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第六章

涼宮ハルヒのSS 厳選名作集>>長編>>もう一人の秘された神

 

 

「おまえは、何」

「俺は俺だ。 おまえが知っているとおりの、俺だ」

長門は片手を上げ、手の平を俺に向けて突き出すようにして言った。
「警告する、彼の体から出て行け。 さもなくば強制排除を行う」

ありがとう、長門。 そうやって俺の体を守っていてくれたんだな。 あの日から、ずっと。
「長門、あの日を覚えているか? 昨日じゃない、最初の日だ」

長門の瞳に、青く怒りの炎が揺れた。
「彼を騙るなど、56億7千万年早い」

長門の示した強い感情の表れに、俺は正直驚いた。 長門はこれほどに強い感情を獲得していたのか。
化学的進化が知性的進化に変わるほどの時間を考えれば、当然かもしれないが。
「俺は本物だ。 お前に絶対帰ると約束した、あの日と同じ俺なんだよ」

「警告の効果は認められず。 敵性と判断、強制排除を実行する」

「よせ!」

長門の情報操作は、容赦なく俺を体から切り離そうとした。 だが長門、それは無理なんだ。
俺は長門の情報操作を上書きして、打ち消した。

長門の瞳にかすかな驚愕が浮かんだが、一瞬後には強い意志に塗り替えられていく。
「彼を守る。 彼を取り戻す。 もう二度とっ」

「長門、頼むから俺の話を聞いてくれ」

長門は答えない。 答える代わりに、部屋が一面コンクリートの壁に変化していく。 情報制御空間。 長門は本気だ。

「お前は約束を守ってくれた。 俺がいない間、ハルヒを支え続けてくれた。 それだけじゃない」
「俺はお前に残酷な役目を与えてしまった。 それなのに、お前はこうして役目を全うしようとしてくれている」

俺が語りかけている間も、長門の攻撃は続いていた。
情報操作の隙を作ろうとしているのか、体術による攻撃も加えてくる。
常人なら視認することもできないそのすべてを受け止め、いなし、無害化していく。
長門と戦うなんてできっこない、俺にできる唯一のことだった。

「なぁ長門、どうしたら俺を本物だとわかってくれる? 俺はお前にどうやって証明すればいい?」
「俺はお前に報いてやりたい。 お前に負わせた、悠久の孤独を償いたい」

長門の反応は意外だった。

「私は孤独ではない」
「彼がいる。 彼は帰ってくる。 彼を信じている。 彼を信じた私自身を信じている」
「彼を冒すものは許さない。 彼は、私が守る」

ショックだった。
こいつはたった一人、こうやって自分自身を支えてきたのか?
泣きそうだった。 永かった。 寂しかった。 抱きしめてやりたかった。 抱きしめてほしかった。
こいつは、ハルヒだけを支えにし続けた、俺の分身だった。

俺は、長門を抱きしめて泣いていた。

「もういい! もういいんだ! もう自分で自分を支えなくていい! 俺が支える! 俺を頼れ! お前が信じ続けた俺は、ここにいる!」

「戯れ言を。 彼に情報操作能力はない」

「確かに、あの日までは無かった。 だがそれだけだ。 それ以外は何にも変わっちゃいない」
「そうだ、お前はあの日、俺の内側に入っただろう? また俺の内に入れば、変わっちゃいないことがわかるんじゃないか?」

攻撃が止まった。
信じられないという、驚きの浮かんだ顔が俺を見上げている。

「私を、吸収するつもりか」

「まさか。 それに、わかっているはずだ。 俺の力量は計ったんだろう?」

「……お前は、いつでも私を破壊、もしくは吸収することができる」

「ああ。 だが俺にそんなことはできない。 その理由を確かめてくれ。 お前が納得するまで、俺のすべてを」

「私は内側から攻撃してお前を排除する」

「お前が納得できなかったら、そうすればいい」

長門が中に入ってくる。 俺はそれを歓迎した。
図書館、七夕、カマドウマ、3年間の時間凍結、文芸少女、冬山、クリパ……
SOS団の中でも外でも、いろいろやったもんだな。
そしてあの日、大学の研究室。 ハルヒを追いかけた俺たち。 そして喪失。
起きた奇跡と、その代償として負った膨大な時間と絶界の孤独。
ただ一人を想い続けた、永い、永い、想像を超えた寄り道。

「本当に、あなたは、彼? 本当に、帰ってきてくれた?」

長門の声は震えていた。
あっさりと信じるには、あまりにも永い時が流れすぎていた。
長門の手が、俺の存在を確かめるように体に回されていく。

「ああ、本当だ。 俺は帰ってきた」

俺の言葉が胸に落ちていくにつれて、長門の体から力が抜けていった。
今や、俺の支えがなければ立っていることもできないほど、か弱い少女。
俺はこんなにもか弱い少女に、どんなに惨いことを強いてきたのか。
少女は腕の中で静かに泣いていた。

※※※※※※※※

俺たちは並んで、互いにもたれ合うようにベッド腰掛けて、ささやくように話していた。

「あなたのいない夏休みは68039692308回、ループした」

「すまん。 拡散した自分を集め直すのに、それだけかかっちまった」

「かまわない。 あなたはちゃんと、帰ってきたから」

「お前をループの外に置いて孤独を強いたのは俺だ。 はっきり憶えてるわけじゃないが、俺しかいないからな」
「俺がどうしてこんな力を使えるようになったのかはわからない。 ハルヒが無意識にやったんだろうが……」

「涼宮ハルヒは無関係。 私は一度、彼女の力を行使したことがある。 だからわかる。 あなたの力は異質」
「彼女に起源を持つ力であったなら、侵入者と誤認することもなかった」

「だとしたら、ますますわからんな」

わからないことを考えても仕方ない。 それよりも話を戻そう。

「俺は守護者を必要としたんだと思う。 ループに囚われずに済む存在は、俺の帰る場所を損なうかもしれない」
「だからお前を守護者の位置に置いた。 そのせいで、お前はループの外に置かれることになってしまった……」

「かまわない。 それは私にしかできないこと。 私は役目のおかげで、自分の存在を見失わないで済んだ」

「そうか」

「そう」

静かな時間が、静かな息づかいの上を流れていった。

「それでも、俺はやっぱりお前に報いてやりたい。 たった一人で過ごさせた時間を償いたい」

「本当に一人だったのは、あなたのほう」

「俺は自分からなったようなもんだが、お前は違う。 俺のせいだ。 それに……  言いにくいんだが」

細い肩を抱く手に力を込めた。

「もう一度だけループしなきゃならん」
「そのときはお前も、お前のパトロンも、そして俺自身の記憶、それに能力も消して、本当に元通りにする」
「56億7千万年の寄り道の記憶をすべて無かったことにして、一晩で帰って来たことにするんだ」

「なぜ?」

「俺はSOS団で唯一の普通の人間だからだ。 俺はSOS団での立ち位置を変えたくない」
「勝手な話だが、そのためにはお前にも、お前のパトロンにも記憶をなくしてもらうしか無いんだ」
「だからそうなる前、ループの記憶が消えてしまう前に」
「例えすべて消してしまうとしても、お前がしてくれたことへの証は立てておきたい」

「……なんでもいい?」

「ああ、俺にできることなら」

「今のあなたにできないことなど、想像もつかない」

「いっぱいあるぞ」

「たとえば?」

誤魔化すことはできない。 俺は長門の瞳をまっすぐに見つめて、はっきりと言い切った。

「ハルヒに軽蔑されるようなことは、できない」

「……いじわる」

長門の瞳は潤んでいた。

「わかっていた。 あの日、待っていてくれと言われたのは彼女。 私ではない」
「一つだけ。 あなたの能力を、一つだけ残して欲しい」
「今のあなたになら、できるはず」

そう言って俺の左手を握り、手の甲に指先を触れた。

ぐあ! これはっ! 列車の中の……っ
俺は公衆の場でこんなにやけた顔を晒していたのか!?
最低だ! 古泉の0円スマイルの方がましに見える!

「できるままにしておいて」

長門の声で我に返った。
能力はすべて消すつもりだった。 少し迷ったが、他ならぬ長門の頼みだ。 条件付きで受け入れることにした。

「わかった。 ただし」
「ハルヒに内緒の話をするため、だったらだめだ。 だから」

長門の手の甲に、指を触れた。

「……いじわる」

そう言って頷いた。

 

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最終更新:2009年06月20日 23:38
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