My name was...
My name was ... 第1話「オープニングみたいなもの」
冬だというのにぽかぽかとした気持ちのいい日差しが窓から差し込んでいる。俺は朝比奈さんの入れたお茶をすすりながら古泉とオセロに興じていた。長門はいつも通りに窓辺の椅子でハードカバーの本を読み、朝比奈さんは鼻歌交じりにお茶を淹れている。ああ、平和だ。実に平和だ。変わらない日常とはかく美しきものかな。しかし、その変わらない日常というのを良しとしないヤツもいるわけだ。誰とはいわなくてもわかるよな?ハルヒだよハルヒ、あいつは退屈な日常が大嫌いで常におかしなことを考えている奴だからな、考えるだけならまだしもそれを実行するのがいただけない。 さらに常に俺が巻き込まれるというのはさらにいただけない。毎回毎回付き合わされる俺の心労といったら、分刻みでスケジュールの入っている人気アイドルに匹敵するね。 実際人気アイドルがどれくらいの心労を抱えているのかは知らないが、まあイメージとしてそれくらい疲れるってことだ。いわゆるたとえ話ってやつだ。さて、オセロ盤は殆ど真っ黒になった。ああ、もちろん俺が黒な。古泉相手に負けることなんてめったにないぜ?「次はバックギャモンでもやりますか」負けても悔しそうな素振り一つ見せないで、無駄に爽やかな微笑を携えたままの古泉がオセロを片づけながら言う。このニヤケ面を見ているとなんか勝ったのにあまりいい気分になれないのは何故だろうな。いや、理由はわかっている、みなまでいうな。バックギャモンね、聞いたことはあるがルールは知らないな。「ならば、ルールを教えながらやるってことでいいでしょうか?」本来なら、んな面倒な事してまでお前とやりたくないとかなんとか言ってにべもなく断るのだろうが、今日はなんとなく心地の良い日だったので快諾し、古泉にルールを手取り足取り教えてもらうことになった。 大体のルールを覚え、いざプレイしようとした時、ばん!と部室のドアが開かれた。こんな乱暴な開け方をするヤツは只一人、我らがSOS団団長の涼宮ハルヒである。関係ないがSOS団団長ってエスオーエス ダンダン町みたいだな、うん、関係ない。というより意味が分からない。何を言っているんだ俺は?まあいい、そのハルヒはいつものようなこっちが疲れるような無駄に元気な笑顔ではなく、こっちが疲れるような無駄に苛立ちを振りまく怒りの表情をしていた。「あ゛あっ!ムカつくっ!あのハンドボール馬鹿ぁ!教師だからって偉そうに!職権乱用っ!」ガンガンと頭をデスクに打ちつけながらハルヒが叫ぶ。「大体、今更そんなこと一々文句言わなくたっていいじゃない!ああああ!腹立つ!」ぎゅうと俺の首を締めながらハルヒが喚く。やめろ、やめてくれ、早急にやめてくれないと一足先に歴史の偉人達と同じ場所に旅立つことになってしまう。「涼宮さん、落ち付いて下さい。手を緩めないと死んでしまいますよ、彼」コホンと咳払いをしてハルヒを諭す古泉、なんで人が生死の境をさまよっているというのに笑ってやがるんだテメェ。「あ、キョン。丁度良い所に首があったからつい絞めちゃったわ。ま、命に別状はなさそうね」丁度良い所ってなんだ、お前は人を死の一歩手前まで追い込んでおいて謝罪の一つもしやがらないのか、いったいどんな教育を受けてきたんだ、軍隊か、殺すことにためらいをもたないように軍で教育されたのか。ああ、ハートマン先任軍曹さんどうせならヤツに従順さや協調性とかも教育してあげてくださればよかったのですが。 「大丈夫ですかキョン君?立てますか?」おお、マイスイートエンジェル朝比奈さん。心配には及びません、この程度で倒れるほど柔にはできてないつもりです。でも、手を貸してくれるというのだったら借りる以外の選択肢はあるまい、あるはずがない。朝比奈さんに手を貸してもらい立ち上がりハルヒに向かって一言。「何故、俺がこのような目に合わなければならない。理由を言え理由を」もちろん、ここでいう理由とはハルヒが怒っていた理由などではない。何故、毎回毎回ハルヒのストレス発散の為に俺が苦労しなければならないのか。ということについてなのだが。 どうもハルヒは前者の意味でとったらしく、大きな声でこう言った。「聞いてよ!今日授業後に岡部に呼び出されたんだけどアイツったらひどいのよ!」ああ、そういえば呼び出されていたな。アイツが問題起こして呼び出されるなんて言うことは特に珍しい光景でもないから気にも留めなかったがな。「ひどいとはなんだ。お前の俺に対する扱いの事か?」未だのどが苦しく腹が立っているので、軽く皮肉ってみる。「団員が団長に尽くすのは当たり前のことでしょ?そ・ん・な・こ・と・よ・り!岡部の奴が言うには『今まで見逃してきたけどもう限界だ。SOS団などいう非公認の組織を作り様々な問題行動を起こしているお前たちにはそれ相応の処分が言い渡されることになる』だって!大変よ!SOS団存続の危機よ!?」 わかった、わかったから、顔近付けて耳元で大きな声を出すな。耳がキンキンするだろ。だが、ただごとじゃないことは確かだ。それ相応の処分だって?俺はもう一年同じ学年をやり直すだとかはしたくないぞ。「確かにそれは問題ですね。にしても、いきなりそんなことを言ってくるというのもおかしいと感じますが…。それで、涼宮さん?それで話がお終いというわけではないでしょう。彼は何をすればその処分を見送らせてくれるのでしょうか?」 「ええ、どうも岡部の奴が率いるチームとハンドボールをして勝てば見逃してくれるそうよ」は?なんだって?ハンドボールで勝負だって?なんだってまたそんなこと・・・。「どうもアイツ、最初からそれが目的だったようね。ただハンドボールがしたいからってSOS団をダシに使うような真似するなんてね!本っ当に腹立つ!」おい、岡部。お前がハンドボールが大好きだということは知っている。そして、お前がハンドボールをしたくても生徒たちからスルーされるわ、ハンドボール部はないわで大変なことも知っている。 だからって、これはあんまりだろう。いや本当に・・・。しかも、勝負は明日の土曜日らしい、いきなりにもほどがあるぜ…。とりあえず、今日の活動はこのハルヒの衝撃の報告で終了した。ハルヒが呼び出されていたが為に時間がほとんど残っていなかったからだ。朝比奈さんが着替えるので先に外にででそのまま帰ることになった男二人。「はあ、ハンドボールねえ。やる気がしねぇな」二人きりになった古泉に下駄箱で不平を洩らす。「まあ、仕方ありませんよ。SOS団の存続がかかっているのですから」上靴を脱ぎながら大層なことを述べるニヤケ面。SOS団の存続ね、ぶっちゃけ負けてもいいんじゃねぇの?岡部ごときに俺たちをどうこうできる権力があるとも思わないがな。「ま、実際その通りでしょう。岡部先生も完全に自分の意志でそんな事をいったわけじゃなないでょうし。ただし、負けたら涼宮さんの機嫌が著しく悪くなってSOS団ではなく世界の危機になるでしょうが」 自分の意志で言ったわけではない?あー、やっぱあれか。これもハルヒが望んだから起きたことなのか?だとしても、ハンドボールはないだろハンドボールは。「ええ、僕もそう思いますよ、彼女が何を望んだのかはよくわかりませんが、ハンドボールをしたいという願いではないことは確かですね。」じゃあ、なんでハンドボールをやることになっているんだ。いったい何を望んだんだアイツは?SOS団のピンチでも望んだのか?「さあ?わかりませんよ。涼宮さんに聞いてみたらどうですか?」ニヤケ面のまま両腕を大げさに開く古泉、欧米か。つか、ハルヒに聞くことができたら苦労しないだろ馬鹿。「ええ、その通りですね。まあ、でもこれは確かに涼宮さんの望んだ状況ですよ。実際に、涼宮さんはあんなに不機嫌だったのに閉鎖空間は一つも発生していないんですよ」 ふうん、そうかい、それは良かったな。まあ、これがハルヒが望んだ事だとしてもそれほど非日常で不可解な事態に陥るわけでも無さそうだし。いつもの不思議捜索がちょっとした運動に変わったと思えばいいか。 にしてもずいぶん聞き分けが良くなったな俺。ハルヒの調教の賜物というやつか、………う、自分で言って怖気が走った、やめよう。「では、僕は少し明日に向けていろいろと準備をしなければなりませんので、失礼させていただきます」準備か、準備といえば俺はハンドボールのルールなんて全く知らないのだが。はあ、明日までの調べ事ができたな。面倒くさい、岡部死ね。***********************************************ハンドボールは七人ずつの2組でやるスポーツだ。そして、俺たちは今二人足らない五人で決戦の場である校庭に集まっている。そして、岡部が集めた人数に至っては岡部を含めて三人だ。「………どうすんのよ」「どうするといわれてもだな、人数が集まらなかったのだ。仕方がない」非難がましい目をしているのはハルヒ、そして、苦虫をかみつぶしたような顔をしているのは岡部だ。「五対三でやる?私はそれでもかまわないけど?」ふふん、と笑い岡部を見下したような眼で見つめるハルヒ。「それはできん、十四人そろって初めてハンドボールだ。五対三ではハンドボールのような何かだ!断じてハンドボールではない!」どーんと効果音のでそうな感じで力説する岡部、なんなんだこいつは。「じゃあ、あんたらの不戦敗ってことでいいのね?全く、勝負なんて言っておいてメンバーすら集められないなんてね」「そ、それはお前らもだろう!どちらも人数が足りないのだから不戦敗も糞もなにもない!」教師のくせにわめきたてるな気色悪い。なんなんだこいつは。ま、実際その言い分は御尤もだ。ハルヒがハンドボールは何人でやるのかを知らなかったのは確かだしな。 でもな先生、あんた自分が言いだしっぺなのに二人しか連れて来れないとはどういうことだ?やる気はあるのか?いや、あるのだろう。やる気だけあるけどそれが空回りしているのだろう。なんなんだこいつは。 そして、連れて来られた二人!もとい、谷口と国木田!なにやってんだお前らは。「おうおう、よくぞ聞いてくれたぜキョン。実は俺な、単位がやべーんだ。だが、ハンドボールをする人員を集めればそれを何とかしてくれるとのこと。だから、糞つまんないであろうハンドボールなんかをしようとしているんだよ」 職権乱用ここに極まれり。じゃあ、お前はどうなんだ国木田。「谷口に留年でもされたら困るからね」友達思いの良い奴だ。だが谷口なんかに協力してもいいことなんてないぞ。これだけははっきりと言えることだ。「ああ、困るのは僕じゃなくて来年の一年達の事だよ」ああ、なるほどよくわかった。確かに谷口と同じ学年になるなんてのは耐え難い苦痛だろう。「ちょっとまてお前ら。俺の事をなんだと思っていやがる!?」谷口は谷口であって谷口以外のなにものでもないとかいうトートロジーで誤魔化させていただこう。谷口が何かだなんて考えるだけで無駄だ。そんな無駄なことに脳を使うぐらいならば、まだガチャピンの中の人の事について考えてみた方がましだというものだ。 「僕もキョンと同じ意見ってことにさせてもらうよ」「国木田てめぇ!」ぎゃーぎゃーやっている谷口達に背を向けて歩き出すと、黒い一台の車が止まっているのが目に入った。そして、その車の周りにハルヒ達が集まっていた。そういえば、あの車には見覚えがある。古泉の言う『機関』の車だったかな。つまり、これは古泉が人数合わせのために連れてきた助っ人到着といったところだろう。「おい、古泉」俺は近づきながら、一番近くにいる古泉に声をかけた。「これは人数合わせの到着か?」「ええ、その通りなんですが…。ちょっと予想外の事態が起きまして」ばつの悪そうな顔をする古泉。予想外の事態ね、いったい何が起こったって言うんだ?「実は、岡部先生が人数を集めて来れないとは思っていませんでしたので二人しか連れてきていないんですよ」「ああ、そうか。誰だって言いだしっぺが人数を集められないとは思わないだろうからな」だから、この件に関してはお前は悪くないといえるだろう。全く、本当なんなんだ岡部は。「で、その二人とは誰なんだ?その車を見る所『機関』の人間っぽいが」「ええ、お一人はそうですね。もう一人の方は違いますけど。まあ、どちらもお会いしたことがある方ですし見れば分かりますよ」そうさせてもらおう、車の裏側に回り込む。「お、ひさしぶりだねえっキョン君っ!今日はよろしくたのむよっ!といいたいところだけど先生の方の人数がめがっさ足りないんだって?こりゃ、不戦勝ってやつかな?もしそうならつまんないにょろよ」 声をかけてくれたのはジャージ姿の鶴屋さん、どうやら『機関』絡みではない方の助っ人が鶴屋さんということなのだろう。にしても相変わらずのテンションの高さだ。 「ええ、全くどうなってるんでしょうね。言いだしっぺが人数集められないだなんて」全く、一体なんなんだ岡部は。「いったい私達はどうすればいいんですかぁ」隣で朝比奈さんがオロオロしている、この人はいつでもオロオロしているな、だがそれがいい。「…………」又その隣には長門がじっと立っている。どうやらハルヒと岡部との話し合いを聞いているようだ。そういえば、もう一人の助っ人は誰なんだ?「新川さんですよ」のわっ!後ろからいきなり耳元でささやくな古泉、生暖かい息が耳にかかって気色悪いんだよ。「新川さんっていつも執事の役をやっている人だよな」本物の執事以上に執事らしいとは彼の事だ。「ええ、ただし今日はいきなりだったのに無理言って来てもらったので執事の格好をしていないんですよ」ほう、執事の格好をしていない新川さんか、少し興味あるな。いったいどのような格好なのだろう。「そろそろ涼宮さん達の話も終わりそうなのでその時に確認すれば良いでしょう。えと、驚かないでくださいよ……。いいですか?」驚くぐらいのことなのか、ふむますます興味がでてきたぞ。「たしかにあれはびっくりしたっさ!なんていうか別人?って感じだったにょろ。少しの間思考が止まったにょろ」「あれ?あの人前にお会いしたことありましたっけ?あれ?」鶴屋さんを唖然とさせ、朝比奈さんに至っては同一人物だと認識できないとは。これはかなり高レベルの豹変っぷりなのだろう。「あ、キョン!丁度いいわ。大体みんな揃っているわね?岡部との話し合いの結果と助っ人を紹介するわ!まずは今回の助っ人!」ハルヒの後ろから人影がでてくる。その姿は新k.........誰?「イロコィ・プリスキンだ。よろしく頼む」――――――えと、どこから突っ込めばいいんだ?まず、その迷彩服はなんだ。そしてそのアサルトライフルはなんだ。実銃か?あと爆発物の類を含むその装備品はなんだ。というよりだ――――――――「名前すら新川じゃねぇのかよ!」俺の叫びが校庭に木霊した。
「【第二話】ハンドボールの代わり」に続く
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