H17. 6.29 名古屋高等裁判所 平成17年(ネ)第296号 損害賠償請求控訴事件

判示事項の要旨:
被控訴人Aから,株式会社Bの社債発行及び同債券についての被控訴人Cによる格付けの紹介を受けて,本件社債を購入した控訴人が,被控訴人らに対し,本件社債の償還期限前に株式会社Bについて会社更生手続が開始されたことによって損失を被ったのは,被控訴人Cの株式会社Bの債務償還能力に関する格付判定及び被控訴人Aの目論見書への記載事項等が不適切であったこと等によるものであるとして被控訴人らに対し不法行為等による損害賠償を求めた訴えを棄却した事案



主 文
      1 本件控訴をいずれも棄却する。
      2 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
 1 控訴人
  (1) 原判決を取り消す。
  (2) 被控訴人らは,控訴人に対し,それぞれ248万7880円及びこれに対する平成16年1月28日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
  (3) 訴訟費用は第1,2審とも被控訴人らの負担とする。
 2 被控訴人ら
   主文同旨
第2 事案の概要
 1 本件は,被控訴人A株式会社(以下「被控訴人A」という。)から,株式会社Bの社債(第26回無担保社債額面200万円(以下「本件社債」という。)発行及び同債券についての被控訴人株式会社C(以下「被控訴人C」という。)による格付け(Aマイナス)の紹介を受けて,本件社債を購入した控訴人が,被控訴人らに対し,本件社債の償還期限前に株式会社Bについて会社更生手続が開始されたことによって損失を被ったのは,被控訴人Cの株式会社Bの債務償還能力に関する格付判定及び被控訴人Aの目論見書への記載事項等が不適切であったこと等によるものであるとして,被控訴人Cに対しては,民法709条及び同715条に基づき,被控訴人Aに対しては,証券取引法(以下「法」という。)17条又は民法709条及び同715条に基づき,①本件社債購入額200万円と控訴人が5回にわたり受けるはずであった利金合計10万円の合計210万円と,更生計画に基づく償還額61万2120円との差額(損失)148万7880円,②慰謝料100万円,並びに①及び②に対する本件社債の償還期限である平成16年1月28日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
 2 原審は,被控訴人Cによる本件社債についての格付けが,虚偽ないし誤りであると認めることはできないなどとして,被控訴人らに対する請求をいずれも棄却したところ,これを不服とする控訴人が本件控訴に及んだ。
 3 本件の前提となる事実(争いのない事実等)及び当事者双方の主張は,原判決を以下のとおり付加訂正するほか,原判決「第2 事案の概要」1及び2に記載のとおりであるから,これを引用する。
  (1) 原判決2頁26行目冒頭から同3頁1行目「文章」までを次のとおり改める。
   「被控訴人Cは,平成11年9月10日,株式会社Bの長期債10銘柄の格付けをAプラスからAマイナスと変更する旨公表し,「D格付け」(被控訴人Cの発行する同社による格付けに関する月刊情報誌。以下「月刊誌」という。)平成11年11月号(同号は,平成11年11月1日発行。甲6の1,乙6)や被控訴人CのF(乙3の1)には,上記長期債10銘柄についての格付け変更に加え,同年10月1日に公表された発行登録債の予備格付けをAマイナスとする旨が記載され,格付事由の末尾に,「長短債務とのバランスの回復には時間を要する見込みで財務内容の脆弱な非連結ディベロッパー会社を含めたグループ全体での債務償還能力は当面低水準で推移するものと考えざるを得ない。」との記載がある。また,同年10月1日には,Bの発行登録債予備格付(発行予定期間平成11年9月30日から2年間,発行予定額1000億円)をAマイナスとする旨公表し,上記月刊誌(11月号)及びF(乙3の2)には,格付事由として,上記格付変更における格付事由と同様の記載がされている。そして,被控訴人Cは,平成12年1月12日,本件社債に関する新規格付けをAマイナスとする(以下「本件格付け」という。)旨公表し,月刊誌平成12年3月号(甲6の2)及びF(乙3の3)には,上記格付事由として,既に平成11年10月1日に上記発行登録債の格付けをAマイナスとして公表しているところ,その後の株式会社Bの業績等に大きな変化はみられない旨記載されている。」
  (2) 同3頁11行目冒頭から19行目末尾までを次のとおり改める。
   「(控訴人の主張)
    ア 被控訴人Cは,金融庁指定格付機関として,中立の立場で公正に格付けを行う義務がある。
    イ しかるに,以下の事実に照らし,被控訴人Cの格付けが誤ったものであることは明らかである。
     (ア) 被控訴人Cは,本件格付けの格付事由として自ら月刊誌等に記載しているように,株式会社Bの「債務償還能力は当面低水準」と判断していた以上,これに相当する格付けはB(債務履行の確実性に乏しく,懸念される要素がある。)以下であって,Aマイナス(格付けAは,債務履行の確実性は高いとするもの。)という格付けは虚偽ないし誤謬であることは明らかである。
     (イ) 格付けは,確かに確率の数値で表現されるものではないが,格付けが,Aを含む同BBB以上であれば,一般に投資適格と理解されることになる。金融庁も,法5条4項に定める参照方式(一定の要件を満たす者が,直近の有価証券報告書及びその添付書類,半期報告書等の参照書類を参照すべき旨を有価証券届出書に記載するのみで,法5条1項1号に掲げる有価証券届出書記載事項を記載したものとみなすことができる届出制度)や法23条の3以下に定める発行登録制度(一定の要件を満たす者が,将来有価証券の発行を予定する場合,予め発行予定有価証券の種類,発行予定期間,発行予定額等を記載した発行登録書を財務大臣に提出しておくことにより,実際の発行時には新たな有価証券届出書を提出することなく,発行条件等の証券情報等を記載した発行登録追補書類を提出するのみで,当該有価証券を取得させ又は売りつけることができる制度)の利用適格要件としての特定格付けをAマイナス以上としており(同法23条の3第1項,5条4項,企業内容等の開示に関する内閣府令9条の4第5項1号ホ,平成7年大蔵省告示222号(最終改正平成15年金融庁告示56号)),当該債券の格付けがAマイナス以上である場合には,応募に際し,応募者に対する詳細な企業情報の開示が相当程度省力化され,応募者としては,証券会社から交付される発行登録追補目論見書記載の情報,とりわけ格付情報に頼らざるを得ない仕組みになっているし,制度的にも指定格付機関の格付けに依拠した投資判断を事実上強制するものであるということができる。
       以上から明らかなとおり,本件格付けは,被控訴人Cの主張するようなBBBやAA等隣接する格付けとの単なる相対評価ではなく,10段階の格付け全体の中での位置づけを示すものであり,格付けAは,公社債全体の中で高位にあり,安心して投資することができるとの固有の意味を有するものである。実際,被控訴人C自身も,社内検討において,下記(ウ)のとおり,デフォルト率推定モデルに基づいて格付判定を行っており,上記のような単なる相対評価を行っているわけではない。
     (ウ) なお,原判決は,売上げ規模100億円超の複合大型店については,高い競争力を有し,既存店の落ち込みは相対的に低い等プラスに評価される事情も存在すること等をAマイナスの格付けが違法とはいえないとの判断の根拠としているが,そのような事情は月刊誌等に公表された格付事由にも記載がないことから明らかなように,「債務償還能力が当面低水準」と判断されるにもかかわらず,Aマイナスの格付けをするための社内的な補足説明に過ぎず,同格付けを是認する根拠となり得るものではない。また,被控訴人Cは,多額の純資産の存在や黒字等をAマイナスの格付けの理由として主張するが,これらの理由も格付事由として記載されておらず,いずれも調査結果等の的確な根拠に基づくものでもないのであって,上記格付けの根拠たり得ないことは,上記と同様である。
    ウ 本件格付けが恣意的になされたものであることは,以下の事情をみても明らかである。
     (ア) 被控訴人Cのデフォルト率推定モデルに基づく格付けの分類の概ねの基準は,デフォルト率1パーセント前後であれば格付けA,1.5パーセント前後であればBBB,2パーセント前後であればBBであると考えられるところ,株式会社Bについての上記推定モデルの適用結果は,平成8年2月決算時が2.043パーセント(BBプラス相当),平成9年2月決算時が1.525パーセント(BBB相当),平成10年2月決算時が1.035パーセント(A相当),平成11年2月決算時は1.369パーセント(BBB相当)とされている。それにもかかわらず,被控訴人Cは,上記数値からすればBBB相当の格付けを2段階も上のAマイナスとして本件格付けを行ったのであり,その合理的な理由は示されていない。
     (イ) また,株式会社Bに関する被控訴人Cの格付けとその理由を通覧すると,上記のとおり平成11年9月10日に,AプラスからAマイナスへ,平成12年9月6日に,AマイナスからBBBへ,平成13年8月17日に,BBBからBBへ,それぞれ変更され,各格付事由の骨子は,別紙「格付時点毎の評価要素の比較」のとおりであるが,平成11年9月10日以降平成13年1月24日までの格付事由は実質的には同じである。AマイナスからBBBへ変更した平成12年9月6日の格付事由には,平成12年2月期の実質経常利益の赤字や,フリーキャッシュフローのマイナスが続いていること等が挙げられ,表面上それ以前の状況と異なるかのようであるが,実際には,後者は,既に平成11年9月10日時点で言及されているキャッシュフローを上回る設備投資が続いていること等と同じことであり,有意の差はない。また前者については,平成12年2月期の実質経常利益の赤字は,決算期の前月(本件格付けが行われた平成11年9月)になれば相当程度正確に予測ができるものであり,被控訴人Cは,格付けに先立ちBから事業計画に係る予想損益計算書の提出を受けているはずであるから,平成11年9月10日の本件格付け時点において,既に織り込み済みの要素ということになる。そして,平成13年1月24日の格付事由には,懸案事項の処理の結果大幅な最終赤字となるものの,損失処理額は想定の範囲内である旨記載されているところからすると,この大幅な赤字も平成12年9月6日以前からすでに想定されていたことになる。ここにいう懸案事項とは,閉鎖を要する赤字店舗の閉鎖に伴う損失処理で,株式会社Bが財務内容の悪化により社債発行等に支障が出ることを嫌って先延ばしにしていたに過ぎないものである。これを平成11年に実施したものと仮定して推計すれば,平成13年2月期の財務内容とほぼ同様となる。したがって,被控訴人Cの基本認識,すなわち株式会社Bの評価要素は,平成11年9月以来何ら変わっていないのであるから,被控訴人Cは,上記時点で既に,B格の格付けをすべきであり,Aマイナスの格付けはできないことを知りながら,これをしたことが明らかである。
    エ したがって,被控訴人Cは,本件社債についてB格と判定しながら,株式会社Bと癒着して,恣意的ないし政策的判断から,あえてAマイナスの格付けを付与したものであり,被控訴人Cの担当者は故意又は過失により,民法709条の責任を,被控訴人Cは同法715条の責任をそれぞれ負うというべきである。
      なお,上記格付け以外に,被控訴人Cが格付事由として消極的評価を月刊誌等に記載していたとしても,当時,同月刊誌は一般の個人投資家の目に触れるようなものではなかったし,格付事由は発行登録追補目論見書等に記載されず,一般応募者の目には触れないことを,被控訴人Cは認識し,これを奇貨として,後日の単なる言い逃れの手段としてそのような記載したに過ぎないことは明らかであり,上記不法行為の成否を左右するものではない。」
(3) 同3頁21行目冒頭に「ア」を付加する。
  (4) 同3頁26行目「明記している。」の後を,行を改め,冒頭に「イ(ア)」を付加する。
  (5) 同4頁6行目末尾に行を改め,次のとおり付加する。
    「 また,控訴人は,債務償還能力は当面低水準との記載が,A格の格付けの要件である債務履行の確実性が高いということと矛盾するとして論難するが,低水準の意味はその文脈において判断されるべきものであり,独自の見解といわざるを得ない。
 (イ) 控訴人は,被控訴人Cが,格付けに際し,デフォルト率推定モデルを採用していることを自己に有利に援用する。しかし,上記モデルは,平成11年になって格付け決定のための一つの判断材料として採用されたものに過ぎないし,数十の指標(自己資本比率,負債比率等)を一定の数式にあてはめて画一的に数値を算出したものに過ぎないから,その結果が必ずしも実態に合ったものになるわけではない。したがって,同じ数値を示すものについて複数の格付けが重なり合うことは珍しいことではないし,その意味で,同モデルは,あくまで一つの判断材料に過ぎない。なお,一応の目安として,数値に対応する各格付けを示す推定格付カテゴリーがあるが,上記の考え方は前提とした上でのもので,あくまで便宜的なものに過ぎない。また,実質的にみても,デフォルト率推定モデルの結果は,Aマイナスに近い数値を示しており,むしろ格付けの正しさを裏付けるものである。」
  (6) 同4頁7行目冒頭に「ウ」を付加する。
  (7) 同4頁11行目末尾に次のとおり付加する。
   「控訴人は,被控訴人Cが,格付事由が一般応募者の目に触れないことに乗じて,故意に虚偽の格付けを行ったかのように主張するが,格付事由は一般に公刊されている雑誌に掲載されており,虚偽の格付けをすれば被控訴人C自身が市場の信頼を失うことになるのであるから,控訴人の主張するようなことはあり得ない。」
  (8) 同4頁15行目冒頭から21行目末尾までを次のとおり改める。
   「ア 法17条は,投資者の保護を目的として(法1条),情報弱者である応募者を保護する観点から,応募者に誤解を生じさせないために目論見書等に必要な事実の記載を義務づけたものである。すなわち,投資者の保護の責務は,証券会社に課せられているのであって,目論見書において当該有価証券及び発行者に関する真実の内容が開示されるよう発行者に働きかけ,発行者がこれに応じない場合には,同商品を引き受けず,また取り扱わない義務を証券会社に課したものというべきである(法17条,21条1項4号)。
イ したがって,被控訴人Aは,被控訴人Cの格付けが,矛盾した内容を含む玉虫色のものであることや,他の格付け機関の格付けと差があることについて注意喚起を行い,誤解を生じさせないよう万全を帰すべき義務があるのであって,①被控訴人Cが,株式会社Bの債務償還能力について,当面低水準と評価していたこと,及び,②他の格付機関(E)の格付けが厳しくなってからは,従来の2社による格付けを止め,甘い格付けの被控訴人Cのみの格付けに変更されたことを目論見書等に記載しなければならず,これを記載しない限り,目論見書や資料を取引に用いてはならないというべきである。
    ウ 被控訴人Aは,上記誤解を生じさせないために必要な重要な事実の表示を行うべき義務を懈怠し,目論見書等に格付符号等のみを記載して,控訴人に対して本件社債の購入を働きかけたものであるから,被控訴人Aにおいて,相当の注意を用いたにもかかわらず格付けが虚偽又は誤謬であることを知ることができなかったことを証明できない限り,法17条に基づく損害賠償責任を負うというべきである。」
(9) 同4頁23行目冒頭から24行目末尾までを次のとおり改める。
 「被控訴人Cの本件格付けが虚偽ないし誤謬である事実はないし,「債務償還能力が当面低水準」との格付けの事由は,単に相対的な水準を示すものに過ぎないから,これを目論見書に記載しなければならない理由もない。
したがって,控訴人の証券取引法17条に基づく請求は失当である。」
第3 当裁判所の判断
1 当裁判所も,控訴人の請求を棄却すべきものと判断するが,その理由は,以下のとおりである。
(1) 被控訴人Cの責任について(被控訴人Cは,故意又は過失によって事実に反する格付けをしたものとして不法行為責任を負うか。)
 ア 証拠(甲5の1ないし3,甲13,乙1,5)によれば,格付けとは,当該債券の債務償還の確実性の程度をアルファベット符号等で分かりやすく示したものであるが,債務償還の確率等を絶対的な数値等で示すものではなく,各格付機関が,当該企業の有する諸要素,すなわち当該企業の経営指標,特性,業種の特徴,業界における地位や競争力等に基づいた判断としての企業収益力や,企業規模,資産価値等の様々な要素に,当該債券の特性をも考え合わせた上で示す当該時点における総合的な評価(意見)であることが認められる。
   したがって,各格付機関が,評価に当たりどのような要素を重視するかによって,結論が異なることは当然あり得ることであるし,また,評価が将来の見通しに関する判断であるから,結果的に当該評価が現実の結果と一致しないこともあり得ることである。それ故,結果的に当該評価が現実の結果と一致しなかったからと言って,その評価が誤りであったことになるわけでもない(ただし,当然のことながら,当該評価と実際の結果とが乖離すれば,当該格付機関は市場の信用を喪失するから,その存続基盤自体を失うことになる。)。
 また,本来,一般投資家は,自らの責任と判断において,当該債券に係る投資判断を行うのであって,格付機関による格付けは,上記のとおり格付機関の意見の表明に過ぎず,投資判断の一つの参考資料として提供されるものに過ぎないものである。
     しかし,格付機関の格付けは,信用リスク等に関する専門的な意見として,市場に対して実質的に大きな影響力を有するものであり,その意味で当該企業にとっても,また投資家にとっても重大な影響を与えるものであり,また特に一般投資家にとっては,自らの情報量や知識,判断力の欠如を補完する専門的知見としての意味を有するものとして,これを信頼することになるのであるから,格付機関は,信義則上,誠実公正に格付けを行うべき義務を有している。それ故,格付機関が,上記誠実公正に格付けを行う義務に反して恣意的ないし不公正な格付けを行った場合や,当該格付けの評価の前提となる事実に重大な誤認がある場合,判断の過程に一見明らかな矛盾や不合理が認められる場合等,およそ結果としての格付け(判断)が合理的な意味を有するものとは認められないような場合には,格付機関は,これによって生じた損害を賠償すべき義務を負うと解するのが相当である。
     なお,控訴人の主張の中には,格付機関の格付けがA格以上である場合に,有価証券届出書の記載事項等に関する一定の簡便な取扱い等が,金融庁等によって許容されていること等から,A格以上の格付けについては,当該債券が投資適格であることを公的に認証するような特別なものであり,格付機関は,これに応じた特別な公的責任を有するかのように主張する部分があるが,これはあくまで簡便な取扱方法を許す基準として専門家の判断としての格付けが利用されているのみで,該当する格付け以上の債券が投資適格であることを公的に認証するものではないし,上記のような意味での信義則上の責任に加えて,格付会社に特別の責任を賦課するものでもないことは言うまでもない。
   イ そこで,本件について判断すると,本件全証拠に照らしても,本件格付けの前提となる事実についての重大な事実誤認や,判断の過程について一見明らかな矛盾や不合理が存することを認めるに足りない。
(ア) 控訴人は,被控訴人Cが,本件格付けの格付事由として,株式会社Bの「債務償還能力は当面低水準」と判断していた以上,債務履行の確実性は高いとする格付けAには該当し得ないことは明らかであるとして,同格付けを明らかに不合理なもの(虚偽または誤謬)と主張する。
  しかし,被控訴人Cが,上記格付事由を,Bの債券の格付けをAプラスからAマイナスに変更する理由として,月刊誌やFに記載したものであることは前記のとおりであって,その体裁ないし文脈においてみれば,用語や表記の巧拙は別として,「低水準」とあるのは,Aプラスの格付けを維持するにしては,ないしA格の中では,といった相対的な意味であって,10段階の格付け全体の中で,いわば絶対的に低水準であることを意味するものではないと解するのが相当である。控訴人がるる指摘する点は,いずれも上記判断を左右するに足りない。
  したがって,この点に係る控訴人の主張は理由がない。
    (イ) また,控訴人は,本件格付けは恣意的になされたものであることが明らかであるとして,その理由として,①デフォルト率推定モデルに基づく分類よりも2段階も上の格付けが行われている,②本件格付け(AプラスからAマイナスへの変更)時とさらにBBBと変更した時点等を比較してみても,格付けの前提となる事情に関する被控訴人Cの認識は同じであって,実質的な格付事由の変更はないから,本件格付けの時点で既にB格の格付けをすべきだったことが明らかである等と主張する。
しかし,そもそも格付けは先に述べたとおり総合的な判断であるから,種々の指標から計算上得られる推計結果(デフォルト率推定モデル)は,概ねの目安として一つの有用な判断材料とはなり得るとしても,その結果のみによって判断されるべきものではないことは明らかである。また,乙9,10及び弁論の全趣旨に照らし,もともと被控訴人Cの各格付けが,この数値が一定の範囲内におさまるべきものとして規定されているものでもないこと(逆に,格付けの精度の向上のための試行錯誤の一貫として採り入れられた手法の一つであること)も明らかである。そして,確かに,乙7によれば,平成11年2月決算時の数値は,この数値のみとればBBB相当とされているものではあるが,乙9,10によれば,その数値はなおA格の領域下限値を上回っているものと認められる。また,実質的にみても,証拠(乙6,7)によれば,本件格付けに際し,被控訴人Cでは,株式会社Bの経営状況等に関するプラス,マイナスの諸要素について討議を行った上でAマイナスの格付けを決定したもので,確かにマイナス要因も多いものの,「売上規模100億円超の複合大型店が地域一番店として高い競争力を有しているため,既存店の落ち込みは相対的に比べ低い」といったプラスに評価される事情も勘案されていることが認められる(なお,控訴人は,この点に関し,恣意的な判断を正当化するための社内的な補足説明に過ぎない旨主張するが,このような見解を基礎づけるに足りる証拠はなく,独自の見解と言わざるを得ない。)。
      そうすると,結果的に,本件格付けは,相当程度保守的ないし甘いものとして当不当の問題を生じることはあり得るとしても,この点からただちにその判断自体が明らかに不合理なものと断ずることはできないと言わざるを得ない。
      また,上記②については,控訴人の指摘する平成13年1月24日時点の格付事由に,当期において取られた損失処理が,従前からの懸案事項で,損失処理額は既に被控訴人Cが従来想定していた範囲内であるとの記載等があるからと言って,これらの表記のみで,それが控訴人の主張するように本件格付けの時点(平成11年9月)で既に評価の基礎となる事情になっていたものと断ずることはできないし,本件全証拠によってもそのように認めるべき事情もうかがわれない。株式会社Bの赤字店舗の閉鎖等が,長年の懸案になっていたとしても,それを実際に行うか否か,行うとしてどの時点で行うかは,当該企業の経営判断に属する事柄であって,現にそのような意思決定が行われ,もしくはそのような予定がないにもかかわらず,そのような事情を先取りないし折り込んで格付けを行わなければならないものではない。この点に係る控訴人の見解は,独自のものと言わざるを得ない。
   ウ したがって,この点に係る控訴人の主張はいずれも失当であり,被控訴人Cに対する請求は,その余の点について判断するまでもなく,理由がないことに帰する。
(2) 被控訴人Aの責任について
 ア 控訴人は,被控訴人Aは,被控訴人Cが本件格付事由として,株式会社Bの債務償還能力が当面低水準であることを挙げていることが目論見書等に記載されていないことに基づき,法17条及び同21条に基づく責任を負うべきである旨主張する。
しかし,「当面低水準」であるとの記載が,控訴人の前提とするような趣旨とは解されないことは,前記認定のとおりであり,法17条及び同21条にいう表示すべき重要な事項若しくは誤解を生ぜしめないために必要な重要な事実に当たるとは認められないから,この点に係る控訴人の主張は理由がない。
   イ また,控訴人は,他の格付機関の格付けが厳しくなった後,株式会社Bが格付けの甘い被控訴人Cの格付けのみを採用するようになったこと等が目論見書等に記載されていないことについて,被控訴人Aは法17条及び同21条に基づく責任を負うべきである旨主張する。
     確かに,甲27によれば,Bは,平成10年4月15日発行の第13回債から同年5月25日発行の第21回無担保普通社債の9銘柄等について,他の格付機関であるEに格付けを依頼していたが,同格付機関が,平成11年2月10日に無担保社債2銘柄と平成10年4月15日発行の第21回無担保普通社債9銘柄の格付けをAプラスからBBBプラスに引き下げた後は,同機関に格付けを依頼しておらず,被控訴人Cに格付けを依頼していることが認められる。その経過からすれば,株式会社Bがより有利な格付けを期待して,被控訴人Cに格付けを依頼したものと推測するに難くはなく,そのような情報が投資家の投資判断に一定の影響を与える可能性があること自体は否定できない。
     しかし,これは結局のところ,被控訴人Cの格付けの信頼性の問題に帰着するに過ぎないし,依頼に基づく格付けの取得が,あくまで発行者が募集の便宜上行う投資家に対する参考情報の提供に過ぎないものであること,格付会社が複数存在する以上,どの,またいくつの格付会社に格付けを依頼するかは,基本的に債券発行者の選択に委ねられているものと言わざるを得ないこと,他方において,各格付会社の格付けは一般に公開されているのであるから,目論見書等に記載されていないとしても,投資家が所要の情報(依頼を受けていない格付機関による格付け)を入手することはさほどの困難を伴うものでもないこと等を考慮すると,上記の事情が,法17条及び同21条にいう表示すべき重要な事項若しくは誤解を生ぜしめないために必要な重要な事実に当たるということはできず,この点に係る控訴人の主張は理由がない。
ウ 控訴人は,上記のほか,民法709条,715条に基づく責任を主張するが,控訴人主張の事実についてかかる責任を認めるべき法的根拠はその主張上明らかとは言い難い上,本件全証拠によっても,そのような責任を認めるべき事情もうかがわれない。この点に係る控訴人の主張は,理由がない。
 2 よって,原判決は相当であり,本件控訴は理由がないから,これを棄却することとして,主文のとおり判決する。
       名古屋高等裁判所民事第3部

裁判長裁判官   青   山   邦   夫


裁判官   田   邊   浩   典


裁判官   手   嶋   あ さ み

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2005年07月22日 17:41
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。