涼宮ハルヒのSS 厳選名作集>>長編>>もう一人の秘された神
『土星軌道に到達』
「ここにハルヒがいるのか?」
『いる。 現在、相互反応可能な情報伝達概念を探索中』
「?? どういうことだ?」
『……有機生命体の情報伝達手段は、その存在規模によって規定される。 小規模においては化学物質が使用されるが、人サイズでは主として音波が使用される。 現在の涼宮ハルヒの存在規模は、有機生命体としては過去に例が無いほど巨大」
「なるほど、おまえのパトロンが人類と情報伝達できないのも、そのあたりに理由があるのか?」
『そう。 人類は情報統合思念体の情報伝達手段を、概念としても理解できない』
「ハルヒと話すには、どうすればいいんだ?」
『私が情報概念を変換して中継する。 あなたは普通に会話可能』
長門がそういった途端、ハルヒの声が聞こえてきた。
「速度差でリングが分かれるのはわかるけど、リングに幅があるのはどうなってんのかしら…?」
「内側と外側でも角運動量は同じはずだし、そしたら速度が同じなわけはないし……」
案の定、土星のわっかを観察していた。 自分の置かれた状況を知らないとはいえ、のん気なやつだ。
「よう、ハルヒ、楽しそうだな」
「あれ? キョンも来たの? 土星の輪って興味深いわね」
俺にはいまいちわからん。
「いきなり土星まで遠征すんな。 そろそろ昼飯だ、帰ろうぜ。 腹減ってるだろ?」
「えー? これからパイオニアを見に行こうと思ってたのに」
「また今度にしろ。 大学の学食とやらを試してみようぜ」
「うーん…… ま、いいわ。 食べたらまた来ればいいし」
以外とすんなり納得してくれて助かる。 なにせ、本番はこれからだからな。
「……ってあれ? どうやったら戻れるの? 研究スタッフの人ー! 聞こえてるー!? 終わっちゃっていいわよー」
当然ながら反応は無い。
「どうなってんの?」
「ハルヒ、落ち着いて聞けよ? 実は、おまえはちょっと困った状態にあるんだ」
「どういうこと? 故障?」
いきなり、不安という名の感情がどっと流れ込んできた。 なんだこれは? どうなってんだ?
俺は不安に飲み込まれないよう踏ん張って、ハルヒを安心させるように話しかけた。
「大丈夫だ。 そのために来たんだからな。 長門、聞こえてるか?」
『問題ない』
「有希?」
奇妙な不安が和らぐ。 まさか……
「ハルヒに、戻る方法を説明してやってくれ」
長門がハルヒに向けて説明を始めた。
『あなたは制御システムによって設定された仮想空間から逸脱している。 このため、通常プロトコルによる帰還プログラムは使えない』
『そのために彼を使う。 正常な接続を保っている彼にあなたを同期させ、彼を帰還させることで同時にあなたを帰還させる』
「よくわかんないけど、いいわ。 有希に任せる。 あたしはどうすればいいの?」
『何もしなくていい。 動かないで。 始める』
奇妙な不安は、すっかりなくなっていた。
※※※※※※※※
じんわりと、あたたかな感覚が広がっていく。
なんだろう、この感覚は? とても落ち着く、とても嬉しい、むずむずとくすぐったい。 こんな感覚は今までに経験が無い。
長門の言っていた単語が浮かび上がる 外殻 同期 俺と、ハルヒ……
そうか、これはハルヒをすぐそばに感じてるってことなんだな。
ふと、戸惑いの感情がわきあがってくるのを感じた。 もう想像は付いてる、これはハルヒの感情だ。
戸惑いの原因も解ってる。 ハルヒも俺が感じてるのと同じ、経験の無い感覚を覚えているに違いない。
実体でハルヒを抱きしめても、同じように感じることが出来るんだろうか?
腕の中にいるハルヒ。 上気した頬を朱に染めて…… いきなり俺を怒鳴りつけた。
「キョン! あ、あんた何考えてるのよ!」
ハ、ハルヒ!? お、おまえ人の想像にまで割り込んでくるなよ!
「知らないわよ! 人を使って変な想像してるほうが悪い!」
「どういうわけだか、あんたの頭ん中が全部筒抜けよ!」
「「何考えてんのよ恥ずかしい!」」
ん? 後半、二重に聞こえなかったか? まさか……
「こ、このエロキョン! 乙女の頭の中を覗くなんて最低よ!」
ちょっと待て!
「長門! どうなってるんだこれは!?」
『同期に伴い、個としての存在境界が曖昧になる。 意識の融合は防止してある。 問題ない』
「問題あるわよ! 頭の中覗かれるなんて、冗談じゃない! しかもキョンのやつったら、<STRONG>エロ</STRONG>いし!」
頼む、エロのところを強調しないでくれ。 傷つくから。 仕方ないだろ、俺だって健康な若い男なんだ。
「ねえ有希、他に方法は無いの?」
『あなたは、任せると言った』
「う…… せめて、考えてることがわからないようにできない?」
『可能、けれど拒否する。 今のあなたは興味深い』
「ちょっと有希! 興味深いってなによ! こら!」
『具体的苦痛はないはず。 許容範囲』
それきり、ハルヒがどれだけ叫んでも長門は応えなかった。
「覚えてなさいよー!」
火がつきそうなほどの、恥ずかしいという感情が洪水のように流れ込んでくる。
どうやら、ハルヒとの以心伝心はしばらく続くようだった。
※※※※※※※※
ハルヒはすぐに自分なりの抵抗策を編み出した。 ありとあらゆる罵詈雑言が聞こえてくる。 対象は、むろん俺だ。
せっかくテレパシーを手に入れたと同じ状態だというのに、することがこれというのは、人類はテレパシーを得なくて正解だね。
それでも一つわかったことがある。 テレパシーでは嘘をつけないっていう、あれは本当だな。
悪口雑言を照れ隠しと呼ぶには、あまりにも可愛げに欠けるが
「可愛くなくっていいわよコンチクショー!」
うん、すかさずの突っ込みありがとう。
こんなハルヒを可愛いと思ってしまう俺は、本当に精神病の一種に冒されてしまったのかもしれないと、そう考えた。
考えただけだが、これも当然伝わったんだろう。 つぶやくような罵詈雑言が止んだと思ったら、叫ぶような罵詈雑言になった。
なぁ、ハルヒ。 こういうのも、悪くないんじゃないか?
罵詈雑言が止んだ。 と思ったら、ハルヒは一気にまくし立てた。
なによ、アンタ罵られるのがいいわけ? マゾ? 別に良いわよマゾだろうとゲソだろうとあたしには関係ないわ。
とにかく! あたしは一時の気の迷いで厄介事をしょいこむほどバカじゃないのよ!
懐かしいせりふだ。 まだSOS団を結成されていない頃にハルヒが言い放った恋愛観。
俺たちもそれなりに長い付き合いだし、お互いのこともそれなりに理解しているつもりだ。 とにかく、こいつはなんに付け──
厄介事、好きだろう?
……
『緊急事態』
うわっ! な、長門か?
『涼宮ハルヒにより創造された情報因子が薄れつつある。 涼宮ハルヒの外殻を維持できなくなる可能性が高い』
待て長門! ハルヒに聞かれたらまずい!
『情報概念の変換は凍結した。 問題ない』
『このままでは、涼宮ハルヒの外殻は失われる』
※※※※※※※※
ちょっと待て。 ハルヒの外殻が失われる? それはハルヒの躰が失われるってことで、つまり死ぬってことじゃないか?
ハルヒが死ぬ。 その想像に背筋が震え、鳥肌が立つ。 頭に血が上っていくのがわかる。 そんなことは許せない。
「なんとかできないのか?」
『……』
悔しさに満ちた三点リーダー。
『あらゆる可能性を検討した。 最も短時間で完了する方法でも3分15秒足りない』
「おまえの親玉はなんと言ってる。 ハルヒを失うわけにはいかないだろう」
『……』
また、悔しさに満ちた三点リーダー。
「いや、そうだったな、思い出したよ。 あらゆる損失を許容するんだったな」
『そう。 損失を許容した場合の結果は異なる』
長門の言わんとするところはすぐに解った。
「却下だ」
『直ちに私のパーソナルを放棄した場合、1分57秒の余裕が生まれる』
「却下だと言った」
『……パーソナルのパージを実行する。 能力行使の受け入れを願う。 5、4、』
「お前が自己を捨てれば、この世界は滅ぶぞ」
『……なぜ』
「お前を犠牲にすれば、ハルヒは俺のことも、自分のことも絶対に許せない。 そういうやつだ」
「だからな、これが冷たい方程式で、誰かを放り出さなきゃならないなら、たった一つの冴えたやり方は俺をパージすることだ。 そうだろう?」
できるだけ軽く言ったつもりだったが、あまり旨く行かなかった。 震えているのが自分でもわかる。
長門に戦慄が走った。 そのことが、決断の結果を強く物語っていた。
『あなたがいなくなっても、世界は滅びる』
「大丈夫だ。 あいつはそんなにヤワじゃない。 この俺が保証する」
ハルヒのことを思い描く。 笑っていた。 胸に熱いものがこみ上げて、震えは去っていく。
ああ、あいつの笑顔を守るためならなんだってできるさ。 たとえ不可能だって覆してやる。
『なぜ? 有機生命体にとって、死は何より恐ろしいはず。 あなたは死を恐れない?』
「怖いさ。 だがな、お前を犠牲にすれば俺は罪の意識を背負って生きることになる。 何年も、何十年もだ」
「そして、ハルヒに軽蔑される。 そうだな、俺はハルヒに軽蔑されるような生き方はしたくないんだ。 そっちの方が怖いのさ」
「それにな、俺は死ぬつもりはない。 必ず帰る。 絶対にだ」
「だから…… それまであいつを頼む」
『私は、あなたを失いたくない』
「帰る。 必ずだ。 約束だ」
『あのとき、あなたを守ると誓ったのに…… 守りたいのに…… どうして……』
「すまん、長門。 もう時間がないんだろう? ハルヒと繋いでくれ。 言っておくこともあるしな」
※※※※※※※※
「ョン! 有希! 返事してよ! だれかいないの!?」
「ハルヒ」
「キョン!? どこ行ってたのよ! 有希の声もしなくなるし。 あ、あったかい気持ちも消えちゃうし……」
「こんなところで独人にしないでよ」
「なぁ、ハルヒ。 俺、先に帰らなきゃならなくなったんだ」
「え……? で、でも……」
「心配するな。 長門はついててくれる。 ただな、俺、ちょっと寄り道するかもしれない」
「お前の方が先に着くかもな。 それでも必ず帰る。 だから、待っててくれるか?」
「いったい、何があったの?」
「約束してくれ、ハルヒ。 必ず待つと」
「それはいいけど、ちゃんと説明してよ」
「すまんが時間がないんだ。 約束したからな? ちゃんと待ってろよ」
「いいぞ、長門。 やってくれ」
『……』
「ちょっとまってよ! どういうことなの? 二人とも変よ? まるでさよならみたいじゃない!!」
「やれ! 長門!」
俺は必ず帰る。 そしてその時こそ、あいつにはっきりと伝えるんだ。
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