涼宮ハルヒの喪失─第3章─
家に帰った俺は風呂に入って今日あった出来事を思い出しつつ、不覚にも顔がニヤケていた。あの佐々木が俺をねぇ…。いかんいかん、顔が弛んでいる。佐々木とは今週の土曜デートをすることになった。待ち合わせはいつもの喫茶店で。寝床についた俺は、携帯を開いた。まぁあれだ。解るだろ?彼女が出来たんだしさ。
携帯を開くと、そこには着信履歴が20件と表示されていた。名前はさっきと同じ、なんだろうねこいつら。というかなんで電話帳から消さないんだろうね俺は。そう思いながら、削除しようとすると妙に胸が痛む。知らない奴らのはずなのに、なんでだろう。まぁ、すぐ諦めてかけてこなくなるだろう、俺は佐々木にメールを返して寝ることにした。どんなやり取りしたかって?そんな野暮なことは聞くものじゃないぞ。
翌日、昨日程暑くはないものの、今日は生憎に雨だ。忌々しい。俺は傘を差しながら自転車にのり、いつもの駐輪場に置いた。しかし、この坂道は1年経ってようやく慣れてきてたもの。今だに疲れる。決して運動不足じゃないと思うぞ。よく振り回されて走り回ってるし。ってあれ、誰に振り回されていたんだっけ。まぁいいや、と気がついたら学校に着いていた。
教室に着くと、自分の席に向かった。そこには昨日俺を叩き起こし、そして意味の解らないことを叫ぶという奇妙な行動をした女が後ろの席だった。ここで、違和感を感じない奴はいまい。何故後ろの席の奴をまったくもって知らないと言えるのだろうか。変な感覚を抱きながら机に突っ伏してる奴に軽く声をかけた。
「よぅ、お前俺の席の後ろだったんだな」
そいつはムクっと顔を上げ、腫れぼったい瞼を擦りながら俺のことをジーっと見つめて、また机に突っ伏すという奇妙な行動をした。あまり、関わらないようにしよう。
昼休み、いつもの3人で飯をくっていると谷口が、
「キョンよーお前涼宮と喧嘩でもしたのか?」
谷口よ、俺は誰とも喧嘩はしてないし涼宮なんていう奴知らないぞ。
「なにいってんだよ、いつもイチャついてたじゃないか」
知らん。知らないもんは知らん。
「どうしたんだい?キョンなんかおかしいよ、そんなに酷い喧嘩だったのかい?」
と国木田まで言い出す。二人してどうしたってんだ、その前に涼宮ってのはどこのどなたですか。
「お前どうしちゃったんだよ、本当におかしいぞ?涼宮はお前の席の後ろにいるだろうが」
すまん、なんだって?
「涼宮ってのは、もしかして涼宮ハルヒのことか?」
俺は思わず声を荒げた、そりゃ電話の履歴すごかったし。
「そうだよ、本当にどうしたんだい?キョン」
何かおかしい。俺の記憶には涼宮ハルヒなんていうのはこれっぽっちもない。それこそ佐々木が言っていた物質の間を抜けれるという確立論の数値並みにない。まぁとにかく、解らないものは仕方ない。後で、本人に聞いてみよう。心配そうな顔をしている二人に、俺はどこもおかしくないぞと念を押しておいた。
その後、涼宮ハルヒに声をかけようとしたが、そいつは机に突っ伏したままだった。まぁいいかと思い授業を受けることにした。
放課後、俺は何故ここに着いたのか理解はできなかった。俺の前には文芸部室があった。表札にSOS団という紙が貼ってあったが、気のせいだろ。まぁいいかとそのまま帰ろうとした。
「おや、入らないんですか」
と俺に知らない男子生徒が声を掛けてきた。いや、入るもなにも文芸部員じゃないしと答えると男は、
「ちょっと話があるんですが、お付き合い願えますか?」
と誘ってきた。まぁ知らない奴と話すことはないが、こいつにも少なからず違和感を感じていた俺はそいつについていった。
「ここでいいでしょう」
と男が立ち止まった所は、校舎と部室棟を繋ぐ渡り廊下の側にある休憩所だった。俺は椅子に腰を落ち着かせた。ところで、君誰なんだい?
「これは…あなた僕が解らないんですか?」
えぇ、まったく。記憶にないんですが。
「まさかとは思いましたが、涼宮さんの事もお忘れで?」
あぁ、そいつは知っている。俺の後ろの席の奴だ。
「間違ってはいませんが、それ以上にSOS団の団長です。あなたが入学して以来、常にといって良いほど行動を供にした方じゃありませんか。本当に、覚えてないんですか?」
覚えてない、ましてや俺は高校入学以来部活に入った覚えもないし、SOS団なんて聞いたこともないんだが。いや、昨日聞いたか。なんなんだねそのSOS団ってのは。
「あなたと涼宮さんが作った同好会、いやそれ以下ではありますが。僕と長門さん、朝比奈さんと一緒にこの1年間活動していたんです。」
驚いたね、履歴に書いてあった名前が全部出てくるとは。しかし、知らないものは知らないしこれ以上話すことはないな。
「待ってください。僕達にはあなたが必要だ。あなたはSOS団になくてはならない存在なのです。記憶を失くしてしまったのだとしても、もう一度SOS団にいらしてくれませんか?」
記憶を失くす?なにいってるんだ、俺はどこも記憶が欠落してない。それより、頭が混乱するような事を言わないでくれ。俺には関係ないんだ。もう帰らせてもらおう。
「待ってください!このままでは涼宮さんが…」
「知らんな」
俺は席を立ち、軽く手を振りその場を離れた。俺が昇降口から出ようとしたら。
「待って」
よく耳を澄まさないと聞こえないくらい小さい声で呼び止められた。振り返るとそこには小柄の少女が立っていた。
「あなたは記憶を書き換えられている。それも1部分だけ」
いきなり何を言い出すかと思ったら。電波みたいな事を口走った。記憶が書き換えられている?意味が解らん。俺は無視して帰ろうとすると、袖をぎゅっとつままれた。
「あなたは私の事が解らないだろう、それは仕方ない事」
仕方ないと解っているなら袖を離して頂きたいのですが。
「それは出来ない、私という固体はあなたに戻ってきて欲しいと思っている」
こいつが話す言葉はどこかおかしい、自身を固体という人間はそうそういないだろう。いや、いないだろう。まぁあまり関わりたくもないし、無理矢理袖を掴む手を解いた。
と聞こえたが、俺は振り返ることもなく帰路に着いた。
家に帰り、妹を適当にあしらいベットに寝転んだ。佐々木からメールが着てないか、携帯を開くと丁度電話が鳴った。着信、涼宮ハルヒ。また、こいつか…。でも、何故か胸にひっかかるものがあった俺は、電話にでてみることにした。
「なんだ」
俺は少し強めに言った。
「…もしもし…キョン?」
この前の威勢はどこにいったのやら、涼宮ハルヒはやけに大人しかった。今日机に突っ伏してた理由が関係あるのかもしれないが、俺には関係ないし考えるのはすぐやめた。
「ところで、何の用だ?」
俺は変わらず少し強めに言った。別に嫌いな奴ってわけでもないのに。頭の中で拒絶しているイメージが強い。
「何で部活にきてくれないの?キョンがこないとつまんないよ」
知らん。SOS団なんて入った覚えもないし、ましてや俺はお前と仲良くした覚えもない。
「何で!何でそんなこと言うのよ!どうしたのよキョン!」
そんなこと言われても解らないんだ。すまんな。
「…嫌だよ!いつもみたいに笑ってよ!私から離れないでよ!」
はぁ…とわざと聞こえるような溜息をついた。
「特に用がないなら切るぞ、後もう掛けてこないでくれ。彼女もいるんでな、勘違いされたら敵わん。」
「…えっ…か…の……」
何かを言いかけていたが、少し苛立っていた俺は電話を切った。電話を切った直後、佐々木から電話が掛かってきた。
「やぁ、キョン。君が学校が終わったぐらいと、今さっき電話をかけたら話中だったみたいだが。忙しかったかい?」
あぁ、すまない。電話中だった。あと、学校では変な奴らに付きまとわれていたんだ。
「変な奴ら?どんな人達なんだい?」
確か、SOS団とかいう意味の解らない集団だ。
「ははっキョンは変わりものだからね。類は友を呼ぶっていうだろ?まさにあれじゃないかな」
笑い声が携帯からこぼれる、俺はそこまで変わってないぞ。まぁ大衆からはすこし離れているが、それでも今は変わった事なんて求めてないしな。まぁ、あれだ佐々木がいればいい。なにを言ってるんだろうね俺は。
「…キョン、君はいつからそんなにキザになったんだい?でも、嬉しい。私も君と同じ気持ちだよ」
どうやら口に出ていたらしい。こんな、ベタな応答を繰り返して電話を終えた。電話を切ったらメールが沢山入ってきた。
From:古泉一樹
今、とても危険な状態です。今のあなたには理解出来ないかもしれませんが。あの空間が多発して、やっとのことで抑えているところです。涼宮さんにあなたが記憶喪失になっている可能性が強いと伝えたところ、寸でのところでだと思いますが、なんとか思い留まってくれているみたいです。このままでは、世界が無くなってしまうかもしれない。あなたしか世界を救える人はいません。どうか涼宮さんを助けてあげていただけないでしょうか。
こいつはなんなんだろうね、小説の読みすぎじゃないのかな。そんなに涼宮の事を気にかけるなら自分でどうにかすればいい。
From:長門有希
あなたには少なからず自覚症状があるはず。しかしそれは微量すぎて気付きにくいレベル。私があなたの記憶を再度情報操作しようとしたところ、強固なプロテクトを掛けられ、私が手を出せない状況。それでも、私はあなたに戻ってきて欲しい。
また、図書館に
こいつは一番やばいんじゃないかな、記憶を操作とか下手したら俺は消されるんじゃないのか、と思うと身が竦む。
From:朝比奈みくる
お久しぶりですキョン君。今未来が、あ詳しくは禁則事項なんですが、キョン君が戻ってきてくれないと多分私消えちゃうかもしれません。私の事覚えてないかもしれないけど、キョン君は戻ってきてくれると私は信じてます。
この人誰だろう。そういえばこの中で会った事ないな。しかし、未来ってもしかして私未来から着ましたって?ないない、そんな都合よくタイムマシンなんてあるわけないし。
From:涼宮ハルヒ
キョン、なんで電話でてくれないの?私なにか悪いことしたなら謝るから。だから、戻ってきてよ。お願い。私、素直になるから!記憶がなくたって、また一杯思い出つくればいいのよ。私、もっとキョンの事大事にするから!帰ってきてよ…
なんだろうね、涼宮ハルヒって名前を見ると何故か胸が苦しい。自分でもよく解らないが。だけどなんでこいつだけ拒絶するイメージが強いんだ?解らん…。でも、放っておこう。変なことに巻き込まれたくない。今の日常が壊れて欲しくない。俺は、薄れる意識の中色々考えていた。
SOS団の事、佐々木の事、学校の奴らの事。俺は本当に知らないのだろうか。学校の奴らが俺を騙そうとしているだけなのかもしれない。だが、SOS団とかいう団体の人達はどうだろう。少なからずとも、俺とは親しげだ。古泉に至ってはなにか俺のことをよく知っていそうだ。長門さんとやらは、発言は危ないが俺の今の状況を理解していそうだ。朝比奈さん…すいません、まったく解りません。そして涼宮ハルヒ、こいつが一番ひっかかる。何故かこいつだけは胸を苦しめる。もしかして、俺は本当に記憶を失くしているんだろうか。まぁいいか…、また明日考えよう。と眠りにつこうとしたらいきなりドアが開いた。
「キョンくーん、ハルにゃん着てるよー」
妹だった、お兄ちゃんをびっくりさせないでくれ。
「だって、キョンくん呼んでも返事なかったしー」
妹はそういうと、元気よく階段を降りていった。ところで妹よ、ハルにゃんっていうのは誰なんだい。
ふと、ドアの方に眼をやると、そこには涼宮ハルヒが立っていた。これには驚いたね。ついに家まで着ちゃったよこの人。
「いきなりきてごめんね、キョン」
何故か涼宮ハルヒはしおらしくそういってきた。俺のイメージでは騒がしいイメージが強かったのだが、電話とメールでそれも少し変わってきていた。
「あ…あぁ別に構わないけど、いきなりどうしたんだ涼宮」
俺がそういうと、涼宮ハルヒはハッとした顔をしたと思ったら急に俯いた。
「もう名前で呼んでくれないんだね…」
名前?あぁ俺は名前で呼んでいたのか?でも、親しくない人を名前で呼ばないだろう普通。
「…!…私とキョンは…いや私は…あんたの事が…」
今にも泣きそうな顔をしている涼宮ハルヒがいた。俺は何か悪いことをしているのかと思いそうになったが、してないはずだ。ともかく、まぁ座れよ。と、肩を押して座らせた。
「…ねぇ、キョン」
なんだい、涼宮さん。
「…。私素直になるから見捨てないで」
見捨てるもなにも、俺と君はそんな関係じゃないと思うんだが、何故かこいつの顔を見ていると胸が激しく痛む。
「…私キョンが好き。好きなのよ!」
なんだって?…この時俺の頭に激痛が走った。
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