History
インディーズ時代
中学や高校や塾が一緒だった桜井、田原、中川がMr.Childrenの原型となる「Beatnik
」(キーボードを含めた5人組)を結成。
当時のドラムは別人で、キーボードは女性だった。
それから他バンドで以前から面識のあった鈴木が加入する。バンド名は「The Walls
」など度々変えていた。
結成後
1991年
渋谷や新宿等のライブハウスを中心に活動。
名阪方面へ遠征したり、デモテープ製作をするなど、プロデビューを意識した活動を行っていた。
1992年
5月10日、1stアルバム『Everything』(ミニアルバム)でメジャーデビュー。
8月21日、1stシングル『君がいた夏』発売。アルバム『Everything』からのシングルカット。
同曲はFM802のヘビーローテーションにも選ばれる。
12月1日、2ndシングル『抱きしめたい』、2ndアルバム『***KIND OF LOVE
』発売。
発売当時はヒットしなかったものの、94年のブレイク後に収録曲のひとつである「抱きしめたい」などの評判が口コミで広がったこともあり、数年をかけてアルバムはミリオンヒットを達成することとなった。
1993年
7月1日、3rdシングル『Replay』発売。
9月1日、3rdアルバム『Versus』発売。
11月10日、4thシングル『CROSS ROAD』発売。
シングルとしては初となるミリオンヒットを記録。桜井は曲が完成したとき「ついに100万枚売れる曲が完成した!」と叫んだという(本人談、ベストアルバムに記載)。
1994年
6月1日、5thシングル『innocent world』発売。
9月1日、4thアルバム『Atomic Heart』発売。当時の日本におけるアルバムの歴代売上1位となった。
11月10日、6thシングル『Tomorrow never knows』発売。
ダブルミリオンを突破し、最大のヒットシングルとなった。
12月12日、7thシングル『everybody goes -秩序のない現代にドロップキック-』発売。タイアップ無しにも関わらず、ミリオンヒットを記録。
12月、「innocent world」が第36回日本レコード大賞を受賞。
Mr.Childrenは「海外でのPV撮影」という理由で授賞式を欠席しており、日本レコード大賞史上唯一の受賞者欠席での大賞受賞となる。
恒例である生演奏なども無く、代わりにTBSの別番組で収録された演奏が会場に流されるという稀に見る事件となった。
1995年
1月23日、サザンオールスターズの桑田佳祐との合同作品として、桑田佳祐&Mr.Children名義でシングル『奇跡の地球』発売。
これはAIDS患者救済基金を集めるためのプロジェクト(Act Against Aids 通称AAA)の一環であった。ともに週間シングルチャート1位経験のあるアーティスト同士のコラボレーションシングルとしては史上初の1位を獲得した。
5月10日、8thシングル『【es】 ~Theme of es~』発売。
8月10日、9thシングル『シーソーゲーム ~勇敢な恋の歌~』発売。
売り上げ金、アーティスト印税の全てを全額阪神・淡路大震災の義援金として寄付した。
1996年
2月5日、10thシングル『名もなき詩』発売。
初動で120.8万枚を売り上げ、累計はダブルミリオンを記録。
4月10日、11thシングル『花 -Mémento-Mori-』 発売。
6月24日、5thアルバム『深海』発売。
Mr.Childrenとしては初のコンセプトアルバム。
8月8日、12thシングル『マシンガンをぶっ放せ -Mr.Children Bootleg-』発売。
アルバム『深海』からのシングルカット。
1994年から1996年までは、発売したシングルのほぼ全てがミリオンヒットとなり、「ミスチル現象」と一部で言われていた。
1997年
2月5日、13thシングル『Everything (It's you)』 発売。
3月5日、6thアルバム『BOLERO』発売。
3月28日、初の東京ドームでのライブ後、突然の活動休止を発表。
1998年
2月11日、14thシングル『ニシエヒガシエ』発売。
全く告知をせず、レコーディングは休止前に行われ、ミュージック・ビデオにもメンバーは出演していない。しかし、最初に後頭部とラストにほんの一瞬に桜井だけ出演している。
メンバーのほとんどが野球経験者で草野球チームを結成していたが、この頃からサッカーに転じ、草サッカーが流行りだした。歌詞にもサッカー用語が使われるようになった。
10月21日、15thシングル『終わりなき旅』発売。
本格的にバンド活動を再開した。
1999年
1月13日、16thシングル『光の射す方へ』発売。
2月3日、7thアルバム『DISCOVERY』発売。
5月12日、17thシングル『I'LL BE』発売。アルバム『DISCOVERY』からのシングルカット。
9月8日、8thアルバム『1/42』(50万枚限定生産)発売。
"DISCOVERY" TOUR'99の音源を収録した初のライブアルバム。
2000年
1月13日、18thシングル『口笛』発売。最後の8cmCDとなった。
8月9日、19thシングル『NOT FOUND』発売。
9月27日、9thアルバム『Q』発売。
『Atomic Heart』以降のアルバムでは初めて初登場1位を逃し、2位となった。
2001年
7月11日、初のベストアルバム『Mr.Children 1992-1995』『Mr.Children 1996-2000』を2枚同時発売。
2枚合わせて400万枚以上の売り上げを記録する大ヒットとなった。
8月21日、20thシングル『優しい歌』発売。
11月7日、21stシングル『youthful days』発売。
ドラマ「アンティーク ~西洋骨董洋菓子店~」(フジテレビ系、2001年10月~12月放送)では、Mr.Childrenの曲が多数挿入歌として用いられた。
FMフェスティバル '01にのちのBank Bandの前身となるAcid Testとしてジョン・レノンのカバー「MOTHER」で参加。後にMUSIC DELI端末で限定販売された。
2002年
1月1日、22ndシングル『君が好き』発売。
5月10日、10thアルバム『IT'S A WONDERFUL WORLD』発売。
7月10日、23rdシングル『Any』発売。
7月、桜井が小脳梗塞で入院し、約半年間、音楽活動を中断する事態となった。
12月11日、24thシングル『HERO』発売。
12月21日、横浜アリーナにて一夜限りの復活ライブを行った。桜井が入院したため、当初アルバム『IT'S A WONDERFUL WORLD』の発売に伴ったツアーを行う予定だったが全公演を中止。そのため、とても話題性のあるライブとなった。
その後、鈴木の「諸事情」により本格的な活動の再開が遅れた(ミュージックステーション出演時に桜井が発言)。
2003年
11月19日、25thシングル『掌/くるみ』発売。初の両A面シングル。
2004年
4月7日、11thアルバム『シフクノオト』発売。初回版にはレコーディング風景が収められたDVDが付属された。
5月26日、26thシングル『Sign』発売。
12月、「Sign」が、日本レコード大賞・金賞(大賞候補)にノミネートされた(94年の「innocent world」以来10年ぶり)。
同月31日に大賞の受賞が決まり、1994年に続き2度目となり、グループとしては史上初の複数回受賞達成し、授賞式にも出席した。
この頃にBank Bandを桜井和寿、小林武史を中心に結成し、活動を始める。
2005年
6月29日、27thシングル『四次元 Four Dimensions』発売。
全曲にタイアップが付いた。特典として、収録曲の一つである「and I love you」のPVが見れるようになっている。
7月16日から7月18日にかけて、「ap bank fes '05」に出演。この夏は多数の野外フェスに出演した。
9月21日、12thアルバム『I ♥ U』発売。
2006年
7月5日、28thシングル『箒星』発売。
7月15日から7月17日にかけて、「ap bank fes '06」に出演。
8月27日、桜井と親交が深く、コラボレーションシングル『奇跡の地球』を発表し、共演したサザンオールスターズの桑田佳祐の呼びかけにより、「THE 夢人島 Fes.2006」に参加。
9月26日の名古屋公演から全国のZepp6会場にて、かねてから親交のあったthe pillowsと共に対バンツアーを行った。
11月15日、29thシングル『しるし』発売。
2007年
1月24日、30thシングル『フェイク』(40万枚限定生産)発売。
3月14日、13thアルバム『HOME』発売。
初回版には2006年にthe pillowsと行った対バンツアーの模様が収録されたDVDが付属された。
5月5日、鈴木が福岡公演終了後の食事の席で誤って換気扇に左手を挟み、人差し指を4針を縫う怪我をし、5月12日、13日の札幌公演を6月22日、23日に延期する事態となった。
5月10日、14thアルバム『B-SIDE』発売。初のカップリング集アルバム。
7月16日、「ap bank fes '07」に出演。
本来は7月14日から16日までの3日間に出演する予定だったが、14日、15日の公演が台風の接近により開催中止となったため、16日のみの出演となった。
10月31日、31stシングル『旅立ちの唄』発売。
最終更新:2007年12月08日 18:43