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「ロックンロールスターダスト 第2話」(2007/02/01 (木) 08:13:52) の最新版変更点
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削除された行は赤色になります。
――そしてとうとうスタジオオーディションの日がやってきた。<br>
<br>
学校の最寄り駅から乗り換えも含め1時間半ほど、<br>
俺達の地元よりもかなり開けた都会、そこからバスに20分ほど揺られた郊外の一角に、そのスタジオはあった。<br>
「すげ・・・・・・これってプロが使うスタジオじゃないのか?」<br>
俺はその建物を見上げて思わず嘆いてしまう。<br>
それはいつも練習をしている雑居ビルの中に入っているせまっちいスタジオの何倍もある。<br>
「ふん、元々あたし達はあんな狭いスタジオで収まるバンドじゃないわ」<br>
肩で風を切らんかというハルヒを先頭に、俺達は建物の中に入っていく。<br>
<br>
まずはとりあえず出場バンドの控え室らしき空き部屋に通される。<br>
そこは校の教室よりも断然広いくらいのかなり大きな部屋で、雑然と並べられたパイプ椅子と<br>
長机の周りには審査の時を今か今かと待つ、いかにもバンドマンらしき風貌の人間がたむろしている。<br>
ざっと百人以上はいるな・・・・・・。すると最低でも三十バンドくらいが出るのか・・・・・・。<br>
それらの人々は、瞑目して精神統一をする者、タバコをふかす者、入念にギターのチューニングをする者、<br>
バンドメンバーと演奏の打ち合わせをする者、と様々だ。<br>
共通しているのはその誰もがこの千載一遇のチャンスをモノにしようと、<br>
ギラギラと野望に満ちたハングリーな目をしていたこと。<br>
それを見て、改めて俺達はとんでもなく場違いな所に来てしまったのだと感じる。<br>
さしものハルヒもこの雰囲気には圧倒されたようで、押し黙ってしまっている。<br>
最初から無言の長門は然り、古泉も真剣に顔を引き締め、朝比奈さんは不安そうな面持ちだ。<br>
<br>
俺達はとりあえず手近な開いている机を見つけ、腰をかける。<br>
誰一人喋ろうとはしない。緊迫した空気だ。<br>
ああ、こんな空気の中には一秒たりともいたくない・・・・・・。<br>
誰か沈黙を破ってはくれないかと思っていると・・・・・・。<br>
<br>
「あれ、涼宮さん?」<br>
「ほんとっさ~、どこかで見たことある顔だと思ったらみくる達じゃないかい?」<br>
<br>
同時に聞こえた二つの声。<br>
振り返るとそこにいたのは、あのENOZの面々と何故か鶴屋さんだった。<br>
「涼宮さんのバンドもオーディション出るの?」<br>
ドラムの岡島さんがハルヒに尋ねる。<br>
「ええ。もしかして岡島さん達も・・・・・・」<br>
ハルヒにしては珍しく、年上に「さん」付けの丁寧な対応だ。<br>
「そうよ。私達ENOZも一次審査に通ったの」<br>
・・・・・・・やはりENOZも今回のニシロック出演を目指していたのか。<br>
こりゃあ少なくとも本家である彼女達には俺達の勝ち目はないなと思っていると・・・・・・、<br>
「涼宮さん達のバンドは強敵ね。何せあれだけ文化祭を盛り上げたんだし」<br>
何とENOZは我々を一応ライバルと認めてくれているらしい。<br>
そんなそんな・・・・・・ENOZはもっと上を目指せるバンドデスヨ?こんな次元で満足してたらイケマセンヨ?<br>
「でも今回は負けないわよ」<br>
不敵に笑う岡島さん。<br>
「ええ、こっちこそ」<br>
これまた不敵な笑みを返すハルヒ。<br>
ハルヒもENOZのことは十分認めているらしく、しっかり彼女達をライバル認定しているようだ。<br>
<br>
・・・・・・ところで、<br>
「鶴屋さんは何でいるんですか。応援か何かとか?」<br>
「え、わたし?」<br>
鶴屋さんは自分のことを指差し、キョトンとしている。<br>
そう言えばいつだったか、彼女はENOZの面々と友人だとか言ってたし、きっと応援にでも来たのだろうと思っていたが、<br>
「何言ってるっさ~キョン君ったら、わたしも立派なENOZの一員にょろよ?」<br>
「・・・・・・はぁ?」<br>
(何を世迷いごとを。ENOZは四人でっせ、鶴屋のダンナ)<br>
俺はそんな無言の訴えが顔に出るほど、間抜けな表情をしていたに違いない。<br>
<br>
「ホントだよ?」<br>
ベースの財前さんがすかさずフォローを入れる。<br>
「鶴屋さんは今回のオーディション限定の特別メンバーだよ?彼女は凄い音楽の才能があるし、<br>
彼女自身も乗り気だったから今回だけ加わってもらったの」<br>
「そうだったんですか・・・・・・」<br>
「そうっさ~。いくらキョン君達とはいえ、この場ではライバル、刃引きはしないにょろよ?」<br>
「それはいいんですが鶴屋さん・・・・・・」<br>
「何かな?」<br>
「貴方は何のパートなんですか?」<br>
<br>
俺の疑問に、長門以外のSOSバンドの面々が全員ウンウンと頷く。<br>
まさかベースが二人なんてことはないだろうし、朝比奈さんのようにキーボード担当?<br>
それともENOZは元々ツインギターだし、更に一人加えてフィーバックギンギンの轟音サウンドでも目指すつもりだろうか?<br>
それで全員が直立不動で靴を見ながら無愛想に演奏するとか!?<br>
は!?
もしやダブルドラムでデスメタルも参ったかといわんばかりのブラストビートを狙ってるとか!?<br>
それでなぜかボーカルは泣く子も黙るデスボイス!?<br>
いやいや更に裏をかいて、お得意のにょろにょろ口調でラップ担当とか!?ロックとHIPHOPのケミストリー!?<br>
略して『にょろラップ』!?
確かに、基本語尾は全部「にょろ」だから完壁な韻踏みが可能だぞ!?<br>
<br>
――と、思考が著しく脱線した俺を尻目に鶴屋さんは、<br>
「パートは決まってないよ?」<br>
と、のたまった。<br>
「決まってない?」<br>
「うん、わたしは基本的に何でもやるのさ!パーカッションからDJ、サンプリング、<br>
琴や尺八、篳篥(ひちりき)のような和楽器から、シタールのようなインド楽器まで全部!<br>
ギターやベースみたいな楽器は苦手だけどねっ!それ以外なら何でもやるよ?」<br>
「・・・・・・はぁ、全部ですか」<br>
要するに鶴屋さんは『何でも屋』か。様々な楽器を曲に応じて扱い、彩りを添える役だ。<br>
確かにロックバンドには、たまに何の楽器を演奏しているのか良く分からんメンバーがいたりするしな。<br>
それにしたって和楽器にインド楽器・・・・・・ENOZはどこへ向かおうとしているのだろうか?<br>
<br>
「すいません。次、○○番のENOZの皆さん、お願いしまーす」<br>
すると、スタッフらしき男性が控え室に入ってきてENOZの名を呼んだ。<br>
「どうやら出番にょろね~」<br>
「それじゃあ行ってくるね。涼宮さん達も頑張ってね」<br>
鶴屋さんはじめとするENOZの面々が移動の準備を始める。<br>
「ええ、ENOZのみんなも健闘を祈るわ」<br>
と、戦友を送り出すハルヒ。<br>
ふむふむ、ライバルバンド同士のエールの送りあいか。善き哉、善き哉。<br>
<br>
――と、<br>
「あの~・・・・・・」<br>
おずおずと手を上げたのは朝比奈さんだった。何かENOZの面々に言いたいことがあるらしい。<br>
「非常に言いにくいんですけど・・・・・・」<br>
「なんだい?みくる、言ってご覧よ?」<br>
鶴屋さんに促され、朝比奈さんは恐る恐る二の句を継ぐ。<br>
<br>
「ENOZってメンバーの皆さんの苗字の頭文字を取ったバンド名なんですよね?<br>
それなら鶴屋さんが入ったら名前変わっちゃうんじゃないですか・・・?」<br>
――ああ、朝比奈さん。それは言っちゃいけなかった。<br>
――ここにいる全員、それはわかってても空気を読んで言わなかったのに。<br>
<br>
「・・・・・・ENOZT、ENOTZ、ENTOZ、ETNOZ、TENOZ・・・・・・どれにしてもユニーク」<br>
――長門、お前もわざわざ止めを刺すようなこと言うんじゃない。<br>
<br>
「あ、あはは・・・・・・それじゃあ行ってくるね~」<br>
ENOZ改めTENOZの面々は、苦笑いを残して控え室を後に戦場へと向かっていった。<br>
<br>
すいません・・・・・・是非頑張ってください・・・・・・。<br>
<br>
十数分後、ENOZ改めTENOZの面々が控え室に戻ってきた。<br>
見ると・・・・・・一様に暗い表情だ。<br>
「駄目だったよ・・・・・・」<br>
財前さんがうなだれて言う。<br>
「自分達としては良い演奏が出来たと思ったんだけどね」<br>
と、榎本さん。<br>
「鶴屋さんの演奏も最高だったのに・・・・・・」<br>
と、中西さん。<br>
「そうなんだよねぇ~、最高のラップをお見舞いしたと思ったのに・・・・・・」<br>
と、岡島さん。てか本当にやったのか、にょろラップ。<br>
「一人もの凄く辛口の審査員がいたのさ」<br>
とは鶴屋さんだ。<br>
「『キミ達の演奏には魂がこもってない』とか『何も伝わってこない』とかボロクソにょろ」<br>
何と、そんな手ごわい審査員がいるのか。<br>
「私なんか『ドラムが弱い』って言われたわ・・・・・・」<br>
岡島さんが苦々しく語る。<br>
マジか・・・・・・あの岡島さんレベルでそれとは・・・・・・。<br>
だとしたら俺の未熟なドラミングなんか「HAHAHA~!」とかアメリカ人みたいに笑い飛ばされてしまうんじゃないか?<br>
「バンド名にもツッコまれるし・・・・・・」<br>
それについてだけは何も言えなかった・・・。<br>
「えーと○○番のSOSバンドの皆さん、そろそろなんで準備お願いします」<br>
更に十数分後、スタッフが近寄ってきてハルヒにそう伝えた。<br>
ENOZもボロクソに言われるようなオーディションで俺達の演奏は果たして・・・・・・<br>
すると、ハルヒが突然、<br>
「さあ、着替えるわよ!」<br>
と叫んだ。そして、いつの間にやら持ち込んでいた紙袋から出したのは<br>
――見事なバニーガールの衣装だった。それも二着分。<br>
はい、察しの良い読者のみんなはもう分かったであろう。<br>
これから一人の麗しき天使の阿鼻叫喚が控え室に響き渡ることになるのだ・・・・・・。<br>
<br>
<br>
「えぇ~ん、いやです~、なんでわたしがバニーを着るんですか~?」<br>
「何言ってるのみくるちゃん!
審査員って言ったっておそらくどうせ皆男よ?<br>
貴方がコレを着れば悩殺間違いなし!
審査合格間違いなしなのよ!?」<br>
逃げんとする朝比奈さんを背後から羽交い絞めにしているハルヒ。<br>
つーか色仕掛けかよ・・・・・・。この期に及んで・・・・・・。<br>
ほれ見ろ、一気に俺達は控え室の他の面々の好奇の視線を浴びているではないか。<br>
「さっさと脱ぎなさぁーい!!」<br>
「いやです~、恥ずかしいです~!」<br>
ハルヒに無理やり服を剥ぎ取られ、チラリと朝比奈さんのピンクのブラ紐がご開帳してしまう。<br>
「バカヤロウ!ここは衆人環視の場だぞ!!」<br>
俺は急いでハルヒを引っぺがそうとするが離れない。<br>
<br>
――結局、その後紆余曲折あって女子トイレに連行された朝比奈さんは、<br>
それはそれは見事なバニーガールとなって控え室に戻ってきた。<br>
勿論、ハルヒもお揃いのバニー姿だ。控え室中の男の視線が二人に釘付けになっている。<br>
そして長門もいつの間にやらお馴染みのあの黒魔術師の衣装だ。<br>
おかげで俺と古泉だけが私服でやけに浮いている。<br>
「こんなことなら僕も愛用のツナギを持ってくれば良かったですねえ。<br>
まあ全裸でも一向に構わないのですが・・・・・・」<br>
変態は放っておこう。<br>
<br>
「それじゃあSOSバンドの皆さん、お願いしまーす」<br>
とうとうスタッフが呼び声がかかる。<br>
「それじゃあ行くわよ!審査員だかなんだか知らないけど、あたし達に敵はいないわ!」<br>
そして、すっかり威勢を取り戻したハルヒであった。<br>
<br>
ついに――オーディションが始まる。<br>
<br>
オーディションルームに通される。<br>
そこは録音ブースというよりも所謂リハーサルルームといった感じの部屋だった。<br>
ドラムセットやキーボードなどの楽器、俺の背と同じぐらいはあろうかという大きなアンプ類が、<br>
これ見よがしにずらりと並んでいる。<br>
そしてその機材類の真正面には、長机に並んで四人、審査員と思しき人達が座っている。<br>
皆一様に渋い顔で、入ってきた俺達を見定めんとじっと黙り込んでいる。<br>
<br>
「これは・・・・・・大変なことになりそうですね」<br>
古泉が俺の耳元で囁く。つーか息がかかるんだよ。<br>
「大変って・・・・・・何がだ」<br>
「あの審査員達、どの方も業界の重鎮ばかりですよ。<br>
向かって左から、<br>
HR/HM(ハードロック/ヘヴィメタル)専門誌『BURNING!!!』の元編集長でHR/HM評論家の草分けの伊納政則さん、<br>
次に日本を代表するロック専門誌『Rockin'
Beat』の創始者で現在は社長の渋谷陽二さん、<br>
次にその『Rockin' Beat』の現編集長の山田洋一郎さん、<br>
一番右が今回の『西宮ロックフェスティバル』のオーガナイザー、運営の総責任を担う火高正博さん、です。<br>
これは誤魔化しがききませんね・・・・・・」<br>
古泉があげた名前は誰一人知らなかった。<br>
しかし、最近ロックに造詣が深くなっている古泉が言うのであればきっと相当な大物揃いなのだろう。<br>
<br>
「次は・・・・・・『SOSバンド』か」<br>
渋谷氏が手元の書類を見て呟く。バンド名にちょっと半笑いなのは無理もないかもしれない。<br>
「女の子多いね。ガールズロックってヤツ?
どんな感じの音楽やってるの?」<br>
渋谷氏は次々に質問を浴びせかける。<br>
「パンキッシュなのからポップなのまで何でも出来ます」<br>
そんなプレッシャーもどこ吹く風、自信をもって答えるハルヒ。<br>
「ふーん、それじゃ早速演奏してもらえるかな」<br>
渋谷氏がじろっとハルヒを一瞥し、言い放つ。<br>
「ハードでヘヴィなの頼むよ~?」<br>
とは、伊能氏の弁。<br>
<br>
「はい」<br>
ハルヒはそう言うと、ギターをケースから取り出す。俺達も各々のパートの位置に散らばっていく。<br>
――そう言えば、さっきから右側の二人、山田氏と火高氏は一言も発していない。<br>
二人とも腕組みをして、じっと俺達のことを睨み付けている。何とも重々しい表情だ。<br>
コレが所謂圧迫面接、もとい圧迫オーディションってヤツだろうか・・・・・・。<br>
<br>
ハルヒ、長門、古泉の弦楽器組みが入念にチューニングを行い、思い思いに弦を弾く。<br>
朝比奈さんも鍵盤を一つずつ慈しむように押しては、音の調子を確かめている。<br>
俺は俺でドラムセットに腰掛け、深く息をつく。タムを軽くヒットすると心地よい反響が腕に伝わってくる。<br>
泣いても笑ってもこのオーディションで全てが決まるんだ。<br>
審査を突破する可能性は薄いが、せっかく休日を潰してまでここまで来たんだ。<br>
やれるだけのことはやってやらんとな。<br>
と、考え込んでいる内にハルヒ達の準備は完了したようだ。<br>
<br>
「それじゃあいきます。『First Good-Bye』!」<br>
ハルヒはそう言うと、合図代わりにジャランと軽くギターをかき鳴らした。<br>
と、その時、<br>
「ん?
ボーカルの子さ、ギターのチューニングずれてない?」<br>
と、口を開いたのは無言だったはずの山田氏。<br>
「・・・・・・えっ」<br>
ハルヒはハッとした表情で手元を見つめた。<br>
「ホントだ・・・・・・」<br>
一弦ずつ音を出すとやはりチューニングがずれていたらしい。急いで直し始めるハルヒ。<br>
あの何をやらせてもソツなくこなす完璧型のハルヒがこんなケアレスミスを犯すなんて・・・。<br>
やはりこの異様なプレッシャーに緊張しているのだろうか。<br>
そして、そんなミスをすぐに見抜いた山田氏、業界の大御所はやはり甘くはない。<br>
「・・・・・・すいません!直りました!
それじゃあ改めていきます!」<br>
ハルヒはそう言って、長門に合図を出す。<br>
長門は俺にだけ分かる小さな首肯と共に、一気にギターを掻き毟る。<br>
――SOSバンドの演奏が始まった。<br>
<br>
――そして四分半ほどの演奏が終了する。<br>
正直言って、演奏の出来は今までで一番良かった。<br>
ハルヒ作曲ということで元からそれなりに曲のクオリティが高いことを差し置いてもなかなかだった。<br>
長門の超絶ギターは相変わらず恐ろしいスピードでバンドをドライブさせた。<br>
ギターソロでは、あのHR/HMマニアにして今までにも幾多の超絶ソロを目にしたであろう伊能氏も驚いていたしな。<br>
古泉のベースはしっかりと曲のボトムラインを支えていたし、朝比奈さんのキーボードも堅実だった。<br>
俺のドラムも何とか上手くいったし、渋谷氏などリズムに合わせて身体を僅かに揺らしていた。<br>
そして何よりもハルヒの歌だ。<br>
先ほどのミスの動揺を微塵も感じさせない堂に入った歌唱は俺が今まで聴いたこの曲の中でも白眉の出来だった。<br>
ハルヒが歌いだした瞬間、伊能氏も渋谷氏も一気に真剣な顔になったくらいだ。<br>
ただ、相変わらず山田氏と火高氏だけは何のリアクションもせず、じっと腕を組んで曲を聴いているだけだった。<br>
<br>
「うん、よかったんじゃないかな。特に涼宮さんだっけ?
キミ結構歌えるねえ」<br>
渋谷氏が手を叩きながらハルヒを賞賛する。<br>
「そこのSG持ってる子・・・・・・長門さん?のギターソロにはびっくりしたよ。まさか女の子があそこまで弾けるとは。<br>
オジサン、一瞬イングウェイかと思っちゃったよー。他の子の演奏も悪くなかったよ」<br>
とは伊能氏の弁だ。<br>
うん、やはりこの二人には俺達の演奏は好評だったらしい。<br>
ハルヒもパッと顔を明るくさせる。<br>
が、しかし――<br>
「・・・・・・全然ダメだね」<br>
それは無言コンビの一人、先ほどハルヒのギターのチューニングのズレを指摘した山田氏の唐突な否定だった。<br>
「まずキーボードのキミ」<br>
ビシッと朝比奈さんを指差す。<br>
「わ、わたしですか・・・・・・?」<br>
「演奏は悪くなかったけどさ、ボーカルの子もそうだけど何その衣装?<br>
僕はここにロックバンドの演奏を聴きに来たのであってコスプレ喫茶に来たわけじゃないんだよ?<br>
それとも何?
色気で訴えれば高評価が得られるとでも思った?
ロック舐めてるんじゃない?」<br>
「そ、そんなつもりは・・・・・・」<br>
一気に身を縮こまらせてしゅんとしてしまう朝比奈さん。バニーの耳も心なしか垂れ下がる。<br>
<br>
「次、リードギターのキミ」<br>
続いて長門を指差す山田氏<br>
「・・・・・・」<br>
「キミもさあ、何その衣装? 占いの館じゃないんだよ?
ビジュアル系はもう流行らないって。<br>
それにギターは上手いけど、なんか無表情なんだよね。<br>
ボーっと突っ立って弾いてるだけでさ、つまんないの。<br>
まさかシューゲイザーとかグランジとかそういうの気取ってる?
時代遅れだよ」<br>
オイオイ、ちょっと待てよ、いくらなんでも・・・俺がそう思っている内に山田氏の舌は更に滑らかになる。<br>
「んでベースのキミ」<br>
「いかがでしたでしょうか?」<br>
次は古泉の番だ。古泉は冷静に山田氏に評価を伺わんとしている。<br>
「うーん、キミはプレイはまあまあだけど、それだけ。全然個性とかそういうのが感じられないね。<br>
それともアレかな、キミは結構整った顔してるし、女の子のグルーピー(バンドの追っかけ)要員とか?」<br>
「・・・・・・」<br>
古泉は黙って聞いている。<br>
「んでドラムのキミ」<br>
「・・・・・・はい」<br>
そして俺の番だ。<br>
「キミはね・・・・・・まあ、アレだよ。下手クソ。足引っ張ってるし、辞めた方がいいんじゃない?」<br>
分かっていたとはいえ、ここまで露骨に言われると・・・。<br>
「最後にボーカルのキミ」<br>
そしてとうとうハルヒだ。<br>
「確かにそれなりに歌えてたけどさぁ・・・・・・所謂ソウル、魂が伝わってこないよね。<br>
何というか売れっ子の萌え系アイドル声優が本業の片手間で歌ってるみたいな感じっていうの?<br>
それにこの曲、キミが作ったらしいけど正直つまらない曲だよね。<br>
所謂アレでしょ?
今流行のグリーン・レイとかアグリル・レヴィーンとか、あーゆう売れ線のUSパンクっぽいの。<br>
なんつーかすぐ飽きちゃうよね。この程度じゃ」<br>
「・・・・・・」<br>
ハルヒもまた黙って聞いている。<br>
<br>
「山田君、何もそこまで言うことは・・・・・・」<br>
「そうだよ。あのキーボードの子なんか半泣きじゃないか」<br>
渋谷氏と伊能氏が山田氏を放言を宥めようとするが・・・・・・<br>
「いいんですよこれくらい。こーいうバンドが日本のロックをダメにするんですから」<br>
山田氏は頑として譲らない。<br>
「とにかくキミ達全然ダメ。バンド名もダサイしね。<br>
とてもじゃないけどキミ達みたいなバンド、ニシロックのステージには上げられないよ。<br>
それこそ日本の恥、国家犯罪、外交問題に発展するね。<br>
キミ達はせいぜいショボイ高校の文化祭で演奏して満足してるレベル。<br>
こんなトコに来るのは百年早いよ」<br>
<br>
これ以上ないまでにボロクソだ。<br>
鶴屋さんの言っていた辛口審査員というのは間違いなくこの山田氏のことだろう。<br>
そしていくら渋谷氏と伊能氏には好印象を持ってもらえたとはいえ、審査員の一人にここまで嫌われては、<br>
オーディションの合格ももうほぼ無理だろう。<br>
それを悟ったのか、長門は相変わらずだが、朝比奈さんはほぼ半泣き状態、古泉も唇を噛み締め苦々しげだ。<br>
そして、ハルヒは俯いてしまって全く表情が伺えない。<br>
きっとみな凹んでいるのだ。かくいう俺もこれ以上ないってくらい凹んでいるし、何より悔しい。<br>
<br>
「もういいでしょ。それがわかったらさっさと帰った、帰った」<br>
山田氏はシッシッと手を払うように俺達を追い出さんとする。<br>
「・・・・・・ありがとうございました」<br>
俺は無感情にそう吐き捨て、ドラムセットから立ち上がると、部屋を出ようとする。<br>
古泉や朝比奈さんもそれに続こうとする。<br>
と、その時、<br>
「ふざけんじゃないわよ、オッサン!!!」<br>
何とあろうことか――<br>
ハルヒがギターを肩から外すと両手でネックを握り、一直線に審査員机に向かってダッシュし――<br>
山田氏目掛けて思いっきりギターを振り下ろしたのだ!!<br>
<br>
<br>
「ウギャーーーーーー!!」<br>
ああ・・・・・・またやっちまった、そう思った時にはもう遅かった。響き渡る山田氏の断末魔の叫び。<br>
考えてもみればあのハルヒがあそこまで己をボロクソに否定されて黙ってるわけがない。読みが甘かった。<br>
振り下ろされたギターのボディは見事に山田氏の脳天にヒットした。<br>
その衝撃でギターのボディは完全に崩壊。ネックも折れた。山田氏は卒倒し、パイプ椅子ごと後方に崩れ落ちる。<br>
・・・・・・って死んだんじゃないのか?<br>
<br>
「何すんだよこのガキ!!」<br>
あ、生きてた。山田氏は仰向けに倒れたまま、ハルヒを罵倒する。<br>
「五月蝿い!!
編集長だか評論家だか知らないけどね、あたしは団長よ!<br>
アンタにグダグダ言われる筋合いは無いわ!!こんなオーディショこっちから願い下げよ!!」<br>
収まらないハルヒは倒れ伏す山田氏に容赦ないストンピングを食らわせ続ける。<br>
ダメだ。アイツ、完全にキレてやがる!<br>
「ヤバイ! 古泉止めるぞ!」<br>
「はい!」<br>
即座に俺はハルヒを後ろから羽交い絞めにする。<br>
薄手のバニースーツから容赦なく伝わる柔らかい感触はこの際気にしない。<br>
「何すんのよキョン!!
このバカをボコボコにするのっ!!」<br>
足をジタバタさせるハルヒ。駄々をこねる幼児か、お前は。<br>
「すいません、涼宮さん。失礼します」<br>
すると古泉が前から両足を押さえつけ、完全にハルヒを身動き取れない状態にする。<br>
「よし! このまま帰るぞ!!
長門、朝比奈さん、行きましょう!」<br>
「え・・・・・・は、は~い」<br>
「・・・・・・」<br>
「ウキーッ!! 離しなさーい、このバカキョン!!」<br>
「すいません、失礼しました!!」<br>
審査員にそれだけ告げ、俺はハルヒを抱えて一刻も早くこの場から離脱しようとする。<br>
<br>
すると、<br>
「ちょっと待った!!」<br>
部屋中に響く野太い大声を上げたのは、とうとう最後まで無言だったはずの、<br>
ニシロック最高責任者、火高正博氏だった。<br>
思わず固まってしまう俺。ハルヒも暴れていた手足をぴたりと止める。<br>
渋谷氏と伊能氏も驚いた顔をして火高氏を伺っている。<br>
<br>
火高氏はつかつかとこちらに歩み寄ってくる。<br>
スキンヘッドにニット帽を被り、濃いサングラスとヒゲというその風貌は正直とっても怖い。<br>
ぴたッと立ち止まる火高氏。ヤバイ・・・怒られるのか?<br>
と、俺の足が僅かに震え上がった瞬間――<br>
<br>
「いやぁ、最高だぜ!!まさか審査員をギターでスマッシュするなんて!!<br>
久し振りにアナーキーでマザーファッキンな最高のロックバンドを見つけたぜ!!」<br>
「へ?」<br>
それまでの沈黙はどこへやら、急に少し危なめなテンションではしゃぎ出した。<br>
「嬢ちゃん、涼宮ハルヒって言うんだっけか?アンタは最高だ!!<br>
演奏も最高だったけど何よりもその言動、思想、振る舞いが最高にロックだ!<br>
自分のバンド、自分の曲を最高だと信じて疑わない、そのかたくなまでの意志の強さと<br>
傲慢さが今の腑抜けた日本のロック界には足りなかったんだよ!!」<br>
既に俺と古泉の手から離れたハルヒの手を握りブンブンと振り回す火高氏。<br>
しかし、ハルヒのゴーイングマイウェイな傲慢さ、身勝手さをここまで肯定する人間がいたとは・・・。<br>
「ふーん、オジサンなかなかわかってるじゃない」<br>
ハルヒはいつの間にやらケロリと機嫌を直している。<br>
「俺がニシロックに求めていたのはこういうバンドだ!!
嬢ちゃん達は日本ロックの救世主だ!!<br>
よっしゃ、マザーファッカー達!
おめえらが今回の合格者だ!!<br>
渋谷さんも伊能さんも異論はないよな?」<br>
「まあ火高さんがそこまで言うなら」<br>
「ですね」<br>
ちなみに山田氏は完全スルー、哀れ。<br>
<br>
「と、言うことは・・・・・・」<br>
ハルヒが目を輝かせて尋ねると、<br>
「そうだ!!
今回のニシロックアマチュアバンド参加枠はおめえらSOSバンドで決定だ!!」<br>
<br>
え、マジ? こんなんで決定?<br>
「わ~凄いです~!!」<br>
ぴょんぴょん飛び跳ねて喜びを表現する朝比奈さん。<br>
「・・・・・・結果オーライ」<br>
ポツリと呟く長門。<br>
「いやいや、よかったですねえ」<br>
そして安堵の溜息を吐く古泉。<br>
<br>
「順当な結果ね!ありがたく思いなさい、オジサン!<br>
あたし達が出るからにはチケットは勿論ソールドアウト、テレビの生中継の視聴率もうなぎ登り、<br>
そして伝説のSOSバンドがその第一歩を踏み出したライブということでニシロックは永遠に歴史に刻まれるわ!!」<br>
そしてハルヒだ。もう何と言っていいやら・・・・・・ここまで自信過剰だとある意味一周回って清々しい。<br>
「おう!
ファッキングレイトなライブ期待してるぜ!!」<br>
そして、この火高氏も火高氏だ。<br>
ここまでハルヒに共感出来るイっちゃった思考回路を持つ人間が、<br>
ニシロックという大規模イベントの責任者で音楽業界の重鎮だとは・・・・・・。<br>
やっぱり、日本の音楽業界の未来が心配だ・・・・・。<br>
<br>
こうして俺達SOSバンドの西宮ロックフェスティバル特別出演が大決定しましたとさ。<br>
と、言うか本当にいいのか・・・・・・?
未だもって俺の中ではその答えが出ないのであった。<br>
<br>
<p>
――そしてとうとうスタジオオーディションの日がやってきた。<br>
<br>
学校の最寄り駅から乗り換えも含め1時間半ほど、<br>
俺達の地元よりもかなり開けた都会、そこからバスに20分ほど揺られた郊外の一角に、そのスタジオはあった。<br>
「すげ・・・・・・これってプロが使うスタジオじゃないのか?」<br>
俺はその建物を見上げて思わず嘆いてしまう。<br>
それはいつも練習をしている雑居ビルの中に入っているせまっちいスタジオの何倍もある。<br>
「ふん、元々あたし達はあんな狭いスタジオで収まるバンドじゃないわ」<br>
肩で風を切らんかというハルヒを先頭に、俺達は建物の中に入っていく。<br>
<br>
まずはとりあえず出場バンドの控え室らしき空き部屋に通される。<br>
そこは校の教室よりも断然広いくらいのかなり大きな部屋で、雑然と並べられたパイプ椅子と<br>
長机の周りには審査の時を今か今かと待つ、いかにもバンドマンらしき風貌の人間がたむろしている。<br>
ざっと百人以上はいるな・・・・・・。すると最低でも三十バンドくらいが出るのか・・・・・・。<br>
それらの人々は、瞑目して精神統一をする者、タバコをふかす者、入念にギターのチューニングをする者、<br>
バンドメンバーと演奏の打ち合わせをする者、と様々だ。<br>
共通しているのはその誰もがこの千載一遇のチャンスをモノにしようと、<br>
ギラギラと野望に満ちたハングリーな目をしていたこと。<br>
それを見て、改めて俺達はとんでもなく場違いな所に来てしまったのだと感じる。<br>
さしものハルヒもこの雰囲気には圧倒されたようで、押し黙ってしまっている。<br>
最初から無言の長門は然り、古泉も真剣に顔を引き締め、朝比奈さんは不安そうな面持ちだ。<br>
<br>
俺達はとりあえず手近な開いている机を見つけ、腰をかける。<br>
誰一人喋ろうとはしない。緊迫した空気だ。<br>
ああ、こんな空気の中には一秒たりともいたくない・・・・・・。<br>
誰か沈黙を破ってはくれないかと思っていると・・・・・・。<br>
<br>
「あれ、涼宮さん?」<br>
「ほんとっさ~、どこかで見たことある顔だと思ったらみくる達じゃないかい?」<br>
<br>
同時に聞こえた二つの声。<br>
振り返るとそこにいたのは、あのENOZの面々と何故か鶴屋さんだった。<br>
「涼宮さんのバンドもオーディション出るの?」<br>
ドラムの岡島さんがハルヒに尋ねる。<br>
「ええ。もしかして岡島さん達も・・・・・・」<br>
ハルヒにしては珍しく、年上に「さん」付けの丁寧な対応だ。<br>
「そうよ。私達ENOZも一次審査に通ったの」<br>
・・・・・・・やはりENOZも今回のニシロック出演を目指していたのか。<br>
こりゃあ少なくとも本家である彼女達には俺達の勝ち目はないなと思っていると・・・・・・、<br>
「涼宮さん達のバンドは強敵ね。何せあれだけ文化祭を盛り上げたんだし」<br>
何とENOZは我々を一応ライバルと認めてくれているらしい。<br>
そんなそんな・・・・・・ENOZはもっと上を目指せるバンドデスヨ?こんな次元で満足してたらイケマセンヨ?<br>
「でも今回は負けないわよ」<br>
不敵に笑う岡島さん。<br>
「ええ、こっちこそ」<br>
これまた不敵な笑みを返すハルヒ。<br>
ハルヒもENOZのことは十分認めているらしく、しっかり彼女達をライバル認定しているようだ。<br>
<br>
・・・・・・ところで、<br>
「鶴屋さんは何でいるんですか。応援か何かとか?」<br>
「え、わたし?」<br>
鶴屋さんは自分のことを指差し、キョトンとしている。<br>
そう言えばいつだったか、彼女はENOZの面々と友人だとか言ってたし、きっと応援にでも来たのだろうと思っていたが、<br>
「何言ってるっさ~キョン君ったら、わたしも立派なENOZの一員にょろよ?」<br>
「・・・・・・はぁ?」<br>
(何を世迷いごとを。ENOZは四人でっせ、鶴屋のダンナ)<br>
俺はそんな無言の訴えが顔に出るほど、間抜けな表情をしていたに違いない。<br>
<br>
「ホントだよ?」<br>
ベースの財前さんがすかさずフォローを入れる。<br>
「鶴屋さんは今回のオーディション限定の特別メンバーだよ?彼女は凄い音楽の才能があるし、<br>
彼女自身も乗り気だったから今回だけ加わってもらったの」<br>
「そうだったんですか・・・・・・」<br>
「そうっさ~。いくらキョン君達とはいえ、この場ではライバル、刃引きはしないにょろよ?」<br>
「それはいいんですが鶴屋さん・・・・・・」<br>
「何かな?」<br>
「貴方は何のパートなんですか?」<br>
<br>
俺の疑問に、長門以外のSOSバンドの面々が全員ウンウンと頷く。<br>
まさかベースが二人なんてことはないだろうし、朝比奈さんのようにキーボード担当?<br>
それともENOZは元々ツインギターだし、更に一人加えてフィーバックギンギンの轟音サウンドでも目指すつもりだろうか?<br>
それで全員が直立不動で靴を見ながら無愛想に演奏するとか!?<br>
は!?もしやダブルドラムでデスメタルも参ったかといわんばかりのブラストビートを狙ってるとか!?<br>
それでなぜかボーカルは泣く子も黙るデスボイス!?<br>
いやいや更に裏をかいて、お得意のにょろにょろ口調でラップ担当とか!?ロックとHIPHOPのケミストリー!?<br>
略して『にょろラップ』!?確かに、基本語尾は全部「にょろ」だから完壁な韻踏みが可能だぞ!?<br>
<br>
――と、思考が著しく脱線した俺を尻目に鶴屋さんは、<br>
「パートは決まってないよ?」<br>
と、のたまった。<br>
「決まってない?」<br>
「うん、わたしは基本的に何でもやるのさ!パーカッションからDJ、サンプリング、<br>
琴や尺八、篳篥(ひちりき)のような和楽器から、シタールのようなインド楽器まで全部!<br>
ギターやベースみたいな楽器は苦手だけどねっ!それ以外なら何でもやるよ?」<br>
「・・・・・・はぁ、全部ですか」<br>
要するに鶴屋さんは『何でも屋』か。様々な楽器を曲に応じて扱い、彩りを添える役だ。<br>
確かにロックバンドには、たまに何の楽器を演奏しているのか良く分からんメンバーがいたりするしな。<br>
それにしたって和楽器にインド楽器・・・・・・ENOZはどこへ向かおうとしているのだろうか?<br>
<br>
「すいません。次、○○番のENOZの皆さん、お願いしまーす」<br>
すると、スタッフらしき男性が控え室に入ってきてENOZの名を呼んだ。<br>
「どうやら出番にょろね~」<br>
「それじゃあ行ってくるね。涼宮さん達も頑張ってね」<br>
鶴屋さんはじめとするENOZの面々が移動の準備を始める。<br>
「ええ、ENOZのみんなも健闘を祈るわ」<br>
と、戦友を送り出すハルヒ。<br>
ふむふむ、ライバルバンド同士のエールの送りあいか。善き哉、善き哉。<br>
<br>
――と、<br>
「あの~・・・・・・」<br>
おずおずと手を上げたのは朝比奈さんだった。何かENOZの面々に言いたいことがあるらしい。<br>
「非常に言いにくいんですけど・・・・・・」<br>
「なんだい?みくる、言ってご覧よ?」<br>
鶴屋さんに促され、朝比奈さんは恐る恐る二の句を継ぐ。<br>
<br>
「ENOZってメンバーの皆さんの苗字の頭文字を取ったバンド名なんですよね?<br>
それなら鶴屋さんが入ったら名前変わっちゃうんじゃないですか・・・?」<br>
――ああ、朝比奈さん。それは言っちゃいけなかった。<br>
――ここにいる全員、それはわかってても空気を読んで言わなかったのに。<br>
<br>
「・・・・・・ENOZT、ENOTZ、ENTOZ、ETNOZ、TENOZ・・・・・・どれにしてもユニーク」<br>
――長門、お前もわざわざ止めを刺すようなこと言うんじゃない。<br>
<br>
「あ、あはは・・・・・・それじゃあ行ってくるね~」<br>
ENOZ改めTENOZの面々は、苦笑いを残して控え室を後に戦場へと向かっていった。<br>
<br>
すいません・・・・・・是非頑張ってください・・・・・・。<br>
<br>
十数分後、ENOZ改めTENOZの面々が控え室に戻ってきた。<br>
見ると・・・・・・一様に暗い表情だ。<br>
「駄目だったよ・・・・・・」<br>
財前さんがうなだれて言う。<br>
「自分達としては良い演奏が出来たと思ったんだけどね」<br>
と、榎本さん。<br>
「鶴屋さんの演奏も最高だったのに・・・・・・」<br>
と、中西さん。<br>
「そうなんだよねぇ~、最高のラップをお見舞いしたと思ったのに・・・・・・」<br>
と、岡島さん。てか本当にやったのか、にょろラップ。<br>
「一人もの凄く辛口の審査員がいたのさ」<br>
とは鶴屋さんだ。<br>
「『キミ達の演奏には魂がこもってない』とか『何も伝わってこない』とかボロクソにょろ」<br>
何と、そんな手ごわい審査員がいるのか。<br>
「私なんか『ドラムが弱い』って言われたわ・・・・・・」<br>
岡島さんが苦々しく語る。<br>
マジか・・・・・・あの岡島さんレベルでそれとは・・・・・・。<br>
だとしたら俺の未熟なドラミングなんか「HAHAHA~!」とかアメリカ人みたいに笑い飛ばされてしまうんじゃないか?<br>
「バンド名にもツッコまれるし・・・・・・」<br>
それについてだけは何も言えなかった・・・。<br>
「えーと○○番のSOSバンドの皆さん、そろそろなんで準備お願いします」<br>
更に十数分後、スタッフが近寄ってきてハルヒにそう伝えた。<br>
ENOZもボロクソに言われるようなオーディションで俺達の演奏は果たして・・・・・・<br>
すると、ハルヒが突然、<br>
「さあ、着替えるわよ!」<br>
と叫んだ。そして、いつの間にやら持ち込んでいた紙袋から出したのは<br>
――見事なバニーガールの衣装だった。それも二着分。<br>
はい、察しの良い読者のみんなはもう分かったであろう。<br>
これから一人の麗しき天使の阿鼻叫喚が控え室に響き渡ることになるのだ・・・・・・。<br>
<br>
<br>
「えぇ~ん、いやです~、なんでわたしがバニーを着るんですか~?」<br>
「何言ってるのみくるちゃん!審査員って言ったっておそらくどうせ皆男よ?<br>
貴方がコレを着れば悩殺間違いなし!審査合格間違いなしなのよ!?」<br>
逃げんとする朝比奈さんを背後から羽交い絞めにしているハルヒ。<br>
つーか色仕掛けかよ・・・・・・。この期に及んで・・・・・・。<br>
ほれ見ろ、一気に俺達は控え室の他の面々の好奇の視線を浴びているではないか。<br>
「さっさと脱ぎなさぁーい!!」<br>
「いやです~、恥ずかしいです~!」<br>
ハルヒに無理やり服を剥ぎ取られ、チラリと朝比奈さんのピンクのブラ紐がご開帳してしまう。<br>
「バカヤロウ!ここは衆人環視の場だぞ!!」<br>
俺は急いでハルヒを引っぺがそうとするが離れない。<br>
<br>
――結局、その後紆余曲折あって女子トイレに連行された朝比奈さんは、<br>
それはそれは見事なバニーガールとなって控え室に戻ってきた。<br>
勿論、ハルヒもお揃いのバニー姿だ。控え室中の男の視線が二人に釘付けになっている。<br>
そして長門もいつの間にやらお馴染みのあの黒魔術師の衣装だ。<br>
おかげで俺と古泉だけが私服でやけに浮いている。<br>
「こんなことなら僕も愛用のツナギを持ってくれば良かったですねえ。<br>
まあ全裸でも一向に構わないのですが・・・・・・」<br>
変態は放っておこう。<br>
<br>
「それじゃあSOSバンドの皆さん、お願いしまーす」<br>
とうとうスタッフが呼び声がかかる。<br>
「それじゃあ行くわよ!審査員だかなんだか知らないけど、あたし達に敵はいないわ!」<br>
そして、すっかり威勢を取り戻したハルヒであった。<br>
<br>
ついに――オーディションが始まる。<br>
<br>
オーディションルームに通される。<br>
そこは録音ブースというよりも所謂リハーサルルームといった感じの部屋だった。<br>
ドラムセットやキーボードなどの楽器、俺の背と同じぐらいはあろうかという大きなアンプ類が、<br>
これ見よがしにずらりと並んでいる。<br>
そしてその機材類の真正面には、長机に並んで四人、審査員と思しき人達が座っている。<br>
皆一様に渋い顔で、入ってきた俺達を見定めんとじっと黙り込んでいる。<br>
<br>
「これは・・・・・・大変なことになりそうですね」<br>
古泉が俺の耳元で囁く。つーか息がかかるんだよ。<br>
「大変って・・・・・・何がだ」<br>
「あの審査員達、どの方も業界の重鎮ばかりですよ。<br>
向かって左から、<br>
HR/HM(ハードロック/ヘヴィメタル)専門誌『BURNING!!!』の元編集長でHR/HM評論家の草分けの伊納政則さん、<br>
次に日本を代表するロック専門誌『Rockin'Beat』の創始者で現在は社長の渋谷陽二さん、<br>
次にその『Rockin' Beat』の現編集長の山田洋一郎さん、<br>
一番右が今回の『西宮ロックフェスティバル』のオーガナイザー、運営の総責任を担う火高正博さん、です。<br>
これは誤魔化しがききませんね・・・・・・」<br>
古泉があげた名前は誰一人知らなかった。<br>
しかし、最近ロックに造詣が深くなっている古泉が言うのであればきっと相当な大物揃いなのだろう。<br>
<br>
「次は・・・・・・『SOSバンド』か」<br>
渋谷氏が手元の書類を見て呟く。バンド名にちょっと半笑いなのは無理もないかもしれない。<br>
「女の子多いね。ガールズロックってヤツ?どんな感じの音楽やってるの?」<br>
渋谷氏は次々に質問を浴びせかける。<br>
「パンキッシュなのからポップなのまで何でも出来ます」<br>
そんなプレッシャーもどこ吹く風、自信をもって答えるハルヒ。<br>
「ふーん、それじゃ早速演奏してもらえるかな」<br>
渋谷氏がじろっとハルヒを一瞥し、言い放つ。<br>
「ハードでヘヴィなの頼むよ~?」<br>
とは、伊能氏の弁。<br>
<br>
「はい」<br>
ハルヒはそう言うと、ギターをケースから取り出す。俺達も各々のパートの位置に散らばっていく。<br>
――そう言えば、さっきから右側の二人、山田氏と火高氏は一言も発していない。<br>
二人とも腕組みをして、じっと俺達のことを睨み付けている。何とも重々しい表情だ。<br>
コレが所謂圧迫面接、もとい圧迫オーディションってヤツだろうか・・・・・・。<br>
<br>
ハルヒ、長門、古泉の弦楽器組みが入念にチューニングを行い、思い思いに弦を弾く。<br>
朝比奈さんも鍵盤を一つずつ慈しむように押しては、音の調子を確かめている。<br>
俺は俺でドラムセットに腰掛け、深く息をつく。タムを軽くヒットすると心地よい反響が腕に伝わってくる。<br>
泣いても笑ってもこのオーディションで全てが決まるんだ。<br>
審査を突破する可能性は薄いが、せっかく休日を潰してまでここまで来たんだ。<br>
やれるだけのことはやってやらんとな。<br>
と、考え込んでいる内にハルヒ達の準備は完了したようだ。<br>
<br>
「それじゃあいきます。『First Good-Bye』!」<br>
ハルヒはそう言うと、合図代わりにジャランと軽くギターをかき鳴らした。<br>
と、その時、<br>
「ん?ボーカルの子さ、ギターのチューニングずれてない?」<br>
と、口を開いたのは無言だったはずの山田氏。<br>
「・・・・・・えっ」<br>
ハルヒはハッとした表情で手元を見つめた。<br>
「ホントだ・・・・・・」<br>
一弦ずつ音を出すとやはりチューニングがずれていたらしい。急いで直し始めるハルヒ。<br>
あの何をやらせてもソツなくこなす完璧型のハルヒがこんなケアレスミスを犯すなんて・・・。<br>
やはりこの異様なプレッシャーに緊張しているのだろうか。<br>
そして、そんなミスをすぐに見抜いた山田氏、業界の大御所はやはり甘くはない。<br>
「・・・・・・すいません!直りました!それじゃあ改めていきます!」<br>
ハルヒはそう言って、長門に合図を出す。<br>
長門は俺にだけ分かる小さな首肯と共に、一気にギターを掻き毟る。<br>
――SOSバンドの演奏が始まった。<br>
<br>
――そして四分半ほどの演奏が終了する。<br>
正直言って、演奏の出来は今までで一番良かった。<br>
ハルヒ作曲ということで元からそれなりに曲のクオリティが高いことを差し置いてもなかなかだった。<br>
長門の超絶ギターは相変わらず恐ろしいスピードでバンドをドライブさせた。<br>
ギターソロでは、あのHR/HMマニアにして今までにも幾多の超絶ソロを目にしたであろう伊能氏も驚いていたしな。<br>
古泉のベースはしっかりと曲のボトムラインを支えていたし、朝比奈さんのキーボードも堅実だった。<br>
俺のドラムも何とか上手くいったし、渋谷氏などリズムに合わせて身体を僅かに揺らしていた。<br>
そして何よりもハルヒの歌だ。<br>
先ほどのミスの動揺を微塵も感じさせない堂に入った歌唱は俺が今まで聴いたこの曲の中でも白眉の出来だった。<br>
ハルヒが歌いだした瞬間、伊能氏も渋谷氏も一気に真剣な顔になったくらいだ。<br>
ただ、相変わらず山田氏と火高氏だけは何のリアクションもせず、じっと腕を組んで曲を聴いているだけだった。<br>
<br>
「うん、よかったんじゃないかな。特に涼宮さんだっけ?キミ結構歌えるねえ」<br>
渋谷氏が手を叩きながらハルヒを賞賛する。<br>
「そこのSG持ってる子・・・・・・長門さん?のギターソロにはびっくりしたよ。まさか女の子があそこまで弾けるとは。<br>
オジサン、一瞬イングウェイかと思っちゃったよー。他の子の演奏も悪くなかったよ」<br>
とは伊能氏の弁だ。<br>
うん、やはりこの二人には俺達の演奏は好評だったらしい。<br>
ハルヒもパッと顔を明るくさせる。<br>
が、しかし――<br>
「・・・・・・全然ダメだね」<br>
それは無言コンビの一人、先ほどハルヒのギターのチューニングのズレを指摘した山田氏の唐突な否定だった。<br>
「まずキーボードのキミ」<br>
ビシッと朝比奈さんを指差す。<br>
「わ、わたしですか・・・・・・?」<br>
「演奏は悪くなかったけどさ、ボーカルの子もそうだけど何その衣装?<br>
僕はここにロックバンドの演奏を聴きに来たのであってコスプレ喫茶に来たわけじゃないんだよ?<br>
それとも何?色気で訴えれば高評価が得られるとでも思った?ロック舐めてるんじゃない?」<br>
「そ、そんなつもりは・・・・・・」<br>
一気に身を縮こまらせてしゅんとしてしまう朝比奈さん。バニーの耳も心なしか垂れ下がる。<br>
<br>
「次、リードギターのキミ」<br>
続いて長門を指差す山田氏<br>
「・・・・・・」<br>
「キミもさあ、何その衣装?
占いの館じゃないんだよ?ビジュアル系はもう流行らないって。<br>
それにギターは上手いけど、なんか無表情なんだよね。<br>
ボーっと突っ立って弾いてるだけでさ、つまんないの。<br>
まさかシューゲイザーとかグランジとかそういうの気取ってる?時代遅れだよ」<br>
オイオイ、ちょっと待てよ、いくらなんでも・・・俺がそう思っている内に山田氏の舌は更に滑らかになる。<br>
「んでベースのキミ」<br>
「いかがでしたでしょうか?」<br>
次は古泉の番だ。古泉は冷静に山田氏に評価を伺わんとしている。<br>
「うーん、キミはプレイはまあまあだけど、それだけ。全然個性とかそういうのが感じられないね。<br>
それともアレかな、キミは結構整った顔してるし、女の子のグルーピー(バンドの追っかけ)要員とか?」<br>
「・・・・・・」<br>
古泉は黙って聞いている。<br>
「んでドラムのキミ」<br>
「・・・・・・はい」<br>
そして俺の番だ。<br>
「キミはね・・・・・・まあ、アレだよ。下手クソ。足引っ張ってるし、辞めた方がいいんじゃない?」<br>
分かっていたとはいえ、ここまで露骨に言われると・・・。<br>
「最後にボーカルのキミ」<br>
そしてとうとうハルヒだ。<br>
「確かにそれなりに歌えてたけどさぁ・・・・・・所謂ソウル、魂が伝わってこないよね。<br>
何というか売れっ子の萌え系アイドル声優が本業の片手間で歌ってるみたいな感じっていうの?<br>
それにこの曲、キミが作ったらしいけど正直つまらない曲だよね。<br>
所謂アレでしょ?今流行のグリーン・レイとかアグリル・レヴィーンとか、あーゆう売れ線のUSパンクっぽいの。<br>
なんつーかすぐ飽きちゃうよね。この程度じゃ」<br>
「・・・・・・」<br>
ハルヒもまた黙って聞いている。<br>
<br>
「山田君、何もそこまで言うことは・・・・・・」<br>
「そうだよ。あのキーボードの子なんか半泣きじゃないか」<br>
渋谷氏と伊能氏が山田氏を放言を宥めようとするが・・・・・・<br>
「いいんですよこれくらい。こーいうバンドが日本のロックをダメにするんですから」<br>
山田氏は頑として譲らない。<br>
「とにかくキミ達全然ダメ。バンド名もダサイしね。<br>
とてもじゃないけどキミ達みたいなバンド、ニシロックのステージには上げられないよ。<br>
それこそ日本の恥、国家犯罪、外交問題に発展するね。<br>
キミ達はせいぜいショボイ高校の文化祭で演奏して満足してるレベル。<br>
こんなトコに来るのは百年早いよ」<br>
<br>
これ以上ないまでにボロクソだ。<br>
鶴屋さんの言っていた辛口審査員というのは間違いなくこの山田氏のことだろう。<br>
そしていくら渋谷氏と伊能氏には好印象を持ってもらえたとはいえ、審査員の一人にここまで嫌われては、<br>
オーディションの合格ももうほぼ無理だろう。<br>
それを悟ったのか、長門は相変わらずだが、朝比奈さんはほぼ半泣き状態、古泉も唇を噛み締め苦々しげだ。<br>
そして、ハルヒは俯いてしまって全く表情が伺えない。<br>
きっとみな凹んでいるのだ。かくいう俺もこれ以上ないってくらい凹んでいるし、何より悔しい。<br>
<br>
「もういいでしょ。それがわかったらさっさと帰った、帰った」<br>
山田氏はシッシッと手を払うように俺達を追い出さんとする。<br>
「・・・・・・ありがとうございました」<br>
俺は無感情にそう吐き捨て、ドラムセットから立ち上がると、部屋を出ようとする。<br>
古泉や朝比奈さんもそれに続こうとする。<br>
と、その時、<br>
「ふざけんじゃないわよ、オッサン!!!」<br>
何とあろうことか――<br>
ハルヒがギターを肩から外すと両手でネックを握り、一直線に審査員机に向かってダッシュし――<br>
山田氏目掛けて思いっきりギターを振り下ろしたのだ!!<br>
<br>
<br>
「ウギャーーーーーー!!」<br>
ああ・・・・・・またやっちまった、そう思った時にはもう遅かった。響き渡る山田氏の断末魔の叫び。<br>
考えてもみればあのハルヒがあそこまで己をボロクソに否定されて黙ってるわけがない。読みが甘かった。<br>
振り下ろされたギターのボディは見事に山田氏の脳天にヒットした。<br>
その衝撃でギターのボディは完全に崩壊。ネックも折れた。山田氏は卒倒し、パイプ椅子ごと後方に崩れ落ちる。<br>
・・・・・・って死んだんじゃないのか?<br>
<br>
「何すんだよこのガキ!!」<br>
あ、生きてた。山田氏は仰向けに倒れたまま、ハルヒを罵倒する。<br>
「五月蝿い!!編集長だか評論家だか知らないけどね、あたしは団長よ!<br>
アンタにグダグダ言われる筋合いは無いわ!!こんなオーディショこっちから願い下げよ!!」<br>
収まらないハルヒは倒れ伏す山田氏に容赦ないストンピングを食らわせ続ける。<br>
ダメだ。アイツ、完全にキレてやがる!<br>
「ヤバイ! 古泉止めるぞ!」<br>
「はい!」<br>
即座に俺はハルヒを後ろから羽交い絞めにする。<br>
薄手のバニースーツから容赦なく伝わる柔らかい感触はこの際気にしない。<br>
「何すんのよキョン!!このバカをボコボコにするのっ!!」<br>
足をジタバタさせるハルヒ。駄々をこねる幼児か、お前は。<br>
「すいません、涼宮さん。失礼します」<br>
すると古泉が前から両足を押さえつけ、完全にハルヒを身動き取れない状態にする。<br>
「よし!
このまま帰るぞ!!長門、朝比奈さん、行きましょう!」<br>
「え・・・・・・は、は~い」<br>
「・・・・・・」<br>
「ウキーッ!! 離しなさーい、このバカキョン!!」<br>
「すいません、失礼しました!!」<br>
審査員にそれだけ告げ、俺はハルヒを抱えて一刻も早くこの場から離脱しようとする。<br>
<br>
すると、<br>
「ちょっと待った!!」<br>
部屋中に響く野太い大声を上げたのは、とうとう最後まで無言だったはずの、<br>
ニシロック最高責任者、火高正博氏だった。<br>
思わず固まってしまう俺。ハルヒも暴れていた手足をぴたりと止める。<br>
渋谷氏と伊能氏も驚いた顔をして火高氏を伺っている。<br>
<br>
火高氏はつかつかとこちらに歩み寄ってくる。<br>
スキンヘッドにニット帽を被り、濃いサングラスとヒゲというその風貌は正直とっても怖い。<br>
ぴたッと立ち止まる火高氏。ヤバイ・・・怒られるのか?<br>
と、俺の足が僅かに震え上がった瞬間――<br>
<br>
「いやぁ、最高だぜ!!まさか審査員をギターでスマッシュするなんて!!<br>
久し振りにアナーキーでマザーファッキンな最高のロックバンドを見つけたぜ!!」<br>
「へ?」<br>
それまでの沈黙はどこへやら、急に少し危なめなテンションではしゃぎ出した。<br>
「嬢ちゃん、涼宮ハルヒって言うんだっけか?アンタは最高だ!!<br>
演奏も最高だったけど何よりもその言動、思想、振る舞いが最高にロックだ!<br>
自分のバンド、自分の曲を最高だと信じて疑わない、そのかたくなまでの意志の強さと<br>
傲慢さが今の腑抜けた日本のロック界には足りなかったんだよ!!」<br>
既に俺と古泉の手から離れたハルヒの手を握りブンブンと振り回す火高氏。<br>
しかし、ハルヒのゴーイングマイウェイな傲慢さ、身勝手さをここまで肯定する人間がいたとは・・・。<br>
「ふーん、オジサンなかなかわかってるじゃない」<br>
ハルヒはいつの間にやらケロリと機嫌を直している。<br>
「俺がニシロックに求めていたのはこういうバンドだ!!嬢ちゃん達は日本ロックの救世主だ!!<br>
よっしゃ、マザーファッカー達!おめえらが今回の合格者だ!!<br>
渋谷さんも伊能さんも異論はないよな?」<br>
「まあ火高さんがそこまで言うなら」<br>
「ですね」<br>
ちなみに山田氏は完全スルー、哀れ。<br>
<br>
「と、言うことは・・・・・・」<br>
ハルヒが目を輝かせて尋ねると、<br>
「そうだ!!今回のニシロックアマチュアバンド参加枠はおめえらSOSバンドで決定だ!!」<br>
<br>
え、マジ? こんなんで決定?<br>
「わ~凄いです~!!」<br>
ぴょんぴょん飛び跳ねて喜びを表現する朝比奈さん。<br>
「・・・・・・結果オーライ」<br>
ポツリと呟く長門。<br>
「いやいや、よかったですねえ」<br>
そして安堵の溜息を吐く古泉。<br>
<br>
「順当な結果ね!ありがたく思いなさい、オジサン!<br>
あたし達が出るからにはチケットは勿論ソールドアウト、テレビの生中継の視聴率もうなぎ登り、<br>
そして伝説のSOSバンドがその第一歩を踏み出したライブということでニシロックは永遠に歴史に刻まれるわ!!」<br>
そしてハルヒだ。もう何と言っていいやら・・・・・・ここまで自信過剰だとある意味一周回って清々しい。<br>
「おう!ファッキングレイトなライブ期待してるぜ!!」<br>
そして、この火高氏も火高氏だ。<br>
ここまでハルヒに共感出来るイっちゃった思考回路を持つ人間が、<br>
ニシロックという大規模イベントの責任者で音楽業界の重鎮だとは・・・・・・。<br>
やっぱり、日本の音楽業界の未来が心配だ・・・・・。<br>
<br>
こうして俺達SOSバンドの西宮ロックフェスティバル特別出演が大決定しましたとさ。<br>
と、言うか本当にいいのか・・・・・・?未だもって俺の中ではその答えが出ないのであった。<br>
<br>
</p>
<ul>
<li><a href=
"http://www25.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/2092.html">第3話</a>へ</li>
</ul>