H18. 1.27 甲府地方裁判所 平成16年(ワ)第384号 建物所有権確認・建物所有権保存登記抹消登記手続請求

 下請負人が,みずから材料を提供して建築した建物についてその所有権を主張し,注文者等に対して所有権確認等の訴えを提起したが,注文者はすでに請負代金全額を元請負人に支払っていたという事実関係のもと,建物の所有権は注文者に帰属するとして,請求が棄却された事例


判   決
主   文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実および理由
第1 請求
 ア 原告と被告Oとの間で別紙物件目録記載の建物が原告の所有であることを確認する。
 イ 被告Oは前項の建物について甲府地方法務局平成16年8月3日受付第XX号所有権保存登記の抹消登記手続をせよ。
 ウ 被告P銀行は前項の登記手続を承諾せよ。

第2 事案の概要
 本件は,建物建築請負契約に基づき建築され注文者名義で所有権保存登記がされた建物について,実際に工事をした下請負人がその建物の所有権を取得したと主張し,注文者に対してその所有権の確認を求めるとともに所有権保存登記の抹消登記を求め,この建物に抵当権設定登記を得た第三者に対してその抹消登記の承諾を求める事案である。

 1 基本的事実関係(当事者間に争いがないか【】内の証拠により認める)
 (1) 元請負契約
 被告OとT社は平成14年7月30日,T社が被告Oの所有地に共同住宅2棟を建築し被告Oが報酬として2億1630万円(消費税込み)を支払うとの内容の請負契約を締結した(以下「本件元請契約」という)。

 (2) 下請負契約
 ア T社と原告は平成15年1月21日,原告が上記土地につき造成工事を行いT社が報酬として1417万5000円(消費税込み)を支払うとの内容の請負契約を締結した。原告はこれに基づき同年3月までに造成工事をした。
 イ T社と原告は同年6月2日,原告が上記土地上に共同住宅2棟(本件元請契約の目的物と同じもの)を建築しT社が報酬として1億3125万円(消費税込み)を支払うとの内容の請負契約を締結した。
 原告はただちに着工し,同年8月には,1棟(以下「A棟」という)の躯体部分の工事を完了し,もう1棟(以下「B棟」という)の工事にも着手した。ところが同年9月,A棟の地盤が沈下して傾きが生じていることが発覚したため,A棟はいったん解体して地盤の改良工事を行った後に再度躯体を構築すること,B棟は再度床付検査を行い,杭打ち工事を行った後に躯体の構築にとりかかることが決まった。これにともない,代金についても見直し,A棟とB棟とで別々に契約をしなおすことになった。
 ウ 同年11月17日,原告はT社からA棟の解体工事を代金4315万5000円(消費税込み)で請け負い,平成16年1月に工事を終了した。平成16年2月13日には,原告はT社から地盤改良工事を代金1018万5000円(消費税込み)で請け負うとともに,新しいA棟の建築工事を代金4462万5000(消費税込み)円で請け負った(このA棟の建築工事請負契約を以下「本件下請契約」という)。
 原告はその後本件下請契約に基づきA棟の躯体工事を完了し,T社から別途電気設備工事等の設備工事を請け負った下請業者による工事も始まった。平成16年7月28日の時点では工事完了間近の状態であったが,まだ原告からT社への引渡手続は行われていなかった。
 エ なお,原告は,B棟については平成16年1月20日までに工事を完了し,同日T社に引き渡している。

 (3) T社の倒産
 T社は平成16年7月28日までに事実上倒産して営業を停止し,同年10月20日名古屋地方裁判所で破産宣告を受けた。

 (4) 登記
 A棟については,平成16年7月26日付けで,同月15日新築を原因とし所有者を被告Oとする表示の登記がされ,同年8月3日付けで所有者を被告Oとする所有権保存登記がされた【甲10,丁18】。その表示の登記の内容は別紙物件目録記載のとおりである。
 また,この建物について,平成16年8月3日付けで,いずれも被告Oを債務者とし被告P銀行を抵当権者とする順位1番,2番の抵当権の設定登記がされた。

 2 争点ーA棟の所有権の帰属
 (1) 原告の主張
 ア A棟は9割方完成しているものの未完成であり,原告はこれをT社に引き渡していないし,T社から原告に対して報酬も支払われていない。報酬については,平成16年4月9日頃にT社から担保として手形を受領しているが,決済はされていない。
 本件元請契約にも本件下請契約にも建物所有権移転時期の特約はない。原告はみずから材料を提供してA棟を建築し,これをT社に引き渡していないのだから,A棟の所有権は着工時から現在にいたるまで一貫して原告に帰属する。
 イ 被告Oは,T社と原告との間の下請契約の事情をすべて知っていながら,A棟が完成していないにもかかわらず,かつT社の倒産のおそれが高いことを承知のうえで,T社に代金全額を支払い,家賃保障として毎月百数十万円を受け取っている。被告OはT社と一体として評価されるべきであり,T社と同様,A棟の所有権が原告に帰属することを否定することができない。

 (2) 被告らの主張
 ア T社は平成16年6月17日,原告に対し本件下請契約の代金4462万5000円全額を手形で支払った。
 イ A棟は平成16年7月15日までに完成し,すでに本件元請契約に基づく代金全額をT社に支払っていた被告Oは同日T社からA棟の引渡しを受けた。所有権保存登記もすんでいる。したがってA棟の所有権は被告Oに帰属する。
 ウ 本件元請契約の契約書には完成建物の所有権の帰属につき明示の条項はないが,工事請負契約約款の下記の条項から次のことがいえる。まず,第1条から,契約目的物が完成し注文者が代金の支払いを完了していれば請負人に代金確保のために契約目的物の引渡し留保をさせる必要もないから,契約目的物は注文者に帰属するといえる。第13条は,契約解除のとき契約目的物の所有権は注文者に帰属するものとしている。
第1条  総則
(2) 建築工事請負契約書とこの工事請負契約約款および添付の設計図・仕様書にもとづいて,乙(請負者)は,工事を完成して契約の目的物を甲(注文者)に引き渡すものとし,甲は,その請負代金の支払を完了する。
第13条 解除に伴う措置
(1) この契約を解除したときは,甲が工事の施工済部分と検査済の工事材料(有償支給材料を含む。)を引きうけるものとして,甲・乙が協議して精算する。
 他方,本件下請契約は,発注書・請書の発行という形式によってされ,その内容も,完成建物や施工ずみ部分の帰属についての約定はなくきわめて簡略である。
 このような場合,完成建物や出来形部分の所有権取得に対する注文者の期待は法的に保護されてしかるべきであり,一方,元請負人の履行補助者的立場に立つ下請負人は,元請負人と異なる権利関係を主張しうる立場にない。原告は被告Oが承知しないままほとんど一括の下請けをして建築工事をしたのであり,T社の履行代行者(補助者)的立場にあったのだから,注文者である被告Oに対してT社と異なる権利関係を主張することはできない。
 なお,被告Oは本件下請契約の事情を知らず,原告が工事に関与しているという認識すらなかった。被告Oが本件下請工事のことを知ったのは,平成16年7月28日に原告の社長らが被告O宅を訪れて話をしたときが初めてである。

第3 争点に対する判断
 1 認定事実
 争いのない事実,証拠(甲12,乙1,証人Q,証人Rと各項目において掲げるもの)と弁論の全趣旨により以下の事実を認める。
 (1) 被告OとT社は,被告Oがその所有地にアパート2棟を新築し,これをT社が一括して借り上げて第三者に転貸することを合意し,その結果,平成14年7月に本件元請契約を締結した(乙2)。被告Oは,その工事の規模からして,T社のみが工事をするのではなく下請業者が関与するのであろうと漠然と考えてはいたが,具体的にどの工事をどのような下請業者が行うのかを事前にT社からきいたことはなかった。したがって,原告がA棟の工事を行うことを事前に被告Oが承知していたわけではなかった。

 (2) 本件元請契約の契約書には,完成した建物の所有権の帰属について明示的に定めた条項は存在しない。

 (3) 被告Oは,本件元請契約の代金につき,被告P銀行から借入れをして,A棟もB棟もまだ完成していない平成15年10月30日までに全額をT社に支払った(丁25ないし32)。これには次のような事情があった。
 すなわち,本件元請契約に基づく工事の完成時期は着手の日から210日以内とされていたが(甲1),当初建築されたA棟に地盤沈下が生じたことなどから,工事の進捗は予定より大幅に遅れた。一方,被告Oは,本件元請契約の代金支払いのために被告P銀行から融資を受けることにしており,平成15年2月6日から順次融資の実行を受け,その返済は同年11月30日から始まることになっていた(丁19ないし23)。被告P銀行への返済資金はT社から受け取る家賃しかなかったため,被告Oはこの問題についてT社と話しあった。その結果,T社は平成15年11月から家賃の支払いを始める,その代わり被告Oは事前に請負代金全額を支払う,という話がまとまったのであった。実際にT社は同年11月から被告Oに対して家賃の支払いを始
めた。

 (4) 新しいA棟の建築工事が始まったのは平成16年2月以降である(基本的事実関係(2)参照)。このA棟の建築工事は本件元請契約と本件下請契約に基づき行われたものであり,原告はみずから材料を提供して工事をした。T社の下請負人は原告以外にもいたが,A棟建築工事のほとんど(電気工事,設備工事以外の本体工事)を行ったのは原告である。

 (5) T社は平成16年4月頃には支払いが滞るようになり(甲13),原告は,本件下請契約の代金の支払いをT社から受けることができなかった。T社から原告に対して約束手形が送られてきたことはあったが,その決済はされなかった(丙11)。

(6) T社は,A棟について,平成16年7月15日付けの工事完了引渡証明書を被告Oに交付した(甲11,丁12)。被告Oは,これらの書類を添付して,平成16年7月21日,A棟について表示の登記を申請し(丁10ないし14),同月26日付けでその登記がされた。被告Oは,さらに,同年8月3日,A棟につき所有権保存登記の申請をし(丁15),同日付けでその登記がされた。(基本的事実関係(4)参照)

 (7) 原告のS代表取締役とQ専務取締役は,平成16年7月28日,T社が倒産したとの知らせを受けて,A棟の代金の支払いを確保することを考え,被告O宅に電話をしたうえ訪問した。応対に出たのは被告Oの息子で本件元請契約のすべてをまかされていたRであった。原告関係者と被告OないしRが顔をあわせたのはこのときが初めてであり,被告OないしRが本件下請契約のことを知ったのもこのときが初めてだった。

 2 検討
 T社はA棟につき平成16年7月15日付けの工事完了引渡証明書を被告Oに交付しており,A棟の表示の登記はその後同月26日までの間に滞りなく行われている。このことからすると,A棟は遅くとも同年7月15日までに完成し,本件元請契約に基づきT社から被告Oに引き渡されたということができる。
 本件元請契約において完成建物の所有権の帰属がどうなるか明示的に定められてはいないが,被告OはA棟の完成前にその請負代金全額をT社に支払っているのだから,被告OとT社の間では,A棟の所有権はその完成と同時に被告Oに帰属するとの合意が成立していたと認めることができる(最二小判昭和46年3月5日裁判集民102号219頁〔判時628号48頁〕など)。
 一方,本件下請契約はその性質上本件元請契約の存在および内容を前提とし,元請負人である栄大建託の債務を履行することを目的とするものであるから,下請負人である原告は,注文者である被告Oとの関係では,T社のいわば履行補助者的立場に立つものにすぎず,被告OのためにするA棟建築工事に関して,T社と異なる権利関係を主張しうる立場にない(最三小判平成5年10月19日民集47巻8号5061頁)。したがって,原告と被告Oの間に格別の合意があるなど特段の事情のないかぎり,A棟の所有権は,被告OとT社との間の合意にしたがい,完成と同時に被告Oが取得すると解するほかない。
 原告と被告Oの間に格別の合意がないことは明らかである。上記に認定した経緯に照らすと,この「格別の合意」に相当するような特段の事情が存在するということもできない。A棟の所有権は,その完成と同時に被告Oが取得したということができる。

 3 結論
 A棟は被告Oの所有であり,原告がこれを所有したことはない。原告の請求はその根拠を欠き,全部理由がない。

   甲府地方裁判所民事部

 裁判官  倉 地 康 弘

(別紙)物件目録(省略)

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最終更新:2006年03月06日 17:44
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