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13. 批判音楽学(Critical musicology)

 新音楽学の登場やその結果として生じた、現在大学の音楽学科で教えられている主題ーー映画、テレビ、ポップ・ミュージック、民族音楽学(エスニシティの項参照)、文化理論(カルチュラル・スタディーズの項参照)、音楽心理学、音楽療法、演奏分析等々ーーに見られるように、少なくとも80年代中盤以降、音楽学は可能な限り自己批判的且つ内省的な関係性をその扱う主題に対して培ってきたが、少なくともいくらかの人々にとってはこれら音楽学を変化させようという新たな努力の多くでさえ、未だ西洋の古典的正典(canon)の中心となる面々に焦点を当て過ぎていると感じられている。
 批判音楽学に潜在的に埋め込まれているのは、不断に音楽に対し再考を施し、新たな正統であるとか大きな物語(物語の項及びCook and Everist 1999を参照)の確立を避ける態度であるにもかかわらず、一般にそれは、分析と社会的意味の考察との間の何らかの形の統合を希求しようとしている。その様な議論の公開討論の場として『Critical Musicology: A Transdisciplinary Journal Online』を挙げる事が出来る。そこでは批判音楽学を「1. 他の人文科学の学問内で音楽に為される批判理論的側面を適用し、2. 先行する音楽学の伝統への理論的批判を伴う音楽学の一形態である(www.leeds.ac.uk/music/info/critmus/)」と定義している。このフォーラムの目標は音楽研究のアプローチの更なる拡大を喚起し、未だ十全には近年の新音楽学からの検討が為されていない分野へ対応する事である。その中には、音楽作品という概念へのより批判的、哲学的な理解(Goehr 1992参照)、テキストとしての楽譜の物神化の拒絶と、関連してスケッチと他の原資料を元にした研究への懐疑論(Griffiths 1997参照)、音楽をクラシック、フォーク、ポップ等にジャンル分けする事への強調を弱める試み(ジャンルの項及びMoore 2001b、Griffiths 1999参照)、演奏と音楽体験における身体の役割への考察(Leppert 1988及びBohlman 1993参照)、より演奏者・聴衆中心の研究への移行と、関連して主体の位置への興味(Clarke 1999及びDibben 2001参照)、音楽家がいかに演奏を学ぶかに影響を与える社会状況への考察(Green 2001参照)、音楽教育においてどの様な教授法が為されているか、及び若者が持ち込む様々な音楽体験への関連をどの様に持ち得るかについての関心(McCann 1996及びGreen 1997参照)などが挙げられる。
 批判音楽学は長らく、ポップ・ミュージックの経済学のような、音楽の生産と消費に高い関心を払ってきた(Wicke 1990参照)。この観点からの興味深い研究はジャック・アタリ(Jacques Attali)の『Noise: The Political Economy of Music(Attali 1985)』で、そこでは「聴取が監視と社会操作の重要な方法となる(前掲書122頁)」ように音楽を生産し市場に出す人々の持つ力について注意が払われている。別の潜在的な批判音楽学のモデルは、アメリカ人の民族音楽学者フィリップ・ボールマン(Philip Bohlman)により提示され、彼は音楽学自体が政治的な行為である事に注意を喚起すると同時に、権威的な作品と作曲家に対し修正的方法論の適用を制限する事への警鐘を鳴らしている。

「抵抗の議論、ポストコロニアルな言説、下々の(subaltern)声は既に我々を取り巻く音楽の中に満ちているのに、我々はそれを単に聴かないという事によって無視している。……よって音楽学の危機は、解釈のあらゆる行為の政治的本質や、我々が単に見も聞きもしない、女性(フェミニズムの項参照)、有色人種(人種の項参照)、市民権の無い人々、そして「他者」(他者性の項参照)の音楽を余りにも長い間排除してきた事による政治的帰結に、真正面から向き合うという新たな責任に我々を直面させる。(Bohlman 1993, 435-6頁)」

 音楽学的解釈の政治的側面の承認と無視されてきた人々の声の斟酌はジョージナ・ボーン(Georgina Born)とディヴィド・ヘズモンドハル(David Hesmondhalgh)の共著『Western Music and its Others(Born and Hesmondhalgh 2000)』に見出す事ができる。また、音楽と階級を巡る問題はリチャード・ミドルトン(Richard Middleton)とデレク・スコット(Derek B. Scott)の関心事である(Middleton 1990及びScott 1989参照)批判音楽学の多くは、音楽が社会的また個人的に用いられる仕方について問いかけ調査する。この音楽を伴う人間相互の営みへの焦点は、新音楽学によって導入された、より主体的なアプローチへの重要な延長である(主体性の項参照)。

更に詳しく:Radano and Bohlman 2000; Scott 2000, 2003
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最終更新:2007年11月11日 07:14
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