未来の初詣
未来の初詣 朝比奈みくると長門有希は、神社を訪れていた。「涼宮さんたちと一緒にお参りしたときとあまり変わってませんね」 二人は、玉砂利を踏みしめながら、ゆっくりと歩いている。「ここは、日本地方政府の文化財指定を受けている。神社の建物はもちろん境内の植生も含めて保全は万全」「そうなんですかぁ」「あるいは、涼宮ハルヒがそう望んだからともいえるかもしれない」「涼宮さんの力は未来にまで及ぶんでしょうか?」「そのあたりの結論は、情報統合思念体にも出せていない。しかし、可能性としてはありうる」 「それはともかく、人がいないですね。涼宮さんたちと一緒に来たときには、たくさんの人がいましたけど」 朝比奈みくるは、境内を見回した。二人のほかには誰もいない。「現代においては、元日に神社に参る風習もすっかり廃れてしまった。でも、人がいない境内もまた風流なもの。この風景には、あなたの晴れ着も一際映える」 朝比奈みくるが着ている着物は、華やかな花柄で、とてもよく似合っていた。「長門さんのも似合ってますよ」 長門有希の着物は、幾何学模様の落ち着いたデザインだ。老齢な外見の彼女には、それが似合っていた。 二人の着物は、一般人ではとても手が届かない高級品だった。「機関」時空工作部の最高幹部である長門有希が「機関」の力を使って取り寄せたのだ。地球連邦を事実上支配下におさめる「機関」の力をもってすれば、着物の一つや二つ、取り寄せるのは容易なことだった。 「それにしても、今日が元旦だってことを昨日まですっかり忘れてました。なんだか最近、暦の感覚があいまいです」 長門有希にお参りに誘われて初めて気づいたというのが事実だった。「それは、時間経過認識失調症の最初の兆候。気をつけて」 それは、時間工作員がかかりやすい症状の一つだった。 朝比奈みくるは、時間常駐任務を解除され、中級工作員に昇級して以降9ヶ月ほどで数多くの時間工作任務をこなしている。この症状にかかることは充分に考えられた。 「はい。気をつけます。ところで、長門さんは、毎年、お参りに来てるんですか?」「そう。時の流れの節目に儀礼を行ないあるいはそれを祝うという概念は、涼宮ハルヒが私に教えてくれたもの。私がこの概念を知らなかったとすれば、涼宮ハルヒの死亡からあなたの生誕までの時間はただ単純に任務を遂行するだけの平坦な日々であったに違いない」 「はぁ……」 長門有希のいいたいことは、朝比奈みくるには難しすぎてよく分からなかった。 やがて、賽銭箱の前にたどり着く。 二人は硬貨を取り出した。この時代では、電子マネーのような無形の貨幣が主流だが、物体としての貨幣もかろうじて残っていた。やはり、賽銭箱に入れるのは硬貨でなくては風情がない。 二人は、取り出した硬貨を賽銭箱に入れて、手を合わせた。 「何をお願いしたんですか?」「思い出の保全。私が願うのはただそれだけ」「私と同じですね」 朝比奈みくるが微笑んだ。長門有希も微笑で返す。 二人にとって、SOS団の一員として過ごしたあの日々はかけがえのないものであるから。 将来、あのころのSOS団に再び関わることになろうとは、朝比奈みくるはまだ知らない。 長門有希は知っていたが、あえて口には出さなかった。それは、朝比奈みくるが上級工作員に昇級するまでは待たねばならないだろうと思っていたから。 「これからどうしましょうか?」 再び境内を歩きながら、朝比奈みくるは尋ねた。「せっかく地上に降りたのだから、すぐに軌道基地に戻るのはもったいない。周辺を散策することにしたい。あのころとは町並みもすっかり変わってしまったが、まだ面影を残しているところも多々ある」 その後、二人は周辺の町並みを散策しながら、元旦の一日を過ごした。 終わり
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