H17. 6. 9 福岡地裁 平成16年(わ)第1657号等 強盗殺人等

判示事項の要旨:
本件は,借金返済に窮した被告人が,金品を手に入れようと企て,ひったくりを繰り返す中で敢行した窃盗(第1),ひったくりだけでは到底借金を完済するには至らないと考え,大金を入手するために,多額の預貯金を有していると聞いていた被害者の自宅に侵入し,被害者を殺害して預金通帳等を強取した住居侵入,強盗殺人(第2)及び銀行預金の払戻請求書を偽造し,それとともに強盗殺人で手に入れた預金通帳等を提出行使して,前後2回にわたり銀行から合計250万円を詐取した有印私文書偽造,同行使,詐欺(第3の1及び2)の各事案である。




平成17年6月9日宣告 裁判所書記官  西  田  延  文
平成16年(わ)第1657号,第1786号,第1842号 有印私文書偽造,同行使,詐欺,住居侵入,強盗殺人,窃盗被告事件
判       決
主       文
  被告人を無期懲役に処する。
  未決勾留日数中130日をその刑に算入する。
  押収してあるお引出し用(払戻請求書)2通(平成17年押第8号の1,  2)の各偽造部分を没収する。
理       由
(犯罪事実)
 被告人は
第1 平成16年9月29日午後10時17分ころ,福岡県前原市大字ab番地のc(現同市de丁目f番g号)のA方西側路上において,同所を通行中のB(当時54歳)から,同女の所有又は管理に係る現金約2万6000円及び財布等11点在中の手提げバッグ1個(時価合計約4万1600円相当)をひったくり窃取し
第2 C(当時79歳)を殺害して金品を強取しようと企て,同年10月12日午前10時40分ころ,福岡市h区ij丁目k番l号の同女方に,かねて同女に販売した浄水器の点検で訪問したかのように装って玄関口から侵入し,同日午前11時40分ころ,同女方4畳半居間において,殺意をもって,同女に対し,その背後から所携のアンテナケーブルを同女の頚部に巻き付け,その両端を両手で強く引っ張り,同ケーブルが両手から外れるや,同女の頚部を両手で締め付け,その顔面を手拳で殴打し,さらに同ケーブルを同女の頚部に巻き付けて,強く締め付け,よって,そのころ,同所において,同女を絞頚,扼頚あるいは絞頚兼扼頚に基づく窒息により死亡させて殺害した上,同所にあった同女所有の現金約1万7000円,手提げ金庫1個(時価約1000円相当),預金(総合口座)通帳1通,印鑑1個ほか3点を強取し
第3 判示第2の犯行により強取したC名義の旧株式会社D銀行E支店発行の総合口座通帳等を使用して,預金払戻名下に金員を詐取しようと企て
1 同年10月13日午後1時36分ころ,福岡市m区no丁目p番q号の株式会社F銀行G支店において,行使の目的をもって,ほしいままに,同支店備付けのお引出し用(払戻請求書)用紙の口座番号欄に「0608150」,ご請求金額欄に「¥1800000」,おなまえ欄に「C」などと各冒書し,お届け印欄に「C」と刻した印鑑を冒捺し,もって,C作成名義のお引出し用(払戻請求書)1通(平成17年押第8号の1)を偽造した上,そのころ,同所において,同支店行員H(当時25歳)に対し,同お引出し用(払戻請求書)があたかも真正に作成されたものであり,被告人が正当な預金払戻しを受ける権限を有するもののように装い,これを前記総合口座通帳及び上記C名義の国民健康保険被保険者証とともに提出行使して預金180万円の払戻し方を請求し,前記Hらをしてその旨誤信させ,よって,同日午後1時55分ころ,同所において,同女から現金180万円の交付を受け,もって,人を欺いて財物を交付させ
2 同日午後2時11分ころ,前記株式会社F銀行G支店において,行使の目的をもって,ほしいままに,同支店備付けのお引出し用(払戻請求書)用紙の口座番号欄に「0608150」,ご請求金額欄に「¥700000」,おなまえ欄に「C」などと各冒書し,お届け印欄に「C」と刻した印鑑を冒捺し,もって,C作成名義のお引出し用(払戻請求書)1通(平成17年押第8号の2)を偽造した上,そのころ,同所において,同支店行員I(当時28歳)に対し,同お引出し用(払戻請求書)があたかも真正に作成されたものであり,被告人が正当な預金払戻しを受ける権限を有するもののように装い,これを前記総合口座通帳とともに提出行使して預金70万円の払戻し方を請求し,前記Iらをしてその旨誤信させ,よって,同日午後2時23分ころ,同所において,同女から現金70万円の交付を受け,もって,人を欺いて財物を交付させ
たものである。
(事実認定の補足説明)
第1 弁護人は,判示第2の事実について,あらかじめ積極的,確定的な殺意があったわけではなく,住居侵入後,殺害直前に殺意を生じた旨主張し,被告人も殺害して金品を盗ろうと考えていた訳ではなく,窃盗目的で住居に侵入した旨主張する。しかしながら,当裁判所は,住居侵入前から既に確定的な殺意を有していたと認定したので,以下その理由を補足説明する。
第2 前提事実
   関係証拠によれば,以下の各事実が前提として認められる。
 1 犯行に至る経緯等
(1) 被告人の身上・経歴,被告人と被害者Cとの関係等
 被告人は,大阪府にて両親の下で,兄二人に続く三男として出生したが,中学1年生のころ母親が家出をした後は,男所帯の中で,特に長兄の指示により被告人が炊事,洗濯等をしなければならないことが多くなったのみならず,かねてより長兄から受けていたいじめも激しさを増した。かかる事態に堪えかねた被告人は,高校1年生であった平成5年7月15日ころ,一人家出をして,高校も中途退学し,その後は年齢を偽るなどして塗装工見習いや鳶職等の職を転々としながら一人暮らしを始めた。職場の倒産や金銭面でのトラブルに巻き込まれるなどして生活は安定せず,発覚こそしなかったものの悪事の手伝いをしたようなこともあった。
 しかし被告人は,平成8年ころ就職した昇降機関係の仕事にやりがいを見出し,比較的安定した収入を得るようになってしばらくしたころ,元妻と出会い,初めて大切に思う女性ができた。そして,平成12年11月に同女と結婚し,翌13年5月ころには当時大阪で勤めていた会社を退職し,元妻の実家がある福岡に移住して元妻と二人で暮らすようになった。平成14年7月に長女が生まれた後しばらくして,元妻の家族と同居するようになり,本件犯行が発覚するまでは互いに家族として親しみ,いたわり合う平穏な生活を表面的には送っていた。被告人は,上記の如く家庭的に恵まれていなかった自分のような者をあたたかく迎え入れてくれた元妻とその家族を大切に思い,また,今まで経験したことのないぬくもりのある家庭生活を決して失いたくないと思っていた。
 一方,被告人は,後記のように元妻に生活費として毎月20万円を渡すために,福岡でより給料の良い職を探し,警備会社のアルバイトやパチンコ店店員などを経て,平成16年6月ころ(以下,年の記載のないものは「平成16年」を指す。)に浄水器を販売する会社に就職した。7月6日には,被告人は被害者C方に浄水器販売の営業に赴き,同女に浄水器1個を購入してもらうことができた。なお,その際被告人は,代金支払の具体的交渉には関与しなかったが,これを担当した上司から,被害者Cには多額の預貯金が有りそうであるとの話を聞いた。その後被告人は,この会社の営業方針についていけないと考えるようになり,8月中旬ころには同社を辞め,以後職に就くことはなかった。ところが被告人は,元妻に心配を掛けないようにとの考えから,自分が無職となってからも,働いていたときと同じように出勤時間に合わせて家を出ていた。
(2) 被告人の借金の状況等
 被告人は,福岡に移住した後,月給が十万円台であっても,元妻から甲斐性なしと思われたくないとの考えから,同女には月に20万円位を渡すようにしていた。そして,実収入と元妻に渡す額との差を埋めるために,これまでの貯金を食いつぶし,ついには消費者金融会社から借金をするに至った。その借金返済のために,被告人はスロットで金を稼ごうと考え,更に借金を重ね,次第にその額はふくらんで行き,本件犯行直前には総額200万円以上に達しており,更なる借入などできない状態となった。しかしながら,被告人は借金をしていることを家族に知られてしまうと,元妻から離婚を申し出られ,今の幸せな生活を失ってしまうという懸念に囚われて,借金をしていることを元妻にもその家族にも相談することはできなかった。そして,9月中旬ころにはサラ金からの督促の電話が自宅に架かって来るようになった。
 このような状況下で,被告人は少しでも現金を手に入れようとの考えから,クレジットカードでブランドもののバッグを購入して直ちにこれを入質したり,ついにはひったくりをするようになり,判示第1の窃盗事件を惹起した。しかしながら,ひったくり等で入手した現金では返済額に到底及ばず,ここに至って被告人は,まとまったお金を工面して,借金を全て清算したいと考えるようになった。9月末か10月初旬にひったくりを行った際に手に入れた物の中に預金通帳があったことが切っ掛けとなって,大金の入った預貯金通帳と印鑑があれば,その預貯金を引き出して借金を完済できると思いついた。それとともに,以前,浄水器を買ってくれた被害者Cが多額の預貯金を有していると聞いたことを思い出して,同女の通帳と印鑑を手に入れる手段を模索するようになった。そして,自分にはピッキング等の技術などがないから空き巣を行うことは無理だが,浄水器の点検を装えば簡単に家に入れてもらえるだろうと考える一方,たとえ家に招き入れられても,被害者C方のどこに通帳等をしまってあるのか分からないから,同女の隙をついて盗み出すことは無理だと思った。それでも被告人は,サラ金への次の支払日が10月13日に迫っていたこともあり,何としてでも借金を返済しなければならないとの思いに囚われていた。
2 判示第2の犯行直前の状況等
 被告人は,10月12日,当時の自宅から本件凶器となるアンテナケーブルを持ち出し,自己の運転する軽四輪乗用自動車で,被害者C方に向かった。その際,被告人は予め自己の手の指にリバテープを貼り付けた。そして,同日午前10時30分ころ,被害者C方近くの路上に停めた車内で,靴底のすり減ったスニーカーから当時まだあまり履いていなかった革靴に履き替え,歩いて被害者C方へ向かった。
 同女方に着くと,被告人は,以前に販売した浄水器の点検を装って居室内に上がり込み,もって同女方に侵入し,怪しまれないように,浄水器や配水管の点検をする振りをしたり,世間話をした一方で,トイレの点検を装った際には他人が訪れた場合に備えて玄関に施錠した。その後も雑談やテレビの写りをよくするためアンテナケーブルの締め直しをするなどしてときを過ごしていたが,午前11時40分ころに至り,居間のソファに座って書類を見ていた同女が,書類内容について質問しようと被告人を近くに呼び寄せ,被告人は被害者Cの傍らに寄って書類をのぞき込んだが,その折に,被告人は判示第2のとおりの殺害行為に及んだ。
 3 殺害後の状況
 被告人は,被害者Cを殺害した後,寝室の布団の中から残高が400万円以上ある郵便局の通帳やD銀行発行の通帳を発見し,侵入当初から居間のテーブル上に置かれていた印鑑の印影と郵便局の通帳の印影が一致することを確認した。そして,その後も居間や台所で物色を続け,その間,暑く感じたことからエアコンのスイッチを入れたり,台所で食器棚の引き出しを物色した際には,開きにくかった引き出しをこじ開けるのに包丁を差し込んだりした。30分間くらい物色をした後,現金や預貯金通帳,印鑑の他,手提げ金庫などを奪い,財布の中にあるのを見付けた鍵を使用して玄関に施錠し,現場から立ち去った。
第3 前提事実から推認される確定的殺意発生の時期
1 弁護人は,以上のような事実を前提としても,被告人が被害者C方に侵入した直後に殺害に向けた行動に出ていないことなどを指摘して,被告人は当初は窃盗目的で被害者C方に侵入し,殺害直前において初めて殺意を生じた旨主張する。
2 しかし,被告人が持参したアンテナケーブルは,現に被告人が凶器として使用しているように,人の首を絞める道具としては適当であるものの,その形状からしても,浄水器の点検を装ったり,通帳等を窃取するために役立つ道具とは到底考えられない。そうであるならば,少なくとも被告人は,被害者Cに暴行を加える目的をもって,アンテナケーブルを用意したと認めるのが相当である。
 また,被告人は,被害者C方に侵入する手段として,かつて販売した浄水器の点検を装っており,すなわち,被告人は被害者Cが在宅していることを前提として,その室内から金品を奪おうとしていたのである。そして,被告人と被害者Cは浄水器販売会社の販売員と顧客という関係があったにすぎず,被告人は代金支払の具体的交渉の場にすら立ち会っていないのだから,室内のどこに通帳や印鑑等が収納してあるのかについての知識は持っていなかったのである。このような状況の下,被告人が,被害者Cと相対しながら,同女に気付かれずに室内を物色し,通帳等を盗み出すことは極めて困難であり,現実的ではない。
 そして,被告人は,指にリバテープを巻いたり靴を履き替えるなどして,予め指紋や足跡を現場に遺留することのないように気を配ったことが認められるが,もとより被害者Cとは直接相対しているのだから,同女を殺害しないのであれば,通帳等を盗み出しても,同女自身の口からその窃盗犯人は被告人である可能性が高いことを指摘されてしまうはずであって,ことさら,指紋や足跡を残さないように配慮する意味はない。当初より被害者Cを殺害しようと意図していたからこそ,被告人が被害者C方を訪れたこと自体を隠し,第三者に被告人の関与を疑われないようにする必要があると考えて,かかる行為に出たと見るのが素直である。なお,弁護人は,被告人が靴を履き替えたことについて,その理由自体合理性がないと指摘するが,実際に靴を履き替えたことによってどれだけの効果が生じるかはともかく,被告人がことさらに足跡を隠そうと考えてこのような行為にでたこと自体は事実といわなければならない。
 さらに,翌日に借金の返済日が迫っていた状況で,かつ,他に現金を調達する術がなかった被告人としては,家族に借金の存在を知られてしまわないためにも,絶対に,被害者Cから通帳等を奪うことが必要であると考えていたと推察されるところである。そして,仮にうまく通帳等を盗みだすことができたとしても,被害者Cが通帳等がないことに気が付けば,当該口座からの払戻しを停止させることは十分に予想され(現に被告人は,以前に行ったひったくりで入手したキャッシュカードを使って現金を引き出そうとしたが,被害者に盗難届を出されていたために,カードがATM機に吸い込まれてしまったという経験をしている。),確実に現金を入手するためには,被害者Cが盗難届を出せない状態にすることが必要であることを認識していたと認められる。
 そして被告人は,現に被害者Cを殺害した後には,借金の額以上の貯金がある通帳を見つけてもなお物色を続け,堅い引き出しをこじ開けるために包丁を使用し,また,暑くなったからエアコンのスイッチを入れるなど実に合理的かつ冷静な行動を取っている。当初から殺害を想定し,それを認容していたのであればともかく,被告人や弁護人が主張するように,殺害直前に突如として殺意を生じたのであれば,興奮や狼狽によってこれほど合理的で落ち着いた行動を続けることは困難だったのではないかと推測される。
3 以上の事情を総合考慮すれば,確実に現金を入手し,借金の返済に充てたいと考えていた被告人が,住居侵入以前から,あらかじめ被害者Cの殺害を決意していたことを十分認定することができる。
 確かに,被告人の究極の目的が借金返済に充てる現金を入手することにあり,被害者Cを殺害することはその手段・過程にすぎないことからすれば,殺害せずに金品を奪うことができるのであれば,殺害行為は行わなかったとも考えられるが,しかし,被害者Cが在宅中である以上,通帳等のありかを知らない被告人としては,強取しなければ通帳等を入手することができず,さらに,それらを奪ったとしても,被害者Cが生存しておれば,口座からの払戻しを止められてしまい,確実に現金を入手することが極めて困難であることを被告人自身も過去の経験から十分認識していたとみられ,最大の目的が現金を入手することにあったことをもって,当初から確定的な殺意を有していたことを否定する事情とすることはできない。
 なお,被告人は被害者C方に侵入してすぐに殺害行為に着手してはいないが,被告人としては,殺害行為に及ぶ機会をうかがうべく1時間程度のときを過ごしたとみるのが相当であり,このことに何ら不自然さは感じられず,このことをもって被告人に確定的な殺意がなかったものということはできない。
第4 被告人の自白調書とその信用性
  被告人は,捜査段階においては,「隙を見つけて盗めるのではないかと思ったが,通帳などのありかも分からないし,盗み出すのは難しいだろうと思い,どうしても通帳等を手に入れるためには殺すのも仕方がないと思いました」「おばあちゃんが都合良く長時間トイレに行くということは考えられないし,通帳等のありかを探している間,おばあちゃんの目が私に届かないことは考えられないから,結局殺して奪うしかないと思った」「殺さなくても通帳等を手に入れられるのなら手に入れたいと思ったが,具体的方法を思いつかなかったのでおばあちゃんを殺すしか方法がないと思い,殺害を決意した」等と繰り返し,あらかじめ殺意を有していた旨述べている。
  これらの供述は,隙を見て通帳等を窃取しようと考えたが,それらのありかが分からない以上,被害者Cの在宅中に,同女に気付かれずに通帳等を盗み出すことは難しいだろうと思い,ついには殺害することもやむを得ないと考えるに至った旨述べるものである。殺意発生に至る思考の流れは実に自然なものであるし,犯行前後及び現に被害者Cを殺害しているという被告人自身の行動とも整合しており,また,弁護人も認めるように公判段階の供述と特段矛盾するものでもない。
  さらに,被告人は,捜査段階において,予め被害者Cを殺害して通帳等を奪うことを計画したが,本件犯行の二日前に義兄の結婚式が予定されていたので,それまではきれいな体でいたいから,それが終わったら決行しようと思って犯行日を決めたとも述べてもいるところ,かかる心情は自然で十分理解できる上に,被告人本人にしか知り得ようもない気持を説明するものとして実に迫真性がある。そして被告人は,当時既に何件かのひったくりには手を染めていたのであり,被害者C方からの窃盗行為を想定していただけならば,今更「義兄の結婚式まではきれいな体でいよう」などと思ってその実行をためらうこともないと思われ,かかる気持になったのは,被告人自身が説明するとおり,まさに強盗殺人事件という重大犯罪を決意していたからこそ,そのような感情や思考が生じたものと見るのが自然である。
  かかる事情に照らせば,被告人がその捜査段階において,あらかじめ確定的殺意を有していた旨述べている供述も,十分に信用することができると判断される。
  これに対し,弁護人は,被害者Cを殺して通帳等を奪うしかないと思った旨の供述は,「殺さずに奪えるならばそうしたい」という趣旨の記述の後に出てくるものであり,これをもって直ちに確定的殺意を認定することはできないと主張し,かかる供述部分の信用性を否定する。しかし,被告人が殺害以外の方法で通帳等を窃取する方法を模索していた事実はあるにせよ,結局被告人が,被害者Cを殺害する以外に通帳等を奪う方法を思いつかなかったという事情もあるのであるから,被告人が同女を殺害することを認識し,その結果の発生を確実なものとして表象していたことは明らかというべきである。
第5 被告人の公判供述
  これに対して被告人は,当公判廷での被告人質問において,「殺すことも考えたが,そこまではと思っていた(第2回公判被告人供述調書(2)285項)」「最悪の場合があるかもしれないと思ったことは,最終的にはないと言った方が正しいかもしれない(同395項)」「殺してでも持ち出すということは考えていたが,その覚悟はしていませんでした(同406項)」などと供述している。そして,その一方で「アンテナケーブルを持ち出した時点で,最悪の場合は殺してでも奪おうという気持ちがあったことは確かです(同94項,278項,400項など)」などとも述べている。
  この供述は,一方であらかじめ殺意を有していたことを否定し,その一方でこれを肯定するというものであり,これらは1回の被告人質問の手続中で供述されたものである。かかる供述内容及び1回の手続内で数度の変転を見せる供述態度自体からして,犯行直前の被告人の心理状態が,殺害を躊躇する気持ちと,殺害しなければ現金を入手できず,大切な家族を失ってしまうという気持ちが入り交じったものであったことを推測させる。それはすなわち,積極的に殺害したいと思っていたわけではなく,殺害を躊躇する気持ちもいささかなりともあったものの,なお被害者Cを殺害することを想定した上で,その結果発生を確実なものとして表象していたことの表れと認められる。
  したがって,被告人の当公判廷での供述を前提としても,被告人に,当初から確定的な殺意があったと認定することの妨げとはならない。
第6 結論
  以上の次第であるから,十分信用することのできる被告人の捜査段階の供述によっても,また被告人の犯行前後の行動に現れた間接事実に照らしても,被告人は,当時の被告人宅を出発する時点で既に被害者Cを殺害した上で金品を奪うことを十分想定し,そのような状況になることを認容していたというべきであり,あらかじめ殺意を有していたことが優に認められる。
  よって,被害者Cを殺害する直前に殺意を生じたという被告人,弁護人の主張は採用することができない。
(法令の適用)
罰       条
 第1  刑法235条
 第2の行為中
    住居侵入の点  刑法130条前段
    強盗殺人の点   平成16年法律第156号(刑法等の一部を改正する法律)附則3条1項により同法による改正前の刑法240条後段
 第3の1及び第3の2の各所為中
  各有印私文書偽造の点 いずれも刑法159条1項
    各偽造有印私文書行使の点 いずれも刑法161条1項,159条1項
    各詐欺の点 いずれも刑法246条1項
科刑上一罪の処理
 第2につき 刑法54条1項後段,10条(1罪として重い強盗殺人罪の刑で処断)
 第3の1及び第3の2につき    いずれも,刑法54条1項後段,10条(結局1罪として最も重い詐欺罪の刑で処断,ただし,短期は偽造有印私文書行使罪の刑のそれによる)
刑種の選択
 第2につき 無期懲役刑を選択
併合罪の処理        刑法45条前段,46条2項本文(第2の罪につき無期懲役刑を選択したので,他の刑を科さない)
未決勾留日数の算入        刑法21条
偽造部分の没収 刑法19条1項1号,2項本文(判示第3の1及び2の各偽造有印私文書行使の犯罪行為を組成した物で,何人の所有をも許さない)
訴訟費用の不負担        刑事訴訟法181条1項ただし書
(量刑の理由)
1 本件は,被告人が,総額200万円を超える借金を返済するために,本件各犯行を企て,ひったくり行為を繰り返す中で判示第1の窃盗を敢行し,ひったくりだけでは到底借金を完済するには至らないと考え,大金を入手するために,判示第2の住居侵入,強盗殺人及び第3の各有印私文書偽造,同行使,詐欺に及んだという事案である。
2 判示第2の事実の犯情について
(1) 被告人の借金の原因は,当初こそ,生活費に充てるためのものであったとみられるが,それも真に衣食住に困っての借入というよりは,月収額が20万円に満たないのに,自らの見栄のために,元妻に毎月20万円を渡さなければならないと勝手に思いこんだことに始まった借財である。もとより素直に自分の実収入額を元妻に話し,収入相応の生活を送っておれば,必要に応じて元妻の実家からの援助も得られたであろうし,消費者金融会社等から借入を行う必要などなかったと思われる。その上,被告人は,出来てしまった借金をスロットで稼いで返そうなどと安易に考え,更に負債を増大させていったのであり,これまた実に愚かな振舞である。それでもこの段階の被告人に,自らの窮状を素直に元妻やその家族に打ち明け,その協力を仰ぐ分別さえあれば,たとえその浅はかさを責められようとも,打開策はあったのではないかと思われる。にもかかわらず,被告人は,借金をしていることが家族に知れれば,元妻から離婚を申し出られてしまうなどと勝手に思い詰め,元妻やその家族には一切相談することもせず,実に短絡的にも,他人を殺めてまで金品を強取しようと考えるに至ったのである。それはもはや,単なる近視眼的な発想というだけでは済まない,恐ろしく身勝手かつ極めて自己中心的で,他者の生命の尊重や幸福追求に対する配慮のかけらもない,極めて残虐非道な選択といわなければならない。
  結局被告人は,自己のつまらない見栄や浅はかな思い込み,安易な行動などから,自らを経済的苦境に追い詰めたあげくに,自己の幸せな生活を守りたいばかりに,本件強盗殺人行為にまで及んだというべきであり,その非情かつ身勝手な犯行動機に酌量の余地は皆無である。
(2) 被告人は,たまたま被害者Cが多額の預貯金を有している旨聞かされたことを思い出すと,犯行前から同女を殺害してでも預貯金通帳や印鑑等を奪うしかないと考え,あらかじめ殺害の用に供する目的でアンテナケーブルを準備して持ち出し,本件犯行に及んだものである。その際には,事前に自らの指にリバテープを巻き付けたり,普段履いているスニーカーからあまり履いたことのない革靴に履き替えるなどして,指紋や足跡から自己の犯行が露見しないようにとの被告人なりの配慮をしている。このように,本件は計画的に実行された犯行であり,被害者C方に侵入した当初こそ殺害行為に及ぶことを逡巡していたとみられるものの,結局計画どおり同女を殺害するに至っており,そこには強固な殺意があったと認められる。
(3) そして,被告人は,被害者Cに,浄水器等の点検に来たと信じ込ませ,さも親しげに同女方内の器具を点検して回ったり,世間話を交わすなどしながら同女の様子を窺い,同女が居間のソファーに座って書類を見入ったのを機に後方から不意に襲いかかり,所携のアンテナケーブルを首に巻き付け,その両端を持って下に思い切り引っ張った。アンテナケーブルが手から抜けてしまうと,とっさに手で首を絞めようとし,被害者Cの正面に回り込み,自分の右膝をソファーの肘掛け部分に乗せて手に体重がかかるような体勢をとって,同女の体をソファーに押しつけながら,両手でその首を絞めた。それでもなお被害者Cが抵抗すると,やはりアンテナケーブルで確実に首を絞めなければならないと考え,その左顔面部を右手拳で数回殴りつけて同女の抵抗力を奪い,再びアンテナケーブルを首に巻き付けて一周させた上で,手加減することなく左右に引っ張り,ついに殺害するに至った。そして,口と鼻付近に耳を近づけ,その死亡を確認した。
 このように,被告人は,アンテナケーブルが手から抜け落ちても,被害者Cの抵抗を受けても,何らひるむこともなく,むしろ一層強力にその首を締め続け,苦しむ同女を目の当たりにしながら,完全に息絶えるまで攻撃の手を緩めなかったのであって,その殺害方法は実に執拗かつ残忍で,何が何でも同女を殺害しようという被告人の強固な意図がその行為に発露したものといえる。
(4) また,金品強取行為及びその後の行為についてみると,被告人は,被害者C殺害後すぐに,残高が400万円くらいある郵便貯金通帳や銀行の預金通帳と,届出印を発見し,犯行の最大の目的を達成したが,さらに,現金など金目のものをできるだけ持ち出そうとして物色を続けた。そして,居間や台所から現金1万円や手提げ金庫,自分が触ってしまったと思われる書類なども持ち出した。被害者C方を去る際には,同女が外出中だと思わせ,死体の発見を遅らせるために,玄関の鍵を探して,施錠をした。
 その翌日,被告人は,判示第3の1の犯行の前にも,F銀行で現金を引き出そうとしたが,名義人本人の身分証明書が必要であると言われたため,再び,被害者Cの死体を被告人自身が放置していた犯行現場に戻り,同女名義の国民健康保険被保険者証を持ち出した。その際には,死体の発見を遅らせるために,新聞受けに配達されていた10月13日の朝刊を抜き取って持ち去り,部屋の中では,点けっぱなしになっていた電灯を消して,玄関の施錠をして出ていった。
 これら一連の行動は,殺人という重大犯罪に手を染めた後も,なお被告人が冷静で計算高く振る舞い,高額の金員入手という当初の目標を確実に達成していったことを示すものであり,ことに,犯行翌日に再び死体のある犯行現場に戻っていることからは,何としても大金を得たいという欲望を満たすことしか考えていなかった被告人の冷酷な姿勢が如実に看取されるところである。
   その上,これほどの重大犯罪を犯しながら,しかも本件犯行が新聞などで大きく報道されている最中にあっても,被告人は,普段と変わらぬ様子で家族との生活を送っていたとみられるのであり,自己の犯した犯罪の重大さや社会的影響をどのように考え,受け止めていたのかについて疑問がわくのを禁じ得ない。
 (5) 本件の結果は,いうまでもなく極めて重大である。被害者Cは,長年保母として稼動し,結婚して二人の子を育て,子らが成長した後に夫とは離婚したが,一人暮らしとなった後も,託児所やホテルに勤めるなどして生計を立て,70歳からはようやく年金により悠々自適の生活を送っていた。79歳の被害当時も,すこぶる元気で,時に息子や孫達との交流を心から楽しみ,また日常生活では老人会の懐メロの会や三味線の会,民謡教室,スイミングスクールに参加するなど社交的な面を発揮して,それらの会では世話役を担うなど活発で生き生きとした生活振りであったことが窺われ,人から恨まれるようなことは何一つなかったにもかかわらず,たった一度,以前に浄水器を購入した際の販売員だった被告人を信頼して自己の家に招き入れたばかりに,掛け替えのない生命を奪われてしまった。当然のことながら,被害者Cには,このような犯罪に遭わなければならない落ち度は皆無である。被害者Cは,直前までいかにも親しげに話をしていた被告人から,不意に襲われ,何故このような仕打ちを受けなければならないかも分からないまま,必死の抵抗もむなしく絶命させられ,しかも,死亡後4日間もその場に放置されて,被告人以外の誰にもその死を知ってもらうことができなかった。死に至るまでの肉体的苦痛が想像を絶するものであったことはもちろんのこと,他人の借金のために殺されてしまった無念さは察するにあまりあるところである。
(6) また,自己の実母の生命を見ず知らずの人間に奪われた被害者Cの長男,二男をはじめとするその遺族らの精神的苦痛,悲嘆は絶大であり,たかだか二百数十万円の借金のために人の生命まで奪い去ってしまった被告人のことは決して許さないとして,いずれもその極刑を望んでいるところである。
(7) さらに,本件は,平和な団地において一人暮らしをしていた高齢者が惨殺され,金品を奪われた事件としてマスコミにより広く報道されたものであり,それが近年の高齢化と独居世帯化が進む社会に及ぼした影響,特に,被害者Cの友人,近隣住民,同女同様に一人暮らしをしている高齢者らに与えた恐怖感,不安感には絶大なものがあったことが窺われる。
3 判示第3の各事実の犯情について
 判示第3の各事実はいずれも,自己の借金を返済する目的で,判示第2の犯行によって入手した他人名義の預金通帳等を用いて,払戻請求書を偽造,行使して預金を詐取したものであり,他者の立場を顧みない自己中心的な動機に酌量の余地はない。女性名の被害者Cの預金を下ろすために,同女の孫を装い,身分証明書を要求されると前示のように平然と犯行現場に戻って持ち出してきた国民健康保険被保険者証を示すなど,堂々と嘘をついて係員を誤信させ,1回目の払戻しがうまくいくや,その約20分後には2回目の払戻しに着手しており,その犯行態様は極めて大胆で悪質である。その被害額は合計で250万円という多額に上っているが,被害弁償は一切されておらず,犯行の結果も重大である。
4 判示第1の事実の犯情について
 判示第1のひったくりも,自己の借金苦からの犯行であり,その動機に酌量の余地は見い出せない。通行人に道を尋ねるふりをしてその隙をつき,不意にハンドバッグをひったくるという犯行態様は,狡猾である上,場合によっては,被害者を転倒させたり,怪我を負わせたりするおそれも少なくなく,危険かつ悪質なものである。被害額も合計で6万円余と少なくない上,その被害弁償は一切なされていない。被害品の中には通帳やキャッシュカードなどが含まれており,銀行等への被害申告が遅れていれば更なる被害も生じていたことも考えられ,かつ,このことが一つの示唆となって,判示第2の強盗殺人へとつながったことにかんがみれば,本件犯行の結果は重大である。
5 以上の諸事情を考慮すると,被告人の刑事責任は極めて重いというほかはない。
6 そうすると,他方で,被告人は,身柄を拘束されて後は,本件各犯行を実行したこと自体は素直に認め,各被害者及び遺族に対する謝罪の言葉を述べ,日記の中に被害者や遺族に対する謝罪や後悔の気持ちを綴るなど,被告人なりの真摯な反省の態度を示していること,当然の報いとはいえ,被告人の所業を知って言葉もないほどの衝撃を受けた元妻からは既に離婚され,その家族とも決別して,被告人が最も失いたくないと思い,そのためにこそ一連の事件を引き起こした温かな家庭生活とは,最早隔絶された厳しい道を歩んでいくことになったこと,被告人は未だ27歳の若者であり,これまでに前科はないこと,多感な思春期を不遇な環境下で過ごし,それが被告人の視野の狭さや,家族を信じ切れない弱さ,自信のなさを醸成する結果につながったとも考えられることなど,被告人のために酌むことのできる事情も認められるが,これらの事情を合わせ考慮しても,酌量減軽をするほどの事情があるとは認められず,被告人を無期懲役に処し,その生涯をかけて,被害者の冥福を祈らせつつ,その罪を償わせるのが相当であると判断した。
 よって,主文のとおり判決する。
(検察官中井公哉,国選弁護人平岩みゆき各出席)
(求刑-無期懲役)
平成17年6月9日
福岡地方裁判所第1刑事部


裁判長裁判官  谷       敏   行



裁判官  荻   原   弘   子



裁判官  井   草   健   太

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最終更新:2005年07月22日 17:46
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