く顔面に喰らい吹っ飛ばされる。
「あなたは…ノリスさん…?たしかアイナの家の…」
「アイナ様の名前を口にするなぁ!!」
ノリスに胸倉を捕まれて無理矢理引き起こされる。
「アイナ様を裏切り、その想いを踏みにじった貴様に…そのような資格があるものかぁっ!」
そのまま腹に一撃を喰らい、地面に落とされると同時に腹を抱えてうずくまるシロー。
「兄さん!」
「来るな!」
駆け寄ろうとする弟達を手で制し、そのままノリスに土下座の体勢をとる。
「お願いだ…アイナに…アイナに会わせてくれ!会って…もう一度俺の話を!」
「アイナ様を裏切ってはいない…そう言いたいのか?」
「ああそうだ!だから…」
「よかろう…しかし、会わせるのはこの私を倒してからだ!」
「! あなたを…倒す!?」
「そうだ!そうすれば貴様の言葉、本心からのものだと認めてやろう!」
「それしか道が無いのなら…そうさせてもらう!!」

シローとノリスの戦いが始まってから既に一時間以上が経過していた。互いに防御という行動を忘れたかのような殴り合いがいつ果てるとも無く延々と続き、もはや両者とも気力だけで立っている状態である。
しかしこの前にシローが受けた受けたダメージは余りにも致命的だった。シローが不利な状態である事は誰の目にも明らかだったのである。
「これで…終わりだ…!」
ノリスが意識を失いかけているシローにゆっくりと――だが残り全ての力を込めた拳を繰り出す。
「がんばれー!シロー兄ちゃーん!」
「負けんなー!」
「このまま負けたら彼女と結婚できなくなるぞー!」
弟達の声援が今にも途切れそうだった意識をわずかにだが回復させる。
「そうだ…俺は…」
萎えかけていた気力を奮い立たせる。
「俺は…」
最後の力を振り絞って拳を握る。
「俺はアイナと添い遂げるぅっ!!」
鈍い音がして互いの拳が顔にめり込み、気を失った二人はズルズルとその場に倒れ伏した。

結局勝負は引き分けに終わったものの、「自分を倒した事には変わりない」ということでシローはノリスの仲介で無事アイナと会うことが出来た(発端となった事件の証人としてロランも同行)。
事情を知ったアイナは自分の勘違いのせいでノリスとシロー達に迷惑をかけた事を素直に詫び、結果二人の仲はこれまで以上に強く深いものとなったのである。
もっとも涙を流しながら抱き締めるアイナとそれ慰めながら抱き返すシローを見ているロランは顔が真っ赤だったし、ノリスの顔には複雑な笑いが浮かんでいたのも事実ではあるが。



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最終更新:2017年05月18日 13:05