カルチュラル・スタディーズという術語は、音楽を含む文化の研究の、あらゆる側面を包含する概括化として理解しうる。しかし、明らかに多様な意味と文脈に取り巻かれているにもかかわらず、それは明瞭な血統を持ち、しばしば、極めて特定の慣行や理論と結び付けられる。その起源としては一般に、文化についての最も重要で想像力に富んだ作家の一人であるレイモンド・ウィリアムズ(Raymond Williams)とリチャード・ホガート(Richard Hoggart)の著作が挙げられる。ホガート、そして後にステュワート・ホール(Stuart Hall) によって率いられた、1964年のバーミンガム現代文化センター(Birmingham Centre for Contemporary Culture)の創設は、アカデミックな学問としての、そして次第に厳密になる文化の理論化としてのカルチュラル・スタディーズの始まりを代表している。ここから発信された理論的著作は多=(あるいは間=)学問的な影響力を持ち、今日のカルチュラル・スタディーズの多くのヴァージョンにおける中心的要素を成す、様々な領域における文化的営みを取り上げている。
カルチュラル・スタディーズにおいては、文化の異なる形態または位相間の差異を問題として取り上げる形で、常々ポップ・カルチャーに関心を払ってきたが(ポップ・ミュージックの項参照)、この焦点は階層の様な問題への取り組みを通じて、しばしば政治的な様相を呈してきた。これらの傾向はバーミンガムにおける文化研究の伝統に確固として基づいた、ディック・ヘブディジ(Dick Hebdige)の『Subculture: The Meaning of Style(Hebdige 1979)』の中に良く表れている。彼は日常の現実からの解放という若者の願望に関心を向けるが、これは広い文化的・経済的文脈における商品化とその圧力(commodity status and pressures)がこの願望との間に持つ対立関係と、青少年サブカルチャーのアイデンティティの考察へと導かれる。本質的には彼はこの対立に、様々に衝突し競い合う圧力の相互作用の場となる様に、スタイルへの焦点を持ち込む事によってそれらの緊張をまとめあげ、弁証法的な解決を構築する。これらの問題はグラム、レゲエ、パンク等のスタイルへの言及によって、この時代のポップ・ミュージックの中に位置付けられている。
ポップ・ミュージック/カルチャーへの最も洞察力に富んだ研究の幾らかは、アメリカの文化理論家ローレンス・グロスバーグ(Lawrence Grossberg)に由来するカルチュラル・スタディーズから産み出された。彼はポップ・ミュージックを広い文化的文脈と、しばしば政治的・イデオロギー的視点を通じて捉えるが(イデオロギーの項参照)、『Dancing in Spite of Myself(Grossberg 1997a)』と題された試論集の序文で、自らの「試み」を「特にロックと若者文化に代表される、ポップ・カルチャーの社会的影響とその論理への関心と、発展性のある知的な研究の形態としてのカルチュラル・スタディーズの可能性への取り組み」との間に位置付けている(前掲書1頁)。彼は更に自らの研究を「4つの軌道(trajectories)」によって要約する:「カルチュラル・スタディーズ特有の慣習への関心;文化とコミュニケージョンの理論への哲学的関心;ロックの大衆性と有効性の探究;新保守主義の覇権の明白な成功についての調査(前掲書1頁)」これらの「軌道」は幾らかの重要な領域を概説しているが、多くの仕方において、カルチュラル・スタディーズとポップ・ミュージックの将来の位置付けへの覚え書きとして未だ機能し得る。最後の「新保守主義の覇権」という軌道は我々に、音楽が政治的文脈と位置付けの中に存在する文化的営みである事を思い起こさせるが、この「文脈と位置付け」は、この本を執筆した時期にアメリカの政治・文化の双方で支配的だったと彼が考えていた空気の中で形成されたものである。
カルチュラル・スタディーズは直接的にはポップ・ミュージックと関連付けられる事が多いわけだが、最近の音楽学の潮流では新たな間=学問性が幾らかの効果を上げている(新音楽学の項参照)。ゲーリー・トムリンソン(Gary Tomlinson)の『Music in Renaissance Magic(Tomlinson 1993b)』、スーザン・マックレーリー(Susan McClary)の『Feminin Endings(McClary 1991)』、ジョン・シェパード(John Shepherd)の『Music as Social Text(Shepherd 1991)』の様なテクストは、カルチュラル・スタディーズ特有の伝統とやり方には必ずしも縛られていない一方で、様々な仕方において、音楽が文化的な営みであり且つ文化的文脈を通じて存在する事を我々に思い出させる。
更に詳しく:During 1993; Grossberg 1993, 1997b; Inglis 1993; Mulhern 2000
最終更新:2007年11月27日 19:36