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 あの騒がしい高校時代が過ぎ去ってもう12年。俺は今、仕事がらみのクソつまらねえ飲み会の帰りだ。繁華街は酔っ払いが多い時間だが、何が楽しくてあんなに大声上げて笑ったり歌ったりしてるんだろうな。
 そう、俺ももう30だ。あの後、俺は自分の偏差値に見合う大学へ進み、その成績と俺の能力に見合う会社に入り、さすがはSOS団唯一の常識人間と言えるようなサラリーマン生活をしている。
 ハルヒは大学在学中に、世界中の学生のうち数人しか受けられないというとんでもない奨学金を手に入れ、アメリカのこれまたすげえ大学に留学した。そしてそのまま帰って来ない。なんでも、宇宙と時空間だかなんだかの研究に没頭しているらしい。
例の亀をあげた眼鏡のハカセ君もハルヒの進路を追って研究の道に進んだ。なるほど、朝比奈さんの【禁則事項】はこうやって実現していくのだろう。
 長門はというと、ハルヒが居なくなったと同時にどこへともなく消えてしまった。あいつの使命はハルヒを観察することだったからな。今はもしかしたら、俺の知っている長門有希とは違う姿かたちになり、そ知らぬ顔でハルヒの助手でも勤めているのかもしれない。
 朝比奈さんは、あの頃から覚悟していたとおり、未来へ帰ってしまった。それ以来こっちに来ているのかどうか、俺には分からない。
 今でも細々ながら連絡を寄越すのは古泉だけだ。毎年年賀状が届く程度だが。数年前に結婚してからというもの、年賀状の写真に写る子供の数が毎年増えていく。古泉らしいといえば、らしいな。嫌味なほどに爽やかなあの笑顔は、30の大台に乗り、親になった今も健在のようだ。
 そして俺だ。集団でふらつく酔っ払いの波を避けながら、俺は1人で繁華街を歩いている。ハルヒが側から居なくなり、SOS団が事実上の解散状態になってからというもの、俺は本当にごく普通のごくありふれた人生を送っている。ただひとつを除いては。

 あの高校時代、俺はずっとハルヒの忠実な部下であり、雑用係であり、そして「下僕」でもあった。女性の命令の下、自分の都合も省みず、その女性のために奔走し、満足してもらう…そんな3年間を過ごすうち、そう、俺はMに目覚めてしまったのだ。
 目覚めたと言っても、本格的なものではない。ごくたまに、そうだな、仕事がきつかった月末の給料日に、同僚の誘いを断って、SMクラブへとこっそり通うくらいのものだが。
 もちろん専属の女王様が欲しいと思ったこともあったが、そこまで踏み込んだらもうまともな生活に戻れなくなりそうだしな。そういうわけで、俺は、部屋の押入れに隠したSM雑誌と、たまのクラブ通いでM欲を満たしていたのだ。

 それはともかく。駅はこの繁華街を抜けたところにあるのだが、月末、そして週末のせいか、何しろ人が多い。特に酔ってもいない俺は、真っ直ぐ歩くことさえ出来ないこの状況にイライラし始めた。
「…ったくもう。なんなんだよ、ここは年末のアメ横かよ」
 俺はぶつくさと独り言を言いながら、脇道へと逸れることにした。裏道を通れば、少しはすいすい気分よく歩けるだろう。
「勝手知ったる飲み屋街~♪」
 俺が谷口並みのくだらない歌(懐かしいな、おい)を歌いながら路地に入ると、おやおや、以前にはなかったSMクラブがあるじゃないか。
店の入り口にはひっそりと「NEW OPEN」という貼り紙と、「虐められたい貴方のための秘密の館」とかなんとか、ありがちなキャッチをつけたポスターがあった。
「へぇ、こんなところにSMクラブが出来たのか」
 くっ…と脳内のどこかでスイッチが入る。どうせ明日は休みだ。財布の中身にも多少は余裕がある。楽しくも何ともない上司との飲み会の後で少しは自分の楽しみを追及したってバチは当たらないだろう。
 俺は、そのクラブのドアを押し開けた。

「いらっしゃませ、お客様。ご指名の女王様はおいででしょうか」
 店のボーイが丁重に頭を下げる。
「初めてだからなぁ…」
 俺は言いながら壁一面に張り出された女王様たちの写真を眺める。
「そうだなぁ、誰か今空いてる女王様で、そこそこ綺麗な人ならいいよ。特に変わったプレイをしたいわけでもないから」
「かしこまりました。ただ今、当店お勧めの女王様がお部屋で貴方様をお待ちでございます。こちらへどうぞ…」
 俺は部屋に通される。まぁ、あれだな、SMクラブの部屋っていうのは、どこもおどろおどろしいもんだな。
部屋の壁はレンガ風で、磔台やら、木馬やら、壁に掛けられたあらゆる種類の鞭だとか。
 とりあえず俺はシャワーを浴びて女王様が入ってくるのを待った。

 ガチャリ…。ドアが開いて女王様が現れた。俺は反射的に振り向き、そして、自分の目を疑った。なぜならそこには…。
「やっと来てくれたのね、キョンくん」
 俺はよほど呆けた顔をしていたことだろう。そこにはこの世に存在していてはいけない女がいたのだから。
「あ…朝倉…?」
「覚えててくれたのね、キョンくん、嬉しいわ」
 高校の時の、毎朝教室に入って来る時の朝倉涼子の笑顔、そうだ、とびっきりのあの笑顔、だが俺は、その笑顔の裏に潜む殺人鬼の顔も忘れてはいない。
「な、なんだってお前がこんなところにいるんだ…!?」
 俺はじりじりと後退った。
「だって、私は本当にあなたに死んでもらいたかったんだもの」
 あぁ…いつかも聞いたセリフだ。
「でもそれは失敗したわ。だから、私は、あの時、あなたがじょじょに被虐的な嗜好を持つように、ある情報をあなたの脳にインプットした。私だってそんなにやられっぱなしではないのよ」
 朝倉は笑う。
「そうしておけばいつか、あなたはこうやって自ら進んで私の前に現れるじゃない。ここはすでに私の制御下にあるわ」
 待て。待ってくれ。ここは単なる新規オープンのSMクラブではないのか。
「私がいるんだもの、そんな普通の場所じゃないのは分かるでしょ」
 俺は周りを見回した。なんてことだ。もうさっき俺や朝倉が入ってきたドアもなくなっている。長門…。何処に居るのかも分からないが、俺は長門を心の中で呼ぶしか出来ない。
「長門さんは助けにこないわ。今の私は、あの頃よりもずっとバージョンアップしているから。もう私は彼女のバックアップではないの」
 この朝倉に、俺は2度も殺されかけた。あの時の恐怖がまざまざと蘇る。だが、正直に言おう。俺はその恐怖に苛まれながらも…、勃起していたのだ。

 「ふふ…、私の操作もたいしたものでしょ? もう10年以上経ってても、あなたは恐怖や羞恥や惨めさに勃起してしまうような男であり続けているのよ」
 その言葉に、俺は、さらにペニスを固くする。俺は、自分がこうなったのは、ハルヒとの関わりの所為だとずっと思っていた。
でもそれは朝倉が仕組んだことだったのだ。俺はこの急進派ヒューマノイドインターフェイスに10年以上も操られていたわけか。
「さ、始めましょうか。大丈夫、今度は殺そうと思ってるわけじゃないわ。それだけは安心して。一緒に楽しみましょ」
 朝倉の目が暗く光り、俺は逃げられない自分の身を呪い、そして…、諦めた。

 その瞬間、俺の身体は何かにがっちりと拘束された。それまで壁際にあったはずの十字架の磔台に、括り付けられていたのだ。
 うわっ…なんだ。
「言ったじゃない、この空間は私の制御下にあるって」
 朝倉は整った顔に戦慄の笑顔を乗せて俺に近付く。その手には蛇のように長く太い一本鞭が握られている。俺は恐怖と綯い交ぜになった期待感にペニスの先を濡らす。
「いい? 気を抜いては駄目よ。気合入れてないと、死んじゃうわよ。ふふ…」
 ヒュッ…! 鞭が空を切り、俺の身体を打つ。
「ぐふぅぅぅぅ…!」
 今まで経験したことのない耐え難い痛み。その一発で俺の腹の肉は蚯蚓腫れとなって赤く腫れ上がり、ところどころ血まで滲んでいる。
「ねぇ、痛い? キョンくん、痛い?」
 朝倉は、笑顔のまま、俺を打ちしだく。磔にされた俺は身を捩ることも出来ず、ただその鞭を受けるしかない。あぁ、俺だってもう30にもなる成人男子だ。だが、悲鳴のような声を上げることを止めることは出来ない。
「ぎゃぁぁぁぁ!! うぅぅぅ…」
 朝倉は叫ぶ俺の顎をぐいっと引き上げて、至近距離で俺の目を見据えて言う。
「あら、キョンくん、女の子みたいな声で鳴けるのねぇ。もっといい声出しなさいよ!」「あぁぁぁ…はい、はい…、うぐぅぅぅぅ…!
「駄目よ、そんなんじゃ、駄目な子ね!」
 朝倉の平手が俺の頬を打つ。目から火花が飛ぶ。俺は、自分が激しく興奮していることを自覚する。
「ふふ…なんて惨めな奴隷でしょう。拘束されて女に叩かれて悦んでるの。みっともないわね」
 …情けないのは、その時も俺のペニスはいきり立っていたってことだ。こんなに痛いのに。しかも、朝倉は一応元クラスメイトじゃないか。そんな相手の前でだらしなく先走り液にまみれたペニスを勃起させた俺。惨めだ。
だが…。惨めさは俺にとっては密の味、か…。Mな俺にとっては…な。

 ふっと気が抜けた瞬間、いきなり磔の拘束が解け、俺は床に無様に転がった。肩で息をしながら、朝倉を見上げる。
「ふふふ…、そうやって下から情けない顔で見上げられるの大好きよ。でもね、まだ終わりじゃないわよ」
 あぁ、この気持ちは何だ。俺は脳内で言葉のインデックスを探る。ああ、そうか、これは「諦め」だ。今、俺の肉体、精神、生死までもを握っているのは、この目の前にいる殺人鬼にもなりかねない情報統合思念体製の元クラスメイトなのだ。
なぁ、長門、俺は諦めるしかないだろう? そしてその諦めが、俺の快感をさらに高めるのだ。
「何嬉しそうな顔で見てるのよ!」
 朝倉が強い口調でそう言って、俺の顔にツバを吐いた。その屈辱が俺には震えが来るほど気持ちいい。この快楽のためなら、俺は喜んで、床に這い蹲るさ…。
「私の靴を舐めなさい、少しでも粗相をしたらまた鞭で打つわよ」
 俺は、床に四つん這いになり、女王様の豪華な椅子に形のいい脚を組んで座った朝倉の前ににじり寄った。目の前に高さが15センチもあるようなピンヒールが突きつけられる。俺は最後の理性を剥ぎ取られてしまう。
「あぁ…嬉しい…あぁぁぁ…」
「嬉しい、じゃないでしょ!? 嬉しゅうございます、女王様、と言いなさい!」
 朝倉の華奢な脚が俺の頬を蹴り上げる。
「はい…う…うぅ…嬉しゅうございます…女王様…」
 俺はすでに涎を垂らさんばかりに興奮して、朝倉のエナメルの靴に顔を近づける。かすかな革の匂い。あぁ、これを舐めながら自分でしごきたい。許してください…。
 ところが、俺は俺のペニスに触ることが出来ない。どうやら何かのバリアが張られているらしい。惨めな俺の分身は、ただただぬるぬると先走りの液を滴らせるだけだ。
「あなた今、その汚らしいちんぽに触ろうとしたわね」
 お願いです、見逃してください…。
「粗相があったら鞭打ちだって言ったはずだわ」
 そして俺はまた蛇のような鞭で打たれる。あぁ、この空間に、終わりというものはあるんだろうか。痛みと惨めさと情けなさと、そして、それらが俺の脳みそに馬鹿みたいに作り出す快感とで、俺は本当に気が狂いそうだ…。

 ふと気付くと、朝倉は、先ほどまでよりずっと穏やかな視線で俺を見ていた。
「思ったより頑張ったじゃない。いちおう合格ね」
 俺は、傷だらけの身体を擦りながら上半身を起き上がらせた。もう終わりなんだろうか。
「終わり? そんなものはないわ、キョンくん」
 そんな…。俺はもう限界に近い。
「ふふふ…。キョンくん、いい子だったから、ご褒美をあげるわ」
 俺の気持ちがふっと緩む。今までも通ったどこぞのSMクラブの女王様と、目の前の朝倉が重なる。ご褒美。
「い…いってもいいんですか…?」
 いつの間にか敬語になっている自分にさえ気付かず、俺は声を上ずらせた。
「馬鹿ね、そんなわけないじゃない」
 朝倉の冷酷な声。そして朝倉はまた、例の身震いするような笑顔を作り、こう言った。
「違うわ、あなた、私の専属奴隷になるのよ」
 思わぬ言葉が朝倉の口からこぼれる。
「だって、もうすぐ、涼宮さんが一時帰国するんだもの」
 ハルヒが? ハルヒの帰国と俺が朝倉の奴隷になることと、一体何の関係があるんだ。「それは後のお楽しみよ」
 朝倉は口元だけでにっこり笑うと、小さな道具やら何やらが載ったトレイを俺の目の前に突きつけた。
「ほら、奴隷のしるし」
 …そして俺の惨めなペニスには2Gの太いボディーピアスがずらっと並んでつけられた。
正確にはペニスの皮の部分を通しただけで、もう俺の身体は、その程度の痛みは「快楽」としか認識しないようだった。

 その後、俺は会社を辞めた。新しい仕事があてがわれたからだ。SMショー。それが俺の新しい仕事。俺はどうしようもないM男として、あちこちの小屋でステージに上る。
 全裸のまま、女王様(もちろん朝倉だが、宇宙人の技かなんかで顔を変えてある。まぁ、俺にはどうでもいいことだ)に首輪を引かれて舞台に立つと、観客は俺のペニスにじゃらじゃらとぶら下がったピアスに息を呑む。
なぁ、痛そうだろ? ペニスに穴を開けるなんてなぁ、男なら考えただけで金玉が縮むだろ。
 そして俺は、舞台の上で、惨めな姿を晒す。客席で悦んでるのは、俺と同じM男だけだ。男の裸なんか見たくないS男たちは外へ煙草を吸いに出てしまうし、M女と思しき女性客たちは、俺の惨めさに目を逸らす。
そして、SでもMでもなく、単なる物見遊山気分で見に来る連中は、まるでフリークスを見るような蔑んだ目で俺を眺めるのが常だ。

 そんなある日、俺が舞台に立つと、あろうことか、客席にハルヒがいた。何年会ってなくても、俺はやつを見分けられる。一時帰国するって聞いてたしな。
どうやら大勢で飲んだついでに、好奇心から、ここを2次会の場所にしたらしい。仲間同士でわいわいと舞台を眺めているようだ。俺にはそんな好奇心だけでここに来ているやつらを、やたら健康的だなぁ、と異世界人のように思っただけだ。
 俺は、いつものように朝倉(顔は別の女だが)に引き摺られるようにして舞台に出た。客席にハルヒを認めたが、俺は、やはりいつものように、すべてを諦める。
 周りの連中とお喋りをしていたハルヒが暗転した舞台に目を向ける。
「…あ…!」
 一瞬、ハルヒと俺の視線が交差する。情けないことに、俺はその瞬間、激しく勃起してしまった。
 俺を見ろよ、ハルヒ、お前に見せるために俺はこんな風にされたらしいぜ。
 俺は、じゃらじゃらとピアスがぶら下がったペニスをハルヒの目に晒しながら、陰性の快楽を貪る。
 朝倉がそんな俺の耳元で囁いた。
「涼宮さんはこんなあなたを見てきっと何らかのアクションを起こすわ。彼女はいつもあなたを心配していたもの。あなたを助け出そうと、情報爆発を起こすかもしれない。
そしたら私もきっと何か興味深い報告が出来る。あなたは私の役に立ついい奴隷ね」
 一本鞭が俺の身体に蚯蚓腫れを作る。
 だが俺は見て取ったのだ。惨めな俺の姿を見て、ハルヒも朝倉と同じ様に興奮していることを…。朝倉、お前、ハルヒを見誤っただろ。

 …朝倉にとっては、残念ながら、と言うべきなのか。俺が予測したとおり、情報爆発なんてものは起こらず、そして俺の女王様は2人に…なった。
「じゃ、死んで」
 あの日、朝倉が言ったセリフを今、目の前のハルヒが俺に鞭を振るいながら言っている。そのハルヒの目に射られながら、俺はただ惨めにペニスを膨張させているだけだ。
 なぁおい、長門。俺は惨めだろ? お前もこんな俺を見に来ればよかったのにな。
最終更新:2007年03月19日 02:38