おいしいご飯8
「おい!廊下を走るな!」
「すんません!」
そう言って走り抜ける。
今は何よりも『アホ』クッキーだ。
あのクッキーが全ての希望である。いや、冗談じゃなく。
「まだ残っているでしょうか?」
小泉が息を切らせながら聞いてくる。
「知るか!とにかく谷口を捕らえる」
滑りそうになりながら角を曲がり、階段を駆け上がる。
「ひぃ…ひぃ…待って…くださぁ~い」
振り返ると、朝比奈さんがヨタヨタと階段にさしかかるところだった。
すぐに駆け寄り負ぶってさし上げたいが、今は先を急ぐ。
二段飛ばしで登っていると、前方に見知った後ろ姿。ハルヒだ。
「ん…?うえ!?」
振り向くと、猛然と駆け上がるSOS団員+αに驚愕した。
「ちょ、ちょっと!なにして」
「悪い!後でな!」
スルーする。
今は構ってられない。
「あ!コラァー!」
追いかけてきた。
運動神経をフルに発揮し、すぐに俺と併走する。
「ちょっと、説明しなさいよ!キョン!」
「クッキーだ!クッキー!」
「はあ!?」
「クッキーを食べたいんだよ!」
「だって、あげたじゃない!あんなにたくさん!」
「足りねえんだよ!」
がむしゃらに答える。
「た、足りないって…」
階段を駆け上がると、教室の前に目当ての野郎がいた。
廊下でボーッと窓の外を眺めている。
どうせ部活をしている女子生徒にうつつをぬかしているのだろう。
「たにぐちぃぃ!!」
俺の声に気付きこっちを向くと、驚いた顔を見せる。
「んあ?なんだァ?」
俺とハルヒ、小泉、朝比奈さん、長門、朝倉に囲まれ、訳がわからんという様子だ。
「谷口!」
「なんだよ」
「クッキーあるか!?」
「はあ?」
「クッキーだ!昨日の調理実習でつくったクッキーだよ!」
「ああ、それなら…」
「あるのか!」「あるんですね?」「あるんですか!?」「あるの?」
「…」
ハルヒ以外の全員が谷口に詰め寄った。
「ちょ、ちょっと、みんなどうしたの?そんなにクッキーおいしかったの?」
ハルヒは唖然として、蚊帳の外だ。
「あ、ああ。まだ大量に残ってるぜ。アレがまた絶品でなァ」
谷口が壁にへばりつきながら言う。
「アレを食った後だと不思議と飯がうまいんだよな。書かれてる文字は癪だが、まあこれから毎日大切に食い進めようと…」
「谷口ぃ!」
襟首を掴み、締め上げる。
「おわっ!な、なんだよ!」
「そのクッキーを俺たちにくれ!」
「はあ?さっきから意味わかんねえことを…」
谷口が俺の手を払いのけようとすると、
「お、お、おねがいですぅ!」
朝比奈さんが谷口の足にすがりついた。
「あのクッキーを…クッキーを…!くださァ~い」
「え?ちょ、ちょっと…」
谷口はどうしたらいいか解らないという表情で困惑する。
「是非、お願いできませんか?」
小泉も谷口の肩を掴み、顔を大接近させた。
「おい、ちょっと、待て」
「こんなに頼んでるんだから、いいじゃない」
朝倉が睨む。
「なんかわけ分かんないけど、谷口!クッキーよこしなさい!」
ハルヒも詰め寄る。
長門は無言で谷口の足を踏む。
「オイ、てめえオラァ。朝比奈さん泣かしてんじゃねえぞ?クッキーよこせ?ああ?」
俺も谷口をさらに締め上げた。
端から見れば、あからさまなリンチだ。
もし俺が第三者だったら、見て見ぬふりをするか、「必死だなw」と傍観を決め込むかなのだが。残念ながら当事者である。
とにかくクッキーで頭がいっぱいだった。
許せ谷口。
「わかった!わかったよ!」
谷口が俺の腕をタップした。
「教室の俺のカバンの中だ!好きなだけ持ってけ!」
その言葉を聞くや否や、締め上げた手を緩め、教室に飛び込む。
「わあ。どうしたの」
国木田がさほど驚いたように見えない顔で驚いた。
「谷口のカバンは?」
「あれだよ」
国木田が示したカバンを引っ掴んで、チャックを乱暴にこじ開ける。
ジャージを放り投げ、ノート、プリントを退かし、ついに目当てのものを見つけた。
「あった!こいつだ」
クッキーの袋を引っ張り出す。
「やったァ」
朝比奈さんが歓喜の声をあげた。
「これで間違いありませんか?」
小泉が聞くと、長門はしゃがみ込んでクッキーを凝視し、それから一囓りした。
そして、
「間違いない」
と静かに伝える。
「はァ…」
「よかったですぅ~」
「間に合ってよかったですね」
「ほんと」
それぞれ、安堵の表情を浮かべた。
「なにが?」
ただ1人、事情を知らないハルヒが興味深そうにクッキーを覗き込む。
とりあえず後回しにし、クッキーを袋から取り出した。
それにならって、朝比奈さんも小泉も、今度は朝倉もクッキーを手にする。
「…よし」
これで、あの味覚障害から抜け出すんだ…。
『アホ』と書かれた文字と、周りを飛び交う渦巻きを凝視し…。
…
パクリ。
一斉にクッキーを口に入れた。
!
「うめえ!」
「おいひぃ~」
「ええ。とてもおいしいです」
「おいしいわァ」
4人が同時に声をあげる。
そのクッキーはうまかった。
否、あり得ないほどのうまさだった。
身体中に鳥肌がたつ。
クッキーってこんなにうまいものなのか?
小泉は何度も頷き。朝比奈さんは涙を浮かべながら食べている。
朝倉は長門と一緒にクッキーを食べながら笑っている。
そんな謎の光景をハルヒは訝しげに見つめていた。
「うまい…うまいよ!ハルヒ!」
薬を打ったのではないかというほどのハイテンション。
俺はおもわずハルヒの肩を掴んだ。
「ちょ、ちょっと」
「ありがとな。ハルヒ」
「え?」
何故だか礼を言いたくなった。そもそもの発端はすべてコイツなのに。今はそんな考えが微塵も浮かばない。
「このクッキー、最高にうまかったよ」
しばらく不審な目を俺に向けていたが、すぐに表情を明るくさせると、俺の手を払いのけ、「ニッ」と笑い胸を張った。
「あったりまえよ!」
ふははは、と高笑いをする。
「うまいなあ」
「おしいですねえ」
「ほんとに、何個でも食べれそう」
クラスメイトの不審な目も、他生徒の視線も気にしないで、俺たちはクッキーに酔いしれ続けた。
続く。
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