H17. 9.22 甲府地方裁判所 平成17年(わ)第197号  殺人被告事件

判示事項の要旨:
養護老人ホームの入寮者であった被告人が,同じく入寮者であった被害者の発言に憤慨するなどし,被害者の腹部を果物ナイフで1回突き刺すなどして殺害したという殺人の事案



主       文
        被告人を懲役10年に処する。
        未決勾留日数中80日をその刑に算入する。
甲府地方検察庁で保管中の果物ナイフ1丁(平成17年領第354号符号3)を没収する。
理       由
(犯罪事実)
 被告人は,甲府市○○番地A養護老人ホームB寮に入寮していたものであるが,同所の入寮者であるC(当時71歳。以下「被害者」ともいう。)と折り合いが悪く,同人の態度をふてぶてしく生意気だと感じ,同人に対する怒りや憎しみの感情を抱くようになっていたところ,平成17年5月5日の昼ころ,寮の廊下で他の入寮者に理髪店の営業日を教えていた際,被害者からそんなことは教えなくても案内を見れば分かる旨の言葉を投げかけられたことから,馬鹿にされたと憤慨し,これまで蓄積されてきた怒りや憎しみの感情を一気に爆発させ,同人の殺害を決意した。そこで,被告人は,同日午後零時35分ころ,自室にあった果物ナイフを持ち出して上記B寮○○号室の被害者の居室に赴き,室内に敷かれた布団の上に仰向けになっていた被害者に
対し,殺意をもって,同果物ナイフ(刃体の長さ約12.3センチメートル。主文掲記の証拠物。)でその腹部を1回突き刺すなどし,よって,同日午後9時39分ころ,同市○○D病院救命救急センターにおいて,同人を肝胆刺創による出血性ショックのため死亡させて殺害したものである。
(法令の適用)
被告人の判示所為は刑法199条に該当するところ,所定刑中有期懲役刑を選択し,その所定刑期の範囲内で被告人を懲役10年に処し,同法21条を適用して未決勾留日数中80日をその刑に算入し,甲府地方検察庁で保管中の果物ナイフ1丁(平成17年領第354号符号3)は,判示殺人の用に供した物で被告人以外の者に属しないから,同法19条1項2号,2項本文を適用してこれを没収し,訴訟費用は,刑事訴訟法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。
(量刑の理由)
 本件は,養護老人ホームの入寮者であった被告人が,同じく入寮者であった被害者の発言に憤慨するなどし,被害者の腹部を果物ナイフで1回突き刺すなどして殺害したという殺人の事案である。
 被告人は,被害者との折り合いが悪く,日々被害者に対する怒りや憎しみの感情を募らせていたところ,本件当日の些細なやりとりをきっかけにそれらの蓄積された感情を一気に爆発させて被害者の殺害にまで及んだものである。被告人が人生最期の場所として位置づけていた養護老人ホームの居心地が被害者の存在により悪くなったという思いがあったにせよ,殺害にまで及ぶというのはあまりに短絡的かつ身勝手というほかなく,動機に酌量の余地はない。
 犯行態様をみても,被告人は,白昼,自室から鋭利な果物ナイフを持ち出して被害者の居室に赴き,仰向けになっていた無抵抗の被害者に対し,突然,果物ナイフを振り下ろしてその腹部を突き刺し,ナイフの刃の大部分が突き刺さるほどの傷を負わせるなどし,被害者を出血性ショックにより死亡させたものであって,強固な殺意に基づく大胆かつ危険な犯行であり,犯情は悪質である。
 被害者が投げかけた言葉が本件犯行のきっかけとなっているにしても,被害者において殺害されるまでの落ち度はない。被害者は,突如として本件犯行に遭遇し,おびただしい出血により治療の甲斐なく死亡したものであるが,その肉体的苦痛はおろか,内妻とともに余生を過ごしていた老人ホームの中で,寮仲間の手によって無惨にもその生涯を終えなければならなかった精神的苦痛や無念さは計り知れず,結果はまことに重大である。残された内妻はやるせない心情を吐露しており,同人の精神的衝撃や悲嘆の思いは察するに余りある。にもかかわらず,いまだ同人に対する慰藉の措置は講じられていない。
 また,本件は,高齢者が共同生活を送りながら静かな余生を過ごす養護老人ホーム内での入寮者同士の殺人という重大事件であり,現場となった老人ホームの入寮者や関係者に与えた衝撃はもとより,社会的影響も看過できない。
 以上の事情に照らすと,被告人の刑事責任は重い。
 他方,本件は被害者の言動に憤慨したことから敢行された衝動的犯行であり計画性までは認められないこと,被告人が当公判廷において本件犯行の重大性に思いを致して真摯に反省し,被害者や内妻に対する謝罪の気持ちを述べていること,被告人には前科前歴がないこと,77歳という高齢であること,その他被告人の健康状態など,被告人にとって酌むべき事情が認められる。
 そこで,当裁判所は,これらの被告人にとって有利,不利な一切の事情を総合考慮し,主文のとおりの刑を量定した次第である。
(検察官折原崇文,国選弁護人田中正志各出席)
(求刑 懲役15年,没収)
  平成17年9月22日
     甲府地方裁判所刑事部

         裁判長裁判官   川  島  利  夫


            裁判官   矢  野  直  邦


            裁判官   肥  田     薫

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最終更新:2005年09月28日 16:34
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