「銀行」
「じゃあ日曜日の8時に駅前で集合! 一番最後に来た人は―― へいへい、罰金だろ? 週末、予定調和の休日に指定された集合命令によってSOS団の活動は終了した。 いつもなら、朝比奈さんと学校以外でお会いできる機会が増える事に素直に喜ぶ所なんだが――やれやれ度重なる出費で月末を前にすでに俺の財布は薄くなってしまっている。 つまりだ。 今の俺の所持金ではハルヒの罰金に耐える事はできない……なんだろうなー?この虚しさは。 俺に残された手段は3つ。 1、ハルヒを大人しくさせて休日の活動の自粛を――無理だな。 冬に向けて冬眠する熊とは違い、むしろ年末に控えるイベントラッシュを前に活性化するハルヒを見て、俺は世の無常を嘆かずにはいられない。 山人曰く、冬眠前の熊に手を出してはいけない。らしい。 2、罰金の対象になる一番最後にならなければいい。 ……それができれば苦労はないんだ。俺が早起きした所で例の3人より早く集合場所に行く事はできないのはこれまでの経験でわかってる。今からでかけても無駄なんじゃないかという気すらしてくるぜ。 それに万一朝比奈さんが最後になってしまったりでもしたら、心苦しさのあまり俺の胃は早々と自壊してしまいそうだ。 3、現実は非情、諦める――やれやれ。
そんな訳で前向きな対応を早々と諦めた俺は、学校帰りに銀行のATMコーナーに立ち寄ったわけだ。休日の手数料は払いたくないからな。 キャッシュカード片手にATMブースの中に入った俺は、タッチパネルの前で固まっている意外な奴の姿を見た。 長門。「……」 お、なんだ俺の手がどうかしたのか? 次は足だと? ってちょっと待て長門。これはいった「動かないで」 怒られてしまった。 その後、結局俺の全身に対して入念に行われたボディーチェックは無言のまま終了する。 さて、これはいったいなんだったのか? 説明を待つ俺に対して長門は「よかった」 以上。 その一言を残し、満足気に見えなくもない顔で長門はタッチパネルへと戻って行った。 なるほど、これが情報の伝達に発生する齟齬って奴か。齟齬ってレベルじゃないだろ。 なんなんだろうなーと頭をかきつつ長門の後ろに並んでみると、どうやら長門は引き下ろしではなくどこかへ送金するつもりの様だった。 長門の手にはメモがあり、その紙に書かれた数字や記号何かをみながら白くて細い指がたどたどしくタッチパネルの上を行き来している。 宇宙人の送金先ねえ……。さて、俺には本気で思い当たらないんだが。 あまり人の操作を見ているのもどうかと思い、俺は視線をそら――ん、その名前は……。 っておい長門! 送金先が俺の名前ってどういう事だ? 思わず俺は長門の腕を掴んでいた。 そりゃあそうさ、送金先が俺のフルネームって時点で意味不明なんだが、画面上の金額欄はもっと意味不明な事になっている。俺の見間違いでなければ0が7個並んでいるぞ?「必要だから」 必要って……この金額を俺が? 素直に頷く長門がどんな解釈で俺に金を送ろうとしていたのか知らない。が、ともかく俺は取引停止ボタンを押した。
「間違いは誰にでもある事」 ファーストフードの小さなテーブル越しに座る宇宙人は、俺を慰めるような顔でそうまとめた。 そこまでの話を聞いた俺は、側頭部を締め付けるような頭痛に無駄だと思いつつも手を当ててみる。 うん、無駄だ。 つまり……事故を起こしてしまった。示談には金がいる。それは至急必要だ。そう「俺」から電話があったって事なんだな? 気にしなくてもいい、そんな感じのニュアンスが大量に込められた長門の視線を受け流しつつ、俺は小さくなく溜息をついた。 長門が、普通の人間に近付いてきている。 その変化は俺としても好ましいものだ、それは間違いはないさ。 だが、どうやら長門には色々と伝えておかなければいけない事があるらしい――言いたくないが、この世界にはいい人間だけが居る訳じゃないって事をな。 ソースは無いが人類初、宇宙人にオレオレ詐欺の概念を伝える事になった俺は――10分後ようやくその任務を達成した。 まず、相手が自分の名前を言わなかった事。 そもそも俺は自転車と徒歩での通学であり、事故を起こす要因を持っていない事。 さらに言えばさっきまで一緒に部室に居たじゃないかといった事を伝えた所で、長門はようやくこれが詐欺だったのだとわかってくれた。「……」 そ、そんなに落ち込むなって? 冷えてるけどポテト食べるか? 事情がわかった途端、俯いてしまった長門はもともと小さな体をさらに小さくしてしまっている。 こんなリアクションというか反応も、出会った当初じゃ考えられない事だよな。 そろそろと手を伸ばし、俺のポテトをちまちまと口に運ぶ長門の姿は――素直に言おうか、可愛いと俺は思う。だからつい目尻を下げてそんな姿を見ていると、ポテトが無くなった所でようやく長門は口を開いた。「なれると思った」 ……何になれると思ったんだ?「貴方の力に、私はなりたかった」 音も無く立ち上がった長門は、俺と視線を合わせないままそう呟き去って行った。 一人取り残された俺は「今のはどんな意味だったんだ?」と、尋ねる相手もなく――空になったポテトの
ケースに視線で疑問を投げかける事にした。
……結局、手数料無料の時間内での取引に失敗した俺は、ただでさえ少ない所持金を無駄に減らす結果となったわけだ。 財布に少しの諭吉と一個小隊の夏目漱石を補給し、無駄に温かいATMブースから寒風によって冬の到来を絶賛宣伝中の街へと歩き出す。 歩道にはこの寒さの中でティッシュやチラシを配る人が居て、ああ俺にもできるバイトってなるとこんな感じになるんだろうなあと――ああ、これこそ明日は我が身って奴か。 一方的な連帯感を感じた俺は、普段なら無視するティッシュもチラシも片っぱしから回収して回った。 俺が立ってたらその時は頼むぜ、ギブアンドテイクって言うだろ? 受け取ったチラシをそのまま捨てるような奴もいるが、されたくない事はするべきじゃない。 自転車置き場までの僅かな距離を歩く間、俺は受け取ったチラシに目を通して見た。 なになに、プラカードによる年末街頭宣伝員募集中……か。
→「蛍光灯」「メリークリスマス」へ続く
「銀行」 終わり
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