階層という概念は、経済的状況から定義され、一定の態度とアイデンティティを反映した特定の集団を指し示す(アイデンティティの項参照)。その古典的な概念理解はマルクス主義に由来し、そこでは階層を生産ー所有の関係において定義し、歴史は異なる階層が互いの利益を巡って争う事で生じる衝突という観点で捉えられる。マルクス主義的な理解を不必要に硬直しており、経済的観点が強過ぎ、 社会流動性や教育機会の今日の状況から考えると、既に有効性の薄れた要因に依存していると考える人々もいるが、にもかかわらず、階層を経済的状況及び経済力を通じて定義される価値観とアイデンティティとする発想は、未だに人々を惹き付ける力を保っている。
音楽と音楽学における階層の存在は、音楽学と高等教育の間の関係、知的アクセスに関連した問題及び、階層を基盤とした観点に影響を受け易い権力との結び付きとにおいて明らかである。アクセスも芸術と文化一般との関係において捉えられる問題であり、そこでは経済的な位置付けが障壁となる事がある反面、文化がある種の人々にとっては誤って階層のステータスシンボルとなる事もある。最近の論議を呼び若干ユーモラスでもある記事の中で、ダイ・グリフィス(Dai Griffiths)は音楽と階層とを、戦後イギリスのグラマースクールにおける選抜プロセスの経験を通じて関連付け、このような階層を基盤とした教育上の文脈が音楽の価値、或いは様式といった感覚に反映されているのではないかと論じた。「グラマースクールの生徒にとって音楽とは勇猛果敢なものであり、その伝統的な支持者はニューマンチェスター校出身者とその徒弟たちであった。(Griffiths 2000, 143頁)」ここで共通の学歴によって「ニューマンチェスター校出身者」と言及されているのは、ハリソン・バートウィスル(Harrison Birtwistle)、ピーター・マクスウェル・ディヴィス(Peter Maxwell Davies)及びアレクサンダー・ゲール(Alexander Goehr)らであり、このような様式はポップ・ミュージックの平等精神への対抗を表しているとグリフィスは指摘している。「グラマースクール音楽はとりわけポップ・ミュージックを嫌悪する。ジャズではなく、ポップミュージックを。(前掲書144頁)」
最も重要かつ直接的な階層への言及は、通常ポップ・ミュージックとの関係において為され、その背景は本質的に社会学的な観点から関連付けられ、それは社会学者ディック・ヘブディジ(Dick Hebdige)によるサブカルチャーについての古典的記述において明白である(文化の項参照)。彼はとりわけ労働者階層の若者をディヴィド・ボウイ(David Bowie)と階層からの退却、逃走の一環として定義される70年代初頭のグラム・ロックとの関連において論じている。「ボウイのメタ主張とは、ファンタジーとしての過去及びSF的未来への、階層、個性をして明白な義務からの逃走である。(Hebdige 1979, 61頁)」言い換えれば、ポップ・ミュージックは現実としての階層からファンタジーとしての音楽への逃避として形成されている。しかしながらグラム・ロックと比較すると、パンク・ロックはしばしば労働者階層の若者の現実を必ずしも正確でない形で反映しており、文化産業の積極的な影響力を常には意識していない(Savage 1991参照)。
イギリスのポップ・ミュージック研究家リチャード・ミドルトン(Richard Middleton)は、ここ200年の音楽史の概略を階層との関連において描き、「3つの根本的構造転換の『契機』(Middleton 1990, 12頁)」を同定した。それらの中で最後のものは「第二次世界大戦からしばらくして、ロックンロールの到来と共に衝撃的に始まり、『ポップ・カルチャー』の時代として定義され得る。(前掲書14頁)」対して最初のものは「『ブルジョワ革命』の時代であり、ほとんど全ての音楽分野における市場原理の浸透及び、新たな支配階層と結び付いたタイプの音楽が成長し、ほどなく優勢になった事に伴う、文化領域内の複雑かつ明白な階層闘争(前掲書13頁)」である。この陳述は階層と文化の政治的関連及び、市場の登場やブルジョワ層という特定の階層が18世紀から19世紀中盤にかけて勃興した事に注意を払っている。彼はこの政治的文脈を「異なる音楽技法間の衝突」と関連付けているが、更に重要なのは「音楽がどのような形をとり、どのような役割を演ずるべきかについての広大な論争」に言及している点である。これらの衝突や論争は様々な音楽領域と文脈に結び付けられる。「パブ、学校、井戸端会議でそれはしばしば為され、そしてまたオーケストラのコンサート、オペラ、名人芸的ピアノ演奏の流行、そしてロマン派作曲家の前衛音楽において明白である。(前掲書13頁、ロマン派の項参照)」
ミドルトンは以下のように続ける。「1890年代までには第2の大きな状況の断絶が現れる。これは『大衆文化』の時代であり、独占資本家の構造発展に特徴付けられる。(前掲書13頁)」大衆文化の生産は、工業化の過程とそれに伴い、経済的、文化的に一貫したプロレタリア階層の本質からも明白な、徐々に均質化する階層関係を反映している。更に彼はアメリカの覇権の勃興とラグタイム、ジャズ等の特定ジャンルの音楽、及びティン・パン・アレー(Tin Pan Alley)が「均質化された市場への『一方通行のコミュニケーション』に向けて疾走した」過程を関連づけている(前掲書13-14頁)。
ドイツの批判理論家テオドール・アドルノ(Theodor Adorno、批判理論の項参照)にとっては大衆文化の繁栄と「一方通行のコミュニケーション」はイデオロギー的な強制力を伴い、プロレタリア階層を懐柔し、その構成員から本来の欲求と利益を覆い隠す役割を担う(イデオロギー、文化産業の項参照)。しかしながら、ここで示唆される階層間の覇権はイタリアのマルクス思想家アントニオ・グラムシ(Antonio Gramsci)によって最も効果的に理論化される。彼によれば、支配階層はその力を説得と政治プロセスの正常化を通じて発揮し、そこで文化は重要な文脈の一つを担い、階層間の新たなレヴェルにおける微細な関係性を反映する。
これらの問題はミドルトンの言う「第2の状況の断絶」を越えた広がりを持ち、「ポップ・カルチャーの時代」を通じ現代まで継続している。音楽を含めた文化全般への、階層を基盤とした政治的反応の確実性は、今日の批判的な文脈における新たな主体性にいくらか取って代わられてしまったかも知れない(主体性の項参照)。しかし、活動中の市場の存在と、それに伴ったあらゆる文化活動における文化産業の観念は、背後にある経済状況との関連性の継続を指し示し、将来の批判音楽学者の吟味が待たれる状況である(批判音楽学、新音楽学の項参照)。
更に詳しく:Bottomore 1991; Day 2001; Scott 1989
最終更新:2007年11月11日 07:12