ある晴れた休日
俺は古泉と待ち合わせをしていた。場所はいつもの喫茶店だ。古泉と二人で話すなんてときは大抵あいつが話を持ちかけてくるんだが、今回は勝手が違う。俺が古泉を呼び出した。”あること”を相談したくてな。本来あんな怪しいやつに相談なんてしたくないのだが、今回の相談事はあいつの得意分野だからな。変態エスパー野郎の得意分野と言えば、涼宮ハルヒについてのことだ。長門もハルヒのことならいろいろ教えてくれそうなもんだが、相談事には長門に理解できなさそうな概念が含まれるからな。 「おや、待たせてしまいましたか」そうこうしているうちに古泉がやってきた。ほぼ時間通りだな。ん?「古泉、お前いつもの集まりはもっと早いんじゃないか」「ああ、いつもは涼宮さんがいらっしゃいますからね。皆さんにおごるお金まで機関が面倒見てくれるわけでもないですしね」「ふん、遅かったほうがおごるって約束しておけばよかったぜ」古泉は注文したコーヒーが届くと、ずずいと顔を近づけながら小声で、「それで、今日はどういったご用件で?あなたが僕に相談してくるということは、涼宮さんのことでしょうが……」顔を近づけるな、気持ち悪い。「そうだな、早速本題に入ろう。お前の言うとおり、ハルヒのことだ」「やはりそうですか」心なしか古泉の表情が強張る。「ハルヒが俺を連れて閉鎖空間を創ったとき、お前は”俺が選ばれた”と言ったよな」「ええ。新しい世界にも必要な、一緒にいたい存在だったということでしょう」「それなら…」少し躊躇したが続けて、「…そこには、恋愛感情のようなものも含まれていたのか」古泉は微妙な表情の変化を見せ、そしてニヤついた。なんだその顔は。「失礼。ちょっと驚きましてね。あなたからそんな疑問をぶつけられるとは思いませんでしたので」「いいから質問に答えてくれ」「そうですね。それがすべてとは限りませんが、根底にあるのは恋愛感情でしょう。本人も気づいてないでしょうけど」「そうか……」俺は少し考えている素振りを見せる。「しかし、なぜ急にそんなことを?」「あいつは都合で桜を咲かせちまうし、鳩も白くするし、猫も喋らせちまう。世界を丸ごと変えちまう力すらある」「?」「何より、宇宙人、未来人、超能力者の集まるSOS団を作った」「何が言いたいのですか?」「だが、その奇妙な集団のメンバーに、何の特徴も持たないごく一般的な男子高校生が名を連ねている」「……あなたですか」「そう、俺だ。古泉、長門に朝比奈さん、それにお前がSOS団にいるのは、ハルヒが望んだことだからだとも言ったよな」「ええ、おそらく。彼女が望んだというただそれだけの理由です」「ならばなぜ俺は何の肩書きもないのにSOS団にいるのか……それは何度も考えたが、結局答えは出なかった」「……」「だが、ここでさっきの話に戻って、ハルヒに、その、俺に対する恋愛感情があったからこそ、俺が今もSOS団の団員であり続けているとすれば、なんとなく納得いくような気がするんだ。まあ、俺のただの自惚れかもしれんが、お前はどう思う、古泉」 俺は余りの恥ずかしさから古泉と目を合わせることが出来ず、窓の外を眺めながら話していた。そしてようやく古泉のほうを見ると、また違ったニヤつき顔でこちらを見ていた。しかも今度はちょっと楽しそうだ。だからなんなんだよ、その顔は。「これまた失礼。今度は少しおかしかったんですよ」「何がだ。こっちは真剣に話しているんだぞ」「すみません。ですが、あなたのその推論は、我々の機関はもちろんのこと、朝比奈さん達未来人、長門さんの情報統合思念体、つまりは涼宮ハルヒを取り巻く者たちはみな、かなり初期の段階で思いついているのだと思われます。さらには鶴屋さんも何かしら感づいているようですね。あの人は相当勘が働く方のようだ。まあ、情報統合思念体の方々がどれだけ私たちの地球人の恋愛の概念を理解しているかはわかりかねますが、地球人はそういう感情を持ち、そういった行動を起こすということを知識として知っているのでしょう。それにも関わらず、あなたは本当に最近になってその推論に行き着いたようだ。我々にしてみれば、何を今更……という感想ですよ」こんなに恥をかいた気分になったのは久しぶりだ。そう、あれは中学二年のとき、第三の眼・邪気が(ry昔語りは置いておいて、何だか俺は酷く馬鹿にされた気分だ。 「気分を害されたのなら謝ります。しかし、それほどその推論は普通はすぐに行き着くはずの、簡単なものなのです。例えばもし、我々の身の回りに起こっていることを描いた、涼宮さんを中心人物としたライトノベルでもあったのならば、読者の皆さんの九割は一度読んだ時点で、その推論に行き着くことでしょう。それくらい簡単なのです」なんだその例えは。さらに馬鹿にされている気分だ。俺はそんな誰にも気づくようなことに今まで気づいていなかったのか。古泉はともかく、朝比奈さん、鶴屋さん、挙句長門にまでそんな目で見られていたというのか。俺は顔が熱く、赤くなっているのを感じながらも、わざとらしい咳払いをして仕切りなおす。「……まあ、いい。その、なんだ、俺のそっち方面においての鈍さはよくわかった。しかしここからが一番聞いてもらいたいところだ」「興味深いですね」「また俺の素っ頓狂な推論が聞けると期待してるんじゃないだろうな。もう一度言うが俺は真剣なんだ」「わかっていますとも。僕自身としてもあなたと涼宮さんを放っておくわけにもいきませんからね」まだ古泉はニヤつき顔だ。腹立たしいが無視して話を進めよう。「古泉、さっきの推論から考えて、俺にあえてSOS団における肩書きをつけるとすれば、何になる?」「難しい質問ですね。涼宮さんは自身の気持ちに気づいていませんからね。まあ、直球でいけば、”団長の恋人”でしょうか」だからそのニヤつき顔をやめろ。「直球と言うより、事実と違うじゃねえか。俺とハルヒは付き合ってなどいない。恋人じゃないだろ」俺の反論に、肩をすくめる素振りで、「いずれそうなるのでは?」と軽く言いやがった。そう、俺が引っかかってるのはその部分なんだ。「古泉、確かに俺はハルヒに魅かれている部分もある。さっきの仮説から考えても、なんとなくそういう高校生らしいことも意識するようになっちまった。つまりはハルヒのことを好きになりつつあるのかもしれん。いや、今しがたの反省から言えば、もしかしたらもう好きになっているが気づいてないだけなのかもしれん。その辺はよくわからん。なんたって鈍感だからな。」「まだ気にされているんですか」「いや、いい。すまん。話を続けよう。仮に俺がハルヒのことを好きになり、何かしらの障害やら邪魔もありそうだが、いずれ互いに思い合う仲へ発展するとしよう。だが、それはかつて宇宙人や未来人や超能力者を呼び寄せたように、もはやそうなる運命だったんじゃないのか?つまりは、俺が徐々にあいつに魅かれていくのも、すべてあいつが望んだからで、俺の意思は知らず知らずのうちに決まったレールを走らされているんじゃないのか?古泉、お前は三年前のある日、突然超能力者の力に目覚めた。その時俺も、知らぬ間にハルヒと結ばれる人間に作りかえられちまってたんじゃないのか?」 最後のほうは、小さな声ながらもかなり語気が強くなってしまっていることに気づいた。怒気は入れてないつもりだが。「……」古泉は黙って俺の話に耳を傾けていた。そしてゆっくりと口を開く。「なるほど、お話は良くわかりました。あなたは、涼宮さんに魅かれていくことが自分の意思とは無関係に行われているのではないかという疑念を抱いたのですね」「そうだ」「あなたは今まで自分の意思で様々な選択をし、生きてきた。……はずだった。それがここに来て揺らいでいる、と」「そうだ」「……」「……」妙な沈黙が漂っている。古泉のコーヒーもいい加減温くなっていることだろう。古泉が沈黙を破る。「……あなた悩むのも無理はありません。僕だって、そうなんですから」「どういうことだ?」「あなたも言ったように、我々機関の者たちはある日突然能力に目覚めました。それは有無を言わさぬ本当に突然なものでした。涼宮ハルヒという人間が創り出す灰色の空が広がる空間で、巨大な力と戦う運命を背負わされてしまった。なぜか、何をすべきかがわかってしまう。誰に教えられることなく。何をしなければならないのか、わかってしまうんですよ。これはとても恐ろしいことです。だけど一番恐ろしいのは、そんな状況に置かれたにも関わらず、僕自身拒否する気が起きなかったことにあるんですよ。どの道、拒否できるものではなかったのですが、それにしても僕は素直に閉鎖空間に向かっていた。その時確かに僕は自分の意思で選んだのですよ、戦うことを。今思えば不思議ですよ。どれだけ苦労し、どれだけ命を削る仕事かなんてことは、わかっていたはずなんです。僕はそれでも後悔はしていない。たとえすべてが涼宮さんの手のひらの上の出来事でも。抗うことができない運命なら、そこで目一杯生きるしかない……そう思いませんか?」何も言葉見つからない。何を言えばいいのかわからなくなる。古泉は続ける。「僕は機関の仕事を誇りに思っています。好きかどうかはわかりません。なにせ、いつ命を落とすかわからないもので。でも僕はこの世界がなくなるのが嫌なんですよ。確かに涼宮さんに関わる前は何の変哲もない、何の不思議もない日々を過ごしていたわけですが、その日常も僕にとっては大切なものだし、涼宮さんやあなた、SOS団のみんなと過ごす日々はエキセントリックかつエキサイティングです。こんな世界をなくしたくない。手放したくない。僕はだからこの機関を続けているのかもしれません。もしかしたら正義のヒーローを気取った自分に酔ってるだけなのかもしれませんが」 「あなたは、涼宮さんが嫌いですか?」突然の問いかけに、不意をつかれた。「いや、そういうわけじゃないが……」「涼宮さんはとても魅力的な女性だと僕は思います。彼女の能力を差し引いても、加味しても。あんな素敵な女性の彼氏だなんて、羨ましい限りですよ」「そんな単純なもんじゃないだろ」「そうですか?単純ですよ。魅力的な女性を好きになるのは、自然なことです。」「あのなあ、古いず」「あなたは、今までのSOS団関連の様々な事件に巻き込まれてきました。その中で走り回ることもあったでしょう。命がけのこともあったでしょう。それら事件は中心人物は長門さんであったり、朝比奈さんや僕だったりしましたが、結局は涼宮さんが発端の出来事ばかりです。あなたはこれらの事件に巻き込まれて、どう感じていましたか」「どうって、面倒なことのほうが多かったぜ。やたら疲れるしな、ハルヒ関連は」「でも、あなたは密かにその状況を楽しんでいた」予想外の言葉が古泉の口から飛び出した。確かに俺は毎回事件が起こるたび、面倒だと思いながらも楽しんでいたんだ。なぜなら、俺は昔から、ガキの頃から望んでいたんだ。起こるはずのない不思議な出来事を。いるはずのない宇宙人や未来人や超能力者の存在を。「それは別に特別なことじゃない。誰もが皆、一度は夢見ることでしょう。だがそれは本来起こりえないことで、大人になるにつれて馬鹿らしいと捨ててしまうもののはずです。でもあなたはそれを実際に体験している。こんなに楽しいことはないじゃないですか。」「……」「そしてそれがすべてではないですか?涼宮さんの望む世界であろうとなかろうと、関係ありません。決められた運命であろうとも、一瞬一瞬を僕らは確かに自分の意思で選択して生きているんですよ。そしてその結果楽しめている。あなたは現に、この世界を楽しんでいる。それでいいじゃないですか。」 俺は少し、気持ちが楽になっているのを感じた。立場は違うが、SOS団の団員であることは変わらない。俺は俺、古泉は古泉、それぞれ苦労もあるわけだ。宇宙人や未来人にも。「なるほどね。そういう考えもありと言えばありか。まあ、なんだか上手く丸め込まれている気もするが」「そういうのは得意なんですよ」 俺はハルヒのことをどう思っているかなんてわからない。これからどうなるかなんて想像もつかない。だが俺は俺自身の意思で選んでいく。与えられた人生、決められた人生だとしても、俺は俺のペースで生きる。 「古泉、お前今日はこれからどうするんだ?」「いえ、今日は特に予定はないんですが、どうしました?」「それなら、ボーリングでも行こうぜ。ハルヒと長門、朝比奈さんも誘って」「あなたから遊びの提案とは珍しいですね。喜んでお供しますよ。しかし、それでは奇数になってしまいます。鶴屋さんでも誘ってはいかがです?もしくはあなたの可愛い妹さんを」「あいつはいかん、ボール持てそうにないからな」 こんなに高校生らしい休日も久しぶりだが、いいもんだ。この日常を手放さないためにも、やっぱりあいつの機嫌は損ねないほうがいいみたいだな。 END
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