新・孤島症候群 後
朝比奈さん、長門、と続き、次は古泉ではないか、と思っていた矢先、気を失ってしまった俺。 ────次に狙われたのは俺だったのか、と思っていたんだが実は…………。 新・孤島症候群─後編─ 長門の部屋で不意に意識が暗転し、気絶していた俺だったが、どうやら誰かに揺さぶられているようだ。誰だ?「……キョン」 いつも起こされるのは妹の声だったはずだが、この声は違うな、だけど聞き覚えのある声だ。「起きてよ」 前にもこんなことがあったような気がするな。確かこのあと……。「起きなさいってば!」 首をしめられるような気がした俺は本能的に身構えた。そのおかげで急激に意識がよみがえる。「……う、うーん」「気がついた?」 ぼんやりした頭を振りつつ起き上がり、俺を揺り起こしたであろう人物を確認する。 黄色いカチューシャが目に入る、間違いない、ハルヒその人である、しかし、いつものような覇気のある生き生きとした表情ではなく、少し不安げに曇っていたので別人のようにみえる。「ハルヒか、って、なんで俺寝てたんだ?」「知りたいのはこっちよ、いつまでたっても戻ってこないから探しに出たら、あんたはこんなところで伸びてるし、なにやってんのよ」 さて、なにしていたんだっけ? ……そうだ、長門の部屋で、ってここは廊下? どうやら俺は廊下で伸びていたらしい、だが、たしか最後の記憶じゃ本の栞を探して長門の部屋にいたはずなんだが。「ところで古泉は?」 長門の部屋で気を失う前に一緒にいたニヤケ顔の姿を思い出した、最後に見たのは後ろ姿だったが、「古泉くん……?」 一瞬、何か奇妙な表情をするハルヒ、なんだ? だがすぐさま俺を睨み返して、「それもこっちのセリフよ、あんたが古泉くんと一緒に有希を探しにいったんでしょが」 ハルヒは古泉を見ていない、ってことは俺が長門の部屋に入った後、古泉も着いてきたってことだよな、だとすれば俺が背後に感じた気配は古泉だったのか? いや、なぜだか違う気がする、あの時の気配は俺より低い位置から感じた、古泉は俺より背が高いからな、だとしたら俺が気を失った直後に長門の部屋に来て、俺を気絶させたヤツを見たはずだ。「まさか」 俺は今居る場所を再確認する、長門の部屋の前の廊下だ、てことは部屋の中で気絶した俺をここまで移動させたやつが居るってことだ。 おそらくそれは古泉で間違いないだろう、おかげで俺は気を失う程度で済んだってことか、そして、気を失った俺を放置していたとなると、おそらく古泉も朝比奈さんや長門と同様に、行方不明になってしまったってことだろう、くそ、俺の身代わりに。 俺は閉ざされた部屋の扉をにらみつけながら立ち上がる。「どうしたのよ」 ハルヒは訝しげに俺を見る、そりゃそうだろう、ハルヒにはこの状況の説明は何もしていない、すべて古泉たちが仕組んだサプライズだと思っているんだからな。 だが、そんなことを考えている余裕はなかった。俺は後先考えず、長門の部屋の扉を開けた。 予想どおり、誰も居ない、そんなことは確認しなくても解っていることだ、俺が今一番確認したいことは本の栞だ、しかし、その栞は本ごとなくなっていた、どうやら犯人はそれを見られたくなかったようだ。だから俺を気絶させたんだろう。 やはり栞になにかしら長門のメッセージが書いてあったってことか。 「あんたねえ、なにがあったかぐらい少しは説明しなさいよ、いつも……」「ハルヒ」 なにか言いたげだったハルヒのセリフを途中でとめて、「一階の食堂に向かうぞ」 そう言って俺はハルヒの手を掴み、廊下をずんずんと歩き始めた。「何よ? え、ちょっとキョン?」 戸惑うハルヒをよそに、俺は森さんたち機関の人達に相談しに行くことにした。 食堂に着いた俺達はさっきまで居たであろう森さんや新川さん達が居なくなっていることに困惑していた。 テーブルの上にある飲みかけのカップや万年筆、厨房には湯気が出ているケトルと、おぼんに乗っている食器がポツンとあった。 みんな煙のように消えてしまっている。と言った方がいいかもしれない。くそ、ここで古泉が言っていた言葉を思い出した。ハルヒの前では決して取り乱したりしないってことだったな。 とはいえ、この状況で冷静にしていられるほど俺は出来た人間じゃないってことだ、だってそうだろ。さっきまで気絶させられていた俺が冷静にしているのもおかしな話である。 俺はしばらく呆けてしまっていたのだ。 「ねえ、キョン……」 いつもとは違うおとなしい感じでハルヒは口を開いた。「これ、ひょっとして夢なのかな」 ハルヒはきっといつぞやのことを思い出しているようだ、まずいな、このままいくと神人とやらが出てきてあの夜と同じことが起こるかもしれん、そうだとしたら最後は……。 いかん、それだけは回避したい、それにこの場所には俺の妹と鶴屋さんもいるんだしな。 いや、まてよ、ひょっとしたらここはすでに閉鎖空間ですでに俺達二人しか居ない、なんて事はないだろうな。 それはありえないか、ここが閉鎖空間じゃない証拠に、外で振っている雨と風の音が聞こえている、たしかあの空間は雨も風も雲も太陽もなかったからな。 瞳を輝かせて何かを思いついた時のような笑顔のハルヒと、今の不安げなハルヒ、さて、どちらがいい? ハルヒには笑顔が一番似合ってると思うが、それは同時に俺が苦労する羽目になるのだ、で、しおらしいハルヒはどうかというと、これはこれで可愛く見えてしまう、さて、俺はなにを言っているんだろうね。 いかん、落ち着け俺、古泉の言葉を思い出すんだ。冷静にならないと闇雲にハルヒを不安にさせてしまう、こいつには真相を知られる訳にはいかないんだからな。 今更だがハルヒの手前、一芝居打っておかないといかん、「ど、どうやら古泉達に一杯食わされたようだ、な」 少々声が上ずってしまっていたが、そこは大目にみてほしいところだ。 しかし、悪いな古泉、恩を仇でかえすようなことをしちまって、とりあえず全部お前たちの仕業ってことにさせてもらうぞ。「なに? どういうこと」「こいつは以前お前が言っていた有名なミステリーの模倣じゃないのか、たしか『誰も居なくなった』とかなんとか」「ちょっと違うわよ、『そして誰もいなくなった』よ」 ハルヒはいつもの調子にもどって、「ふうん、なるほどねぇ、キョンにしてはなかなか冴えてる推理じゃない」 不敵な流し目で俺を見下すように見るハルヒ。その姿を見て俺はなにやら無性に不安になってきた。 俺はまた余計なことを口走ったのではなかろうか。「と、なると……」 ハルヒがあごに手を当てて思案しはじめた、そして何かに気付くようにハッとして、こちらを向く、そのハルヒの姿を見ていた俺も同様にあることに気が付いた、同時に言葉が出る。「ひょっとして次は鶴屋さんか妹ちゃんがいなくなるかも」「まさか次は鶴屋さんと妹が……」 顔を見合わせたハルヒと俺は瞬きする間も惜しんで二階に駆け上がった。 「おぉっと……、どうしたんだいっ、お二人さん」 居眠りをして船を漕ぎ出していた鶴屋さんが俺達が勢い良く部屋に入ってきたことに驚きながら立ち上がった。「おんや? 二人だけ? 有希っこと一樹くんは?」 鶴屋さんと妹はどうやら無事のようだ、俺達は結構派手に登場したんだが、妹はベッドで熟睡したままだった。ある意味大物になりそうだ、だが火事や地震などがあったら逃げ遅れること必至だぞ。「それがどうやらみんな消えてしまったみたいなのよ、ていうのは建て前で、みんなどっかに隠れてるんだわ、キョンが言うには有名なミステリーの模倣らしいんだけど……」 ハルヒは鶴屋さんに説明し始めた、去年の冬の時、ハルヒと二人で古泉が作った推理ゲームを解き明かしたからか、鶴屋さんにも謎解きのご教授を願うみたいだ。 他力本願で悪いがもう鶴屋さんしか居ないのである、てか、ここに居る四人しかもうこの館にはいないのだ。いや、もう一人犯人が居るのかもしれないが。 くそ、一体どうなってんだ? 本当にみんな消えちまったのか? 古泉が言っていた存在が希薄になってるってやつなのか? だとしたら俺が感じたあの気配と、気絶させられたことにつじつまが合わねえ、それに人だけが消えて荷物や形跡が残ってるのも変だし。 俺はハルヒと鶴屋さんがなにやら相談しながらあーだこーだと言っているやり取りを眺めつつ、部屋にあった椅子に座り、まとまらない疑問を頭の中で渦巻かせていた。 何か見落としている部分はないか? さてどうだろうか、古泉なら色々と説明してくれそうだがな。「本当にお解かりでないんですか? とっくに気付いていたと思っていましたが」 いつぞやの古泉のセリフがよぎった、前言撤回あいつの言い回しはわかりにくいんだった、話がよけいややこしくなりそうだ。 いつも困った時は長門に相談していたっけ、今回も相談したな、結果は俺次第ってことだったが、「あなたに賭ける」だから何をだよ、俺はただの一般人なんだ。 それから朝比奈さん、あなたのお姿とあなたが淹れて下さったお茶が懐かしゅうございます。「彼女の一挙手一投足にはすべて理由がある」まさかな、それはないだろう、あいつは結構単純だ。 しかし、単純だからこそこの世界は安定していたのかもしれない、あと強情で負けず嫌いだが。 ん、ハルヒ? まさかハルヒがこの状況を望んだからこうなったのか?いや、それはありえん、そんなことハルヒが望むわけないじゃないか、確信はないが俺はそう思うんだ、だが、俺がそう思っていただけで実際は違うのか? 人間の心理なんてそうやすやすと計り知れるものではない、ということなのか。「彼女には願望を実現する能力がある」こんなことを古泉は言っていたが。 事実ハルヒが望んだとされることがすべて現実になっているのはあまりない、と思う。実際はあるんだが。ハルヒが認識できなかったらかなっていないのと同じだ、だろ? 今のハルヒならそこそこ常識的な行動を身につけてき始めているが、SOS団結成以前だったらどうだったのか、それこそ本気でいろいろとやってたらしいからな、そのことに関しちゃ谷口あたりが詳しそうだが、俺はあまり知らん、ひょっとしたら古泉あたりが後始末に追われていたのかもしれんがな。 もしも、だ、ハルヒのようなトンでもパワーが俺に有ったとして、願望が実現できるとしたらどうだろう、しかも多感な中学生くらいの時にだ、ふむ、はっきり言おう俺は超能力者になって、悪い異星人に連れ去られたヒロインを救い出すような物語の主人公になりたかったのだ。そこ、笑うなよ。 結構本気でサイコキネシスやテレパシーの存在を信じていたんだからな。 てことはハルヒような力があればその願望が実現できたのだろうか?それとも世界の物理法則を捻じ曲げるような願望ははなっから実現不可能として却下されてしまうのか。 ならば実現可能な願望ならどうだろうか、いやいや、そんなありえないこと考えるんじゃなくてだな、そんな力を持った人間としてもだ、いずれ誰かと意見が衝突したりすることもあるし、気に食わないやつがいたりすることもあるだろう、そんな状況になってどういうことを思うのか? 親しい友人でも喧嘩するときがある、親と言い争いになったりもする、そんな心理状況の時に思ってしまったことが実現するのだとしたら……。 古泉の言葉じゃないがちょっとした恐怖だな。佐々木が辞退することも頷ける。 だがハルヒはそうじゃなかった、あいつは閉鎖空間を作り出し、巨人を暴れさせてストレスを解消してたんだ、古泉達はどう思ってるか知らないが、ある意味平和的だといえるだろう、誰かの不幸を願ったりするよりもな。 俺だったらせめて望みがかなうのは三つくらいにしておくのが丁度いいかも知れん。 俺の望みは安定した収入と犬を洗える位の庭付きのマイホームと安穏とした老後、こんなもんか……。 ────で、なんの話だっけ? あれ? ガクリとイスの背もたれに乗せていた肘がはずれ、びくっとなって目を開いた。 なにやら幸せな家庭生活を営んでいた気がするんだが、夢か、って、寝てたのか俺。 まずい、こんなときに寝ちまうなんてなんて不謹慎なんだ、ハルヒに見られたら何を言われることやら……、て、いない? 今この部屋にいるのは俺と眠っている妹だけだった。 ちょっとまて、冗談だろ。一気に血の気が失せた、ハルヒ、鶴屋さん、二人とも消えちまったのか?そんな馬鹿なことがあるか、さっきまでそこにいたんだぞ、何の物音も立てずに二人を消しちまったっていうのか。 呆然と立ち尽くしていると、入り口のドアがガチャリと開いた。 びくっとして俺はその方向を見る、「お、お目覚めかいっ、キョンくんっ、口によだれがついてるよぉん」「つ、鶴屋さん、どこにいってたんですか、心配したじゃないですか、ほんとに」 俺は一気に全身の力が抜けて再度イスに座り込んだ。ついでによだれも拭いておく。「いやぁ、めんごめんごっ、ちょいっとした生理現象さっ」 うぐいすの鳴き声のようにあっけらかんと言い放った鶴屋さんはベッドの上に座り込んだ。「目が覚めたら二人ともいなくなってたからてっきり消えてしまったのかと……」 ふと鶴屋さんの顔を見るとなにやら俺の顔色を伺っているような感じでこっちを見ている、いったいなんなんだ?「で、ハルヒは一緒じゃなかったんですか?」「やっぱハルにゃんが心配かい?」 ニヤッと笑った猫科の生物の表情でまじまじと俺の顔を見る鶴屋さん、思わず目線をそらしてしまう。「か、仮にも団長様だからな、一応。でも俺なんかが心配しようがしまいがあいつは自力でなんでも出来ちまうやつですよ」 そういいながら俺は立ち上がる、なんでかな、なにか急激に部屋にいるのが落ち着かなくなってきたのだ。「ハルにゃんはついさっきまで一緒にいたんだけどねっ、急に『やっぱちゃんと自分の目で探してみなきゃだめね』と言って下の階に走ってったのさっ」 まあ、自ら行動しはじめてイノシシの様に突き進むのはいつものことだ。 俺は立ち上がったついでとばかりに、「俺もちょっくら生理現象のようです」 っと鶴屋さんに伝えてドアの方に進み始めた。 部屋から出る直前、鶴屋さんが俺に、「がんばるっさ少年K」と小声で言っていた。なんですかそれは、少年Kって俺のことですか、まさか、少年Nの悲劇の次回作? などと冗談を言っている場合じゃないな。 さてっと、たしかハルヒは下に行ったんだったな。 とりあえず一階に向かう、不気味なまでに静まり返ったこの別荘で、聞こえてくるのは外の雨の音のみ、しかも今は深夜で、俺を気絶させた者がいるかもしれないんだ、そして一番頼りにしていた長門もすでにいない。 なにか武器になりそうなものがあれば少しは落ち着くんだろうか、くそ、ビビるんじゃねえ。 とはいえ、なんの特技もない一般人の俺が、長門や古泉達をどうこうしちまったやつ相手に対抗できるとは思えん、じゃあ、何で俺はこんな無謀なことに身を投じているんだ? 全く解らん、だがおとなしく部屋で待ってるよりかは幾分ましだ、何か行動を起こしているほうが気がまぎれるってもんだろ。 それから、ハルヒは完全に古泉達の仕業と考えてるからな、ここはうまく誘導してやらないと簡単に敵の手に落ちてしまうかもしれん、しかし、もし犯人が去年ハルヒが作り出した神出鬼没の何かだったとしたら、それにハルヒが襲われるなんてことがあるのだろうか、まったくわからんが。 そういや古泉がハルヒの作り出した者が俺達に敵意をもって危害を加えるなんてことはないと言っていたな、その意見は俺も同意しとく、とはいえ、犯人の正体もわかっていないんじゃ何の確信も持てないが。 一階を見回したがハルヒの姿はなかった。不安が倍増する。 地下の遊戯室まで行ったのか? しかし、こんな状況でしかも静まり返ったこんな洋風の別荘の地下室に一人で向かう事になるなんて、一体どこの体感ホラーゲームだよ、こんなアトラクションなんざ望んでねえっつーの。金返せ、払ってないけど。 そいうや、昔やったゲームに似たようなシチュエーションがあったなぁ、そんときゃ、なんで主人公はわざわざ殺されるような危険な場所に自ら行くんだ? などと思ってたんだが、よもや自分が実践することになろうとは……。 いかんいかん、余計なことを考えてたらゲームの映像が出てきちまったじゃねえか、ドアを開けたら血まみれの……。 「────!!」 駄目だ、駄目だ! 変な考えを起こすんじゃねえ俺の頭。 俺は雑念を振り払うように頭を左右に振った。そのときである。「……キョン?」 背後から声がした。 天井に頭をぶつけそうになるくらい飛び上がった、魂と共に心臓も口から出てきたんじゃないかと思うくらい、鼓動が止まった気がする。 俺は反射的に声のしたほうに向いた、だが、情けないことに向くと同時にしりもちをついてしまったのだ。「ハ、ハルヒ……」 かろうじて声を出す。 そこにいたのは左右の靴をはき間違えて外出したことに気付いてしまったような表情のハルヒだった。「お、驚かすなよ」 心臓が止まるところだったぞ、おっと、確認してなかったが止まってないよな。自分の胸に手をやって確認する。「驚いたのはこっちよ、あんたがそんなリアクション取るなんて予想外だったわ、あーミスったな、今のビデオに撮っとけばよかったわぁ」 ケケケ、と悪戯を思いついた悪ガキの様な笑みを浮かべながらハルヒは近づいてきて、しりもちをついた俺に手を差し伸べた。 俺がその手を掴もうとした時、ハルヒ少しためらいの表情を浮かべ、俺の手をしばし見つめてた気がしたが、ハルヒの姿と思わぬ失態をさらしてしまったこととによる複雑な気分が、俺の中でマヨネーズのように混ざり合って、まともな思考が働かなくなっていたのだ。 俺はそのまま何も考えずに差し伸べられた手をつかんでしまった。 あとから考えたらかなりカッコ悪い姿だ。また思い出したくねえ記憶が増えちまった、欝だ。 そんなことを考えてた俺は、ハルヒが手を差し伸べるなんてらしくない姿だということにも頭が回らなかったのである。 「やっぱそう簡単には見つからないわね、みんなが隠れてる場所」 ハルヒは溜息交じりにつぶやいた、珍しくあきらめが早いな。「まあね、推理なんて事件が終わってからでないと考えても仕方ないと思ったのよ、それに、ちょっと小腹がすいてきたってのもあるし、続きはなにか食べてからにしましょ」 そういってハルヒは食堂の厨房に向かっていった。まったく能天気でいいなお前は。 一般市民である俺はこんな状況に陥っちまって食欲もでねえんだ、少しは俺に分けてくれ。 厨房に入って約15分くらいしてからハルヒが出てきた、山盛りのパスタを乗せた大き目の器を持っている。「おい、お前はどんだけ食うつもりなんだ、夜食とか小腹がすいたって程度の量じゃないぞ、それは」「一人で食べるんじゃないわよ、あんたと鶴屋さん入れて三人分作ったのよ」 それにしてもちょっと大盛りなきがしなくもないが、ハルヒにとってはこの量が三人前なんだろうか、そういや、ハルヒの作る料理はいつも大量だったな、それはもともとコイツは大食いだからなのか? 長門がいればちょうどいい量かもしれないが、今は行方不明だからな。「ひょっとしたらこの香りに誘われて隠れてる誰かが出てくるかもしれないじゃない」 それが朝比奈さんや長門だったらいいんだが、神出鬼没の犯人が出てくることのないように俺は願いたい。 だが、たしかにいい香りがするな、少々の騒音でも起きない妹もこの臭いで起き出すかもしれん。「じゃ、鶴屋さんの部屋に行くわよ、食事はみんなで食べた方がおいしいもんね」 パスタの入った器で両手でふさがれたハルヒはニンマリと微笑むと、「それからキョン、取り皿持ってきてちょうだい、人数分、あと箸も」 俺はそんなハルヒの姿を見てさっきまでの緊張感はなんだったんだろうと思いながら厨房に向かい、小皿数枚と箸を探しはじめた。まったく何やってんだ、こんな非常事態に俺は。で、フォークじゃなくて箸でいいのか? ハルヒに続いて二階に向かっていく。 このままハルヒのペースに流されたままでいいのかよ、俺。とは言え、俺になにか出来るのか? つってもなんも出来ないのが実情なのだが、出来るのはせいぜいツッコミ役ぐらいだ、情けねえ。 そうこうしているうちに、鶴屋さんの部屋の前に着いた。 ハルヒは鶴屋さんの部屋のドアをいきなり開けて、「鶴屋さん! 夜食作ったから一緒に食べましょう」 おいおいハルヒ、せめてノックぐらいしろよ。 後ろから着いて来ていた俺はハルヒを止めることも、先にノックしたり、声をかけることも出来なかったのだ。さすがにこの元気なハルヒの声を聞いたら妹も目が覚めるかも知れんな。などと思っていると、「缶詰のパスタソースで作った手抜きメニューなんだけど……て、あれ?」 ハルヒは献立の説明をしながら部屋に入り、数歩も行かないうちに何かに気付いたように立ち止まった。 なんだ? ひょっとして鶴屋さんも爆睡しちまったのか? そういやさっきは眠そうにしていたっけ。「……いない」 ポツリとハルヒ。「な……なんだって!?」 一瞬にして思考が止まってしまった。俺は部屋の入り口近くに立ちつくしているハルヒを押しのけ、中を確認した。 中には誰もいなかった、鶴屋さんも、寝ていた妹もである。 よく、衝撃的な場面に出くわした人は手に持っていた物を落としたりする表現がテレビなどであるが、実際その状況になったらそんなことはない、逆に力が入って持ってるものを放せなくなるのだ。あと、以外に取り乱したりするようなことはなく、何故か普段と同じ行動をとったりするんだそうだ。 ま、状況の把握までタイムラグが生じている、っと言った方がいいのかもしれない。 俺とハルヒは持っていた食器をテーブルの上に置き、誰もいなくなった部屋の中を見渡した。 沈黙がながれる。 つづく
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