[ある日のお屋敷にて]
――フェン・セイアッド。
出会いから十数年…あるいは数十年後、
領主の息子だというドレイクから勧誘を受けていた俺は、この領を訪れていた。
永住をするつもりはなかったが、気が変わるまでは留まるのもいいだろう。
破格の待遇で雇ってくれるというし、と、変わらぬ気楽な考えだ。
食客扱いで与えられた私室は領主邸の中。
昨日は件のドレイク自らが案内を努め、屋敷内と近辺の地理は既に頭に入っている。
魔動機術を伝えるための一定の時間以外は自由にして構わない、と、
そんな、確かに破格と言える雇用条件のもと、大手をふって散策を行っているわけだ。
勿論、その際可愛い人族奴隷の子のチェックも欠かさない。
夕べ、瓶詰の血は味気ないと文句を言ったところ、人族の世話役をつけると言われた。
そうじゃない、とすかさず主張。それに対し、
「つまみ食いたいなら好きにしろ。問題さえ起こさないならば感知しない」
そんなお墨付きをしっかりと貰ってある。
やはりご飯は、可愛い柔らかい女の子から合意の上で頂くのが一番おいしいのだ。
さて、そんな形でふらふらと物色散歩をしている最中。
不意に屋敷の正門が開き、そこからもの凄い勢いで滑空してくる物体が目に入る。
いや、物体なんていうのは失礼だった。
どうやらそれはドレイクの女の子のようだ。
少し勝気な感じのつり目も、出で立ちと相まって中々に可愛らしい。
まぁ、バルバロスの血は苦みがキツイから興味はないんだけどね。
……とと、そんな心の中を読まれたわけじゃあ無いだろうけど、
道の端でのんびりと眺めていたら、滑空中のお嬢さんとばっちり目が合ってしまったよ。
「ちょっと! お前見ない顔ね…!」
開口一番がそんな言葉。
睨むような剣呑な目線のまま、あっという間に距離を詰められてしまう。
「此処で野良ラミアが拾われたって聞いたのだけどっ!
お前、まさかそのラミ…、……ら、みあ…? ???」
途中から勢いが抜けて困惑になった。その気持ちは理解できないじゃあ、ない。
お嬢さんの目はわかりやすく俺の、当然平らな胸元付近を凝視していたから。
うん、別に証拠を見せてあげてもいいんだけれど、尾を見せるのってセクハラになるんだろうか?
「はい、多分そのラミアですよー」
やんわりと、とりあえず言葉で答えてみる。
けれどもお嬢さんはやはりまだ困惑の様子だ。
「そ、そう。うん、そうよね、そう聞いたもの。ラミアなのね。っていうことは、つまり、女…なのよね?」
なにこれ面白い。
どーしよう、ここは期待に応えて女の子として振る舞ったほうがいいかな?
ティコビス(参考資料)をお手本にしたら割とイケるんじゃない?
わくわくとした楽しい予感に期待が抑えられない。
悪戯心を最大限に刺激されていると、近づいてくる新たな足音が聞こえた。
「……其処で何をしている。それは俺が雇った。手出しは許さんぞ」
「なッ…、なんですってぇ…!」
きゃw ドレイク君、男前だね。
でもややこしくなるの一直線な台詞キターって感じだよねぇ。
と、いいますか、お嬢さんのこの剣幕って、やっぱりそういうことだよね?
によによしちゃうよね。
だが、誤解は大変面白いので、近づいてきた彼の後ろへそっと逃れてみる俺なわけですよ。
あ、お嬢さんが睨んでる睨んでる。
「…いいわ、そこまで言うなら勝負なさい!! 私が勝ったら、即刻、このあばずれを叩きだすのよ!」
「……どうしてそうなる」
彼はため息をつきながら額に手をやっている。
聞き分けの無い子供を相手にしているといった感じだろうか。
ところで、別にあばずれは否定しないんだけど、
折角の好待遇な就職先を追い出されるのは、ちょーっと困るかなー?
「雇ったのは俺だが、父上もお認めになっていることだ。俺の一存で覆すわけにはいかんぞ。
……まぁ、いい。相手はしてやる。中庭でいいな?」
「ええ、構わなくてよっ」
何となくわかってきてるんだけど、彼は生来生真面目な気質なんだろうね。
何だかんだで真面目にお嬢さんに向き合っている感じ。
対するお嬢さんの方は、ちょっと言葉尻や態度を取り繕っている感が微笑ましい。
それから二人は場所を移動して。
お前もついて来いと言われたので、俺は、少し離れた東屋から手合わせを見物していたわけですよ。
まぁ、結果から言えば、彼の方の圧勝だったね。
以前会った時から強かったけど、幾らかの年月を経て、
その技量にも魔力にもますます磨きがかかっているように見えた。
お嬢さんの方はと言えば、決して弱いわけではないのだろうとは思う。
ただ、何というか、多分彼女はあまり近接戦向きではないんだろう。
自覚があるのかはわからないけれど、1対1での戦いを制することは実力差以上に難しい筈だ。
それでも、悔し気に彼を見上げる瞳には諦めの色は見えない。
きっと、例え不利であれ、この形で挑んで勝つことこそが彼女にとって重要なんだろうな。
そんな風に思えた。
しかしそれでも負けは負け。
彼がかける癒しの魔法をどことなく嬉し気に受け入れた後、
お嬢さんは、きっちりこちらに威嚇めいた目線を飛ばしてから帰って行った。
ううん、本当に微笑ましい。
うっかり弄り合わしてしまいたくなるよね、これは。
にまにまとして仕舞わないよう表情筋に活を入れ直していると、視界の隅に彼が軽く肩を竦めたのが見えた。
成る程ね?
鈍感、という訳でもないわけだ。
今は妹に近い扱いでも、その先を考えていないこともないのかもしれないね。
あるいは彼自身、まだ決めかねている可能性もあるか。
あはは。
何だろう、これ。本当に面白いじゃない?
いやぁ、バルバロス領でも退屈はせずに済みそうだよ。
ごちそうさま!^^
fin
最終更新:2017年02月27日 00:02