第三章

涼宮ハルヒのSS 厳選名作集>>長編>>もう一人の秘された神

 

――涼宮ハルヒは有頂天だった。
全てのカメラは彼女の眼だった。 ヒトの目に見えない光を見た。
全てのマイクは彼女の耳だった。 ヒトの耳に聞こえない音を聞いた。
物理空間の制限は無意味だった。 壁を突き抜け、空を飛び、丸い地球をみおろす。

彼女はこれは仮想現実、エンターテイメントだと信じ込んでいた。

 何処まで行けるんだろう。 銀河の中心?アンドロメダ?
 さすがに無理ね。 未踏の地のデータなんて無いだろうし。
 なら…… 一番遠いところまで!

彼女はボイジャー1号を追いかけようとして、知らず空間情報を塗り替えた。

※※※※※※※※

「ハルヒは何をやった? 地球圏外ったって、そんなところにネットなんて無いだろ」
長門は、情報フレアの観測を告げてからずっと見上げたまま沈黙していた。
やがて彼に視線を向けたが、その瞳には微かな感情の色があった。

それを彼は見逃さなかった。
「どうかしたのか? まさかハルヒに何かあったのか?」
上半身を起こして長門を詰問する。
長門は一瞬の逡巡-まばたき-を見せたが、視線を外さずに言った。

「情報統合思念体の意思を伝える」
『涼宮ハルヒの保全を最優先とせよ。 そのための一切の損失を許容する』

長門は再びキョンを椅子に押し倒して言った。
「急がないと追いつけない。 始める」

そこに古泉が割り込んだ。
「ちょっと待ってください。 '損失'とはまさか、彼のことではないでしょうね?」

それを聞いた彼は、さっきの朝比奈さんの言葉を思い出してハッとした。
 『涼宮さんのことだけ考えて』
まさか、あれは…… 思わず朝比奈さんの方に顔が向いてしまう。
朝比奈さんと眼が合った。 怯えた瞳が、勘の正しさを物語っていた。
朝比奈さんはへたり込み、両手で顔を覆って泣き出してしまった。
くぐもった泣き声の下、ごめんなさいのつぶやきがやけに大きく聞こえる。
ああすいません朝比奈さん。責めてるわけじゃないんです。
まったく、余計なときだけ察しがよくなる自分の頭が恨めしい。

横では、長門と古泉のやり取りが続いていた。
「そんなバカな! たとえ涼宮さんが無事に帰ったとしても、彼がいなくては」

「もういい。 古泉、やめろ」
「朝比奈さんも立って。 ほら、泣き止んで」

キョンは長門に視線を投げて、「危険なのか?」と訊いた。
長門は微かにうなずき、肯定した。
「そうか」

キョンは残る二人を見渡しながら、できるだけ重々しくならないように言った
「なにも死ぬと決まった訳じゃない。 死ぬつもりなんて全然無いしな」

「ですが」
まだ何か言おうとする古泉を手で制して
「俺が行く。 これは俺の意志だ。 それに、他に選択肢はない。 そうだな?」

「……わかりました。 ですが、必ず無事に帰ってください。 涼宮さんのために」

ああ、と手を振って答え、長門へ振り返ったキョンは
「待たせたな、長門。 やってくれ。 よろしく頼むぜ」

長門は小さくうなずき、椅子の横に立った。
「大丈夫。 誰も失ったりしない。 私が、守る」

※※※※※※※※

次の瞬間、俺は地球を見下ろしていた。 妙にスケールが狂ったように感じる。
が、狂っているのは地球ではなく自分のほうだとすぐに気づいた。
地球はサッカーボールほどの大きさだった。

突然、どこからか声が聞こえた。
『あなたの外殻は私が保持する』

「長門? いるのか? どこだ?」
『あなたの内側』
内側って…… なんだかヘンな気分だな。

『涼宮ハルヒは現在、木星軌道まで拡大している。 思念体の観測によると、地球で'イオ'と呼称される天体の観察を行っている』

「まるで観光旅行だな」
ハルヒらしい。 思わず笑いが漏れる。 次は観光スポットは土星の輪っかあたりか?

『あなたの外殻を木星軌道まで拡大する』
『涼宮ハルヒは空間情報に新しい因子を追加して外殻保持の足がかりとしているが、思念体にも新しい因子の概念は解析できていない』
『そのためあなたは、既存の情報因子を使用することになる』

「何か問題でもあるのか?」

『わからない。 新しい因子は涼宮ハルヒ、地球人にとって都合よくできていると予想される』
『既存の因子で拡大を行った場合、あなたへの影響は未知数』

「今も既存の因子を使ってるんだろう? 特に違和感もないし、大丈夫だと思うぞ?」

『変調があったらすぐに言って』

「よし、追跡開始だ。 昼飯までには帰ろうぜ」

地球が小さくなっていく。 振り向くと巨大な月があった。
ぶつかる!? と思った瞬間、突き抜けた。 どうなってんだ?

『今のあなたは情報体。 存在の仕方は情報統合思念体のそれに近い。 物体へ干渉することも干渉されることも、情報操作能力が必要』

「ん? それじゃあ、外殻ってのは何なんだ?」

『ヒトの形は知覚の境界。 外殻は境界。 あなたの躰』

「よくわからんが…… まぁ、なんとなくわかった」

「ハルヒに追いつくまで、あとどれくらいだ?」

『予測邂逅時間まであと2分7秒1828。 ただし、涼宮ハルヒがイオにとどまる場合』
『……。 涼宮ハルヒが拡大を再開』

「やれやれ、落ち着きのないやつだ。 それで、追いつけそうか?」
続く長門の声が悔しそうに聞こえたのは、気のせいじゃないと思う。
『彼女の拡大速度は私の約3倍』
「3倍ね…… 赤く塗って角でも付けてやるか」
「ハルヒはたぶん、土星のわっか観光でしばらく止まるだろう。 土星軌道までどのくらいかかる?」

『……』

「長門?」

『私の能力では土星軌道に到達できない…… あなたに、賭ける』

「ちょっとまて、どういうこととだ? 賭けるって、何をだよ」

『'長門有希'というパーソナルをパージして、すべての情報操作能力を外殻の維持拡大に回す。 能力の行使には何らかの意志が必要。 あなたに託す』

「そんなことしたら長門はどうなるんだ? 消えちまうんじゃないだろうな?」

『'損失'には私も含まれる』

「そんなこと認められるか!」

『他に選択肢はない』

「そんなわけないだろ! だいたい統合なんたらも長門一人に押しつけて知らん顔かよ?」

突然、長門ではない別の声が響いてきた
『そういうわけでもないんですけどね』

『江美里?』
緊張した感じのする長門の声。 しかし予想はされてたが、喜緑さんもやっぱりそうだったんだな。

『地上の、私を除く全てのインターフェイスを解体、パーソナルネーム'長門有希'がこれを吸収する』
『以上が統合情報思念体の決定です』
『では、私に同期してください。 でも、私まで吸収しないでくださいよ?』

『了解した。――感謝する』

俺の中で起こっているはずのことなのに、俺には何の変化も感じられなかった。
が、吸収は終わったようだ。

『これで地上のネットワークは空っぽです。 '損失'に見合う結果を期待しますよ、長門さん』
『では私はこれで。 地上のことは任せてください』

『わかった。 ――重ねて感謝する』

俺たちは追跡を再開した。 ハルヒの拡大は予想通り、土星軌道で止まっている。

 

涼宮ハルヒのSS 厳選名作集>>長編>>もう一人の秘された神

最終更新:2009年06月20日 23:33
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